第86話 先を行く存在~勇者サイド~
―――聖朱音 視点―――
「―――『敵は想像以上に厄介だぞ。常識に惑わされるな』か。ふむ、なんとも考えさせられる言葉じゃな」
私がエウリアちゃんから聞いてさらに話し合ったことも含めてリューズ先生とマイラ先生に伝えた。
それに対し、二人して考え込むような仕草をしていく。
「それであなた達が考えたことは“敵”というのは敵対している魔族ではなく、その魔族を人族にけしかけている黒幕ということね」
「そうですね。そもそも魔族は敵じゃないという線も考えましたけど」
「ふむ、その線もあるじゃろうな。じゃが、真偽は半々といったところかの」
「なんでそう判断したんすか?」
リューズ先生の言葉にけんちゃんが疑問を持ったように首を傾げる。
確かに今の言葉はある程度の確信があるように聞こえた。
「ワシらは今は勇者の武器指南役としておるが、もとは各地を巡る冒険者じゃ。
ともなれば、その道中でワシらは様々な人と関わっていく。
その中で魔族もおったというだけじゃ」
「それだけじゃ、説明不足で納得してくれないわよ。
これは確か、約一年前ほどだったかしら?
そのぐらいに聞いた話なんだけど、魔族では穏健派と過激派に分かれていて国の中でだいぶ荒れてるらしいのよ。
それだけを踏まえて考えたとしたら、過激派の勢力に飲まれた魔族が各地で暴れてるという見方で終わるんだけど、それだとその仮面の人達がわざわざそれを伝えに来たのむ不自然なのよね......」
マイラ先生があごに手を置いて考え始めてしまった。
深く一人の時間に没頭しているのか小声で何かを呟いている。
するとその時、けんちゃんがその盗賊二人の話を聞いて率直な感想を述べた。
「なんつーか、やっぱりその二人は悪い奴には見えねぇよな」
「まぁ、私もそう思うけど。
宝物庫からお宝を盗んだことを除けば、確かに誰かを殺したということはないし」
「つーか、思ったんだけどさ、その二人組は俺達が強くなることを望んでるんじゃねぇか?」
「強くなること?」
どうして見ず知らずの人達が?
いや、私達の存在は広く公表されてるから一方的に知ってる場合もあるけど。
「ふむ、面白いことを言うではないか。その訳を聞かせてみよ」
けんちゃんの言葉に興味を示したのかリューズ先生がどこか瞳を輝かせて告げた。
ま、まぁ、リューズ先生にとっては自分の興味ある人が残した唯一の手掛かりだもんね。
完全にその顔は好きな人を知りたい顔なんだけど.......。
「まぁ、これといって確かな根拠があるわけじゃないんすけど、仮に俺がその二人組の片割れだとして、宝物庫から盗んだ後にわざわざ勇者の様子を見に行かないと思うんすよね。
いくら周りから気づかれにくくしようともそのリスクを冒してまで勇者の様子を見るようなんて真似を」
「じゃが、単純な興味本位ということもあるかもしれぬぞ?」
「だとすれば、俺達に忠告紛いの言葉を残していかないはず。
それをわざわざ伝えたとすれば、その二人組が知っているもしくは予想される脅威が俺達に牙をむく......的な」
ありえない話じゃない。
相変わらず何を知っているのかは直接聞いてみないとわからないことだけど、相手が何かどことなく私達を失いたくないと思ってるのは伝わってくる。
私達を失いたくない......つまりはその盗賊達が知る相手には勇者の力が必要だってこと?
