第183話 本当の自分#1
王女様の後ろをついていきながら、海流に乗る。
全身がまるで吸い込まれるように移動し、気分は土管で移動する配管工おじさんだ。
しかし、逆に言えばそれだけとも言えた。
とりあえず、王女様の後ろをピッタリついていけば、大抵は海流に押し流される。
気を付ける所は分岐箇所のところか。
そこで、少しでも移動が遅れれば、まず泳いでの方向転換は不可能だし。
一応、魔物もいるが、強さも大したことなく数も少ない。
しかし、後ろから遠距離攻撃をバンバン撃ってくるのはちょっと厄介。
弾幕避けゲーしてるんじゃないんだからと思いつつも、ちょっと楽しかったり。
そんなこんなしていると、僕達は押し出されるように広い空間に出た。
外観は元の世界にあったコロッセオを縦長にしたような感じで、ただし観客席はなし。
周囲にいくつもの人ひとり分の穴が開いており、その均等さから見ても、明らかに人工物だと判断できる。
「ここが最終地点じゃ。つまり、お主達が求めていた場所」
王女様が僕達に向けて言った。しかし、肝心の守護神の姿は見えない。
すると、僕の視線に気づいたのか、王女様は言葉を付け足した。
「お主らが会いたがっているスーリア様はここにはおらん。
ただし、近くにはいる。すぐに呼び出すから少し待っておれ」
王女様は僕達から少し離れると、両手を広げた。
そんな姿を後ろから見ていると、王女様が守護神スーリアを呼び出すための言葉を告げ始める。
「母なる海の守護神であり、我らが命の源たる水の化身スーリア様。
我が名は魚人族の王女にして、あなた様に仕える巫女アイナルセであります。
この度は急な押しかけで申し訳ないながらも、我が願いを聞いて――」
「その必要はない」
その時、周囲の壁に音がこだましながら、少し高い声が聞こえてきた。
また同時に、この空間の真下にある巨大な円盤が左右に開き、そこから素早く影が移動した。
そして、その影は王女様の前で止まるとしゃべり始めた。
「我が名はスーリア。貴様が来るのを待っていたぞ。半身の魂よ」
その影の体躯は一言で言えば、白虎だ。
ただし、尻尾はイルカのような尾びれになっている。
まぁ、この姿はなんとなく想像ついてた。
だって、最初に出会ったのがフェニックスで、次が亀。
これってどう考えても朱雀、玄武、白虎、青龍の四神獣を示してるし。
ってことは、こういった神殿を巡ることになるのは残り一つになるのだろうか。
まぁそれは後で考えるとして、今は気になる言葉について質問してみよう。
「あの、僕は律と言います。それで、不躾な質問ですが、『半身の魂』とはどういう意味でしょう?」
「そのままの意味だ。肉体の半分の魂......それが今ここに居る。貴様のことだ?」
「え、僕?」
僕は自分を指さしながら首を傾げた。
なんとなーく振り返って皆を見てみれば、不思議そうな顔で僕を見て来る。
いやいや、異世界現地民はともかく蓮、薫、拳矢は疑うなよ。
特に拳矢! お前はずっと昔から僕のこと知ってるだろ。
「なんだ? 未だ記憶の継承は済んでおらんのか」
ん? 記憶の継承?
「あのー、正直サッパリなんで、もう少しわかりやすく教えて貰えると......」
「ふむ、教えるか。しかし、それは我の仕事ではない。
我の役目はこの神殿の維持と、半身の魂が現れし時に力を授けること。
だが、記憶が引き繋げていないとなれば、偽物である可能性も否めんな」
スーリア様は勝手に頷き、勝手に納得しておられる。あの、自己完結しないでもろて。
勝手に人のことを”半身の魂”と呼んでおきながら、今度は勝手に偽物扱い。
はは~ん、さてはこの神様、人の話聞かないタイプだな?
「時に、貴様達はここが何の神殿か知っているか」
そう問いかける言葉に、僕達は顔を見合わせる。
あー確か最初のフェニックスもとい朱雀がいた場所が勇気の神殿で、その次の玄武が力の神殿だっけ。
前に気になって調べたんだよな。けど、完全に白虎についてはド忘れしてる。
捻り出そうにも欠片も言葉が出てこない。なんだっけ?
