第178話 王女の冷やかし
―――ロキが待っている。
竜人族の伝承を教えてくれたロゼッタが言ってくれた言葉だ。
俺はその人物に心覚えはない。されど、知っているような矛盾した感覚がある。
なんだろうか、この感覚にはどこか身に覚えがあるような......。
「あ、そうだエルフの森にいた時に.......!」
あの時、僕はアルバートという魔人の使途にやられて療養している最中だった。
そこで”ロクトリス”という女性と初めて出会った時の感覚と似ている......というかまんまそうだ。
あの時の女性は僕を知っている口調だったけど、これが理由か?
まだ断定はできないけど、少しだけ点と点が繋がった気がする。
それにロキという名前、それは誰かの名前だと思っていたけど違うかもしれない。
いや、名前であることは間違いないが、言うなれば愛称での呼び方。
朱音が僕のことを”りっちゃん”と呼ぶように、それも長い名前を縮めた言い方だったら?
ロクトリスという名前がロキという愛称で伝わっているとしたら?
な、なんだろうか.......何か猛烈にやり忘れている目的がある気がする。
忘れていた熱意が取り戻されていくような強い衝動を感じる。
しかし、その肝心の目的が分からないから凄く気持ち悪い感覚だ。
なんだ、なんなんだこれ? 僕は一体何を忘れているというんだ?
そして、ロゼッタからロキという名前を聞いて涙した理由もそれに関係するのか?
「僕はもう一度会う言う必要があるのかもしれない」
正直、もう一度会うのは怖い。なんせ底が見えないから。
それにもう一度会ったらが最後、今度は仲間を助けられないかもしれない。
そう考えると安易に取っていい行動ではないかもしれないな。
なら、代わりに海底神殿の守護神に聞いてみるのはありかもな。
守護神って言うぐらいだから昔のことぐらいなんか知ってるだろ。
それに魚人族の言葉もあるし、何かしらの返答は帰ってくるはず。
「にしても、勇者の片割れってどういう意味なんだろうか.......」
僕は両手を枕にしてぐてぇとベッドに寝転がった。
そして、ぼんやりとロゼッタの言葉を思い出し、気になる部分を考えてみる。
勇者――それは世界の窮地に現れる人物であり、時代の変革者みたいな立ち位置。
実際決まった定義があるわけじゃないけど、聖王国が僕達を呼んだのが魔族に侵略されるのを防ぐためやられる前にやれって意味で呼んだのだから、恐らくそこまでこの解釈は違わないと思う。
しかし、僕が知っている限りでは異世界から召喚されたという勇者は僕達以外にはいない。
つまり、僕達よりも前に存在したとされる勇者は少なくとも現地民であることは確定なのだ。
するとここで疑問になるのが、「勇者の片割れが召喚された時」という一文。
少なくとも以前の勇者が現地民であることが確定した以上、勇者の片割れが召喚されたというのは些か不可解だ。
考えられる可能性があるとすれば、当時の勇者が戦っていた魔神に負けて、勇者が潰えれば希望が消えるということを恐れて勇者を異世界に飛ばした。
「であれば、普通に考えたら文章は『希望の勇者の召喚』とか『異世界に飛ばした勇者の召喚』とかになるはず。
だけど、実際に伝わっている言葉は『勇者の片割れ』.......これは一体どういうことだ?」
竜人族の伝承が変わってしまった可能性は大いにある。
小さい頃、友達との間で伝言ゲームをやった時にまともに伝わることなかったし。
それに記憶の欠落によって穴が開いた記憶の部分を適当な言葉で埋めている可能性もある。
しかし、それを考慮しても別の誰かを示唆するような”片割れ”なんて言い方するか?
その言葉で考えられるのは双子のもう片方、兄弟や姉妹、もしくはとても仲が良かった相棒の誰か。
ともかく選択肢はたくさんある。その中から誰かを絞るのは難しい。
加えて、なぜ片割れなのかも気になる。
僕のRPG脳からすれば普通はラスボスにまともに対抗できるのは勇者のみ。
であれば、戦いに負けた時に存在して欲しい希望は勇者のはず。
にもかかわらず、わざわざ勇者の片割れを指名した。
考えられるとしたら本来助けたかった勇者が何かしらのことで助けられず、代わりに勇者と親しかった”片割れ”に希望を託したってことぐらいか。ふ~む、誰だ?
僕が一人召喚されたのなら否が応でも自分のことだとわかる。
しかし、僕を含めこの世界に召喚されたのはクラス一室分――つまり総勢三十名ほど。
う~ん、けどまぁ、順当に考えれば”勇者”の役職が与えられた朱音になるのか?
