第23話 友への祈り~勇者サイド~
―――聖朱音 視点―――
―――遡ること脱走者が出てから1週間後
「はぁ......」
ベッドの上で頭を抱え幾度とないため息を吐いてしまった。
どうして......どうしてこうなってしまったのかわからない。
脱走者である堅持康太君、青糸蓮君、花街薫君―――そして、仲居律の四人がこの国から消えてから、りっちゃん達はこの国で自国を脅かす大犯罪者と認定された。
それもこれもあの不良グループの三人が原因なんだけど、りっちゃん達が消えてから数日後に死んだ。
公式的には三人はこの国に潜入していた魔族と交戦し、実力差に殺された.....らしいけど、私はこの話がとんだ嘘っぱちであることを知っている。
それはりっちゃん達が消えたと私達に報告があった時、偶然聞いてしまった。
不良グループがりっちゃん達の仕業に見せかけた魔族との繋がりを隠す隠ぺい工作の話を。
それから、私はその話をケンちゃんに伝えた。
ケンちゃんはそれを聞いた途端すぐに怒鳴りに行こうとしたけど、何とか静止し誰か信用できる人を味方につけている最中であのグループは消えてしまった。
一体どこで聞いていたかはわからない。
ただあのグループには一人他人に姿を真似ることが出来る魔法を扱える人物がいた。
恐らくはその人の仕業だろう。
加えて、魔族にやられたとされる証言が大きかった。
そのグループらしき骨と防具が残っていたらしいからそう判断されたらしいが、そんなの絶対本人達とは違うに決まっている。
しかし、この国の魔族との戦闘意識が強まってしまったせいか今や私達の意見など聞く耳すら持ってもらえない。
むしろ、勇者の私がそんなこと言っていいはずがないと圧力すら感じる。
「どうして......」
そう呟きながらベッドに寝そべった。
窓から差し込む光を手で遮りながらぼんやりと天井を見つめる。
突然の仲間の脱走、その脱走者が犯罪者認定され、そう仕向けた連中はどこかへとんずら。
悩ましいことが多すぎて修練に身が入らない。
今日は久々のオフだけど、考えることはずっとこんなことばかりだ。
そして今日、もう一つ悩ましいことが増える。
―――コンコンコン
「アカネちゃん、部屋にいますか?」
「うん、いるよ」
私はベッドから起き上がるとドアまで歩いていった。
そして、ドアを開けるとそこにいるのはクロード王国の王女にして聖女であるエウリアちゃん。
相変わらず物腰柔らかそうで聖母のような笑みはこっちまでドキドキしてしまう。
「久しぶりだね」
「はい、一週間ぶりですね。変わってなさそうで良かったです」
「急に訪れてどうしたの?」
「お話がしたいと思いまして。時間があれば今からお茶でもどうですか?」
「いいね! 私も話したいと思っていたんだ」
それから用意周到に設置されたお茶会セットの部屋に案内されるとそこでおしゃべりを始めた。
エウリアちゃんは私に自分がいなかったことについて聞いてきたので当たり障りないように話していく。
そして、彼女が訪れた街という話題も振って適度に場を温めていく。
彼女の話を聞いてお茶を飲みながら、頭の中では別のことを考えていた。
すなわち、脱走者に関する話だ。
彼女はお手伝いとして一緒にいたりっちゃんのことをかなり気に入っている様子で、時折自分のことのようにりっちゃんのことを楽しそうに話していた。
本人は自覚してないだろうけど、その時の表情は聖女のような公的に見せる笑顔じゃなくただ一人の好きな人のことを話す女の子だった。
だからこそ、その脱走者の中にりっちゃんがいるということに彼女がどんな反応をするかとても怖く、今もずっと切り出すタイミングを計っている。
そんな私の心の内を悟ったのか彼女は手に持っていたカップを置くと圧力をかけないような笑みを見せながら聞いてきた。
「ずっと浮かない顔だけど何かありましたか? 私で良ければ聞きますよ?」
「......実は―――」
それから私はエウリアちゃんのいなかった時に起きた話をしていった。
その中で少し疑問に思ったのが表情が変わるタイミングで、彼女が脱走者の話を聞いた時にはまるで知っていたような感じだったのに、彼らが罪人となった瞬間にはわかりやすいほどに目が見開いたのだ。
そのまま私は全てのことを話した。
すると、彼女はとても悲しそうな顔でカップの紅茶の水面に浮かぶ自身の顔を見つめる。
「そう......だったんですか。そんなことが......私のせいで......」
私のせい......?
「どういうこと?」
そう尋ねるとエウリアちゃんはおもむろに答え始めた。
「私は彼ら四人が脱走する前日、リツさんからそのことについて話していました。
そして、私自身がこの国から出ることを勧めたんです」
そのことに驚きが隠せなかった。
エウリアちゃんがりっちゃんを?
嫌いになったから......ということじゃないのはさっきの反応でわかる。
いや、むしろ好きな人だからこそ?
