第43話 想いの差
―――ヨナ(現在人格セナ)視点―――
相手はリツと同じ勇者としてこの世界に呼ばれた存在。
そして、あいつらから聞いたけど、その勇者という存在は多かれ少なかれ一般人よりも強い力を持つと聞いた。
となれば、目の前にいるヤリヤも恐らくそっちの類で、加えて謎の力によってさらに力が引き出せる状態にある。
そんな相手に勝つとすれば、相手のペースに乱されないでひたすらに勝ち筋を探っていくのみ。
そう考えると遅かれ早かれ丸薬は使うことになってたみたいね。
そして、その丸薬の効果はおおよそ10分。その間に決着を突かなければいけない。
「ぶちのめす? ハッ、それはさすがに無理だな。
俺にはお前じゃ絶対に勝てねぇ力がある。
早めに諦めろよ。要らぬ傷を増やすだけだぜぇ?」
「どちらにしろ傷ものにするくせによく言うわ。
それに私にも引けない理由があるのよ。
あんまり舐めてると痛い目みるわよ?」
そう、私には引けない理由がある。
それはこいつらがしたリツ達に対して濡れ衣を着せたこと。
別にリツ達からお願いされたわけじゃない。
だから、これは私の個人的な感情。
不意に重ねてしまうのよ、過去の自分と。
無力な私がただ仲間が傷ついていく姿を見ながらも逃げることしか出来なかった忌々しい記憶が蘇る。
あれほど自分を呪った時のことはない。
だから、もう逃げなくていい様に、そして私の手でも守れるように力を蓄えた。
今ここで引いてしまえば結局私は過去の自分と同じで臆病なだけの人であってしまう。
その過去とおさらばするためにも、私がこいつに勝ってリツ達の濡れ衣を晴らしてやるわ!
「それじゃあ、遠慮なく行かせてもらうわ。早々にぶっ倒れんじゃねぇぞ!」
ヤリヤが真っ直ぐ突っ込んでくる。
その速度はギリギリ位置が把握できる程度。また格段と速くなったわね。
「風旋斬波」
「くっ!」
ヤリヤが突き出した槍を体を捻って半身で躱した。
しかし、槍を中心とした横側に円形状の斬撃がいくつも放たれていく。
正しく躱されることを想定とした動きに対する攻撃。
私は作り出していた両手の剣でその斬撃を防いでいく。
すると、その隙を当然相手は突いてきた。
「ほらよ!」
槍を棍棒のように薙ぎ払ってきた。
その槍は私のわき腹に直撃してそのまま吹き飛ばしていく。
地面を転がりながらも体勢を立て直した私にすぐさまヤリヤは手に持っていた槍を投げてくる。
自分の武器をわざわざ手放した? 戦士として自らの力を封じるようなものよ!?
その槍を私は横に飛んで躱していくとその場所に目がけてヤリヤが拳を振りかぶって突っ込んできた。
大雑把な右ストレート。これならまだやりあえる。
「おら―――くっ!」
振るってきた右手を交わすと左手の剣を短剣へ、さらに逆手に持ち帰ると避けた右腕へと刺していく。
相手が一瞬怯んだ所で右手を突き出したが、それは手首で抑え込まれ、その状態で相手は頭突きしてきた。
額に重たい鈍痛が響いてくる。
痛ったい! どんだけ石頭なの! でも、これでやられっぱなしはなしよ!
後ろにのけ反りながらもそれを利用して相手の踏み込んだ足に右足を乗せるとそこで踏み切った。
そこからバク宙する勢いで左ひざでヤリヤのあごへとヒットさせていく。
相手はそれによって大きくのけぞらせた。
そえによって出来た最大の隙を突こうと接近したその時、相手は伸ばした両手に魔力を集中させて、そのまま魔法を放っていく。
「爆塵波」
至近距離で逃れようのない巨大な爆発が起こった。
くっ、なんてこと! 自分もろとも爆破させるなんて!
その爆風で私は大きく吹き飛ばされた。
咄嗟にガードをした腕は大きめな火傷の痕が出来ている。
すぐくヒリヒリする。これは傷が消えるまでに時間がかかりそうね。
応急処置としてリツからもらった<治癒>の陣魔符を貼っておこう。
「今のは効いたなァ。さすがに」
辺りに広がった黒い煙を槍で切り裂いて平然と歩いてくる。
私以上に見た目に外傷がない。あの距離を無傷でなんてありえない。
魔法防御力が跳ね上がってるってこと?
