第58話 男の正体
「リツさん、これは体の回復を早める丸薬です。飲んでください」
「わかった。ありがとう」
現在、僕は疲れたように近くの木を背もたれにしながら座り、ヨナからは丸薬を貰ってそれを口に含んだ。
その胡坐の上にはまるで“ここが我が指定席である”とでもいう風にアイが座っていて、その正面にはリラックスした様子で座るガレオスさんさんの姿があった。
僕が丸薬を飲むとヨナはガレオスさんに一礼して皆の所に向かっていく。
皆は村人と一緒にこの場所での建設作業を始めたり、地面を耕したりしている。
「随分と仲良さそうじゃねぇか」
「まぁ、ある種の運命共同体だからね」
「だろうな。お前らは普通じゃねぇ。特にお前はな」
そう言いながらガレオスさんは睨むように見てくる。
ただの目つきだから本人からすればその意志はないんだろうけど、やっぱり威圧感が強いなぁ。
「そいつもお前の仲間か?」
「そいつじゃないの! アイなの! それに仲間じゃなくて家族なの!」
「両親がいないみたいで、その時に僕がアイの家族になったんだ。今は可愛い妹みたいなものだよ」
「そうか、妹か。俺にも妹がいるんだ。今は近くにいねぇけどな」
そう呟くガレオスさんはどこか優しい笑みを浮かべていた。
アイは警戒しているようだけど、その目は家族を見るように温かい目をしている。
とはいえ、僕もこの村を守る責任が出来た以上、いつまでも世間話をしているわけにはいかない。
そろそろ本題としてこの人の素性を明らかにしよう。
「改めて、僕はリツだ。獣王国の王様からあの村人達を任されて村長として活動していくことになった。
そして、ここで村を発展させていくのなら先に住んでいたあなたと腹を割って話し合いたいと思ってる」
「そんな固くなるな。別に俺はこの村を同行する気はない。
なんせ俺の興味はお前にあるんだからな。
で? 俺に聞きたいことがあるんだろ? 例えば―――この刻印とか」
相変わらず勘が鋭い。まるでこっちの考えを見透かしているようだ。
「僕はその刻印を持つ人間に村を襲われ、崩壊させられた。大切な恩人も失ってしまった。
そして、その刻印を持つ人は帝国にもいてその人物は天の理を犯そうとしていたんだ。
あなた達は一体何者だ? 何が目的で暴れまわっている?」
その質問に対し、ガレオスさんは静かになった。そして、ゆっくり口を開ける。
「それに関しては言えないことが多い。“言わない”じゃない。“言えない”んだ」
「何か制約を受けてるの?」
「制約というより呪いだな。
俺が自由行動しているのは呪いによる罰を受けながらもそれを耐えてるからに過ぎねぇ。
ま、あくまで耐えれる程度の罪しか犯してねぇってわけだが。
だが、それ以上はこの命に関わることだ。
俺にも目的がある以上死ぬわけにはいかねぇ。
だから、言えたとしても結局言わないな」
なんだか想像以上に深い事情がありそうだ。
だけど、そこに足を突っ込むのはどこか地雷のように感じる。
「刻印の形に違いがあるのは何か理由が?」
「刻印の形?」
「村を襲った人間も帝国にいた王様も同じ刻印だった。
だけど、あなたは違う。刻印からは同じような魔力を感じるのに」
その言葉を聞いたガレオスさんは腕を組んで何かを考えるような、思い出すような仕草をするとその質問に答えていく。
「それは恐らく役割が違うか、階級が違うかとかじゃねぇか?」
「どういうこと?」
「俺は試したことはねぇが、前に俺の仲間が普通の人間に自分の力を分け与えることが出来ると言ってたな。
だが、その与えられた奴がさらに別の奴に力を与えることは不可能だったみたいだ」
ということは、これまで戦ってきた相手はあくまで刻印によって強化された人だったというわけか。
そして、目の前にいるガレオスさんこそがその刻印を分け与えた大元と同じ存在。
そんな相手に手加減された上に勝つまでにこっちが満身創痍になるほどの実力差。
どう考えても今のままじゃ圧倒的に戦力不足だ。
このままじゃまたあの村のように大切な人達を守れなくなる。
このことについては後でよく考えよう。
この人が特殊なだけであって、他の刻印持ちが敵対してくれば現状勝ち目はない。
「ガレオスさん達は結局何者......ということは言える?」
「俺は魔神の使途だ、現状な」
「魔......神!?」
その言葉に思わず驚きが隠せなかった。
それはかつてエウリアから聞いた話で、この世界は約千年前から人族側の世界神と魔族側の魔神との争いがあったらしい。
それによって、人族と魔族との対立が激しくなり、人の姿でありながら獣の特徴を宿した獣人、人族に比べて身長が低いドワーフ、尖った耳を持つエルフ、竜の特徴を持つ竜人族、額から角が生えた鬼人族など様々な種族とも激しい対立が続いていたという。
その戦いの元凶は魔神がこの世の全てを支配する力を手にするために世界神に仕掛けた聖戦であり、それは約五百年ほどまで続いていった。
しかし、それはとある集団によって突如収束へと向かっていく。
それは聖戦の最中、もはや禁忌ともされていた人族と魔族との間に出来た子が様々な種族を仲間に連れて、やがて対立していた勇者とも手を取り合い、元凶である魔神を打ち滅ぼした......という伝説だ。
その伝説が信ぴょう性はさほど叩く無い。
なぜならそれを語る資料が少ないから。
しかし、魔神を打ち滅ぼしたという証拠はあるらしい。それを見たことはないけど。
魔神の呪いを伝染させてしまうとかなんとかで。
ともかく、魔神はこの世界ではすでに存在しないとされている。
それを踏まえた上で目の前にいるガレオスが魔人の使途!?