「......リツさんは自身の能力不足、力不足に酷く劣等感を抱いてたのです。
そんな彼と同じように悩みを抱えていた三人がリツさんを勧誘し、そしてその直後にたまたま私と会いました。
その時、リツさんがすぐに何かしらの悩みを抱えていることがわかって、話を伺ってみればそういうことだったので、私はあえてリツさんの背中を押すことにしました。それが彼の救いになると思って」
「......そうなんだ」
「けど、私が引き留めなかったせいでこんなことに。
それに伝言を騎士に頼まずに直接アカネさんに伝えていれば......!」
「そんなことない!」
私は思わず席を立ちあがり怒鳴った。
だけど、これは正当な怒りだと思う。
彼女はただ好きな人を助けようとして行ったことだ。
それが結果的に悪い方向に進んでしまっただけで、明確にそうなったのはあの不良グループの連中のせいなんだから!
「今から皆に言おう! エウリアちゃんならきっと―――」
「それは......できないのです」
「え?......どうして!?」
テーブルを叩いて思わず前のめりになる。
だけど、強くなってしまった圧はエウリアちゃんの悔しそうな顔を見てすぐに霧散していった。
「私がそれを嘘だと言っても、それは私がここにいないことの出来事。
聖女の発言とはいえ、確かな説得力はないのです。
ましてや、魔族のものらしき証拠が出てきている以上、私がそれを否定してしまえばこの国自体が揺らぎかねません。
現状、魔族との直接的な交戦はないけれど、小規模では魔族の仕業とされる事件があります。
国の揺らぎは数日で収まるものではありません。
そこをもし魔族に狙われればこの国は終わってしまうの」
「......そっか」
私は力なく座っていく。
「だから、この件に関しては泣き寝入りしかありません。
どうして......リツさんがそんなことに......」
エウリアちゃんは一度目を閉じると気持ちを鎮めるように深呼吸した。
そして、目を開けるやすぐに私の目を見て頭を下げる。
「話を聞かせてくれたありがとうございました。この話がアカネさんから聞けて良かったです」
「いやいや、頭なんか下げなくていいよ。何もできなかったのは私も一緒だし。
だけど、そっか......りっちゃんが劣等感をね......」
そのことに関してはなんとなく気付いていた。なんせ幼馴染なんだから。
私が役職の中で最高職である「勇者」で、ケンちゃんが近接上級職である「拳闘士」。
それに引き換え、りっちゃんは悪い言い方をすれば魔力が多めにあるだけの一般人と同じ「魔法陣術士」。
確かに、自分だけ他の二人よりも明らかに劣っていると引け目に感じてしまう。
「だけど、相談くらい欲しかったな~。幼馴染なんだし。ケンちゃんにすら話してなさそうだったもん」
「だからこそ、ですよ」
私の呟きにエウリアちゃんが返答する。そして、続きの言葉に耳を傾けた。
「幼馴染......距離が近すぎるが故に伝えられない想いがあると思うのです。
それは頑張る二人に迷惑かけたくないだったり、自分はもっと頑張れるとだったり。
リツさんにとっては最前線で戦う二人の方が心配だった。
いつ命の危険に陥ってもおかしくない状況で、自分のことを気にして油断して欲しくない、と」
「......」
「あくまで憶測に過ぎない気持ちですけど、この世界でのありのままでリツさんのことを見てきた私だからこそそう感じたのかもしれません」
「......その気持ちはきっと正しいよ。
りっちゃんてばいつも空気を楽しんでる節があったし」
小さい頃のりっちゃんはケンちゃんよりも活発で、むしろケンちゃんの方が大人しかったぐらいだった。
けど、ケンちゃんがボクシングを始めたぐらいでケンちゃんの方が活発になっていった。
その時からかな、私がケンちゃんを意識し始めたのは。
でも、対照的にりっちゃんは大人しくなっていた。
その原因はなんでかはわからない。
それ以降はりっちゃんはどこか一歩引いたような感じで、私とケンちゃんがテンション高くふざけたりしているとそれを子供のやんちゃを見守る親のような視点で見るようになった。
ひたすらに気を遣うようになった。
相手の気持ちを敏感にキャッチし、私達のことばっかり考えるようになった。
自分の気持ちを素直に吐かなくなった。
どうしてこうなってしまったのだろう......りっちゃんの中で一体何があったのか。
「ありがとうね。りっちゃんの背中を押してくれて」
「え?」
「りっちゃんが自分の気持ちに向き合えたってことだから」
だけど、りっちゃんはエウリアちゃん相手なら自分の気持ちをさらけ出すことが出来た。
まぁ、エウリアちゃんの前だと隠すことが出来ない凄みがあるんだけど。
私はそれが嬉しかった。
ようやくりっちゃんの前に自分の気持ちをさらけ出せる相手が出来たのが。
だけど.....だからこそ、悔しい。
りっちゃんを守れなかった私の力不足が。
「よし、もうこれ以上の話は終わり」
私は一度手を叩いた。
空気を入れ替える意味合いを含めて。
「りっちゃん達はきっとどこかで生きている。そう信じているから。
それにりっちゃんは本当に一つ目標を決めたら一直線に進んでいくタイプだから。
またどこかできっと会えるよ」
「そうですね。元気な姿で会えることを祈りましょう」
そんなことを言いながら私達は窓の外の青空を見て、そこに四羽の鳥が太陽に向かって飛んでいくのを眺めた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')