第90話 逃げるための時間稼ぎ
エルフの森フォレスティンに向かうとある森に囲まれた道で、僕達はアルバートと名乗る刻印の魔神の使途に遭遇した。
その男の放つ威圧がガレオスさんを想起させる。間違いない、確実に格上だ。
そして、気になるのがその魔神がクロード王国の騎士を連れているということ。
まさかクロード王国も帝国みたいに......!?
「や~、ごめんね。突然押しかけちゃって。君達に会えるかどうかなんて割と運だったからさ」
「何の用......ですか?」
思った寄りにフランクに話しているが、どうにも裏が読めなくて不気味な印象だ。
そして、僕がそう聞くと彼は先ほどからニコニコさせた顔をそのままに答える。
「何の用、ね。それは君達が一番理解してるんじゃない?
ほら、どうせ僕のことも知ってるんでしょ? そして僕も知ってる。
君達が神殿の女神を開放し、この世界に悪逆の限りを尽くしてることを」
「それは勘違いですよ。
僕達はあくまで理不尽からの人々の開放をしてるだけです。
特に亜人においての」
「それが邪魔だといったら?
僕の役目はこの世界のヒールでね。
君達のような存在を見つけたら見逃すことなんて出来ないのよ」
そう言うとアルバートさんはバッと手を向けてくる。
「この世界のしくみはすでに成り立っている。
それを侵害する者は放っておけないんだ―――グッバイ、君達。女は好きにしていいよ」
「「「「「うおおおお!」」」」」
アルバートさんの指示に一斉に馬に乗った騎士達が襲ってくる。
「律、アイツらはどうする?」
「殺しちゃダメだ。どうにも目の焦点が合ってない。
まるで村を襲った騎士達みたいだ。
あの時は感情的に殺ってしまったけど、もし洗脳の可能性があるならむやみに殺すのは控えたい。
それに皆なら出来ると思ってるから」
蓮の質問にそう答えると全員して笑みを浮かべた。
「リーダーにそう言われるとおいらも張り切っちゃおうかな」
「その期待に応えないとね」
康太と薫が続いて返答した。
その言葉は他の皆も同じのようですぐさま武器を構えていく。
そして、襲ってきた騎士達に対してそれぞれが対処を始めた。
僕と蓮以外の皆はドワルゴフの鉱山での経験が活きているように無駄の少ない動きで騎士達を手玉に取っている。
もはやこのレベルだと無力化させることなど造作もないって感じだ。
あっという間に騎士達は寝転がり、それを薫の作り出したツタが全員まとめて拘束して端においた。
そんな光景を見ていたアルバートさん......いや、アルバートから笑みは消えてるものの、特に困った様子でもなく冷静に俯瞰している。
「ふむ、想定よりも随分と一人一人が実力者みたいだ。
これは実に殺してしまうのが惜しい」
そう呟くとポンッと何かをひらめいたように自分の両手を合わせると提案してきた。
「僕達の仲間になりません?」
「は?」
その言葉に思わず強い語気が漏れてしまった。
しかし、ふと周りを見てみると皆もよくない感情らしい。
「いや~、思わず殺そうとしてしまったことはお詫びするよ。
てっきり、どこかの実力もないイキった連中かと思ってね。
だけど、君達がまさか魔神の使途の一人を倒した相手とは思わなかったよ。
ん? とすると、どこかの亜人の村を焼き払ったサルザール君を殺したのは君達の誰かかな?」
「っ!」
その瞬間、猛烈に魔力を解放した。それは僕だけじゃない。
同じ村にいた蓮、康太、薫、セナ(現在の人格)、アイ、ウェンリも同じように怒りを露わにしている。
「お前が......お前があの村を襲わせたのか?」
語気も強くなる。
もう怒りで言葉遣いなど気にしてる場合じゃない。
そんな僕の質問に対し、アルバートはサラッと答えた。
「まぁ、最終的な許可を出したとなれば僕かな」
「お前ぇ!」
「確かに大切な住家を消してしまったのは悪いと思うよ?
だけど、そんな狭い世界より僕と一緒に世界中を飛び回ってみないか?