そう思っていると、ロゼッタが少し前に出て発言した。
「確か、心の神殿だっけな。だから、人の姿を真似たどころか、その人物に瓜二つの人形を作り出せんだろ?」
「あぁ、そうだ。ここは心の神殿。
故に、ここで戦うべきは自身の内に眠る本当の自分自身。
とはいえ、それはすでに向き合っていれば、戦うことも無くクリアとなる」
「ということは、僕達はすでにクリアしてるってことですか?」
僕はそう聞いてみたが、スーリア様は首を横に振って否定した。
「いや、先も言ったがリツよ......貴様は記憶の引継ぎがちゃんと出来ていない以上、クリアできたことにはならん。
全ての記憶の継承は難しくとも、自分が何者であるかは知覚すべきだ」
「何者って言われても......」
そんな自分の中に実は別に何かがいるみたいなこと言われても。
けど、ぶっちゃけ心当たりは......ある。
学院街で大暴れした時とか、なんか声が聞こえたし。
それに、エルフの森で僕が休んできた部屋に現れたロクトリスとかいう魔神の使途。
あの人も僕を見て誰かと勘違いしていたような......なんて言ってたっけ。
ともかく、そういうわけで自分の中に何かがいたとしても否定はできない。
「もちろん、他にもクリアを満たしていない者はいるが、それは我がわざわざ手を下さずとも自覚するだろう。
それよりも問題はやはり貴様だ、リツ。もはや時間はあまりないのやも知れんのだからな」
と言われましても......。
「事情はわかりましたけど、それでこれからどうするんですか?」
「簡単だ。貴様らがここに来るまでの道中でやったことと同じことをする。
つまり、魂の形を映し出し、具現化する。
もっとも、その間貴様には我と一緒に記憶巡りをしてもらうがな」
そう言うと、スーリア様は前足をちょいちょいと動かし、僕を呼ぶ。
なので、目の前まで移動すれば、今度はその前足を胸に当ててきた。
あ、この肉球の感じ、やっぱりちゃんと動物なんだ――なっ!?」
「っ!?」
瞬間、ドクンと僕の心臓が大きく跳ね上がった。
同時に、視界はハッキリと二重にブレる。
そのブレは、胸の苦しさに比例して大きくなり、やがてはどっちが上下かわからなくなった。
ただでさえ、水中でまともな上下もないというのに、余計にわからなくなる。
頭はぐちゃぐちゃになり、目はチカチカして、上手く物事を考えられない。
やがて意識の低下は瞼の重さとなって、ゆっくり瞼が閉じていく。
ピントの合わない視界の中、なんとか抗おうとするも、無情にも瞼は完全に下りた。
「己が心の従うままに」
真っ暗の視界の中、最後に聞こえたのはスーリア様の魔法名称だけだった
―――記憶の世界
ハッと目を覚ますと、すぐに視界に広がったのは横に広がった背の高い木と青空だった。
そこが現実じゃないことはすぐにわかった。だって、さっきまでいたの海中だし。
体を起こして周囲を見渡してみれば、どこまでも続くような広い草原の上だ。
また、草原にある木はこの一本だけであり、遠くを見れば草原を囲むような森、小さく見える街、そこから続いているだろう道がある。
「ここは貴様の魂に眠る記憶の一部だ」
そう言って、しれっと隣に現れたのはスーリアだった。
やっぱ三メートルぐらいあるよな。座っててもデカいんだけど。
そんなことを思っていれば、スーリア様がチラッと僕を見た。
「なんだ、驚かんのか」
「まぁ、さっき『一緒に』とか言ってましたし......」
「チッ、面白くない」
え、嘘、今この神様舌打ちしなかった?
別に茶目っ気があるのはいいんだけど、その反応で僕が悪いみたいな空気感出すのはやめて。
「にしても、これはいつの誰の記憶なんですか?
それに、人の記憶を辿っているんだとすれば、普通はその人目線になるのでは?」
「矢継ぎ早に質問をするな。
まず一つ目の回答だが、この記憶は貴様であり貴様でない人物の記憶だ。
二つ目の回答は、我が神様であるからだ。そう理解しておけ」
「際ですか.......」
なんとも曖昧で雑な回答だな。結局、ロクな答えになってないじゃないか。
僕はその場に立ち上がると、街の方角をぼんやり見つめながら聞いた。
「それでこれからどうするんですか? 僕は何を?」
「特に何もせんでいい。いや、何もできないという方が正しいか。
貴様はここにある記憶を見てもらう。
さすれば、おのずと自分の使命も理解できるであろう」
「え、本当に見るだけ?」
「ほれ、来たぞ」
僕の反応を軽くスルーして、スーリア様は前足を上げた。
なので、僕は恐らくその前足が差しているであろう方向を見れば、思わず目を剥いた。
「魔神の使途......」
そこには全部で七人の姿があり、その中で確実にわかる顔ぶれは三人。
修道服を着たロクトリス、軽戦士のような裸に短ランっぽい服を着たガレオス、そして盗賊のような暗がりに紛れ込みやすい服を着たアルバート。
どの人も僕がこの目で確かに実在を確認した人物だ。
そしてまた、前にエルフの森でガレオスさんの妹を救出する際に見た光景と似ている。
時系列はわからないが、魔女っぽい女性や、竜人族の男、杖を持つエルフの姿もあった。
しかし、ただ一人あの鬼人族の男だけは知らない。
「まさかあの中に僕の魂と繋がっているのか......?」
*****
――ヨナ視点――
リツさんがスーリア様の影響で眠ってから、異変はすぐに起きました。
周囲の壁から突然たくさんの泡が現れ、球体を作り出すように密集し始めたのです。
「いいか、貴様ら。恐らくお主達は総出でかかっても勝てる見込みはない。
じゃから、今回は特別にクリア条件を設けた。彼奴の武器を破壊しろ」
スーリア様はそう言うと、リツさんの服の襟を掴んでその場から離れていきます。
その一方で、密集した泡の中からは一人分の人影が現れ、やがて泡が晴れるとその人物は姿を現しました。
「え.....リツさんじゃ、ない?」
現れたのは腰まで伸びた黒髪に、角を生やした鬼人族。
背丈は百八十五センチ近くはあると見られ、ボロボロな鎧を纏っていました。
「砂斬過」
そして気が付けば、視界いっぱいに映る巨大な斬撃が迫っていました。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




