第60話 砂漠の苦行
「んじゃ、またな」
「では、この村をお願いします」
「敵である俺にお願いするのもどうかと思うがな。ま、生活に困らねぇ程度の仕事はしてやるよ」
もはや十分な信用を置いているガレオスさんに村を任せると僕達は次の国に向かって出発を始めた。
教えて貰った方向に向かっていくこと数日、木々は段々と少なくなっていき、干上がったような大地が見え始めた。
それからやがて木々はほとんど見えなくなり、遠くには砂丘が見えるほどの砂漠地帯に突入した。
「いや~、まさかこの歳で砂漠に来ることがあろうとはね」
「本当に遮るものがないほどの晴天だな。
ここまで直射日光が厳しいと対策ない状態でここに来てればかなり苦労してたな」
康太と蓮が馬車の荷車からそっと顔を出して周囲を見渡していく。
そして、蓮の言う通り予めガレオスさんから砂漠地帯を通ると聞いていたので、馬車には冷房設備を完備して快適な移動をしている。
といっても、砂漠という場所は馬にはかなり移動しずらいのかかなり移動スピードは落ちてしまったけど、まぁ仕方ないと言えるかもね。
「にしても、ここまでだだっ広いとどこに向かってるのか迷いそうになるよね。
本当に向かってる方向は合ってるのか的な」
確かに、薫の言ってることはもっともだ。
樹海もしかり似たような風景が続くとコンパスもないこの世界じゃ十分に迷う可能性もある。
しかし、その薫の言葉に答えるようにウェンリが告げた。
「そこら辺は安心しなさい。エルフはただでさえ森の中で過ごしているもの。
方向感覚には長けているわ。それに森に比べればここはまだ分かりやすい方よ」
「これでわかりやすい方なのか......」
エルフの間隔はわからない。
少し外を覗いてみればやっぱり砂漠がどこまでも広く続いているだけである。
まぁ、多少なにかの建造物跡みたいなものが砂に埋まった状態でいくつか残っているみたいだけど。
「ここも何かの街があったのかな?」
「かもしれませんね。私達が拠点として置いたあの場所もそうでしたが」
ヨナが同意してくれた。どうやら僕が抱いていた感想はヨナも感じていたらしい。
となると、かつてこの場所には街や村があってなんらかの形で滅びたということか。
「はぁ~、ほんまに快適やで。この中」
「全然暑くないの!」
その一方で、ミクモさんとアイだけはかなりの低次元で感動していた。
「ふふっ、えらい浅い所で感動してるな思たやん?」
「まぁ......」
「確かに他の種族からしたらさほどの感動かもしれへんけど、獣人の私達からしたら毛並みの分熱がこもりやすおして大変なんよ? やさかい、ほんまに外出たない......」
いずれドワーフの国を訪れた際に外に出るという未来をすでに予期しているが故にミクモさんの目が死んでる。
ミクモさんの言葉に同意するようにあの元気なアイが虚無った顔してるぐらいだし。
二人がそんな顔をするとは相当嫌なんだろうな。なんかごめんね? 連れてきてしまって。
「ねぇ、遠くの方に誰か倒れてない?」
「ん?」
馬車を運転しているウェンリが進行方向の斜め右方向に誰か倒れてるのに気が付いた。
その場所に近づいていくとヨナが一目散に外に出てその砂漠の民のような恰好をした男性に声をかけていく。
「大丈夫ですか? 私の声が聞こえますか?」
僕と蓮以外には馬車で待機してもらって外に出ていくとその男性の様子を見た。
「あァ、ちゃんと聞こエる。喉がカわいた。み、水を......」
地面に這いつくばったような体勢の男性はヨナに水を求めるように手を伸ばしていく。
どうやら砂漠の中で喉が渇いて力尽きてしまったようだ。とはいえ―――
「妙だな。ここに移動最中に魔物を見ていないのに、この男は一切の荷物を持っていない。
その癖に砂漠を渡るような服装をしてる」
「蓮も気になった? まぁ、僕達がたまたま会ってないだけでこの人が襲われたという考えもあるけど、最初からここを通ることを理解してるくせに一番大切な食を忘れるなんて......ん?」
長く少しゆったりしたようなズボンを履いていたために気が付かなかったがこの男性の左足の裾から何か生っぽいコードのようなものが出ていて、それが地面に埋まっている。
尻尾とも思ったが、この人の見た目は人族そのものだし、魔族の中では尻尾を持つ種族もあると聞くけど、人型の魔族は総じて角が生えてると聞くし......何かおかしいな。
そう観察し続けているとそのコードが僅かに動いた。
それは明らかに真下と連携しているように地面に刺さったコードに合わせて砂が崩れていく。
その瞬間、猛烈に嫌な予感がした。
そして、すぐさましゃがむと真下に<音響>の魔法陣を設置してそれをソナーのようにしてその場一体を探知した。
すると、もう巨大な何かがすぐそこまで迫っている。
「全員、今すぐ退避しろ!」
その言葉に全員が困惑した表情を浮かべた。しかし、それに説明を割く時間はない。
僕はすぐさま大規模な<昇風>の魔法陣を仕掛けると囮の男性に接近しすぎているヨナを回収して思いっきり跳躍した。
