第20話 殺意の鼓動
急いで走って来たかのような激しく乱れた呼吸。
わき目も振らずに走って来たのか所々に見える枝や葉で切ったであろう切り傷。
そして、多大な緊迫感を与えるような汗をかいた表情。
今のアイの状態を分析するならばそういう診断が出来た。
それは天真爛漫のアイとは真逆の様子といった感じで、今にも泣きだしそうに瞳が潤んでいる。
「助けて! お兄ちゃん! 村が! 皆が!
アイ、怖くて何もできなくて......それで......それで.....」
「アイ......?」
僕達に会えたことで我慢していた涙腺が崩壊したのか勢いよく泣き出し、僕の服にしがみつく。
パニックのようで声が震え、呼吸が乱れている。
そして、その状態で伝えてくるは救いの声。
突然のアイのおかしな様子に皆も戸惑いが隠せないようだ。
だからこそ、リーダーの僕がしっかりしないと。
僕はアイの視線に合わせるようにしゃがむと落ち着かせるように優しく抱きしめた。
伝わってくる速い心音。
相当なことが村に起こったみたいだ。
「大丈夫、僕達がいるから。落ち着いた?」
「......うん」
アイの震えが少しずつ小さくなっていく。
そして、アイから体を話すと改めて村のことを尋ねた。
「村の皆が襲われてるの! 甲冑を着た人達が『邪な種族は神の正義によって裁かれる』って!」
「なっ!?」
それを聞いて僕達はすぐさま森の中を駆け抜けていった。
普段より心拍数が早くなっている。
それにまるで虫の知らせのようにずっと胸の中で何かが渦巻いている。
すると、目的地方向から白い煙が漂ってきた。
これは......木が焼けてるニオイ!
それにその中に血のニオイが混ざってる!
それは村の方向に近づけば近づくほど濃くなっていった。
まるで脳裏に嫌なイメージを擦り込んでいくように。
そして、村の近くにやって来た時にはその周辺の木も激しく燃えていて、村を見てみれば―――
「そんな......」
言葉を失うような光景が広がっていた。
村の原型がなくなるようにあちこちの民家は燃えていて、その近くにはたくさんの住人が血を流して倒れており、その中には子供も含まれていた。
地獄を見ているかのような気になった。
自分の大切な村が、思い出が出来て大切な人が出来て、自分を成長させてくれた村が血と炎で塗りつぶされていく。
心にパキッとヒビが入ったような気がした。
何か良くない感情がその僅かな隙間から滴っていく気すらする。
しかし、僕はリーダーだ。
しっかりしなくちゃいけない立場だ。
安易にこの空気に飲まれるな。
僕は良くない思考を拭うように頭を振ると皆に指示を出していく。
「全員、手分けして息がある人を確かめて!」
その声に放心状態だった全員に意識が戻る。
こういう時にパニックになっちゃダメだ。
それは悪い考えが頭をよぎるから起こるもの。
だったら、考える前に手を動かせ!
僕達はそれぞれ村に倒れている人を抱きかかえ、声をかけていく。
燃えた民家の中や村の少し周辺の森に及ぶまで。
しかし、誰一人として声が聞こえてくることはおろか、息をしている人がいなかった。
老人も大人も女性も子供も誰一人として血濡れた地面の上で、燃えた民家の中で死んで死んで死んでいた。
心が割れそうな音がする。
自分が罪人として追われていた時よりもよっぽど胸が締め付けられる。
息が詰まる。言葉に出来ない。苦しい。
その時、ふと村の中で倒れている人の数を確認した。
その数は全体から考えてみれば僅かに少ない。
というか、妙に男性の方が多く確認でき―――
「お兄ちゃん!」
その時、少し遠くからアイの声が聞こえてきた。
それは僕達が帰って来た方向とは丁度正反対の方。
その声に急いで向かってみると目を疑いたくなるような光景があった。
「......ゾルさん?」
全身を血まみれにしたゾルさんの姿があった。
左足と右腕がなく、ほぼ止まりかけているような呼吸を繰り返してるだけの。
「ゾルさん! ゾルさん!」
僕は急いで近くにいくと抱きかかえ、声をかけた。
すると、閉じかけていた目はゆっくり開き、僕を見る。
「よう、帰って来たみたいだな。
ということは、アイが無事にやってくれたみたいだな。
悪いな......帰ってくる場所守れなかった......」
「ゾルさん、しゃべらないでください。今治療します!」
「やめとけ、手遅れだ」
「そんなことない!」
僕は<治癒>の魔法陣をゾルさんに転写していく。
しかし、それでは切断された箇所からの出血は止まらない。
クソッ、出血を止めないと!
そして、もっと魔力を流し込んで治癒力を高めないと!