想像以上に重たいことに足を突っ込んだ気がする。
「魔神は死んだって聞いたけど?」
「死んでねぇ。死んだように姿を隠しただけだ。そして、アイツは今も苦しんでる」
アイツ......?
「ま、言えることはこれぐらいだろうな。
俺は他の連中とは思いっきり別行動してるから何をしてるのかサッパリわからねぇからな。
これ以上のことを聞かれてもわからねぇし、呪いで言えないかもしれねぇ」
「あなたはどうして別行動しているのに何もされてないの?
さっき罰は受けながら我慢してるって言ってたけど、魔神の使途であるあなたがそもそも好き勝手に動くことを良しとはしなさそうだけど」
「魔神は俺が何もできないことを知ってるからだ。
だから、いつまで経ってもこうして生きている。いや、生かされている」
その表情は魔神の使途でありながら魔神を嫌っているとでも言う風な表情だった。
この人は好きで魔神の使途になったわけではなさそうだ。
「ともかくだ。俺は魔神の使途から言えば明らかな例外だ。俺を基準とするな。
他の奴らは俺とは全く違う思想をしてるし、考え方を持ってる。
特にあのすかし野郎だけはとことん腹の底が読めねぇ。気を付けるこったな」
ガレオスさんは立ち上がると「んじゃ、一眠りしてくる」と言って霧の奥へと消えていってしまった。
その後ろ姿を見ながら、体も回復した所で張り付けていた<微量回復持続>の魔法陣を解除する。
そして、皆の所へ行こうとアイに声をかけるとアイは僕の体温が丁度良かったのかいつの間にか寄りかかったまま寝てしまっていた。
全く気が付かなかった。
まぁ、僕も話に集中していたし、アイも難しい話過ぎて興味を失ってしまったのかもしれない。
とはいえ、このままじゃ動こうにも動けない。
とっても可愛らしい寝顔を見せているとこ悪いけど起きてもらおう。
「アイ、起きて。僕が動けなくなってるから」
「嫌」
「嫌、じゃなくてね?......アイ、起きてるでしょ?」
「......」
「はい、起きたー!」
「わーなのー!」
アイを持ち上げて無理やりどかしていく。
アイは不満そうであったがこのままじゃここから動けなくなりそうだから駄目です。
そして、アイとともに皆の所へ向かおうとするといつの間にか大きな集会場のような建物と一軒家が二軒ぐらい出来てた。え、あの短時間で?
「随分と家建つの早くない?」
「設計・建築はコウタがしてくれてそのサポートをレンとカオルがしてたからよ」
「え、三人でもうこんな作ったの?」
「見てる時は壮観やったわ。まるでウチの人生早送りになったようにあっちゅうあいさに出来たんやさかい」
ウェンリとミクモさんからの言葉から少しはどんな感じか想像ついたけど......いや、それでもこの速度は異常よ。
「それで? そっちの殿方同士の話し合いも終わりを迎えたようなぁ」
「うん、終わったよ。そして、驚愕なことを聞かされたよ。
それは確実に皆に共有しなければいけないことだと思った」
そしてその日の夜を迎えた頃、僕達は集会場のとある一室に集まっていた。
大事な話なのでアイはヨナの上でしっかり拘束させてもらっている。
「その様子だと随分なことがあったんだな。
ま、それはどの道お前から説明されるだろから先にこの質問をしておく―――あの男は敵か?」
蓮が僕をだいぶ理解してくれている。もはやここまで歩んだ仲だしな。当然かもしれない。
「大きな括りで言えば敵。だけど、あの人単体で言うのであれば敵ではない。
でも、味方でもない......って感じかな」
「敵じゃないならおいら達は別に気にしないよ。というか、そもそも敵対したくないし」
「個人総合火力が一番のリツ君であれほどまでにやられるぐらいだしね。
それに攻撃は全く通じてなかった上に“殺し合いはなし”って条件からか手加減もされてたし」
「そこまでバレてるのね。まぁ、隠すことでもないからいいけど」
ただ傍から見てもそう評価を下されるほどガレオスさんとの戦いはあまりにも戦力差が開き過ぎていたということか。
そして、僕は皆にガレオスさんとの話したことを伝えていく。
それを皆が聞き終えたところで僕は議題を定義した。
「それじゃあ、皆の意見を聞きたい。僕達はこのことにどこまで関わるべきか」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




