第19話 迷宮の主
「あいにくの天気だな~、全く。せっかくお前達が迷宮攻略するかもってのに」
「洞窟だから天候とか関係ないですから気にしなくていいですよ。それじゃあ、行ってきます」
「あぁ、気をつけてな」
そして、僕達はゾルさんと一緒に見送っているアイに向かって手を振りながら迷宮に向かっていった。
迷宮に辿り着くと転移台ですぐさま開放した四十四階層まで降りていく。
「いよいよね。さすがに緊張してきたわ」
「そうね。もしここが最終だとすれば、絶対に一筋縄じゃいかなそうだから」
「だけど、僕達だったら大丈夫だよ」
「ビビらない、ビビらない、ビビらない......」
「康太、普段通りに行け。そうすれば何の問題もない」
四十五階層に向けて階段を降りる中、皆が緊張した気持ちを紛らわそうとあえて言葉に出している。
ここまで頑張って来たんだからきっと乗り越えられる、と。
そんな皆の言葉を聞きながら、僕も酷くうるさい心音を深呼吸で落ち着かせていた。
とうとうここまでやって来たという僅かな達成感とこの先に潜む何かに怯えている恐怖感。
未知の場所に足を踏み入れるのはいつだって怖い。
でも、踏み出すのに必要な勇気は最初の一歩だけでいい。
そして、その最初の一歩を踏むのは僕だけじゃない、僕達だ。
「さぁ、何が待ち受けてるか分からないけど、必ず生きて帰ろう。
そして、ゾルさんにドヤ顔で自慢してやろう!」
僕はリーダーらしく皆にそう告げた。
すると、皆も覚悟を決めたのか決意を宿した瞳で僕を見つめ、頷いた。
「行くよ」
僕達は目の前の入り口が上にスライドしていくとともに入っていく。
そして、入り口は下に降りてそのまま境目を無くした。
目の前に広がるは煮えたぎるマグマの中心に直径二十メートルほどの円形の足場が見える。
どうやらそこが戦闘ステージのようだ。
そして、僕達はそこへ続く不安定な足場を通っていくとその足場は退路を断つように沈んで消えていった。
――――キエエエエエェェェェ!
耳の奥に響くような高音の声が上から聞こえてきた。
聞いた声から察するに鳥類のようだ。
声に上を向いてみれば、はるか高くに小さな穴が見え、そこからは鈍い色の雲が見える。
まさか、ここは火山の火口の中?
そして、火口から全身を燃やした大きさ十五メートルほどの巨大な鳥が下りてくる。
さながら不死鳥フェニックスのような見た目だ。
そのフェニックスは僕達の前まで来ると空中で翼を羽ばたかせながら、女性の声を発した。
『そうか、お前達がこの世界の真なる救世主か』
「真なる救世主......?」
どういう意味か分からない。
この迷宮はただの迷宮ではなかったということか?
僕達が言葉の意味を理解していないことを察したのかフェニックスは何かを考えるように一度目を閉じると次に開けた時に告げた。
『まぁ、お前達がどのような目的でここに来たかはどうでもいい。
私はここに来た者に期待するだけだ。この世界の崩壊を』
訳が分からない。
先ほどは救世主と言っておきながら、今度は世界の崩壊?
救って欲しいのか、壊して欲しいのかどっちなんだ?
