第87話 錯綜する想い~勇者サイド~
―――リューズ・コトブキ視点―――
「それではそろそろ失礼します。少し色々考えたくなったので」
「俺も戻ります。だけど、少しは顔を出してあげてください。今後の俺達のためにも」
「そうじゃな。今回の話である程度区切りがついたし、そろそろ鈍った体も動かしたいからな。
では、楽しみにしておれ。たくさんしごいてやるからの」
そう言うと二人とも苦笑いの表情を浮かべおった。
クク、強くなりたいけど豪魔の修行はなぁ~みたいな顔をしておるの。
じゃが、それを経なければ強くならんぞ?
そして、二人は丁寧にお辞儀をして部屋を出ていった。
ワシとマイラが二人きりになった所で彼女に率直な感想を聞いてみる。
「で、実際のところ、お主が建てた現状もっとも有力なその説はどこまで再現可能なのじゃ?」
「そうね。実現性に関しては比較的そこまで高いという訳じゃない。
ただそこまでの技術に至るまでの努力が物を言うでしょうね。
私もあなたに出会ってから豪魔の修行はかなり立つけど、魔力量の底上げに特化した私のレベルでは魔力操作で魔法陣の大まかな形は作れても、構成術式を刻むなんて芸当はとても難しいわね」
「じゃが、出来ないとは言わないんじゃな?」
「ふふっ、そりゃ、伊達に魔法を専門的に扱ってきたわけじゃないからね。
魔法に関してはそれなりのプライドがあるし、現に出来てる人を目の前に見てしまったもの。
同じ人間であるなら不可能はないでしょ?」
「それもそうじゃな」
マイラの奴も久々に興奮しているようじゃな。
ま、“魔法陣を飛ばす”なんてことは魔法を扱う上で議題に上がることがまずなかった。
そんなマイナーな議題がこうして新たな現象を引っ提げてやって来たのだ。
魔法ヲタクのこやつが反応しないわけがないわな。
すると、マイラは何か考えるような仕草をするとワシに質問してきた。
「リューズ、あなたに聞きたいことがあるけどいいかしら?」
「わかることならな。して、なんじゃ?」
「確か、あなたから教えて貰ったことで豪魔に似たような修行方法が別であったんじゃなかったかしら?」
「錬魔のことを言っておるのか?
だとすれば、それは地名で呼び方が異なっとるだけで中身は一緒じゃよ。
『豪魔』はワシの出身地やその周辺の呼び名で、『錬魔』はエルフや魔族の辺りで使われる言葉じゃ。
それがどうかしたのか?」
「いえ、単に確認したことがあっただけよ。
だとすれば、あの仮面の人物は魔族の関係者ってことにもならないかしら?」
「ふむ」
まぁ、それも考えられなくはない。
ワシの<封魔>で姿が変わらなかった時点で人族であることは確定しとるが、だからといって魔族と全く関係がないとは言い切れない。
しかし―――
「恐らく、あの仮面の少年は白じゃろうな。
わざわざワシらに忠告するメリットがない。
それどころか、ワシらに助けを求めてるようにすら聞こえるな。
裏に悪さをする黒幕がいるからそいつらをどうにかしとくれってな」
「ただそれだと少しイメージが合わないのよね......」
マイラは未だ悩むような顔をしている。
一体何がそこまで気になると言うんじゃ?
強いて気になるのは仮面の少年の顔であったり、実力であったり、趣味であったりじゃろうに。
「だって、帝国でバケモノになったとはいえ王様を殺したのは彼らなのよ?
そして、それは隠しきれる事件じゃないから当然友好国であるこの国にも知られる。
となれば、こっちの国にも危険視されることは目に見えてるはずよね?」
「だとすれば、例え危険視されてもわざわざこの国に乗り込むほどのよっぽどの理由があったってことじゃろ?」
「その理由って?」
「さあな。もしかするとこの世界の歴史が覆るとんでもないことじゃったりしてな。ククク......」
「あなたねぇ......まぁ、わからないことをこれ以上掘り下げても思いつきそうにないわね。
何か別のアプローチでも考えましょうか」
そう言ってマイラは椅子に座ると机に開かれた本に目を通し始めた。
全く、瞳を輝かせてわからないなどと。まるで童のようじゃな。
にしても、魔法陣を飛ばすか......どんな発想をすればそのように考えるのだろうか。
もしワシがその人物をプロファイリングするならその人物は魔法が使えなかったと考えるじゃろうな。
魔法が使えないから“誰にでも使える”魔法陣に手を出した。
あれは形と構成術式さえ描ければあとは基本魔力を流すだけで発動できる。
まぁ、その魔力を流す過程もちと面倒だが、然程難しい手間ではない。
ま、大抵の奴はそこで自分の目的であった「魔法を使う」とい目標を達成するためにそれ以上の努力を終えてしまうだろう。
じゃが、その仮面の少年はそれを戦闘に昇華させようとした。
そういえば、ケンヤの奴が自分の幼馴染が作ったとされる面白いものを見せてくれたな。
ワシは袖の内側にあるポケットから一枚の札ほどの紙を取り出す。
それには<乾燥>の魔法陣が描かれてある。
これは陣魔符という奴じゃ。
もっとも、ワシがマイラにそのことを伝えて作ってもらったものであるが。
主に濡れた服を乾燥させる時に使っておる。
「む?」
その時、一つ何か忘れてることを思い出した。
そんなワシに対し、本を見ながらマイラが反応する。
「どうしたの?」
「いや、そういえば、ワシらは先ほどから魔法陣を飛ばすことばかりに注目していたが、その後のハイエルの不可視の一矢を一体どう防いだんじゃ?」
その時、マイラの本のページをめくる手が止まった。
そして、本に栞を挟んで閉じると腕を組んで考え始める。
「確かにそれも疑問にあったわね。
仮面の人物があなたの<封魔>の力を受けてそうしないうちにハイエルが目には見えなくした矢を放って攻撃した。
しかし、その矢は少年に当たる直前で不自然に防がれた」
「単純に考えれば、ワシら以外にも敵がいると想定してすぐに防御魔法をかけたか。
しかし、あの弾かれ方は肌に触れる前に謎の壁に触れたって感じじゃったな」
「となると、魔力障壁? でも、その時私も見ていて相手が魔力障壁を作り出すような魔力の移動は見られなかったわよ。
それどころかほとんど変化がなかった。動いたのは一瞬だけ」
「一瞬......それはハイエルの攻撃を防いだ時か?」
「えぇ、そうよ」
それから、ワシらは互いに考え込むように静かな時間が続く。
そんなワシらに換気のために開けていた窓からビューと風が入り込んで、それがワシらの頬を撫でていきおった。
その瞬間、まるで背筋が凍るような発想に至ってしまった。まさかそんなことってあり得るのか?
