第82話 砂漠の宴
「それでは俺達の村の安全と村を救ってくれた英雄達を祝してカンパーイ!」
「「「「「カンパーイ」」」」」
ベルダンさんの掛け声によってすっかり日が沈んだ頃に宴は始まった。
酒豪であるドワーフと巨人族による宴では料理以上に酒樽が置かれていて正直、見てるだけで酔いそうな酒の量である。
「ぷは~、こら強いお酒ね。すぐに酔うてまいそう」
「さすがドワーフの酒造技術というべきね」
ドワーフ産のお酒を飲んだミクモさんとウェンリは頬をほんのり赤く染めていく。
そんな姿を横に見ながらが料理を食べていた僕達男組は今の状況にどう判断を下すか迷っていた。
すなわち、お酒を飲むべきか飲まざるべきか!
この世界では成人年齢は十五歳であり、その歳からお酒を飲むことが可能になる。
その条件でいくと僕達はすでに十五歳を超えているので飲める......のだが、僕以外は前回そのお酒であまり良くない思いを経験してるのだ。
故に。多少なら飲んでみたい気持ちはある。されど、なかなか勇気が持てない。
誰かが飲み始めたなら飲んでみる。そんな状況。
そして、僕は前回の皆の醜態を見てるので出来れば遠慮したい。
「誰か飲みたい人いる?」
僕は蓮、薫、康太の三人に声をかけてみた。
顔を見てみれば皆興味津々の様子だ。
なぜならいずれ元世界に帰ったとすればもう二度とこっちのお酒を飲む機会が訪れないかもしれない。
そう考えると飲んでみたいと思えて来る。正直、僕も飲みたい。
「やっぱここはリーダーからじゃねぇか?」
「蓮、いいんだぞ? 遠慮しなくて。
ちなみに、僕は康太が始めるべきかと。
ほら、度胸付けたいとか言ってたじゃん。
前回のリベンジ的な意味で」
「いや、全然そういう意味じゃないんだけど。あ、薫飲みなよ。
夫婦円満の秘訣に晩酌も必要みたいなのどこかで聞いたことあるし」
「そんなこと言ったら蓮君だって同じじゃん。蓮君が行くというなら僕も行くよ」
「待て、そこでなぜ俺が同じなんだ? 別にウェンリとはそういう関係でもなんにも」
「あ、今完全に墓穴掘ったね。薫は一度も“ウェンリ”なんて言ってないのに」
「んじゃ、罰ゲームってことでおいら達の前で勇気出しちゃいなよ。ほら、グイっと」
「なんで訳も分からないうちに罰ゲームが始まってるんだ!?
だったら、康太だってすっかりこの村の皆に気に入られてんじゃねぇか。
なら、この村に合わせるようにもう一度酒の味を覚えておくのも無理はないぞ」
「お、おいらは律が飲むだったら考えようかな~」
ぐふっ、料理がのどに詰まった。
「げふっげふ、クソ......もう完全に気配消してたのに巻き込みやがって」
「ふふっ、残念だったね律君。さ、リーダーとして気張っていこう......か」
すると突然、薫の声が尻すぼみになっていく。
その声に何事かと思うと僕達それぞれの前にミクモさん、メイファ、ヨナ、ウェンリが立っていた。
う、ん? なんか嫌な予感がするぞ?
メイファを除いた三人は顔を赤くしていて、僕達に向かって酒の入った木製ジョッキを無言で差し出してくる。
メイファに至っては両手だ。
「「「「......」」」」
僕達は顔を動かさずにゆっくりアイコンタクトをしていく。
「これ酔ってるやつだ」と共通認識が取れた。
つまりこの差し出されてるジョッキは僕達に飲めと言っている。
無言の圧力というべきか、むしろ何も言ってないことがかなりの本気度を伺わせる。
「ふぅー......ごめん!」
嫌な予感がひしひしと感じた僕達はすぐさまその場から緊急離脱。
僕の言葉を合図にそれぞれが後ろに跳ぶように動き出した。
「あっ!」
しかし、すぐに薫の方から声が聞こえてきた。
どうやら、ミクモさんの尻尾で足を掴まれてしまったようだ。
すまない、薫! 一人犠牲になってくれ!
「なっ!?」
「がっ!」
だけどすぐに、さらに二人の犠牲者が出た。
蓮は嫌な予感がしてから背後に蜘蛛を配置していたようだけど、本来なら蜘蛛の糸で引っ張ってもらう所でなぜかその糸が切れている。
もちろん、それをやったのはウェンリだ。
どうやら風の精霊を使って糸を断ち切ったらしい。え、そこまでする?
そして、もう一人の声は康太だ。
彼は思ったより早く動けるのですぐに行動し、メイファから距離を取った。
メイファ自身も両手が塞がってるので逃げ切れる―――と思いきや、ニヤッと顔をするや否やスタンバって
いた手の形をした魔道具が康太を背後から襲い拘束していく。
僕はそんな状況を両サイドで目にしてしまった。
次々と捕まってしまう仲間達。
くっ、助けられなくてごめん! 君達の分まで生きるから!
