第56話 霧隠れの森
獣王国で過ごした時間が思いのほか長くなってしまった。
それは薫とミクモさんに関して色々国内での催し的なものがあったからだけど、それも一段落が付きそうなので僕はそろそろ出発の目途を立てたのだ。
そして、帰る前に王様に挨拶しようとルークに居場所を尋ねると獣神祭壇にいると言われた。
それは王国の北東側にあるかつてこの国にて獣人達を守っていたという守護神が祀られてる所で、それを聞いた僕はすぐさまその場所に向かっていく。
その場所は住宅街があった場所からは雰囲気ががらりと変わるように形を整えられた石が積まれたような、どこかギリシャの神殿を思わせるような感じだった。
横幅の広い階段を上って見えてきたのは獣神らしき像。
その像はワシの頭に翼、獅子の胴体という感じでグリフォンという言葉が一番しっくりくる形をしている。
そして、その前には王様がその像を見上げながら突っ立っていた。
周りに護衛がいる姿もない。
「王様、別れの挨拶に来ました」
「あぁ、リツか。そうか、そろそろ行くのか」
私は王様の横に立つと同じように像を見た。
すると、王様がこの像について話してくる。
「この像はこの国の守護神を祀ったものだ。
約五百年前にはこの神―――グレリア様もいたらしいが、その話がどこまで真実なのかはわからん」
「王様は信じていないんですか? この神様がいたことを」
「実際に見ていないものを信じろというのはなんともな。
ま、別にいてもいいと思っているが、今はいないんだからこの国は俺と国民でどう未来に繋げていくかを考える方が重要だ。
その割にはたまにこうして見に来てるんだから......自分のことなのに自分がわからなくなってくる」
そう言って王様は苦笑いを浮かべた。
しかし、その表情はどこか晴れやかである。
「で、次はどこに行くんだ?」
「具体的な所は何も。ただやはり王様から貰った宝玉と僕が持っていた金属の棒の関係が気になりますし、それに帝国で対峙した相手の体にあった刻印も気になります」
「となると、砂漠の商国ドワルゴフか森の守り人フォレスティンに行くかだな。
ここからの距離的にはドワルゴフの方が近い。
そこからフォレスティンに行った方が順当だろう」
「なら、先にドワルゴフにします。しかし、砂漠か......暑くなりそうだなぁ」
当然ながら、元の世界で砂漠に言った経験などないので、どのくらい暑いかはわからない。
しかし、相当熱いと聞いたので涼しくなるような着衣を蓮に作ってもらおうかな。
それに水分も大事になってくるから水筒に魔力感知式の水魔法を設置するかな。
あれ? こう考えると魔力と水発生の魔法陣さえ知っておけば無手で出歩けるって今更ながらやばくね?
そんなことを考えてると王様が「あ、そうだ」と言って話しかけてきた。
「お前、前に霧隠れの森に向かうとか言ってたよな?」
そういえば、そんなこと言ったっけな。
確か、刻印を持ったガレオスという男がいて話が通じる相手みたいだから直接会って確かめてみたいと思ってたんだ。
「そうですね。ドワルゴフに行く前にそっちに寄っていくつもりです」
「なら、出発前に渡しておくものがある。あの森は天然の迷路だ。獣人の俺達ですら感覚を狂わされるほどの。
で、前にその森を調査した先人達が迷わないように作った特別な魔道具がある。
年季は入ってるが使えるはずだ」
「ありがとうございます。なにからなにまで」
「別に気にすることじゃねぇ。それに俺もお前にちょっとした面倒ごとを押し付けるからな」
王様は少し言いずらそうに「実は」というと考えを告げた。
「お前には村長になって欲しいんだ」
「......?」
「というのも、お前が連れてきた奴隷達がいるだろ?
そいつらの居住区建設が中々着手できなさそうなんだ。
もともとこの国は基本的にドワルゴフぐらいしかまともな物資のやり取りしかしてなくな。
基本的にこの国は自己完結でやりくりをしている」
そこら辺の国内事情がさっぱしわからない僕でも少しだけ先が読めてきたぞ?