まだハッキリしてる情報がなく、推測の域を出ないけど彼らが私達を気にかけてるって点は間違ってなさそう。
「先ほどの“敵イコール魔族”ではないという考えに至ったのも相手が『常識に囚われるな』という助言を送ったからと考えるとそう考えるのが妥当かもしれぬな」
「......『常識に囚われるな』? 常識......魔法......魔法陣......はっ!」
ガタッと突然何かを思いついたように椅子から立ち上がったマイラ先生。
その顔は自分ですら未だに自分の考えを疑っているようで、されどどこか腑に落ちたようなスッキリした顔にも見える。
「どうしたんじゃ、マイラ?」
「あ、ごめんなさい。
あなた達がその言葉の意味を話し合ってる間、私はずっと原理不明の魔法について考えてたの。
さっきまでサッパリだったんだけど、『常識に囚われるな』という言葉で思考の視野を広げて考えたら......一つだけあったの」
あの盗賊の一人が使ったとされる発動痕跡のない魔法のこと? それは私も気になる。
「結果から言えば、その仮面の人物の魔法は発動していた」
「む? それは分かってるが? ワシは直接食らったわけだし」
「そうね。でも、発動したのはあなたの腹部でよ、リューズ」
「お主、何を言って......はっ! まさか!? そんなことがあり得るのか?」
リューズ先生には理屈が分かったようだけど、すみませんこっちはサッパリです!
「す、すみません。こちらにもわかるように教えてください」
「あ、えぇ、そうね。ごめんなさい。
あまりにも突拍子もないことだったから思わず興奮してしまったわ」
「そうじゃな。ふふ、こうもワシの気を惹こうとは......安心せい、もう既にワシはそちらを向いておる」
「な、なんかリューズ先生、日を追うごとに重症化してないか?」
「けんちゃん、しっ! だよ。触れてはならぬ、だよ」
身悶えるリューズ先生はをやや視界から外しながらマイラ先生に耳を傾けた。
「それで何がどうしてわかったんですか?」
「そうね、そもそも前提が間違ってたというべきかしら。
相手が使ったのは魔法ではなく、限りなく魔法に近い魔法陣というところね」
「魔法に近い魔法陣?
えーっと、そもそも魔法と魔法陣は陣を敷くか省くかの違いで同じのはずでは?」
「そうね。でも、厳密に言うと少し異なるの。
『魔法』というのは構成術式である魔法陣を作り出し、そこに自身の魔力を込めて“魔法陣”が物体を具現化、または干渉していく手段。
それに対し、『魔法陣』は自身の魔力を込めていくまでは一緒だけど、“自身”で物体を具現化、干渉しなくてはいけないの」
「つまりは俺達が普段使ってる魔法は“自身”では発動してないということすか?」
「そうなるわね。『魔法』として作られた魔法陣にはすでに術者の発動したいイメージが構成術式に含まれていて魔法陣さえ起動させてしまえば、例え邪魔されようともその魔法陣が勝手に“設定通り”の魔法を構築してくれるの」
話すマイラ先生は自身の得意分野である魔法に関して思わぬ発見が出来たせいか興奮した様子で口早に説明を続ける。
「しかし、魔法陣は違う。『魔法陣』は描いてもそこに自分のイメージは反映されない。
故に、出来上がった魔法陣は『魔法』による発動状態の魔法陣とは違って、出来上がった時点では未だ魔力の塊でしかないの。もっと言えば、器ね。
『魔法陣』の魔法発動は描き終わった魔力状態の魔法陣に構成術式に沿った“発動したいイメージをさらに魔力として加える”ことで器に必要な魔力が溜まりようやく発動状態になる。
これが魔法陣が魔法より劣っているという理由。発動プロセスが長すぎるの」
確かに、それが戦闘面において先に攻撃を当てれば勝てるという状況に対して、魔法陣というのはあまりに不利になる。
それは過去に「魔法陣術士」という特殊な役割を与えられたりっちゃんが証明していた。
だから、りっちゃんはそれを陣魔符という形でカバーしていた。
それは戦闘面における魔法発動における差を広げられないようにするため。
そして、その時のりっちゃんは同時にこんなことも言っていた―――「陣魔符が無くなった時、自分は死ぬ」と。
これだけのハンデを背負いながらも私達のために頑張ってくれたりっちゃんに私は何を返せただろうか。