僕はヨナとの間にすぐさま簡易結界を張ってそのまま距離を取る。
その瞬間、僕はあまりの状況にその場にいなかったもう一人の存在を忘れていた。
「がっ!」
「捕まえたの!」
アイという伏兵がいたことを。
そして、消えた結界からヨナはゆっくりと近づいて来る。
目線を合わせるようにしゃがみ込むとジョッキを差し出した。
「このお酒、飲むとふわふわするんです。
ですから、リツさんも一緒にふわふわして気持ち良くなりましょう?」
「ひぇ―――」
―――数分後
「あははははは!」
「......」
「うっ、ぐす、うわあああああ!」
僕は薫、蓮、康太の醜態を見ていた。
といっても、まだ全然見れるタイプの醜態ではあるけど。
薫は笑い上戸なために基本何聞いても笑ってる。
そんな気分が良くなってる薫を見るのが好きなのかミクモさんはややお酒を少しは嗜みながらも基本は注いでいる。
肩を大胆に見せるように着崩れした姿は完全に花魁のようである。
蓮の方はというと完全にお通夜みたいな雰囲気だ。
互いにお酒を飲むと眠気の方が優先的に襲ってきて口数が極端に少ない。
その状態でお酒を飲んで眠気を覚まそうと悪循環を繰り返してる。
まぁ、どのみち途中で寝落ちしそうな様子だけど。
康太の方はというと......なんだろう、BARが見える。
泣き上戸の康太の姿が自分の弱さを愚痴って、それをメイファが肩をさすりながら親身になって聞いている。
まるで彼女に浮気されて泣き崩れるサラリーマンを慰めるBARの常連さんみたいな構図だ。
見ていてちょっと面白い。
それで僕はというと......はい、裏切り者です。
多少は酔ってるけど酷くなる前に<酔い止め>の魔法陣をセットしたので酔い潰れることもなければ、醜態も晒すこともない。
「もう、リツさんばっか酔ってないのはずるいです! 魔法陣は解いてくださいよ」
ぷくーっと頬を膨らませて怒っているヨナの姿は大変可愛いのだけど......なぜバレてる?
僕は一度も<酔い止め>の魔法陣を仕掛けたこと言ってないのに。
いや、そうじゃなくても予想ついてた感じ?
僕はお酒に当てられて膝上に座って寄りかかるように眠るアイの頭を撫でながらヨナに疑問を投げかけた。
「あれ、ヨナは今日は偉く酔ってるじゃん。医者としての矜持はどこいったの?」
「今日はせっかくの宴ですから無礼講なのですぅ~。
というわけで、リツさんも無礼講と行きましょう!」
ヨナは酔うと妙にテンションが高くなるタイプか。まぁ、そのぐらいならマシだろう。
「ふぅ~、暑いですね~」
「っ!」
すると突然、ヨナが服を乱し始めた。
僕は思わずその行為に視線が止まってしまう。
よ、ヨナさん!? なな何を急に!?
「なんで服脱ぎ始めてんの!?」
「え~、だって暑いからに決まってるじゃないですか~。
火照った熱を冷ますことは大事なんですよ~?」
「いや、言わんとすることはわかるけど、何も公衆の面前で脱ぎ始めなくても!
せめてそういうことするなら部屋に戻ってから、ね? 送ってくから!」
「えぇ~、送って何をするんですか~?
ふふっ、火照った体の女の子に介抱する男の子......リツさんのえっち」
「ちょっと待て、妙な誤解が生まれてる気がする」
後、ヨナの性格的にかなり死にたくなるようなセリフを言っているぞ。
もし記憶が残るタイプだったらヨナ生きてるかな?
「お、熱を冷ましたかったのか。なら、丁度いいのがあるぜ」
すると、そんな話をどこからか聞いていたメイファが話しかけてきた。
メイファだけはただ一人ケロッとしている。
いや、というよりは、僕達以外は全員ケロッとしながら騒いでいる。
さすが酒豪の種族というべきだろうか。
すると、ピクっと耳が反応したアイは目を覚ますとメイファに何かを伝え、メイファは女性陣を引き連れてどこかに行ってしまった。
しばらく待っていると、突然会場の正面方向に一人の巨人族の女性が司会を始めた。
「酒バカども、今宵の宴は盛り上がってるかー!」
「「「「「おぉー!」」」」」
「だが、そろそろ酒と料理の味にはちょっと飽きてきた所だろう!
なら、今宵のメインディッシュを皆の前に披露しようじゃないか!」
その言葉に宴は盛り上がっていく
もちろん、半分以上死んでる僕達以外の人達だけど。
「これから披露するは大昔に大地の一部を作ったとされる巨人族に伝統として引き継がれる『地母神の舞い』。
今宵はそれを特別ゲストと一緒に踊ろうじゃないか!」
へぇ、特別ゲストね~。それって一体誰......ん? 待てよ、まさか―――
「さて、この踊りを踊ってくれるゲストはこのメンツだー!」
そこに現れるは当然、先ほど消えていったメイファ、ヨナ、ミクモさん、ウェンリ、アイの五人。
加えて、もうほとんど隠せてるか分からないような踊り子の衣装に思わず目が点になってしまう。
半分ほど意識を失ってた蓮、薫、康太の三人もさすがの光景に軽く酔いが醒めた様子で固まっていた。そら、そうなるわ。
というか、宴の準備の時に女性陣の姿を見なかったのはそういう理由だったのか。
そんな僕達の思考停止状態を他所に“地母神の舞い”とやらは始まった。
ドワーフの男性や巨人族の女性などの複数人がボンゴや笛、はたまたギターなんかを弾きながら音楽を奏で、それに合わせて会場正面の彼女達、周囲を囲むようにいるバックダンサー的ポジションのドワーフや巨人族の女性が踊っていく。
大地を踏みしめるようなステップ多めなダンスに割と過激な腰遣いの踊りをしながら宴の盛り上がりは最高潮に。
あんなのたとえ僕が女子だとしても酔ってなきゃ踊ってられないや。
というか、確かに踊り子の衣装的には涼しいだろうけど、完全に踊ってる方はヒートアップしてかない?
そんなこと疑問を頭の隅に追いやりながら僕達はその光景をただただ魅了されたように眺めていた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