いや、それでもまだ勝機はあるはず。
少なからずあたしの攻撃は効いてるって本人は言ってたし。どこまではわからないけど。
それにしても、先ほどの攻撃といい私が知っている槍の使い手とは大きく異なった使い方をするわね。
本当にただの武器って感じがして、槍使いらしい動きは技を繰り出した時だけだし。
どちらかというとスラム街の人達がケンカするような動きに近い。
となると、相手の槍使いとしての練度はそこまで高くないってことになるわね。
そうと決まれば槍よりも近い間合いで詰めて槍の間合いを封じるべきね。
相手は武器がある以上、それを武器として使うだろうけど、その武器が使いこなせてない以上、その状態で切り崩せば必ず大きな一撃を入れる隙が出来るはず。
ズキズキと響いてくる頭と継続的に感じるわき腹の痛みを堪えながら私はその手に弓を作り出した。
そして、射出するのは弓ではなく短剣。それを弓に構えて大きく弦を引いていく。
「近づけさせないつもりか。それじゃいつまで経っても俺には勝てないぜ?」
「いいえ、違うわ。それで勝てるもの」
私は短剣を放っていく。
弓の狙いはウェンリから教わっってるから中の上って感じかしら。
「しゃらくせぇ!」
その短剣の軌道を読んで躱しながら接近してくる。
やはりそれを武器で弾くということはしないのね。
というより、槍使いがやるような振り回しは出来ないと見るべきね。
相手は順調にこちらへ近づいて来る。
その度に残像に残る薄ら笑いがチラついて見えてくる。
そして、眼前へと接近すると意気揚々と話しかけてきた。
「ほら、近づけた! これじゃ、俺に勝てねぇんだよ!」
「だから、違うって言ってるでしょ? それに遠距離で勝つなんてことは一言も言ってないわ!」
「っ!」
突き出してきた槍に対して、私は武器を弓を半分に折るとそこからガントレットに変えた。
そして、槍は左手のガントレットで受け、右手をそのまま突き出してく。
近づいてきたんじゃない。近づけさせたのよ。
あんたみたいなら性格なら自分の優位を見せつけられる時に必ず油断する。
それがこの瞬間。弓の間合いを消せたからって不用意に近づくんじゃないわよ。私の魔法を見てなかったの?
加えて、さっきから妙にやらしい目で見てくんじゃないわよ!
渾身の右拳はヤリヤの顔面に直撃し、さらに私はリツから貰ったとっておき魔法陣を発動させた。
「さっきの火傷は痛かったわ。だから、あんたも味わいなさい!」
「がっ!」
右拳が爆発した。これは拳に<爆破>の陣魔符を貼りつけていた影響だ。
先ほどの攻防のうちに張り付ける余裕はないけれど、代わりに弓に巻き付けておいたの。
そして、私の物質変形によってその陣魔符がくっついた状態でガントレットへ変形させた。
相手は自分が攻めれてることに優位性を見出していたから気づかなかったみたいね。
ま、気づいてもあの距離で避けられることはまずコイツじゃあり得ないわ。
ヤリヤは地面に大胆に転がっていく。
初めてまともなダメージを与えた気がした。
だからこそ、ここで一気に畳みかけていく。
「私が本物の槍の使い方を教えてあげる!」
私は手からガントレットを魔力へ霧散させ、代わりに槍へと形作っていく。
そして、地面に膝をついているヤリヤに向かって槍を突き出した。
それを相手は横っ飛びで躱し、そのまま仕返しとばかりに槍を突き出してきた。
なので、すぐに槍を横向きに変えて両手に持ち、指先で回転させていく。
それによって、素早く持ち替えると相手の攻撃を槍で弾いた。
そしてそのまま胴を中心として回転させ、連続で突きを放っていく。
「クソ、俺が押されるだと!?」
ヤリヤは理解できてない状態のようで困惑の表情を浮かべ、大量の汗をかいている。
それが武の心を知らないあんたとあたしの差ね。
私はゾルと出会ってから彼に様々な武器の扱いを教わった。
彼にも得意不得意があるようで教え方に差があれど、それでもその部分は本を読んで実際に上手く扱えるように修行したわ。
その時間が今こうして私の守りたいものために力を貸してくれる。
守られるだけの世界から守ることのできる世界に変わった私の人生を舐めんじゃないわよ!
槍を巧みに振り回しながら、突き、薙ぎ払い、振り下ろし、打ち付けていく。
その度に相手は後退を余儀なくされた。
もうこれ以上にあんたに押し返せる力はないわよ。
なんせあんたはもう十分なほどに謎の力に頼ってこのザマなんだから。
「お、俺が女に負ける!? ふざけんなっ!」
ヤリヤは私の攻撃を気力で弾いた。でも、もう遅い。
私は生まれつき一つ特技があった。
それは相手の技を一度見ただけでほぼ完ぺきに近い状態で扱えるというもの。
そんな能力がありながら結局国にいた頃は軽い汗を流すときぐらいしか武器を振るわなかったんだからもったいない話よね。
でも、これからの旅はその能力が大いに発揮されるわ。そして、これが最初になる!
「鬼槍術―――凛水颯剃」
私は槍を振り回しそのまま相手にぶつけていくと最後は槍の刃の反対部分の底を胸部へと強く叩きこんだ。
本来は刃の方を当てるんだけど......まぁ、さすがにリツの同郷を殺すってのもね。
「私に気安く触ると切り傷じゃすまいわよ。
そういう意味ではあんたはリツ達と同郷って事実に感謝すべきね。このままここで伸びてなさい」
そして、息を吐くと張り詰めていた緊張の糸がほどけて一気に力が抜ける。
咄嗟に槍を杖代わりにして崩れ落ちるのを防いだけど、丸薬の効果が切れたのも相まって疲労感がさすがに凄い。
「うっ......」
頭に鈍い痛みが響く。
それはヤリヤに貰った攻撃によるものではなく、もっと個人的な事情。
やっぱりこの人格になれる時間が短くなってる。それは嬉しいのやら寂しいのやら。
だけど、せめてこの作戦が終わるまでは持って頂戴!
「いたぞ! こっちだ!」
兵士の声が聞こえてきた。
何人もの兵士が城の上からやって来たみたいで、先ほどの戦闘で音に気付いたのだろう。
「さてと、相手してやりますか。リツ、あんたも急ぎなさい」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')