第41話 守る存在の差
―――堅持康太 視点―――
北谷重太―――不良グループの中でも一番の大柄な体型であり、どこかぶっきらぼうな口調をした存在だった。
グループの中でも遠くから観察している様子だと口数も少ないが外見的威圧はまるで裏社会の住人のように強い。
そんな人物がどうしてこんなところに? 偶然だとしたら運が悪いな。
「よう、デブ。まさかこんな所で会うなんてな」
低い声でそう呼びかけてくる。
その声に視線を向けるとすぐに外見が目に入って来たけど、もうその姿でビビる自分はいなかった。
「北谷君、どうしてこんな所に?」
「偶然だ。だが、偶然にしてはいいもん見つけたしな」
その目線の先は僕を通り越した結界に守られてる奴隷の子達の方であった。
中では自分と近しい年齢の子達もいる。
彼のあの目だけでおおよそのことは察することが出来た。
「まさかとは思うけど、この子達を襲うとしてるわけじゃないよね?」
その質問に対して北谷君は笑うと平然と告げる。
「当たり前だろ。こいつらはそういう存在なんだから」
その言葉に思わず怒りが込み上げてくる。
胸の奥にグツグツともっと黒いものさえあるかのようだ。
そして、僕は背負っていた自分と同じ大きさ程のハンマーを片手で持ち、その先を北谷君に向けた。
「何の真似だ?」
「決まってる。この子達を守るのはおいらの役目。この子達の盾になることがおいらの使命」
「ハッ、言うようになったじゃねぇか、ビビりデブ。国から追放された間に何かあったか?」
「あったよ。色々とね。そのおかげでもうおいらは臆さない。守る存在が出来たから」
その言葉に対し、北谷君は肩に担いでいた大剣を下すと両手に持ち直して振り上げた。
「調子づいたこといってんじゃねぇよ! デブが!」
そう言って、北谷君は躊躇なく僕に襲い掛かってくる。
その気迫に動き。まるで狩りを楽しむかのようだ。
そして、その大剣の振り下ろしに対して、合わせるようにハンマーをぶつける。
こんな攻撃じゃおいらは惜し負けない。
「おっ!?」
北谷君は僕に弾き飛ばされるとそのまま数メートル吹き飛ばされていく。
地面を転がって着地するとすぐにおいらを見た。
「まさかお前がそんなに怪力だったとはな。
だが、それも所詮身体強化によるものだろ?
俺の攻撃に魔力が尽きなければいいな」
ん? もしかして錬魔を知らないのか? とはいえ、油断はならない。
そういえば、律が化叉君に変な光る刻印があって、それが他の仲間にもあるかもしれないと言ってたけど、見たところ体のどこにも刻印がない。
いや、鎧で見えなくなってるだけでどこかにあるかもしれない。
それが光った時は注意した方がいいと言ってたから警戒は怠るな。
北谷君はこの戦闘自体を楽しんでいるかのように笑っている。
まるでこっちをいつでも仕留められるかのように。
「おい、こっちはそろそろ準備運動が終わるが、そっちはそんな貧弱な装備でいいのか?
今身に着けてる兜に鎧も俺のに比べると随分強度が弱そうだ。
それにお前は<重壁士>なんだろ? 盾はどうした?」
「思ってた印象よりも随分としゃべるんだね」
「俺はもともとこんな感じだ。他の二人が俺よりもしゃべるから聞き役になってるだけだ」
北谷君は大剣を中段に構える。
「タンクが盾も持たずに何を守れるってんだ?
それとも盾なしでも勝てるといきがってるだけか?」
「おいらは盾を使わない。おいら自身が盾であるから。
だから、勝てると思って調子乗ってるわけでもないし、ましてや負けるつもりもない」
「ハッ、小っせぇ魔物ごときにビビってたお前が対人戦で俺に勝てるわけねぇだろ!」
「っ!」
先ほどまで遠くに見えていた北谷君の姿が急激に眼前まで差し迫った。
そして、左足を踏み込むと体重を乗せるように大剣を大降りに振り下ろしてくる。
それを横ステップで躱した瞬間、地面に接した大剣はまるで地面を爆発させるかのようにその場を抉った。さらにそれは数メートルと切込みが伸びている。
不味い! すぐ近くには結界がある!
