第92話 リーダーの目覚め
「ん......ここは......」
目が覚めると大きめな何かが視界を覆っていた。
至近距離すぎて分からなかったが、これは和服?
それにこの後頭部から感じる柔らかい感触は......うぐっ!?
「リツさん、目覚めたんですか!?」
ヨナの声が聞こえた瞬間、質量のある何かに目元が埋まっていく。
「ヨナ、それじゃ起き上がれないだろうから一旦背筋伸ばして」
「え? あっ、す、すみません!」
ウェンリに言われてヨナは慌てて背筋を伸ばしていく。
その隙に僕は体を起こしていった。
すると、その隣にメイファが近づいてきたかと思うとコッソリと告げてくる。
「頑張って表情作ってるが、突然のラッキーイベントに顔がにやけてんだろ?」
「違うから」
「感謝しろよな。アタイの提案なんだぜ?」
「......どうも」
まぁ、全く嬉しくないということもないけどね?
それはそれとして、僕は皆の所へ戻って来れたのか。
アイはミクモさんに膝枕してもらって寝ている。
ここに蓮の姿が見えないけど、恐らく今馬車を運転しているのが彼なのだろう。
「律君、無事で良かったよ」
「さすがに馬車に突然傷だらけの律が現れた時はびっくりしたけどね」
薫と康太にそう言われ、僕はその時の状況を聞いた。
どうやら僕はだいぶ危ない状況だったらしい。
その時にヨナがいなければ手遅れになっていた可能性もあったとか。
「ふふっ、感謝せなあかんえ? この子は命の恩人なんやさかい」
「私は別に感謝されるためにやったわけでは―――」
「いや、その通りだよ。ヨナ、ありがとう。
君がいなかったら僕はもうこうして皆と話せてないかもしれないから」
「そ、それはどうも―――って、このタイミングで私と変わる!?」
ヨナはどうやら恥ずかしさが度を超えたらしく、もう一つの人格であるセナと変わってしまったようだ。
先ほどまでの顔の赤みをそのままに呆れたため息を吐くセナはなんだかツンデレを体に表したようで少し面白い。
「ま、こういうわけだからあの子が今にも走り出したそうに喜んでいたことは事実よ。
え? そんなこと言わなくていいって?
急に変わったのはあんたなんだから諦めなさい」
そうセナに言われるとなんだかこっちもむず痒い。
ただ助けられたのは本当なんだから感謝は当然するけど。
すると、僕達の会話にウェンリが割り込んで質問してきた。
「はいはい、イチャイチャはそこまでにして」
「「してないから!」」
「で、肝心の傷の痛みはどうなの?
聞くところによると<治癒>の魔法が効かないかったみたいじゃん」
「痛みは......正直まだするけど、別に動けないというわけじゃない」
「『ダメよ。まだ安静にしてなきゃ。傷口は塞いであるけど、完全に閉じるまでじっとしてなさい』......とのことよ」
「そっか。わかった。医者の言葉は信じないとね」
僕はそっと傷口に触れた。
そこには包帯が巻かれていて、それがなんだかとても現実離れしてるように思えた。
この世界では医療も全て魔法で、それこそ高位の魔術士の治療ならよほど酷い傷でもない限り傷跡や後遺症なくして治してしまう。
だから、こんな風に包帯が巻かれるなんてことはめったにないのだ。
少なからず、僕がまだクロード王国にいてケガをしても今みたいな状態にはならなかった。
だから、この感じから言えることは......きっと僕も十分にこの世界に順応してしまったということだ。
恐らく、もう魔法がない生活など自分にとってありえないかもしれない。
「そういえば、さっき事情を聞いた時も<治癒>の魔法陣が無効化されたって聞いたけど......どういうこと?」
「それについては蓮君に聞いた方が早いかもね。
最初に気付いたのが彼だから。ちょっと呼んでくるよ」
そう言って薫が運転席に向かっていった。
その間に、アイの耳がピクッと反応したかと思うと眠たそうに目を擦って周囲を見渡すと僕と目が合う。
「おはよう、アイ。よく眠れた?」
「うん、おはようなの......ん? お兄ちゃん!? 起きて良かったなのー!」
「はーい、ストップやで。彼は怪我人なんやさかい安政にしてなきゃあかんの。
そやさかい、しばらく抱きつくのんはあかんえ」
よ、良かった。今にも飛び出しそうなアイをミクモさんが止めてくれて。
あの抱きつきを今の状態で受けたらちょっとまずかったかも。
「でも、でも! アイが抱きつくのは体じゃないの!
だから、体にある傷に触るわけじゃないの!」
「ははっ、その理論はさすがに厳しいよ―――」
「なら、ええか」
「ミクモさん!?」
ミクモさんが一瞬気を許した瞬間にアイが目を光らせて一気に動き出す―――が、途中でウェンリに襟を掴まれて引き寄せられると膝上に抱えられて拘束された。
目をウルウルさせて情に訴えかけるアイであったが、ウェンリは出来る限り見ないようにしてるために効果なし。
それが分かるとアイも仕方なく諦めた。
よ、良かった......一時はどうなるかと。
まぁ、結局はその抱きつかれなかった分が後々清算されるけどね。
うん、こっちの傷が治ってるならまだいいよ。
「よう、起きたか」
「蓮、迷惑かけたね。あの時は僕の言葉を聞いてくれてありがとう」
「気にすんな。それに感謝するべきはこっちの方だ」
薫と運転を交代してきたのか蓮が近くにやってくる。
そして、ある程度事情は聞いたのか早速説明を始めた。
「律の体に<治癒>の魔法陣が効かなかった件だが......正確には効果が弾かれたというべきだろうな」
「効果が弾かれた?」
「あぁ、治療の後に改めてお前の傷の症状を見たんだが、お前の傷には多大な魔力というべき何かに覆われていた」
「魔力というべき何か」?