そんな僕の疑問をよそにフェニックスは続けざまに告げる。
『では、お前達がこの世界の救世主にふさわしいか試させてもらうぞ!』
その瞬間、フェニックスは再び甲高く雄たけびを上げた。
その直後、翼を一度大きく羽ばたかせ、そこから燃える羽を無数に放って来た。
「火炎草」
「流星雨」
その攻撃に対し、薫が地面に落とした種から花弁が燃えた花を生み出してその枝で蹴散らし、ウェンリが水の精霊の力を借りて一発の矢から複数に分裂する拡散矢で迎撃していく。
その間に康太が<挑発>でヘイトを強制的に向けさせると僕とセナがそれぞれ回り込むように走っていった。
そして、挟み撃ちにするように一気に斬りかかっていく。
「キエエエエエ!」
「「!?」」
しかし、フェニックスはその場で翼を折りたたみながら回転すると一気に大きく翼を開いた瞬間には、周囲に二つの火炎旋風を作り出した。
その二つは僕とセナに直撃する―――所を蓮が僕とセナを糸で引き戻してくれたおかげで、空中でも回避することに成功した。
「ありがとう。助かった」
「ま、一発目もそう簡単じゃないわね」
「ごめん、どうやら<挑発>の効果が効かないみたい」
「気にするな。これからだ」
「それじゃあ、僕とウェンリさんで隙を作るよ」
「しっかりと活かしなさい!」
薫は火炎草に命令を与えるとそれはフェニックスに向かって枝を振るった。
それをフェニックスは容易く躱していくが、その軌道を予測したウェンリが水の矢を放つ。
その矢は火炎草の動きで出来た枝の隙間を抜けてフェニックスを射抜こうとする。
だが、フェニックスはそれすらも身を翻して躱していった。
「今だ!」
しかし、その動きは確かに体勢を崩した。
そこへ、蓮と彼が張った糸の端の片方をセナが持って、その中央に僕がスリングショットの玉のようにセットされると僕を引っ張ていてくれた康太が手を放す。
直後、僕は勢いよく撃ち出された。
しかし、向きは水平であるために、後は僕がタイミングを合わせてフェニックスの真下からジャンプして斬っていく―――
―――スッ
「!?」
僕の振るった刀は確かにフェニックスを捉えた。
しかし、まるで実体のないように通り抜けていき、僕がフェニックスを通り過ぎた頃には体を反転したフェニックスの蹴りが直撃した。
「がはっ!」
地面に勢いよく叩きつけられていく。
皆の声が混ざって聞こえてくる。
一瞬、意識を持ってかれた。
相当な威力の蹴りだ。
僕は地面を転がりながら刀を突きたてる。
そして、ブレーキをかけると痛みを堪えて立ち上がった。
にしても、今のは一体......。
「リツ、大丈夫!?」
「うん、まだ動ける」
「攻撃が外れたのか?」
「いや、当たってた。けど、すり抜けた。幻を見ているかのように」
「だけど、おいら見てたけど、蹴られて戻って来たよね」
そう、そこが最大の問題だ。
相手は体をすり抜けさせることが出来る上に、すぐさま実態に戻すことが出来る。
とはいえ、それでいえば最初に薫とウェンリの攻撃を避けたのが疑問に残る。
あれは僕達に一発確実な攻撃を入れるための罠だとすれば、次は普通に使ってくるだろう。
そして、攻撃する以上は必ず実体化するはずだ。
となれば、狙い目はカウンターのみってことか?
「考察はいいけど、次の攻撃来るわよ!」
ウェンリの言葉にフェニックスへと目を向けると口元に魔法陣を浮かべていた。
あれは......<火炎放射>の魔法陣!
「全員、すぐさま康太の後ろに退避!」
僕の言葉に全員がすぐさま行動していく。
そして、全員が入った直後で、フェニックスからの猛烈な火炎放射が襲ってきた。
「魔力剛体! さらに盾魔空絶!」
康太が錬魔で強化した魔法を全身にかけることで魔法防御が強化された。
さえに魔力で作り出した特殊な盾で炎の猛攻を防いでいく。
炎が康太の盾を境に二手に分かれていった。
余波だけで焦げそうな熱が僕達を襲ってくる。
しかし、それは僕と蓮が合作で作った「耐熱衣服・改」でギリ耐えれている。
直撃は持たないな。
襲い来る炎が収まると見えてきたフェニックスは大きく翼を広げていた。
そして、一度大きく羽ばたかせると弾丸のように突進してくる。
この瞬間が最大の攻撃チャンス!