いくら律が用意してくれた結界とはいえ、これよりもさらに強い威力が結界に襲い掛かれば子供達が危ない!
「まだ終わんねぇよ!」
北谷君はそこから剣先の向きを変えるそのまま下から上へ振り上げてくる。
このまま避けることは容易い。でも、避ければおいらはその結界から遠ざかり、逆に北谷君は近くなる。
北谷君の狙いは結界内の奴隷の子達。
となれば、その剣先を結界破壊へと目的を変えるかもしれない。
となれば、ここでおいらができることは一つ!
北谷君の大剣の振り上げに合わせて<重壁士>のもともとの高い防御力に錬魔で強化した魔法防御、並びに発動の際に体重が増すことを利用してその剣を左腕で受け止める。
「はっ!?」
北谷君は大振りの一発が片腕で止められたことが理解できないらしく一瞬止まって見せた。
これが僕が盾を必要としない理由だよ。とはいえ、滅茶苦茶痛いけどね!
その隙を狙って右手に持っていたハンマーを思いっきり横降りしていく。
それは北谷君の右横を捕えて、その場から大きく吹き飛ばした。
北谷君は地面を転がりながらもすぐに体勢を立て直すように膝を立てた。
そして、自分の一撃を受け止められ、さらには一撃を貰ったことに腹を立てているようにこちらを睨みつける。
「痛ってぇな! クソが!」
そして、立ち上がると自分の理解できていない状況について質問を投げかけてくる。
「お前のその魔法はどうなってやがる。
盾もなしでどうやってそんな防御力があるんだ? まるで俺達のように」
「別に教えてもいいけど、教えたところで今になんも影響しないでしょ?
ましてやそれを聞いて心入れ替えて修行するわけでもなしに」
「くっ、ははっ、そうだな。確かにそうだ」
そう言って、北谷君はニヤリと笑った。
すると、おもむろに両手に持った大剣を頭上に掲げる。
「聞いたところで意味ねぇし、興味もねぇ。
それよかこれ以上体力使うわけにもいかねぇ。
お楽しみの前にへばりたくねぇしな!」
北谷君は順手から逆手に持ち替えて剣先を地面へと向けるとそれを思いっきり地面に刺した。
「重剣術―――地爆砕」
剣先を中心に直径二十メートルにもわたって地面に細々としたヒビが入っていき、そこからは膨大なエネルギーが下に溜まっているかのように光を放った。
「不味い―――守護の障壁」
その直後、その範囲が一気に大爆発を起こした。
その場一体に一瞬にして衝撃波が伝わり、砂煙がその場を見えなくさせていく。
子供達を守るために僕は魔法で板状の魔力でできた壁を作り出した。
それによって、爆発の爆風と衝撃波を防ぐ。
「ま、そりゃそうするよな。あくまでお前は守るんだから」
「っ!」
背後から聞こえた声は北谷君の声であった。
すぐさま後ろを振り向くと大剣を構えた彼の姿がある。
僕はすぐに魔法防御をかけて体で受け止めようと思った―――が、その瞬間体に言い得ぬ恐怖に襲われた。
そう、それはさながら自分の死の予兆が伝わって来たかのような感じで、視界も異様に速く振り下ろされたはずの剣が目で捉えられるほどにはスローになっている。
そして、僕はそこから体を大きく逸らしてその攻撃を回避していく。
鼻先数センチと通り抜けていき、自分の宙に浮いた冷や汗がその大剣の剣先に吸い付いていくのがわかった。
「チッ、無駄に勘が鋭いな!」
そう悪態をつきながらも彼はそのまま振った大剣を地面に突き刺し、そこを基点とするように足を上げて、剣を振り回した勢いを遠心力に変えておいらの胴体を蹴った。
その蹴りが胴体にメリメリと音を立てていくのを感じる。鎧が簡単に形を変えていく。
ましてや咄嗟に避けたとはいえ、剣を受け止めた時と同じ魔法防御をかけているにもかかわらず、おいらの増えた自重をものともせずに吹き飛ばした。