週四連勤の有休あり。
福利厚生もしっかりしていてやるべきことと言えば“魔神”のためにこの世界でこれまでの君達のような邪魔な存在を掃除するだけの簡単な作業。
こうしたスカウトはなかなかないことだよ。ラッキーだね」
「ふざけんじゃねぇ!」
僕は思わず感情的に<空間収納>から刀を取り出し、そこに魔力を纏わせて薙ぎ払った。
その斬撃は高速でアルバートへ飛んでいくも簡単に躱される。
「わぁ、怖い。う~ん、これでも最初から割と譲歩した方だけど......あ、もしかして仲の良いペアと組んでやりたかった?
それならそうと言ってくれれば―――」
「違う!」
わかった。この人の言葉は薄っぺらい。
そして、周りにある命の価値感があまりにも低い。
この人はガレオスさんと一緒にしちゃダメだ。
この人は―――絶対的な敵だ。
僕は刀先をアルバートに向ける。
そして、ハッキリと言いきった。
「僕達の目的はこの世界から一人でも多く理不尽に幸せを奪われた人達を開放することだ。
しかし、お前達の目的はそんな人達を救おうとしている人達の排除。
なら、お前達は僕達の敵だ。
仲間になるなど断じてありえない!」
その言葉にアルバートは腕を組み残念そうな顔をする。
「ハァ、そうか~。そこまで意思が固いと崩すのは難しそうだよね。
正直、君達のような絆の深い集団は好きなんだけど。
仕方ない、仕方ないか~。なら―――せめて君でも連れて行ければいいか」
「―――っ!」
目の前からアルバートが消えた。
そして、何か気配があると右側を見てみれば、左手を手刀のように揃えて右肩の方から振りかぶる奴の姿があった。
認識の速度を超えていた。
はなからそこにいたかのような、そんな自分が間違っていたかのような錯覚さえ感じる。
しかし、奴は先ほど明らかに正面にいた。
奴の影すらもそれを示すように動いていた。
ということは、紛れもなく僕が目で捉えられないほど速く動いていたということ。
加えて、奴は僕を一切狙わないつもりかのように横にいる。
狙っているのはその後ろの仲間達。
動きがゆっくりに見えている。
狙わてないのに死の直感を浴びているのか。
これだけの思考が出来ているのもその影響かもしれない。
「あああぁぁぁ!」
僕は咄嗟に右手に持っていた刀を振り上げる。
その瞬間、アルバートの左手を弾き、斬撃は天を昇って雲を裂いた。
「皆、逃げて!」
勝てない。こいつには今の僕達じゃ誰一人。
そう直感した。そう実感した。
もはやそれは本能に近い。
だからこそ、リーダーとしてせめて皆を逃がさないと!
「......わかった」
その言葉に蓮がコクリと頷くと皆を誘導して馬車へ移動していく。
「お、まさか弾かれるとは思わなかったよ。それじゃ、これはどうかな?」
「っ!」
またも気が付けば右手の手刀が顔のすぐ真横から迫って来ていた。
それを地面と平行になるほどに膝を曲げて回避していく。
それでも頬から目尻にかけて切り傷が入ったけど。
「ははっ、また避けるのか! お次はこれ」
どこか楽しむように振り抜いた右手をそのまま振り下ろしていく。
それに対し、僕は体をねじるようにして回転をかけると同時に横へ飛んでいった。
腕が振り下ろされた場所は地面が裂けたような深い溝が出来ている。
当たれば確実に死んでいた。
「ハハハ、面白いね、君。まさかここまで避けるとは。
それにさらに興味深いのは君の体に宿る懐かしい気配とガレオス君の魔力。
あぁ、ここまで興味深い存在に出会ったのは初めてかもしれないよ」
一人で楽しそうに興奮してる様子のアルバート。
こっちはいつ死んでもおかしくないって程にヒヤヒヤしてんのに!