僕の魔法陣によって、馬車も勢いよく空中を舞っていき、僕の行動を見て蓮もちゃんと跳躍してくれた。
「おい、蓮! 何―――が!?」
蓮が説明を求めてくるがそんなことに答えなくてもすぐに本人が答えてくれる。
そう、現れたのは空中に逃げていなければ今頃丸のみにしていただろう巨大なチョウチンアンコウのような魚であった。
つまりは先ほどの男性は簡単に言えば疑似餌だ。
彼を助けに行こうと向かった所を避けようのない巨大な口が全てを暗闇に覆い隠すように捉えていく。
にしても、僕でも気が付かないほどの魔力の気配断ちとか僕もまだまだ修行が足りないみたいだ。
「薫! 馬車をお願い!」
「わかった!」
「なら、おいらがヘイトを買ってくる!」
康太が馬車から飛び出すとその砂漠アンコウに<挑発>してヘイトを買っていく。
どうやらアンコウもバレた以上は実力行使するように康太に向かって飲み込んだ砂のブレスを放った。
「リツ、ここは私に任せて!」
「セナか! 大丈夫?」
「えぇ、人の親切心に付け込んだその策、生物としては満点よ。
でも、それはそれ、これはこれ! 私はブチギレ!」
「あ、うす」
セナは僕の右腕に器用に両足を乗せると僕の腕の振りに合わせて砂漠アンコウに向かって突撃していった。
「襲う相手を間違えたわね! クサレ魔物!」
セナはその手に大剣を作り出すとそれを両手に持ちながらグルグルと回転していく。
それはやがてカッターのようになり、康太にヘイトを向けていた砂漠アンコウの横から通り過ぎ去ってそのまま首を切断していく。
えぇ、全長十五メートルぐらいはありそうなのを一撃でやっちゃったよ......。
「ふんっ、あんたが悪いのよ!」
スタッと着地したセナは大剣を担ぎながらそう告げていく。凄いキメ台詞っぽくなってるな。
僕と蓮も着地していくと無事に地面に地をつけた馬車の方からすぐさま連絡が入った。
「お兄ちゃん! デカいカニが来てる!」
「カニ......?」
馬車の方からアイがそう告げてくるとすぐさま光しか浴びて来なかった僕の体に影が差し込んでくる。
すると、馬車の上には見上げるほどのカニがそこにいた。
「なぁ、律、俺あれほどのサイズのカニってワン〇ースでしかみたことないんだが」
「いや、もっと世界観に合わせて言うならモ〇ハンの方が正しい」
「なら、先ほどの魔物はハ〇ル〇ッカか」
「あれ? 連続狩猟クエでもやってるのかな?」
「律ー! 蓮ー!」
康太から声がかけられその方向に目線を向けてみると思わず固まった。
「どうやら大連続狩猟の方みたいだぞ」
「亜種混じってるじゃん......」
蓮の言っていることは的確にその状況を表していた。
康太とセナが走ってくる後ろの方には先ほどのデカいカニが三匹いて、さらにデカい青いカニが砂埃をドドドドッと巻き起こしながら追いかけて来ている。
「どうする? クエストリタイアするか?」
「リタイアするにしても自力じゃん。とはいえ、あんなデカいのを何匹も同時に相手にしてられない。
一旦、全員馬車に戻って逃げながら迎撃するよ」
「了解、リーダー」
蓮は康太とセナに糸を飛ばしていくとそれが体に付着したことを確認すると思いっきり引っ張ってこちらへと移動させていく。
それから、急いで全員で馬車に乗り込むとすぐさま迎撃の準備を始めた。
「最終目標は逃げ切ることだ。全部倒す必要はない。
ウェンリは運転に集中して。薫と蓮は足止めに専念。
セナは少し辛いけど魔力でどんどん武器を生成して。それを俺と康太が投げるから」
「私達にはなんも指示はあらへんの?」
「二人は僕と康太以外のサポートに専念して欲しいかな。
アイは駆け回れないと上手く活かせないし、狭いこの場所じゃ中々、ね」
「ふふっ、なら、それに専念させてもらうわ」
「アイも頑張る!」
それから僕と康太は荷車の上に乗るとそこからセナに生成してもらった武器をどんどん投げていく。
僕達の錬魔で鍛えた筋力値ならただの武器の投擲でも大砲並の威力が出るはずだしね。
加えて、薫が砂漠に巨大な茨の柵を作ってくれている。
そこに蓮が糸で蜘蛛の巣を張って足止め。
しかし、その魔物達はなんの執念があるのか知らないけど、たとえ手足が欠損しようと他の魔物が倒れようと柵をタックルで壊しながら突き進んできた。
「お兄ちゃん! なんか地面から妙な音が聞こえる!」
「音?」
その瞬間、今度はもはや伝説上に出てくる大蛇の巨体をしたワームが現れた。
どうやらカニの死肉に集まって来たらしい。
そして、そのワームが主食なのか別の所から地中に埋まっていたカニが次々と現れ始めた。
え、なにこの無限地獄。
それが砂漠を横断の間、昼間には必ず行われ、僕達が遠くにドワルゴフらしき街が見えてきた頃には運転に集中していたウェンリ以外疲労で死にかけていた。
「皆、ついに着いたわよ!」
「「「「「やったー!」」」」」
完全に近くに門が見えるほどに近づいた時には......うん、全員で苦しみから解放されて泣いたね。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