なんでわざわざそんな回りくどい言い方を......もしかして魔力とは違うのか?
「前にお前に教えて貰ったことだが、魔力というのは人それぞれに特有のかたちを持つって話でそれによって魔力同士は弾かれあうのは知ってるよな?」
「もちろん」
蓮の言葉通り、空気中に浮かぶ魔素は同じでも体内で自分専用に作り変えた魔力に同じものは一つとしてない。
それは遺伝子みたいなもので、少なくとも僕が読んできた色んな魔導書にはそう書かれてあった。
だから、僕はアルバートと戦ってる時も相手の魔力爆弾に対し自身の魔力を当てて弾いた。
だけど、仮に僕の傷口にアルバートの魔力があったとしても、普通魔力では魔法を弾くことができない。
魔力障壁のようなよほど魔力を集中的に強化したものか、もしくは魔力とは別の何か.......!?
「なるほど、それで蓮はそのような言い方をしたのか」
「あぁ、それに裏付けもある。
薫に魔力を吸収する植物クトライブというものでお前の傷口の魔力を吸収して貰った。
吸収できた以上、それは魔力であることは確かなんだが、その後に魔力を吸収したら色が変わるそれが一瞬青に変わったかと思えばすぐに枯れてしまったんだ。
だから、たまたまその植物がおかしかっただけの可能性も含めて何度か検証したが、どれも変わらなかった」
「それでああいう含みある言い方にしたわけか。
そして、その強い魔力らしき何かが僕の<治癒>を弾いた、と」
「そういうことだ。
もっとも干渉するのは魔力に近い状態で効力を発揮する魔法ばかりで、何かしら物体や物質を具現化する場合には変化はなかった。
故に、結果から言えば回復に限った阻害行為をされたってとこだな」
「それじゃ、僕のこの傷口周辺はもう<治癒>の魔法は聞かないってことか?」
「いや、先ほどの植物の効果は一応あったらしく、今では多少強引に魔法で干渉すれば効果はあるはずだ。
だが、それでも大幅に効果は削られる。誰か一人は魔力切れで必ず倒れるだろう」
そこまで強力なのか。もはやただの魔力じゃないな。
「故に、魔法に使うにも割に合わないって感じだな。
それに例え治せてもその周囲に魔力が残ったままじゃ、またそこに傷が出来た時にそれが原因で手遅れ
な状況にって可能性もある。
だったら、時間はかかるが確実にその場からの魔力を吸い出して治療した方が今後のためにもいいって話だ」
「そこまでの事情があるなら、僕は言う通りにしなきゃね」
と考えると、僕にもしこの仲間がいなかったら今頃は死んでるか、生きたとしても胴体の前面は今後魔法による治療が一切出来ない状況になってたのか。
仲間様様って感じだね。
うん、やっぱり誰一人欠けさせないあの選択肢はあれで正解だったかも。
そう思っていると僕達の話を聞いていたセナが話を変えるように声をかけてきた。
「それじゃ、今度は私達の番ね。
私達が撤退したあの後何があったの? それに馬車に突然現れたのも」
「あぁ、それね。んじゃ、あの分かれた後のことだけど―――」
そして、僕は一人でアルバートと戦ってた時のことを話した。
すると、だんだんとアイ以外の全員の顔が苦笑いになっていくのがわかる。
「つまり、相手は魔法かどうかもわからない魔力で出来た不可視の爆弾をバラまいて攻撃し、挙句の果てに空間に干渉して逃げようとしたあんたに対して同じく空間に干渉して攻撃を与えてきた、と」
「そう、全く理不尽だよね。
せっかく転移魔法陣も起動して逃げれると思ったのに、まさか空間そのものごと攻撃してくるなんて。
まぁ、幸いあれ以降こっちを追いかけて来る様子がないみたいだけど」
「いやいや、アタイ達が呆れてんのはあんたのことだよ。
相手がはなから勝てるかどうかも怪しい格上なんか見た瞬間に理解したから呆れることすらしない。
だって、当たり前だから。
でも、あんたはアタイ達の良く知る人間でありながら、古代魔法の一つをサラッとやってのけたってことに呆れてるんだよ」
え、そっち......?
いや、そっか、古代魔法なんてそれこそ魔導書を読み漁ってなきゃ知る由もないもんね。
それに知った所でそれは自身の役職の成長によって得られるものじゃない。
だから、知っていても「出来ない」が普通なのか。
「まぁ、それは何と言いますか、帝国の王様が使えてたから自分もいけるんじゃないかと研究してたら行けちゃいました、ははっ」
「「「「「笑って誤魔化すな!」」」」」
「古代魔法を実現化させること自体おかしなことなんだぞ」とか「そろそろ自分の頭のネジが何本か足りないことに気付いてくれ」だとかその後さまざまなことを言われた。
な、なんだろう、今この瞬間が一番ダメージを負ってる気がする。
すると、運転席の方から薫の声が聞こえてきた。
「そろそろ見えてきたよ。マストゥワの森が」
どこそこ?
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