「ってことは、あのガレオス君に会って生きてる......よりかはガレオス君に気に入られたってところかな。
こんな珍しい人は僕が魔神に仕えるようになってからおよそ五百年ぶりぐらいかな」
「つまり僕をどうしたいと?」
チラッと馬車を見る。遠くに走っていく様子が見える。
良かった、むやみに戦いに加勢しようとしなくて。
そっちの方が僕の生存率も上がる。
「そうだね、君を殺すことはしない。これは決定事項だ。
だけど、あのガレオス君が認めるぐらいだ。
少しぐらい味見しても問題ないだろう。
その過程で死んじゃだめだよ?」
そう言うとスッと右手を上げてパチンと指を鳴らした。
「え―――」
―――バンッ
その直後、僕の眼前で爆発が起きた。
その爆発に僕の防御行動も回避行動も間に合わずに直撃して吹き飛んでいく。
「ぐっ」
ただ、僕の体に条件魔法陣として設置していた<魔力障壁>がオートガードしてくれた。
そのおかげでダメージは大幅にカット出来たが、それでも内臓がやられたように血が逆流してくる。
「いいね。次々いくよ」
そう言ってアルバートは再び指を鳴らした。
すると、今度は僕が咄嗟に体に転写した<魔力探知>が右方向から魔力が来るのを感知し、左側に跳ぶように避けていく。
「おぉ、もう回避するのか! 期待以上だ!」
先ほど僕がいた位置で爆発が起きた。
それは近くにあった木を簡単に追って数メートル吹き飛ばしている。
先ほど不自然なほどに何もない所からの爆発だったから、見えない魔力で何かを覆ってるのではと思ったけど......感じるのはやはり魔力だけだな。
ということは、あいつは魔法らしい魔法は使ってないということ。
もしくは僕の知らない魔法を使ってるか、それを応用して使ってる。
そして、その魔法の発動条件が指を鳴らすこと。
ともかく、馬車に転写した僕の魔法陣から感じる魔力からすると後もう少しだけ時間を稼げば逃げるには十分かもしれない。
<魔力探知>の魔法陣を常時発動状態にしておきながら走り続けて魔力爆弾を避けていく。
走った後にはなぎ倒され、吹き飛ばされた木々が至る所に散らばった。
「っ!」
まるで弾幕を張るように一気に数を増やしてきた。
パチンと指を鳴らすと一気に連鎖爆発を起こしていく。
だけど、こっちも魔力を飛ばせばなんとか魔力爆弾を散らすことが出来る。
「防御だけじゃ終わらないよ!」
さらに弾幕を増やしてくる。
さすがにこの数は捌ききれないし、<魔力探知>で得た情報が多すぎて脳がバグりそうだ!
だけど、もう十分なほどに馬車は距離を取ってくれたみたいだ。これなら恐らく逃げ切れる。
もっとも、僕の仕掛けた現状最高難易度の魔法陣がしっかりと起動してくれればの話だけど!
その前に―――
「転写」
「っ!」
僕が左手をかざし、その手から放たれた魔法陣がアルバートの腹部で光を放つ。
「爆雷」
その瞬間、アルバートの腹部に雷が貫くと同時に大きな爆発が起こり、周囲は黒煙に包まれていく。
その魔法陣にはお手製に<麻痺>効果も付与してある、そこで止まってろ!
ダメージと麻痺の影響かはわからないけど、弾幕は来なくなった。ここだ!
僕は足元に魔法陣を作り出していく。
これは帝国での王様が使っていた<転移>魔法陣。
だけど、魔法陣難易度が激高でかなり魔力操作を鍛えた僕でもドワルゴフに行ってた頃ではまだ出来ていなくて、その過程で出来るようになったのが<空間収納>である。
ともかく、めちゃくちゃ難しくて。
目指すべき先はその魔法陣の転写なんだけど、今はまだ移動場所に魔法陣を予め設置しておかないと移動できない。
それに移動距離に応じて魔力消費が酷く高くなるので、作るだけでも魔力を食うからコスパが酷く悪いのが課題である。
さて、魔法陣が完成した。後は逃げるだけ―――
「ははっ、突然お腹が光り出したと思ったらゼロ距離魔法攻撃とは......そんな技術は知らないねぇ。
だけど、代わりに一つの過去の思い出が蘇ったよ。
あぁ、そうか。どうして懐かしいのか得心がいったよ。
これでようやく僕達の計画が始動する」
「無傷かよ......」
煙から現れるアルバートは邪気に溢れた顔をしていた。
されど、酷く嬉しそうでもある。
だけど、お前と会うのはまたいつかだ。
俺の体も魔力に変えて移動を開始し―――
「転移まで使えるのか。それは素晴らしい。
でも、逃げられると面倒だからね。
目印はつけさせてもらうよ―――亜空裂斬」
「がっ!」
その瞬間、まるで何もない空間が刻まれたように目の前に時空の亀裂が出来た。
それと同時に僕の体は思いっきり斬られた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




