第30話 滞在の理由
「ふは~、緊張した~」
ロイゼル王から用意された部屋に入ると早々にベッドに寝転んだ。
そして、緊張で張り詰めた体で脱力。
ああいう場面とかスピーチで全校生徒の前に立たされてる感じで苦手なんだよなぁ。
実にリーダー向きじゃないメンタルしてる。
とはいえ、意外と何事もなく終わって良かった。
王子のように人族との溝の話を切り出されてそのまま敵対なんかされたら種族平和はかなり厳しくなる。
まぁ、それだけこの世界における獣人の立ち位置というのが人族からそれこそ迫害に近い形で受けているみたいだけど。
いや、それ以上に人としての尊厳すら持たれてないか。
「これからはどれだけ信用してもらえるかってことかぁ。
なら、こっちが先に信用してみせないとダメだよな~こういうのって」
なんか難しくなってきたな......いや、もとより僕達が目指そうとしていた道がそういうことで僕自身の想定が甘かったというだけか。
それにしてもこのベッドふかふかで気持ちいいな~。眠くなってきた。
―――十数分後
「......はっ!」
思わずパッと目を覚ました。
寝るつもりは無かったが睡魔には抗えなかったらしい。瞼が重い。
「すーすー」
「寝息?」
思わず確認してみると僕の腕を枕にしてアイが寝ていた。相変わらずの甘えん坊だな。
とはいえ、本来なら両親から受けるはずだった愛情を無意識に求めてしまっているとすれば、僕の野暮なことはするつもりはない。
「しっかし、これでは動けないんだよなぁ」
―――コンコンコン
突然のドアのノック音。
誰だろうと思っているとすぐにわかる声がしてきた。
「入ってもいいですか?」
「ヨナか。うん、いいよ」
ヨナがドアを開けるとすぐさま僕達の光景が目に入ったのか「ふふっ、相変わらず仲良しですね」と慈愛の笑みを浮かべる。
そして、近づいて来ると隣に座って話しかけてきた。
「国王様が『夕食は豪勢にしておくから期待しとけ』とのことみたいですよ」
「それはなんか嬉しいやら気が重いやら......にしても、そんなことを伝えに来たの?」
「いえ、ただ少し暇だったのでお話ししたかっただけですよ。
例えば、リツさんがもし野望を叶え終わった時にしたいこととか」
したいこと、か。そう聞かれるとなんも思いつかないな。
とりあえず、今は今のことに集中っていうか。
「なんにも思いつかないなぁ。逆にヨナは何かあったりするの?」
「そうですね。私の薬学を活かしてどんなケガも治せるようなお医者さんになれたらいいですかね。
まぁ、罪滅ぼしに近いですけど......もう覚悟したことなんで」
そう言うヨナの目はどこか遠い目をしていた。
それは過去の出来事を憂いている結果なのだろうか。
「それは良い夢だね。皆から癒しの女神なんて呼ばれちゃうかもよ?」
「そ、それはなんか恥ずかしいですね......でも、そう呼ばれるってことはそれだけ私の活躍が認められ、多くの人を救った結果だとしたら素直に受けるべきでしょうか」
「そりゃ受けるべきなんじゃない? 別に悪いことでもなければ―――」
その瞬間、僕の罪悪感がズキンと心を抉った。
それはヨナが言っている未来の姿が今の正反対であるからだ。
そして、今を僕がそう選択させてしまった。
人族以外の差別を受けている種族を救うために、ヨナに人族を殺させているのだから。
それがヨナの意思であろうとも救うはずの医者が人を殺めてしまったら本末転倒だ。
僕の野望はそれを強いている。皆に強いている。それを自覚しなければならない。
皆、どこまでもついてきてくれる様子だけど、最悪の線引きは考えとかなければならないかもしれない。
「ん?......お兄ちゃん?」
「ごめん、起こしちゃったか」
不意にアイが目を覚ました。そして、目を擦りながら僕の方を見てくる。
その瞬間、僅かにアイの目が見開いた。
「アイはここにいるの!」
「ど、どうした急に?」
アイが抱きついてくる。びっくりしたが寝ぼけて甘えているだけだろう。
そんなアイの頭を優しく撫でていく。
すると、先ほどまで動いてなかった尻尾が急激に動き出した。
「リツさん......」
「どうしたの?」
「いや、なんでもありません。ただの気のせいでした」
「?」
ヨナはそう言ってなんでもなさそうに笑みを浮かべた。
ただその笑みが少しだけ固く見えたのは気のせいだろうか。
それから、僕達は他愛もない会話を続けていった。
その時も終始ヨナの反応が頭の片隅から離れることがなかった。
****
「さて、この国自慢の品々だ。是非味わってくれ!」
夕食時、王様に呼び出されて向かった長テーブルのある食堂ではそれこそ漫画でしか見たことなかったような料理がたくさん並んでいる。
そんな料理を目の前に僕達異世界組の四人は瞳を輝かせた。やべー、すげーしか言葉が出てこない。
なんせ輝くエフェクトさえ見える料理なんて召喚で呼ばれた際のパーティーでしか見たことなかったからな。
アイも似たような反応で、ウェンリも表情変化は薄いが尖った耳がピクピクと反応してる様子からはちょっと興奮気味なのだろう。
対照的にヨナはどこまでも普通であった。
驚いた様子ではあったが、「これがこの国の伝統料理ですか」と違う関心を向けていてそこはさすが王女様と言えるかもしれない。
そして、僕達は遠慮なく食事をいただいた。うん、めっちゃ美味い。
食べるたびにお腹が空いてくるような感じさえしていくらでも食べれそうだ。
それに失礼な話だが一応毒とかが盛られている様子はないみたいだ。
まぁ、王子があんな様子だったし王様の言葉があるとはいえ一応ね。
ちなみに、王子様はいないみたい。
食事を楽しんでいると王様が突然話しかけてきた。
「そういえば、聞きそびれてたんだが......なんでそこに金狼族の娘がいるんだ?