これほど吹き飛んだのはまだ村で修行中の頃に自分の向上した魔法防御を試すために律に全力で殴ってもらった時以来だ。
ドゴンと地面が凹む形で着地した。
口から血の味が込み上げてくる。
今痛烈な横っ腹蹴りでどうやら内臓がやられてしまったらしい。
それにその一撃を受けた鎧の部分は凹んだと同時にものの見事に砕けている。
痛たたた、どうやらこれが律が言ってた急激なパワーアップというやつみたいだな。
「へぇ、まともに受けてまだ動けるとはな。やるな」
「別に。盾がそう簡単に壊れちゃダメだと思っただけだよ」
「ほう、そうかそうか。じゃあ、どっちが先に力尽きるか試してみようじゃねぇか」
「っ!」
そう言って、北谷君は大剣を振り回してくる。
にもかかわらず、対応しているそれはまるで片手剣の連撃のよう速く、一撃は重撃武器さながら。
こっちはそれを見切るために体の動き、足の向き、目線でなんとか対応していく。
相手の一撃がこっちの防御力を上回ってるだけにゴリ押し攻撃すれば、確実に体の部位の一つが吹き飛ぶからそれは出来ない。
そんなことを擦れば、きっと守ることが出来なくなってしまうから。
「ま、こんなもんでいいだろ」
そう言って、北谷君は強引に剣を弾き、距離を取っていく。
咄嗟に位置を確認するとおいらの後ろには結界があった。ま、まさか!?」
「さて、守るならしっかりと守ってくれよ。俺のお楽しみのためにな!」
彼は大剣の剣先をこちらに向けるとそこに膨大な魔力を集約させていった。
明らかにこの場一体を消すような高エネルギーの塊だ。
「砲滅波動」
そして、その砲撃を容赦なくこっちに向かって放って来た。
後ろに守るべき存在がいる以上逃げるわけにはいかない。くっ、舐めるな!
「超剛力」
おいらはありったけの魔力を防御へと変換してその砲撃にタックルした。
すると、そこを切れ目に砲撃が結界を避けていく。
「一体どこまで耐えれるか見ものだな!」
だけど、砲撃の勢いが激しくもう何百キロとあるおいらの体重が地面を抉りながら押し込まれている。
怖い。このまま押されてしまったらまたあの時みたいな悲劇を繰り返す。今度は目の前でだ。
それに僕自身がそうなってしまったら、皆が悲しんでしまう。そんな姿は見たくない。
一歩前に足が出る。
「まだ粘るか。だが、いくら防御を上げようと生身じゃもう耐えれないだろ!」
怯むな。臆するな。おいらは何のために修行したんだ。
自分の臆病を直したいからだろ。
レッドアームに襲われたあの時にみたいに動けなくなるのが嫌だからだろ!
また一歩足が前に出る。
「チッ、長いんだよ! さっさとくたばれ!」
そして、あの村の悲劇の時に思ったんだ。
今度こそ守れるような存在になろうと! 救うべき人達のために!
協力する仲間のために! 一人で抱え込みがちなアイツのために!
おいらの足が連続して数歩前に出た。またさらに連続して数歩。
そこから足の動きは少しずつ速くなっていき、徐々にその砲撃を押し返していく。
「......はっ?」
おいらはだんだんと歩き始め、やがて早歩きになり、軽く走り始め、最後には全力で走ってどんどんとその砲撃を押し返していく。
「待て待て待て! それはおかしいだろ!」
北谷君の焦る声が僅かに聞こえてきた。おかしい? そんなことはない。
「これがおいらとお前の守るものがいる差だ」
「がっ!」
そして、おいらは北谷君を捉えるとそのままタックルで数百メートル離れた城壁まで吹き飛ばした。
彼はそこへ壁にめり込みながら気を失ったようだ。
「......ふぅ、終わったー」
さすがに疲れた。皆、おいらはやったよ。だから、そっちも頑張れ。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')