その時の私は自分が「勇者」という重責を突然背負わされ、皆の足を引っ張らないように頑張っていたとはいえ、ずっと一緒にいた幼馴染の一人がこんなことになっていたことに気付かないなんて。
「朱音」
「けんちゃん......」
けんちゃんがそっと肩に手を置いてくれる。
「大丈夫だ。俺はあいつの凄さを知ってる、絶対どこかで元気にしてるさ」
その笑う表情がとても暖かく眩しかった。
毎度ながらどうしてけんちゃんが「勇者」じゃなかったのか疑問に思う程だよ。
「で、ここからが本題じゃろ?」
リューズ先生がマイラ先生に話を促していく。そうだ、まだこれは途中だった。
「先も言ったけど、『魔法陣』における出来上がった魔法陣は未だ魔力の状態。
だけど、それがもし“飛ばせてさらに発動できる”とすれば?」
「魔法陣を飛ばせる?」
「魔力を飛ばすという発想は前々からあった。
空中に魔法発動状態の魔法陣を展開させるのだって、無意識レベルで自身の魔力を空中にばら撒いてるから、もしくは自身の魔力領域を拡張しているから。
そして、魔力は不定形だから魔力操作のレベルによってはいかようにも形をいじれる。
まぁ、まさか魔力で魔法陣の構成術式ごと作り出すのは些か常識外れだけど」
「それじゃあ、まさかリューズ先生に攻撃を放った時もそうだったってことですか!?」
「現状考えられることからすればね。
構成術式を作った魔力状態の魔法陣を飛ばしていく。
それは魔力であるために普通の状態で見ることは不可能」
「んじゃ、俺達が見たのは?」
「あれは発動状態になった魔法陣ね。
恐らく魔力状態の魔法陣を魔力のまま飛ばした後にそれを発動させるための魔力も同時に放っていたのでしょう。
もしくは発動条件をすでに満たした魔法陣を敢えて発動させずに魔力の塊として飛ばしたか。
それでも一応条件は満たしてるから理論上は発動できることになるわ。
それによって起きたのが魔法による不可視の一撃」
それって......
「それって俺達よりよっぽどチートじゃないすか。
確か、魔法陣においては個人で使える魔法の制限がなかったはずだし」
「ま、もっと言うならチートはチートでも技術チートというべきかの。
もっとも相手は至極簡単に発動したように見えたが、あれは些か頭のおかしいレベルでの前提条件があるけどな」
「前提条件、ですか?」
「あぁ、まずは構成術式を一言一句さらには魔法陣の形を覚えるための暗記。
そして魔力のまま魔法陣を作り出すための魔力操作レベル。
魔法陣は込めた魔力に応じて威力が決まるので最低でもワシを吹き飛ばすほどの豪魔レベル。
さらに魔力は自身から離れるほど空気中に霧散するから最低でも発動できる程度の魔力量......と言葉にして挙げてみたがおおよそ頭のおかしい前提条件じゃ」
それらを全てクリアしてようやく出来ることをその人はいともたやすくやってのけたってこと?
なんか大変なことはわかるけど、イマイチ大変さが伝わってこない。
「ふむ、実感が伴わないからわからないという顔じゃな。
なら、わかりやすい豪魔の修行で教えてやろう。
お主達が豪魔の修行をする時、体内の魔力を自ら動かすことで酷い気持ち悪さや疲労感に襲われるじゃろ?
あれをほぼ一日中やってるようなものじゃ」
「「一日中!?」」
その言葉に渡しとけんちゃんは驚くほかなかった。
なぜなら豪魔の修行はもうできれば思い出したくないレベルだからだ。
初めて豪魔の修行をした時、少し体内の魔力を意識しただけで修行していた全員が内側から込み上げる気持ち悪さに襲われた。
それを続けたら―――吐いた。
体内の器に魔力を満たしていかなければならないのに、それが溜まっていくほど体内から何かを吐き出したいと思いに駆られ耐え切れずに吐いた。
それを一日中とか......加えて、あの修行って普通に体を動かすよりすぐに疲労感を感じるんだよ。
最終的には虚脱感すらある。
その修行やった日はその後何もしたくない気持ちになるの。
「豪魔の修練期間は年齢を問わない。
どれだけ効率よくさらにずっと高水準で続けられるかによってレベルは大きく変わる。
もっとも今言ったのは初歩的な段階に過ぎぬ。
あの仮面の少年は恐らくワシよりも豪魔レベルは高いかもしれぬな。
ククク、さてワシらのレベルに追いつけるかな?」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




