第22話 悪役の組織
真下に踏んづけているのは首なしの死体。
僕の体は無数のかすり傷や内臓ダメージを受けているが生きている。
僅かながらに心が晴れやかになった。
自分の欲を発散できたんだ。
そりゃ楽にもなるか。
「さ、さ、サルザール様が殺された!?」
「こんなバケモノ誰が勝つってんだよ!」
「死にたくない! 俺は逃げる!」
サルザールに助けを求めたことで勝利を確信していた騎士達の顔は絶望的な表情に変わっており、言葉通り僕をバケモノのように見ると蜘蛛の子散らすように逃げ出した。
「位置座標設定―――転写」
僕は刀を持った右手の人差し指を横に向けるとそこから魔力を飛ばした。
すると、逃げる騎士の背中に魔法陣が浮かび上がる。
その直後、燃えたり、凍ったり、感電したり、風に貫かれたりと誰一人残らず殺していった。
サルザールから足を下すとふと手の甲に何かが触れた。
空を向けてみれば、曇天の空からポツリポツリと雨が降ってくる。
まるで自分の心を表すように雨が少しずつ強くなる。
それは復讐を終えたからこそ感じる消失感なのだろうか。
枯れたはずの涙が再び溢れ出て、雨と一緒に頬を流れていく。
「リツ......」
声がする方を向いてみれば、皆の姿がある。
その表情は全員がなんとも言えない表情をしていた。
まあ、言わんとすることはわかってるよ。
僕が人を殺したからだろ?
「皆、僕は弱かったみたいだ。
村が襲われ、ゾルさんが死んで、女性が犯されて心が耐え切れなかった。
慎ましくも笑い声の堪えない幸せな暮らしを過ごしていくはずだった人達が皆居なくなちゃったんだ。
どうしてただ普通の幸せを願う人ばかり死ななきゃいけないんだろうね」
その言葉に答えてくれる人はいない。
別に同情を求めてるつもりはない。
いや、嘘だ。きっと知って欲しかったんだ僕の気持ちを。
これで許されるなんて思ってない。
この世界では人を殺すことはよくあることだけど、特に僕達四人の中ではないことだ。
あの三人は僕のことをどう思っているんだろう。
軽蔑したかな? 失望したかな?
たとえ大切な人であっても殺しに行くことはしちゃいけなかったかな?
もう......どうでもいいか。
「僕は王国の騎士を殺した。
つまりは王国にケンカ売ったことになる。
だけど、これは全て僕の問題だ。
この責任はもちろん僕が全て背負う。
だから、ここで別れよう。
皆は元気に暮らしていてくれ」
重たい足の踵を返した。
僕はもう戦うと決めた。
だけど、これはあくまで僕の意思。
皆に強制するものじゃない。
「こっちを向いてください、リツさん」
柔らかな物腰の声に振り返るとツインテールを解いたセナ―――ではなく、ヨナの姿があった。
そして、ヨナは僕の目の前まで近づくと告げる。
「歯を食いしばってください!」
「っ!」
頬をビンタされた。
鈍く響くような痛みが顔どころか全身に感じる様だった。
敵と戦ってたどの時よりも圧倒的に痛く感じる。
「勝手に一人で決めつけないでください!
勝手に一人で遠くに行かないでください!
勝手に全部一人で背負わないでください!
これは私の想いであり、皆の想いでもあります。
私は何一つリツさんの行いが悪いとは言ってませんよ?」
「......っ」
僕は返す言葉が見つからなかった。
ただ肯定して欲しかった。
認めてほしかった。
僕が人を殺そうと国を敵に回そうとそれが許される行いである、と。
でも、それは結局責任から逃げるためのことだと思った。
悪になると決めたからこそ、そのことには絶対に向き合わなくちゃいけない、と。
けど、そんな僕の気持ちはとっくに見透かされていたみたいだ。
だからほら、勝手に涙が溢れてくる。
「ぐっ......うぅ、うわああああああ」
「リツさん、私はどんな時でもリツさんの味方ですよ」
ヨナが優しく抱きしめてくる。
そんな母のような抱擁感につい甘えて抱きついてしまう。
そして、子供のように泣きじゃくった。
「私がどんな時でも慰めてあげます」
悲しかった。悔しかった。
村が襲われたことも、ゾルさんが死んだことも、大切な村の住人が蹂躙されているのを見たことも。
「私がどんな時でも癒してあげます」
あの時、自分が村にいれば変わっていたかもしれない。
そんな仮定を考えてしまって仕方がない。
抗いようのない時間の流れに後悔ばかりが残って、それが心を苦しめて傷つけてしまって仕方がない。
「私がどんな時でも力になってあげます」
だから、僕はその救えなかった時間を取り戻すかのように襲った連中を皆殺しにした。
けど、それで晴れたのは僅かばかりで、今でも心の中は後悔や己の未熟さを呪うばかりだった。
「だからもし、リツさんが地獄に行くというのなら、一緒に私も地獄に落ちます。
それが今の私に言えることです」
雨が弱くなっているのを感じた。
そして、自分の涙とともに雨が消えていく。
雲の隙間から光が刺し込んできた。
それは暗く淀んだ森を少しずつ照らしていき、この場所も同じく照らす。
そっとヨナから体を話した。
眩しいほどの光が目に刺し込んでくる。
「リツさん」
呼ばれた声に顔を向けた。