「リツ......いいんだ、もう。本当はわかってんだろ? 助けられないって」
「......っ」
「気にするな。俺は村の用心棒としてこの村の皆を守れなかったことを悔いちゃいるが、それでも俺の意思を託せるお前達を救えたことに関しちゃ胸張ってんだ。つっても、たまたまだがな」
ゾルさんはいつもの調子で冗談めかしながら話す。
その顔は言葉通り少しだけ晴れやかに笑っていた。
その顔を見るたびに思い出がフラッシュバックして心が締め付けられる。
ヒビが大きくなっていく。
「ガハッ、ガッ......」
「ゾルさん!?」
「悪い、そろそろこの意識も持ちそうにねぇわ。眠くなってきた。
っとそうだ、迷宮は無事に攻略出来たか?」
「はい、出来ました......」
「そうか。そいつはめでたいな」
涙が溢れてくる。感情が抑えきれなくなってきている。
触れている部分から体温が無くなっていくのを感じる。
胸の上下が小さくなっているのがわかる。
あぁ、どうしてこんなことに......。
「そういや、迷宮攻略祝いになんか用意しとく予定だったが、まだできてねぇや......だから、お前に俺の耳の羽飾りをやるよ。地味で悪いな」
「そんなことないです。そんなこと......」
「あぁ、そろそろ寝るわ。長くなるから静かな所で爆睡させてくれ」
「ゾルさん......」
「じゃあな、自慢の弟」
「!」
そして、ゾルさんはゆっくり目を閉じた。
それからピクリとも動かなくなる。
体温はもう酷く冷たく、切断された手足からも流しつくしたように血が止まっている。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
叫び声を止めることなんてできなかった。
悲しみの涙を止めることなんてできなかった。
どうして良い人だと思える人ほど死んでしまうのだろう。
その人達が求めているのは大それた願いなんかじゃなく、ただ日々の暮らしを大切な人達と過ごしたいだけなのに。
大量の涙が零れ落ちていく。
その滴がゾルさんの衣服に落ち、僅かに染みていった。
僕の叫び声に全員が集まり、すぐさまこの状況を理解した。
そして、全員が涙を流し、耐え難いこの状況に言葉を失っていく。
同じように泣いているアイに僕は当時の状況について尋ねた。
「アイ、少しでもいい。ゾルさんは誰に殺られたんだ?」
「たくさんの人族の中に凄い強い人がいて、ゾルおじちゃんは勝てなかった」
「ゾルさんよりも強かったのか?」
その言葉にアイは頭を横に振る。
「村の女の人や子供が人質に取られていた。
その状況で『一対一で勝てたら見逃してやる』って」
そ、そんなのどうやったって勝てないじゃないか!
ゾルさんは人質をそのままにして戦える人じゃない!
それにたとえゾルさんが勝っても人質は殺される。
クソッ! クソクソクソ!
どうして......どうして......どうしてゾルさんが死ななければならない!
心のヒビが割れた気がした。
ぽっかりとあいた穴の中からどす黒い何かが流れ出ていく気がする。
それは徐々に体という器を満たし始める。
そして同時に、僕の瞳に希望が消えた。
「お、兄ちゃん......?」
暗く黒い思考が広がっていく。
あれだけ溢れていた涙はいつの間にか止まっていて、今は一つの感情に支配されてる気がする。
酷く怯えた様子のアイはセナの後ろに隠れて僕を見る。
大丈夫、怯えなくていい。
僕の大切な人を傷つける人は必ず殺すから。
僕は力なく立ち上がるとゆらゆらと歩き出す。
<魔力感知>の魔法陣から奥の方で人の魔力を感じる。
しかも、最低でも二人以上の複数のグループがバラバラに分かれて。
何をしているのか。
村を滅茶苦茶に蹂躙してそれでも留まるというのはそれだけ殺して欲しいということなのだろうか。
ならば、望み通り殺して―――
「っ!」
そこにあるのは見るに堪えない光景だった。
村で倒れてる人が老人や若い人は妙に男性が多かったが、目の前の光景で理由がすぐにわかる。
犯されている。
ただ自分の性欲のはけ口とするように複数の男が一人の獣人女性を動けないようにしながら快楽に浸っている。
他もそうだった。獣人に関わらず、村にいたエルフやドワーフとほとんどの女性が。
その中にはなんらかの理由で裸に剥かれたまま殺された人もいる。
その屈辱に涙して死んだ表情は僕の憎悪を増幅させ、悦楽に浸る人間の顔は醜く吐き気がした。
「いや、違うな」
人間は知性を持ち、感情を豊かに表現し、心を通わせる存在のことを指す。
だが、あいつらは自分以外の種族を平然と殺しておきながら、快楽のために犯している。
故に、あいつら“人間”ではない。
「あいつらは魔物だ」
もっともオークやゴブリンのような自身の種族の繁殖のための行為とは違う今のあいつらが魔物以下であるが。
俺はあいつらの殺し方を知っている。
今まで自分達の血や肉となるためにその命をいただいてきた。
そして、その中には畑を荒らす害獣としてただ駆除することもしばしばあった。
そう、俺がやるのはその“ただの駆除”の方だ。
今に見せてやる。お前達が普段味合わせている恐怖を。
「始めよう―――魔物狩りを」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')