第185話 本当の自分#3
――ヨナ視点――
私達が相手にしている謎の鬼人さん。
その人の攻撃を受け、一度刃を交え、他の人達の戦いからして、この戦いでの”相手を倒す”という勝ち方は酷く現実的ではないことが理解できました。
つまり、スーリア様が言っていた条件勝利の通りに”武器を破壊する”こと。
それを念頭に置いて、あの鬼人さんとこれから戦うわけですが......そのためには最低限動きを見切らなければいけません。
見切らなければいけないんですが......。
「どうしましょう。そもそも視界に捉えられません」
鬼人さんの動きはまるで時間を切り取ったように中間がありません。
つまり、開始ゼロ秒地点の制止姿勢の次には、すでに眼前に、それも回避不可能に近い距離感で攻撃をしかけているということ。
それを捉えられる人がいるとすれば、きっとリツさんしかいません。
ですが、リツさんは今は眠ってしまっている状態です。
......なるほど、これまで私達がリツさんに頼り切っていたツケが回って来たようですね。
「ゲホッ、ゴホッ.......ともかく、どうにかして動きに反応しないと」
私は壁から抜けだし、両手に再び双剣を取り出します。
一撃で強力な攻撃を叩き込みたいところですが、まずあの速度に大振りな攻撃は通用しません。
ましてや、そもそもロクな攻撃も出来ないでしょう。
いや、させてもらえないと言った方が正しいでしょうか。
なので、狙うとすれは取り回しのいい武器によるカウンターのみ。
「にしても、やはりしばらく観察していますが、必ず一撃だけですね。
その後の追撃を一度もしない。一体何でしょうか」
目の前では仲間の皆さんが挑んでは弾かれていきます。
まるで故郷のとある武人がやっていたぶつかり稽古みたいな.......稽古?
もしかして、これは私達に稽古をつけてくれている?
確信はないですが、そうと言える根拠があります。
それは当然これまでの鬼人さんの動きを振り返れば正しく。
私に対する初撃の時も、アレはレンさんの糸に気付いていたからの行動ではないでしょうか。
稽古は本気でやらねば意味が無い。
今回で言えば、命を張るほどの気概で挑まねば意味が無い。
そのような糸に甘えていては強くなれないぞ、と。
「考えすぎかもしれませんが、そっちの方がしっくりきますね」
私は双剣を一度解除し、気合を入れるため懐から取り出した布でたすき掛けをします。
そして、再び双剣を作り出し、手で握ると遠くにいる鬼人さんに視線を向けました。
その時、鬼人さんと目が合った気がしました。
すると再び、突然横から強烈な気配が現れ、そっちを向けば刀が眼前に向かっていました。
「っ!?」
瞬間、刀は私の数センチ手前で止まりました。
もはや振り下ろされれば、避ける間もなく一刀両断されていただろうに。
わざわざそれを止めた。ってことは、これは本気で稽古――!?
「いあ"ぁ"!」
強烈な激痛がお尻に走りました。
その衝撃はさながら上半身を置いてけぼりにして、下半身だけが先行してしまうような。
肉体が耐えうるギリギリの力加減といったところで、私は吹き飛ばされます。
体はグルグルと回転し、そのまま数十メートルという距離を移動していきました。
その道中で、少しだけ痛みが引いた私は上半身を回転方向とは逆に勢いをつけ、回転の勢いを減少させることで、ようやく止まることに成功します。
「痛たたたた.......」
私はお尻を押さえながら、鬼人さんと他の皆さんの観察し、思考を巡らせます。
やはりと言うべきか、鬼人さんを目で捉えるという発想がそもそも誤りかもしれません。
人の動きでは限界がある。
それを大きく逸脱しようとすれば、体はついて行かず壊れてしまう。
特に、目なんかは大事な五感の一部です。失うわけにはいきません。
となれば、発想を変えるしかありません。
肉体で追えないのであれば、その他で感覚を補う。
その最たる方法はやはり魔力を使った魔力探知でしょう。
相手がリツさんのように転移による移動でなければ、魔力探知でも動きは捉えられる。
もっとも、問題はその精度をどこまで高められるかですが。
「今更弱音を言っても始まりません。とにかくやりましょう」
私は目を閉じ、鬼人さんの魔力探知に集中します。
魔力探知内でも、鬼人さんの動きはほぼ空間移動しているようにしか感じませんでしたが、さらに集中してみれば、出だしから一秒ぐらいの動きが読み取れました。
「で、出来ました! ですが、アレ......こっちに向かってるような!?」
私が目を開いた瞬間、鬼人さんに顔面を鷲掴みにされ、そのまま投げ飛ばされました。
体は再びグルグルと高速回転を繰り返し、視界はもはやどっちが上か下かもわかりません。
そして、そのまま壁にドーン。
いくら死なないとわかっていても、死を感じる恐怖はありますね。
でもって、それは凄くなれない。
抗えないというのはこんなに怖いものなんですね。
「ですが、私は諦めませんよ」
私は再び目を閉じました。
そして、鬼人さんの魔力を追っていれば、そう経たないうちに鬼人さんが攻撃をしかけ、それを防げず私はまたダメージを受ける。
しかし、私はそれを繰り返し行いました。
ただ動きに反応することだけに集中し、どれだけ攻撃を受けようが、どれだけダメージを積み重ねようが、それだけをただひたすらにやり続けました。
もう一体どれだけ吹き飛ばされたのでしょうか。
少なくとも十回以上を超えてからは数えてません。
全身には生傷を作りまくり、来ていた服はとっくにボロボロ。
それでもやり続けた意味はありました。
なぜなら、少しずつですが確かに動きを捉え始めてきているからです。
特に、私の周囲に現れた時、踏み込みのために急速に減速しているのです。
確かに、考えてみれば動き出した勢いのまま攻撃を繰り出す人はいません。
そんなかまいたちみたいな動きでは、しっかりと剣を振れませんからね。
そして、そこがまさに私が迎撃するチャンス!