すると、そこには濡れた顔が空の光を纏い、美しく輝くヨナの姿がある。
その艶やかな微笑に瞳が囚われた。
優しくも熱のある真っ直ぐな瞳が僕の顔を動かすことすら許さない。
「私はリツさんに出会えて幸せですよ」
「ヨナ......」
その言葉は真っ直ぐ僕の心を射貫き、壊れた心の破片が少しずつ修繕されていくのを感じた。
殺意で淀んだ思考はクリアになっていき、こわばった体は無意識に脱力していく。
あぁ、ずるいよ......そんな言葉言われたなら、もっと幸せに生きて欲しいと願っちゃうじゃないか。
「リツ」
その時、少し離れたところにいる蓮が声をかけてきた。
そして、当たり前といった表情で告げる。
「お前は俺達のリーダーだ。行く時はどこまでもだ」
「なんせ運命共同体だしね」
「それに僕達がゾルさんの夢を果たしに行くんだよ」
「私も蓮と同じ気持ちだ。ここまで奮起させたのはお前の人徳によるものだ」
「アイはもう家族を失いたくないの。
だから、今度はアイがどこにも行かないようにお兄ちゃんを見張っておく必要があるの」
蓮の言葉から、康太、薫、ウェンリ、アイと僕に各々の気持ちを伝えてくる。
その言葉がどれも本物であるということはすぐに分かった。
だからこそ、涙が止まらない。
「ありがとう。皆、ありがとう......」
僕は頭を下げた。
これが今僕に出来る精一杯の気持ちであったから。
そして、頭を上げるとヨナはそっと僕の手を取り、優しく引っ張る。
「さ、帰りましょう。リツさんがいなきゃ皆帰れませんから」
それから僕達は一夜を過ごすと村を掃除し始めた。
生き残ったのは僕達と犯されながらも命を取り留めた数名の女性。
しかし、その女性達は全員が心に酷い傷を負ってしまった。
自殺しようとする人も出てきたが、それはなんとか阻止し、ヨナとウェンリにケアを任せながら、残りの僕達は亡くなった皆を回収していく。
その皆を一つ一つ康太に作ってもらった棺桶に入れていくとアイの提案でアイのお気に入りに花畑に埋めさせてもらった。
そこに墓標を立てていき、異世界だと少し変だと思うが僕達四人なりの贈り物としてその墓地の入り口となる付近に鳥居をつけさせてもらった。
この墓地は神聖なる領域として、鳥居は魔物の侵入を防ぐとされている。
ここは何人にも犯されてはいけない場所だ。
だから、そういう意味ではこれがいいとみんなで決めた。
供養は鬼人国の姫であるヨナが務めた。
なんでも姫は鬼神に仕える巫女であるらしく、大きな祭りの時や偉大な人が亡くなった時はそういうことをしていたらしい。
それにヨナは壊滅した鬼人国で逃げるのに必死で誰一人としてその国で亡くなった人を供養出来なかったのを悔やんだのも理由の一つとしてあるようだ。
数日とかけて村の片づけをしていった。
そして、全てが終わった頃にはそこには何もない村があった広い土地が広がっているのみ。
「全て消えちゃったね」
「だが、あんな悲惨な状況を残して置くのも忍びないだろう」
薫の言葉に蓮が返答していく。
確かに、それじゃあ死んでいった人達が可哀そうだもんな。
「それで私達の今後の活動方針はどうするの?」
「そうだね。それを決めなくちゃ」
「確かそれについてリツさんから話があるんでしたよね?」
「うん、あるよ」
そう言って僕は地面に地図を広げ、大森林バロンのにある自分達の現在地を指さした。
「今いるのはここだからこのまま南西に移動して街に行く。
そこで食糧調達やその他諸々を集めたら、僕達の行動を開始する」
「それって......」
ヨナが僕の顔を伺うように見てくる。
それに対し、僕は覚悟を決めたように告げた。
「この街は奴隷商人がいる国だ。
そこから不当に自由を奪われた人達を開放する―――多少手荒になっても」
その言葉に誰一人して否定する者はいなかった。
チラッと見回してみれば、それぞれが僕に言われたからではなく自分の意志で覚悟を決めているようであった。
すると、蓮が僕の発言に質問してくる。
「それは......人族以外の種族だけか?」
「......いや、それだとゾルさんの理想とは違う。
ゾルさんは人族でも理解してくれる人はいると信じていた。
だから、同じように理不尽に日常が奪われた者がいたなら助ける。
けど、目の前に助けたい存在を脅かす魔物がいたら殺してもいい。
それは人族に限らずだ」
僕の言葉に言い返す者はいない。
つまりはこれがこのメンバーの共通意思ということだろう。
「僕達はクロード聖王国から悪であると認定されている。
しばらくはバレることはないだろうけど、この活動を続けていけばいずれは耳に入るだろう」
皆が僕の言葉に耳を澄ませる。
「だが、僕達はそれで構わない。
敵が自分達を悪とするなら、その悪役をこっちから買って出ようじゃないか」
皆の目の色が変わる。
もうここからは後には戻れない。
覚悟しているのだ。
だからこそ、皆の覚悟が見えると僕はゾルさんからもらった耳飾りをつけ、告げた。
「僕達は悪役だ。そして、この世界に悪役の偉業を刻むんだ」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')