第27話 安らかな火葬
僕が領主の家から戻ってきて皆で夕食を取ると再び全員で一室に集まった。
そして、調査班の情報収集を全員に共有していく。
最初に手を上げたのはウェンリだった。
確か冒険者に聞き込みをしたんだよな。
「まずあたし達から。この街に長らく住み着いている冒険者から聞くとここでの奴隷で売り買いは前からあったそうね。
そして、一か月前程まで帝国の王様による奴隷調査が行われたらしいわよ。
なんでも、とある獣人を求めていたとかで」
「帝国が......他には?」
ウェンリの言葉に補足を入れるように発言したのは康太であった。
「その影響のせいか、王様によりよい奴隷を提供しようと各地で奴隷商人の動きが活発になったと。
そして、それは奴隷を売りに来る盗賊達の動きも活発化させたようで、今は小さくなってるけどまだその余波が多少残ってるみたい」
「まぁ、その後のことは想像つくけどね」
その話を聞くと脳裏に領主の地下のことを思い出した。
あの胸糞悪いことが陰で行われている。
それ以前に、何の罪もない子が人間のエゴで売買されてることが許せない。
怒りが煮えたぎってくる。しかし、冷静にならねばならない。
僕の行動がこのメンバーの運命を左右するのだから。
「蓮の方はどうだった?」
「闇の住人から聞いたことだが、どうやらこの街は以前から度々領主が奴隷を買っていくのを目撃されている。
町の評判では獣人を使用人にする変わった領主と思われてるそうだが、闇の住人からすれば度々買っていく奴隷が家の中で溢れかえってるはずなのにそこから獣人らしき使用人を見たことがないと」
その言葉に皆の目つきが少し変わった。
全員がその言葉の結末を察したようだ。
「蓮、例のものを」
「あぁ、奴隷商人の商品リストだな。これだ」
僕は十数枚の紙を受け取った。
それに目を通していくと名前、年齢、健康状態、犯罪歴、人種など細かなことが記載されていて、そのいくつかは線が入っている。恐らく売れたのだろう。
「なら、とりあえず犯罪歴のない子供達や女性の解放だな。人族も含めていい」
「それはいいが、奴隷には隷属の首輪がついている。それはどうする?」
「隷属の首輪」―――それは奴隷となった際に奴隷紋とともに首にはめられる特殊な魔道具のこと。
それをはめられるとつけた親以外外すことは出来ず、犯行すれば首輪を通して<電撃>の魔法陣が発動する。
加えて、第三者が無理やり外そうとすれば首輪が爆発し、捕まらないように遠くへ逃げたとしても首輪が放つ魔力で位置が特定されてしまう。
仕舞には離れすぎても首輪が爆発する。
つまり奴隷を開放する上で一番の障害である。
とはいえ、それは魔物を従魔として契約する際に使う魔法陣と似たようなもの。
それに、村にいた時に特殊な魔法陣の例としてゾルさんが実物を見せてくれたことがある。
その時に僕はその課題を完璧ではないが現状では問題ない程度にはクリアしてる。
「それについては問題ない。すでに用意してある」
そう言って突入組であるヨナ、ウェンディ、蓮、薫の四人に僕が作った陣魔符を渡した。
「それは魔法陣で強制的に主導権を取り替えれるようになってる。
本当は魔法陣そのものを壊せれば一番だけど、まだそっちは研究中だからね」
「いや、これでも十分バカげてると思うが......」
「それでこれをどうすればいいんですか?」
「相手の奴隷紋に張り付けてくれ。そうすれば、自分の手の甲に主導権が移る」
ヨナの質問に返答すると改めて皆に作戦を伝えた。
「それじゃあ、早速作戦を伝える。
突入班のヨナ、ウェンリ、蓮、薫の四人は各地にある奴隷商人から奴隷を開放してきてくれ」
「各地に巡回している兵士はどうするの?」
「それは僕が囮になる。解放の合図は後で転写する魔法陣が光ったらだ。
そして、解放した奴隷は門の外に馬車とともに待機している康太とアイの所まで案内してやってくれ」
そう言うとアイに視線を向けた。
「アイ、きっと奴隷の子達は戸惑っていると思う。
だけど、同じ獣人で年齢も近いアイがいてくれると話しを聞いてくれるかもしれない。出来るか?」
「アイに任せて! お兄ちゃんの頼みなら頑張っちゃうなの!」
「それで、おいら達の役割は分かったけど、リツはどうするの?」
「僕は領主に話をつけてくるよ。
ただ騒がしくなりそうだからそれで街のあちこちにいる兵士が集まりそうだね」
僕がそう言うと皆の反応は苦笑いだった。
そして、皆の意見を代表するようにウェンリは告げる。
「もうそれは言っているようなものね」
やっぱ、わかっちゃうかぁ。だいぶ誤魔化したと思ったけど、さすがに付き合いが長いわけじゃないか~。
「ともかく、今日来たばかりの街だけど、この街で今日でおさらばだ。
作戦開始は深夜十二時にする。バレないようにお面をつけてな。
悪役の偉業を歴史に刻め」
「ふふっ、気に入ってますね。そのセリフ」
「......はい」
*****
―――深夜十一時五十七分
夜空に浮かぶ星々と少し欠けた月に背中を照らされながら、僕は領主の家が見える民家の屋根の上にいた。
顔がバレないように狐のお面をつけている。ちなみに、日本風のデザインで自分で作ったものだ。