その一族は国から追い出された種族でこの国を嫌ってるはずだが」
その言葉に思わず手が止まる。そしてすぐに聞き返した。
「どういうことですか?」
「まぁ、とっくの昔の話で先代の失敗談の一つだ。
金狼族はこの国でも高い戦闘力を持った種族でな。国のお抱え兵士みたいな存在だった。
だが、ある時その当時の国王に仕えていた大臣が金狼族がクーデターを企てているというホラ話を国王に聞かせ、それを鵜呑みにしてしまった国王は金狼族を国から追い出したという話だ。
それが大臣の王国乗っ取り計画だと知った時にはすでに遅かった。彼らが戻ってくることはなかった」
「そんなことが......」
「とはいえ、いつまでもそういうわけにもいかねぇって話で。次の王から金狼族に和平交渉するようになった。
で、国の兵士として戻るつもりは無いが、国境警備ぐらいはしてくれるってことで人族の出現が多い南西方面を警備してもらってたんだが、一年前のある日突然村はポツンと消えてしまっててな。
何かやらかしたって思ってだいぶ焦ったんだが......どうやら無事のようだな」
「無事じゃないの」
皿の上に置かれたフォークがカランと音を立てた。
それをしたのはアイでアイは睨むようでも、威圧をかけるようでもなければただじっと王様へと目線を向けた。
しかし、表情変化の豊かなアイが真顔で見つけるその視線に王様は思わず眉をひそめて聞き返す。
「どういう意味だ?」
「アイのいた村は人族によって崩壊したの。生き残ってる数もわからない。
ただ少なからずいえるのは大半の皆は殺されたってだけなの」
「なんだと!? ちなみに、その人族の容姿を覚えているか?」
「えーっと、人族が祭壇で着ているような......なんだっけ? 法衣? みたいなもので全身が白かった」
「そうか。ちなみに、お前の両親は......いや、余計な質問だったな。両親の名前を憶えているか?」
「お父さんがワークスで、お母さんがルートラ」
「よりにもよってあいつらの娘か......ここは生き残ったことを喜ぶべきだろうな」
王様が深刻そうな顔で呟く。そう聞いたってことは何やら縁があったみたいだな。
しばらく何かを考えた後、王様はパンッと一回手を叩いた。
「悪いな、俺の余計な質問でせっかくの食事を台無しにしちまうところだった。
正直、聞きたいことはたくさんあるが、それでも今この場は楽しむべきだ。
なんせ食うことは生きる上で大切なことだしな」
そこからは再び食事を再開したが、さすがに先ほどのような楽し気な雰囲気とはいかなかった。
食事が終ると王族御用達のお風呂を貰ってその後は多少の修行の後に就寝。
寝るときはどうやら夕食の話で寂しさを感じたのかアイがやってきたので添い寝してやった。
それからというもの、僕達はこの王国内で数日を過ごすこととなる。
というのも、僕達が出発しようとするとあれやこれやと理由をつけてこの国に留めさせられるのだ。
最終的には、「この国の民と仲良くなっていた方が最終的な目標に関してスムーズに事が運ぶかもしれないぞ」との王様の言葉で、妙な裏を感じつつも悪いことはしないだろうという信用を持ってその数日間を過ごしていった。
その間、せめて城内の兵士とは仲良くなろうと頑張り、獣王国では力が重視されているだけに兵士はやたら血の気が多かったが、ちゃんと実力で示してやると意外とすんなり仲良くなれた。
実に単純すぎやしないかと思ったがそれはそれで楽なので良しとしよう。
そして、ある程度分け隔てなく会話する程度には距離感が詰めれてきたところで、突然王様からの呼び出しを食らって向かった場所は最初に謁見した王の間。
そこに入っていくと跪礼する動作も与えずに王様が僕達に頼みごとをしてきた。
「お前達に折り入って頼みがある。俺の娘を助けて欲しい」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')