「......なぁ、マイラ」
「ふふ、奇遇ね。私も丁度声をかけようとしていた所よ。そして、恐らく同じ考えね」
「仮面の少年は体のどこからでも魔法陣が発動できるのか?」
「仮面の人物は体のどこからでも魔法陣が発動できるの?」
ワシらが魔法を使う際、なぜ手から放つことが多いのかというと、そこに魔力が流れる魔力回路が集中しておるからじゃ。
魔力を魔法に変換するにはある程度の変換率によるラグが生じる。
それは体の部位によって異なり、次に多い足を除けばそこから離れるほど変換率は小さくなるのじゃ。
例えば、手から魔力を出す時間とお尻から出す時間には魔力操作が高い魔術師でも早くて一分以上のラグが生じる。
この数字は戦いにおいては致命的な数字じゃ。
そして、それは人が意識しなければしない場所ほど魔力から魔法に変換するには時間がかかり、ましてや手以外の場所で魔法陣を構築するなどそれこそ一分どころの話ではない。
にもかかわらず、ワシの攻撃が済んでからのハイエルの攻撃が当たるまでの時間は一秒と少しほどしかなかった。
もし、マイラの言う通りハイエルの攻撃を防いだのが魔力障壁ではなく、魔法陣だとすれば―――
「ふふっ、ふふふふ」
「ど、どうしたんじゃ?」
「いえ、あまりにも常識外れなことに笑うしかなかっただけよ。
ねぇ、さっき魔法陣は必要魔力を込めなければただの魔力の塊って言ったわよね?」
「あぁ、それが?」
「実はもう一つあるの。もういつでも発動できるにも拘らず、魔力の塊として存在する魔法陣が。
それは条件魔法陣といって設定した条件をクリアした際に発動する罠みたいなもの。
普通の魔法陣より十倍難しいわ」
「......ククク、あはははは! そうか! そんなものを奴はやっていたのか!」
これにはワシも笑うほかあるまい。
ワシが会いたくて焦がれる想いを引っ提げた相手は次々にワシらの常識を壊していく。
今思えば、ワシがあの仮面の少年と出会ったのも実は夢であったのかと思う方が自然じゃ。
じゃが、実際この目で見ておる。
この世界に生きておるとわかる。
あぁ、手の震えが止まらん。
こんなの最後にワシより強い相手と戦った時以来じゃ。
ま、それでも震えたのは実際に相対して戦う直前であったが。
つまりはその時の自分よりも強いと確信できる自分が今その人物を圧倒的な脅威と認めた。
もはやこれは是が非でも会いたくなった。そして、戦いたくなった!
こうしてはおれん。いつでも手合わせできるように己を調整せねば!
「マイラ、ワシが少し体を動かしてくる」
「ふふっ、張り切ってるわね」
「あぁ、もう昂りが抑えられん。絶対に会いに行くから待っておれよ、仮面の少年!」
******
―――数週間後
―――聖王国 国王室―――
そこにはこの国を治める一人の教皇がいた。
少しふくよかな体型をして優しそうな眼をした眼鏡をかけた男性は一人の騎士を呼び寄せる。
「それで結局、大森林バロンでのサルザールを殺した人物の足取りは掴めたの?」
「いえ。しかし、砂漠の民ドワーフが住む村ドワルゴフと獣王国ベスティアとの街道で我が主に仕える天使が一人殺されたような魔力残痕を確認しました。
さらにその後、ドワルゴフの鉱山侵食にも失敗したそうです」
その言葉に教皇は思わず執務していた手を止める。そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そうですか。なら、前と同じ亜人嫌いの騎士達を今すぐ集めなさい。サルザールの部下もです」
「今すぐですか?」
「えぇ、でなければ私の悲願は達成しませんからね。
恐らく敵はまだ近くにいるでしょう。私も行きます。その旨も伝えて急ぎなさい」
「はっ!」
そして、その騎士は部屋を出ていった。
部屋に教皇一人になると椅子から立ち上がり、日差しが伸びる窓に立って空を眺めた。
「安心してください、ロクトリス。この世界のヒールは私の役目です」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