「まぁ、簡潔に言えば突然降って沸いたような人口増加に対応できないんだ。
このままじゃ自由であっても暮らしは前の奴隷生活と大して変わらない貧しい生活が強いられるだろう。
それは奴隷だったあいつらも理解してるのか、それだったら自分達で新たな土地で村を開拓するからという意見も出ててな」
「だけど、王様としてはそう簡単に土地をはあげられないと」
「あげられない......というか、あげたとしてもあいつらがまともに暮らせるか怪しい。
そもそもここいらであげれる安全な土地なんてないんだ。
魔物は活発に活動している所がほとんどだし、あいつらの顔は見たが自衛能力があるとは思えねぇ。
恐らく比較的に安全な場所で暮らしていたんだろうな」
「で、自衛能力がある僕達がその村長をやれ、と。
ですが、仮にやったとしても僕達はよその国へ出かけて長期間戻ってこないことがあるはずですが」
「そいつに関しては問題ないだろ? お前には異常なほど強固な結界術がある。
俺の全力の拳で割れなかった時は軽く泣きそうになったが、逆を言えば俺が負けるレベルの魔物はさすがにいないからその中で暮らす分には安全なはずだ。
加えて言えば、助けられた奴隷達自身がお前達がリーダーとなってくれることを望んでいる。
それはお前達の事情を理解した上で、だ」
あ~、なんかもう断れる材料無くなって来たな。
それに村か......僕もゾルさんと同じように村を守る存在になるわけか。
そう考えると不思議と悪くない気もする。
「わかりました。ですが、最低限の物資供給はお願いしますよ?」
「あぁ、わかってる。国から追い出す形になったとはいえ、俺の国の民であることには変わりないからな」
それから僕は王様と他愛もない話をしていきその日は終了。
それから数日の出発準備の後、門の前で王様と本当の別れの挨拶をした。
「んじゃ、これが例の魔道具だ。首から下げればいい。
後はその魔道具につけられている緑色の玉から光りが伸びてどっちが北かを示してくれる。
それに拠点を作ったなら魔力台を設置すればそれが拠点を示す指標になるから、それを持っている限り拠点に辿り着けなくなることはない」
「わかりました。ありがとうございます」
僕は魔道具を貰うとそれを首から下げていく。
すると、王様はミクモさんに目線を向けていく。
「ミクモ、達者でな。懐かしくなったらいつでも遊びに帰ってこい」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
「それから、カオル。お前は力こそ非力だが卓越した植物を使った魔法がある。それでミクモを守ってやってくれ」
「はい。必ず」
「んじゃ、俺の長ったらしい言葉が続きそうだからここら辺にして。
ルーク、お前からも挨拶だ。世話になっただろう?」
「はい」
ルークは王様に背中を押されるとそのまま一歩前に出る。
そして、最初に述べたのは感謝の言葉であった。
「改めて、帝国から姉上を救ってくれてありがとう。
そして、わがままな僕の意見も聞いてくれてありがとう。
おかげで、あの経験をした僕は姉上と再会できて、新たな目標もできた」
ルークはミクモさんを見ると言葉をかけていく。
「姉上、お元気で。いや、きっとこっちの心配が要らないほど元気にやってそうだけど」
「そやな。恐らくずっと元気で幸せにやってるわぁ」
「それから、カオル.....いや、義兄上か。姉上をよろしく頼む」
「いいよ、前みたいに薫で。それに今度は二人で何か食べに行こうか」
「あぁ、そうだな」
最後に、僕へと視線に向けると握手を求めるように手を差し出してきた。
「皆に一人一人感謝を述べたいがあまり時間を取らせるのも悪いだろうからな。
リツ、お前達に出会えたこと心から嬉しく思っている。もう僕達は友だ。
だから、困った時はいつでも力を借りに来い。全力で助けに行ってやる。
お前達が姉上を救った時のようにな」
「ありがとう。その時は遠慮なく力を貸してもらうよ」
挨拶を済ませると僕達は王様とルーク、護衛の兵士に見送られながらたくさんの馬車を連れて霧隠れの森へと向かっていった。
数日後、僕達の前には見たままに霧がかった大森林が広がっていた。
王様から貰った地図的にそこが目的地となるだろう。
僕が先頭馬車に乗ってその後ろを助けた奴隷の人達や村の人達が乗った場所が続いていく。
一応、薫の木の綱ではぐれないようにつないであるけど、未知の場所ってのは何があるかわからないからな。
森に入っていくと視界が真っ白という表現が正しかった。正面を<照明>の魔法陣で照らしてるけど、見えるのは数メートル先のみ。先ほどまで晴れやかな道を走っていたのに。
そして、そこに住む魔物はさすがというべきか、霧の中でも迷わずに襲ってきた。
だけど、あらかじめそれぞれの馬車に結界を張ってあるので襲われる心配はない。
はぐれないようにさえすればいいのだ。
王様から貰った道案内の魔道具は真っ直ぐ緑色の光が伸びていたかと思うと突然右に曲がったり、左に曲がったりとして、確かにこれは普通に歩いていれば迷うと思う。
それから数時間後、目の前に光が刺してきたかと思うと突如として目の前に巨大な広い空間が現れた。
加えて、そこは霧がかかっておらず、まるで霧が結界の役割を果たしていたような感じである。
「なんだここ......街一つ分ぐらいの広さはありそうだぞ」
馬車を降りて見回してみれば開拓されたようなその空間は木一つなく土地が整備されている。
いや、整備というか強い圧力で平らになったような感じか。
「村を作る分には申し分ない広さだな」
「というか、広すぎるけどね」
蓮と康太がそう話しかけて来る。まぁ、皆抱く感想は一緒か―――!?
その瞬間、突如として強い気配が周囲を駆け巡った。
それは皆も同じようで、すぐさま警戒態勢に入る。
「おいおい、そんな警戒すんなって」
その声はどこか野性味を帯びた男の声で、気が付けば白い短ランを裸の上から着たような豹の獣人らしき人物が立っていた。
「俺の名はガレオス。で、お前らは何者だ?」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