皆もそれぞれ自作のお面をつけていて、ウェンリは木を削っただけのお面、蓮は蜘蛛のお面、薫は花柄のお面、アイはなぜかバンダナに目を開けたもので、康太は普通に兜である。
そして、あえて挙げたなかったヨナに関してだが、ヨナはデザインセンスに関しては僕達から「画伯」の称号を持っていて、ヨナが気に入って作ったのが「半笑い半泣きのお面」という左右の顔半分で表情が違うお面である。
これを作った時にヨナが見せた太陽のような笑顔の「これ良くないですか?」は見事に誰もが二の句を告げなくさせた。
あれで可愛いと言っているのだからセンスは画伯である。
っと、無駄に耽っている内に懐中時計は十二時の時刻を指した。
僕はお面を付け直すと作戦を開始した。
いつも通りに体に<気配断ち>の魔法陣を仕掛けてから、昨日の帰り際に仕掛けた領主の家を囲う<防音>、<幻惑>、<結界>の魔法陣を発動させていく。
そして、<魔力探知>の魔法陣で夫婦の寝室を確認するとそこへわざと音を立てて侵入する。
「な、何者だ!?」
「だ、誰!?」
領主の夫と妻は驚いた様子でベッドの上で固まっていた。
すると、その音を聞きつけた息子が勢いよくドアを開ける。
「父上、母上、大丈夫ですか!?」
そして、その息子は来る際に持ってきた剣を鞘から抜いて刃を見せると剣先を僕に向けた。
「貴様、何者だ? どこの間者だ。誇り高きフォルニーケ家だと知っての狼藉か!」
「知らないよ。興味もない。どこの間者でもないけど、ただお前達には殺される理由がある」
「殺される理由だと?」
恐怖で震えてるが声が上ずったりする様子はない。
それはつまり地下のことは何も罪の意識がないということ。
「僕は地下のことを知っている。
獣人の奴隷を買っては自分達の快楽のために傷つき苦しんでいく彼女らを見て嘲笑っていることを。
それだけで十分だ。殺される理由は」
「あの玩具のことを言っているのか!?
獣人なんてものは獣を宿した人間の化け物だぞ!?
それを粛清してやってるのだ! むしろ、感謝しかないだろ?」
「それに容姿だけは一端だからな。愛玩道具として使ってやってるだけ幸せなはずだ」
「お前らが勝手に人の幸せを語るな!」
虫唾が走る。彼女らはお前らにそんな風にされるために生まれたんじゃない。
ただ笑って暮らせる日常を過ごすために生まれたんだ。
ゆっくり歩きだす。これがお前らの死へのカウントダウンだ。
その時間に己の重ねた罪に懺悔......するような連中でもないな。
「言っておくが、僕からすればお前達は人間の皮を被った魔物だ」
「ど、どうしてさっきの音で誰も反応しないの!? 兵士は何をやってるのよ!」
「ここは防音となっている。外に音が漏れることもなければ、割れた窓すら幻惑で気づくこともない。
加えて、結界で誰も入ってこれないようになってる。
自分達の“お楽しみ”のせいで使用人を外に出してくれてありがたかったよ。
罪もない人死を出さずに済むからね」
「そ、そんな......」
ようやく死の実感が湧いてきたようだ。
先ほどまでの顔色の変化の薄さは時間を稼げば兵士が助けに来てくれるだろうという余裕の表れか。
「ふ、ふざけんなー!」
息子が剣を振りかぶってくる。
動きはそれなりに剣を収めたもののようだ。
だが、実践は経験してないようだ。
振り下ろしの遅い剣を拳で小突いて折ると顔面にアイアンクローを決めたまま、床へ叩き潰した。
「ヨーゼフちゃん!」
息子を目の前で殺された母親が悲痛な声で叫ぶ。
それがいつもあなた達が死なせてきた奴隷達の声だよ。
ま、それでもまだまだ全然足りないけど。
「次はお前達だ。先に地獄で待ってろ」
だが、いたぶる趣味はない。それだとこの連中と何も変わらないから。
そして、残りの魔物二匹も素早く殺すとその部屋を出て再び地下室へ訪れた。
そして、今なお生きている人達に告げる。
「僕は君達を助けに来た。もう君達を傷つける人達はいない。
信じてもらえるかどうかわからないけど、それでもこの言葉に偽りはない」
「―――わかってるよ」
その時、一人の全身が傷ついた少女が答えた。その声に顔を向けるとその少女は告げる。
「昨日来た透明人間さんとニオイが一緒だもの。
何をしにこんな地獄に潜入したと思ったらこういうことだったのね。
なら、まだ昨日来たばっかの子達を連れて行ってあげて。
何人かは死んじゃったけど、今いる二人は明日以降の楽しみとして生かされてるから」
「あなたはどうするの?」
「私はもう静かに眠りたいわ。せめて温かくして欲しい......」
「......っ!」
しかし、それ以上言葉は言えなかった。その目はハッキリと死を望んでいたから。
「本当に......それでいいのか?」
「いいの。最後に話せたのがあなたで良かったわ。優しい狐さん」
「......わかった」
すると、その女性は眠りについた。
ただもうその人から魔力を感じられない。
僕は言いえぬ悲しさを感じたまま助けた二人の少女を抱え、屋敷から脱出し、再び屋敷が見える屋根に立った。
「次生まれて来るときは幸せに包まれてますように」
そして、僕は魔法陣でその屋敷を火葬した。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