「ここです!――鬼絶嵐」
私は両手の双剣を拳一つ分の空白を作って上下に広げ、そのまま腰の捻りとともに剣を横に振りました。
直後、その双剣の刃には鬼人さんの刀が直撃しました。
とはえい、出来たのはそこまで。
剣で弾こうとも刀はビクとも動かないし、それどころか双剣が壊れかねない。
けれど、今この瞬間着実に刀にはダメージを与えられてる.....はず!
「いいぞ。その調子だ」
「っ!?」
今、鬼人さんがしゃべって――
「次は自分自身と向き合う時だ」
瞬間、鬼人さんは私の額を指で弾きました。
私の頭はまるで金づちか何かで思いっきり叩きつけられたように吹き飛びます。
「あれ....視界が暗く......」
そして途端に、私の意識は遠のいていきました。
遠くで誰かが何かを叫んでいるような気もしましたが、最後に見えた鬼人さんの背中を最後に、私の目は閉じました。
*****
「ハッ......!」
意識が冷めた時、視界に映ったのは八割の青空と二割の雲。
あれ? 先程まで海の中にいたはずなのに......死んでしまったんでしょうか?
いや、最後に言った鬼人さんの言葉的に、たぶんそれは違いますね。
「あれ、地面にも空......いえ、波紋があるということは水の上?」
視線を横に向ければ、空を反射するように水面が広がっていました。
私の動きに合わせて僅かに動く波紋の先には、どこまでも続く水平線。
障害物一つなく、山すらもどこにも見当たりはしません。
「濡れてない......ということは、やはり現実ではないんですね」
水面に触れている手から冷たさや濡れた感触もなければ、その手を顔の前にかかげても雫一つ滴り落ちることはありません。
ここがどこかわかりませんが、一先ず現実ではないことは確認できましたね。
「では、どうにかしてここから抜け出さないと......」
そして、体を起こした時、足元の水面から逆さに見えるお城が見えました。
そのお城のフォルムにあまりに見覚えがあり、すかさず顔を上げてみれば、それは――
「鬼神城......私の故郷のお城がどうしてここに......」
本来ならあるはずのないお城。
なぜなら、そのお城はとっくに消え去ってしまっているはずだから。
この城の存在がよりここが現実でないのを後押ししてくれるのは嬉しいですが、少し複雑な気分です。
「しかし、どうしてこんなところに鬼神城が......」
私は立ち上がると、一先ず城門の方へ歩き出しました。
もう一度なんとなく周囲を見渡してみますが、そこには当然何もありません。
しかし、鬼神城ですか......懐かしいですね。
そういえば、城門前の入り口にお花の種をたくさん植えたことがありましたっけ。
最初は「お城の顔に変なことをしてはいけません」と怒られましたけど、結果的には咲き誇ったお花で多くの人が喜んでくれて......ってあれ?
「先程までなかったはずの城門前の道に......お花が咲いてる」
道はないですが、丁度通り道の両道に赤や白、黄色といった種類もバラバラの花が咲いています。
そして、それは確かに私が植えたことのある花の形をしていました。
本来無かったはずの花が突然現れた。
その原因は恐らく、直前に私が城門前での思い出を思い出したから。
となると、この城が最初からあったのは......私がずっと過ごしてきた城だからでしょうか。
「つまり、ここは私の記憶をもとに作り出された空間。
私が念じれば、それ通りの物が出現する......ってことは!」
だとすれば、あの子だっているはず。
だって、あの子は私自身なんだから!
そう思って念じてみても、目の前には現れない。
あれ? どうして? 私があの子を思い出せないはずないのに!
「もしかして......やっぱり!」
不意に視線を城の方へ向ければ、最上部辺りに気配を感じました。
「あの子が.....セナちゃんが待ってる!」
私はすぐさま最上部に向かって走り出しました。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