「セナ、僕が合図したら背後に向かって攻撃して」
「ちょ、急に......って何やってんのよ!」
僕は康太よりも前に出ると刀を構えた。
その姿を見てセナが困惑したような声を上げる。
まぁ、明らかにヤバイ攻撃に向かっていくのは驚くだろうな。
けど、これでいいんだ。
逃げたくなるような恐怖を押し殺しながら、カウンターを決めるように刀を振るった。
すると、想定通りフェニックスは攻撃を避けてくれた―――体をすり抜けさせて。
「セナ!」
「そりゃああああ!」
フェニックスの姿が目の前を通り抜けていくことに呆けていたセナであったが、僕の声に反応するとすぐさまフェニックスの背後に向かって両手の剣をクロスに斬りつける。
「キエエエエエ!」
その瞬間、初めてフェニックスに攻撃が通った。
背中から鮮血が噴き出していく。
セナの行動はぶっちゃけ言えば、検証のための行動だった。
フェニックスは実体化と透き通る力を交互に使って攻撃してくる。
しかし、実体化する以上、相手の力はなんらかの魔法を使った力と判断できる。
そして、その力は僅かな時間しか使えないとセナの結果から分かった。
なんせ攻撃を外した直後なんて相手からすれば最大の攻撃チャンスをそのまま放置してダメージを食らったのだから。
もし深読みするとすれば、いざって時のためのブラフの可能性もあるが。
ま、それ以前に反撃の隙を与えなければいいだけのこと。
「薫、やるぞ!」
「わかった!」
すると、蓮と薫がすぐさま次の手を打った。
二人はフェニックスに向かってそれぞれ枝と糸を伸ばすとそれぞれの翼を掴み、引っ張り回しながら地面に叩きつける。
そして、地面に寝ているところにウェンリが石の矢を複数本同時に放った。
一発が岩をも砕く威力だ。
まともに直撃すれば、ひとたまりもないだろう。
そんな殺気を感じ取ったのかフェニックスは体を透き通らせて枝と糸の拘束を抜けると空中に飛んで避難していく。
だけど、もちろんそうはさせない。
「行くわよ、リベンジ!」
「次こそは斬る!」
空中に飛んできたタイミングで僕とセナはそれぞれ周りの壁を蹴ってフェニックスに接近していた。
それで気づかれなかったのは僕とセナがそれぞれ<気配断ち>の魔法陣を体に付与していたからだ。
そして、フェニックスの両翼をそれぞれ斬りつけていく。
それで一瞬の飛行能力を失ったフェニックスは地面落下していった。
そこへ康太が勢いよくダッシュしてシールドバッシュを仕掛けていく。
しかし、そこはフェニックスは再び力を使って攻撃を回避。
「戻ってこい、人型戦車ー!」
「任せとけー!」
通り過ぎていった康太であったが、蓮が康太につけていた糸を引っ張ってすぐさま軌道修正していく。
そして、その勢いで康太は再び走り出し、フェニックスの巨体をシールドバッシュで弾き飛ばしていった。
「やっと出番か。こっちの方のな」
迎え撃つように走り出した蓮は腰から引き抜いたダガーを逆手に持ち、フェニックスを斬りつけていくと踵落としで真下に落としていく。
「こっちの準備はオーケーよ!」
「念には念を入れといた!」
聞こえてくるはウェンリと薫の声。
そして同時に、地面から石の鎖がフェニックスの体を拘束し、そのまま地面に叩きつける。
これは先ほどウェンリが撃った石の矢の効果だ。
あの攻撃ははなからフェニックスを狙ったものではなく、その数手先を狙ったもの。
これも僕達の連携が阿吽の呼吸まで研ぎ澄まされた結果だ。
そこに薫が追い打ちをかけるように火炎草とは別の黄色い百合のような植物を生やしていた。
あれは周囲に麻痺の花粉を飛ばすシビレツユグサという植物らしい。
それによって、体が麻痺したフェニックスは力が使えなくなってるはず。
「決めるよ!」
「わかってるわよ!」
「「はあああああ!」」
そして、僕とセナは降りてくるとともに刃を突きつけるとフェニックスは鼓動を止めた。
なんとか勝った。皆のアシストがあったおかげだ。
すると、フェニックスの体は粒子状に姿を変え、空気中に溶けていくように消えていく。
その時、フェニックスは遺言のように身近な言葉を伝えた。
『これでお前達の強さはわかった。だが、まだ足りない。
どうか“彼”を救ってくれ、そして奴を殺してくれ』
消えたフェニックスの体から現れたのは錆びついた中身の詰まったパイプの中間部分のみ。
これが戦利品ということなのか。なんともしょぼい。
「なんだか苦労して勝った割にはしけてるわね」
「まぁまぁ。今はわからないけど、なんか意味があるのかも。
ともあれ、無事全員生き残って勝てたわけだし、胸張って帰れるね」
「おいら達のドヤ顔見せてやろう」
「ということは、練習した方がいいな」
「そうね。蓮の場合は表情筋が死んでるから」
「はぁ、緊張した~。でも、勝ったんだね」
皆、安堵の息を吐いて口が軽くなっていく。
するとふと思うのは、あれ? まともにダメージ受けたの僕だけじゃね? ってことだった。
だけどまぁ、錬魔の修行で防御力が跳ね上がったおかげでまだまだ動けるな。
そんな浮かれ気分で迷宮の外に出るとこちらに向かってものすごい勢いで走ってくる気配がある。
この気配は......アイ?
「お兄ちゃん!」
「どうした―――」
「助けて! 村の皆を助けて!」
それは冗談とも思えない深刻な表情で叫ぶアイの姿であった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')