とはいえ、それはただ役職が合致しただけというだけであり、それを示すものはない。
「これも守護神に聞いてみるしかないかなぁ」
そんな聞いてホイホイ出てくるかわからないけど。
それに少なくとも僕達が出会った守護神二体はとっくに闇落ちしていた。
理性ありきで話せたのは死に際の最後の時間ぐらい。
........うん、二度あることは三度あるって言うし、本当に聞きたいことまとめておこ。
「ハァ~~~、考えすぎて頭が疲れてきた。このままひと眠りしよ」
―――翌日
「ほぉ~」
僕の目の前には盛大な宴が行われていた。
てっきり場所は城のパーティ会場かと思っていたがなんと港である。
まるで昔にテレビ越しに見た魚市場のように人が集まり、盛大に賑わっている。
「なんというか圧巻ですね」
「そうだね。僕も初めて見た」
「ふふっ、そうか。じゃが、驚くのはまだ早いぞ?」
僕とヨナが圧巻の光景に呆けていると隣にアイナルセ王女様がやってきた。
遠くで見てた時も思ってたけどやはりちんまい。身長は140ぐらいだろうか。
見た目のせいで年齢がわからないから一応敬語で話そう。
「ん? なんじゃ? わらわの年齢が気になるのか?」
「え?」
「そのような視線を送っていた気がしたからな。
ま、この容姿のせいで誤解も受けるだろうが、安心しろ人間年齢で言えば年上じゃ。
しかしなんじゃ、こんな容姿のわらわが気になるとは、お主ロリコンか?」
王女様がニタリとした顔で見てくる。
うっ、この人もこういうタイプか。話してる時は毅然な人だと思ったのに!
不味い、この返答次第で俺の運命が決まる! 特に隣のヨナからの視線の意味が!
「すみません、こちらの世界では外見と年齢が一致しないことが多くて......なので、つい気になってしまいました」
「その気持ちはわからんでもないな。確かに、わらわとて自分より小さいエルフの幼子を見て、その子の年齢が気になることはままある。ま、そう考えている時点で大抵はわらわより年齢が上じゃがな。
わらわ達、魚人族も人族よりかは寿命は幾分か長いが、さすがに長命種のエルフと比べれば、わらわ達も所詮等しく童よ」
「まぁ、エルフと比べれば.......それはそうと王女様はどうしてここに?」
「せっかくの外からの客人じゃ。多少のおもてなしをしなければ王族としての示しがつかん。
というわけで、わらわの自己満足に付き合ってくれぬか?」
王女様が先を歩き始め、その背後から僕とヨナがついていく。
「ここでは宴は港で行うんですか?」
「もう、敬語でなくてよい。それとその質問に対する答えはそうじゃ。
わらわ達が貰い受ける海の恵みは全てこの国の民が恵んでくれたもの。
王族はこの国の平和と秩序を、民はこの国に繫栄と恵みを。
それぞれの役割分担を果たしてくれているとはいえ、生きられるのは民がいてくれる以上、宴は民達にも開いてしかるべきことなのじゃ」
「そうですね。今の私が生きていれるのも私を育ててくれて、学びを与えてくれて、助けてくれた人達がいてくれたからこそですよね。その考え素敵だと思います」
「ふふっ、そうか。なんだかそなたはわらわと同じ気位を感じるな」
そりゃそうだろうな。なんたってヨナは鬼人族の王族だし。
僕はチラッとヨナを見る。特に表情が暗くなった様子はない。
過去のことを思い出しているんじゃないかと心配したけど.......とりあえず大丈夫そうだな。
それから僕達は王女様に連れられて宴が行われてる港を練り歩いた。
宴はまだ始まったばかりにも関わらず、港の熱気は凄い。
日差しの暑さも相まってなんだか体感温度が高く感じる。
王女様に勧められて出店の料理を食べてみたり、魚人国名物のアクセサリーを見たり、服なんかも一緒に見た。
「ほれ、この服はどうじゃ? そなたに似合いそうじゃ」
「こ、これはなんというか.......肌面積が凄いですね」
「魚人族は基本的に身に纏うのを嫌いでな。服も最小限にしておきたい。
そのせいか服装は随分と薄着になってしまうことが多くてな。
だがまぁ、そのデザイン性は本土の一部の富裕層には受けているようじゃ」
「た、確かに、このデザインはネグリジェとして見たことがある気がします.......」
恥ずかしそうにしながらヨナが手にしている服は一言で言えばスケスケだ。
もはや大事な部分すら隠せないようなスケスケ具合。
周りの魚人族の女性はほとんどが踊り子のような服を着ているが、さすがにここまでの服は着てなかったな。
「なんじゃ、そなたも存外スケベェなんじゃな」
「な、何を急に!?」
「今さっきこの服を見た後、周りの女性を見たであろう?
つまり、この服に近い服を着た女性が周りにいないか確かめたのではないか?」
「うっ.......確かに、見た。だけど、誓って邪な考えはしていない!」
「そうかぁ? 随分と顔が赤い気がするが、気のせいかのう。
中途半端に恥ずかしがるとかえって苦しむぞ? ほれ、遠慮せずに言うてみぃ」
そうは言われてもどう考えたってそういう雰囲気じゃないでしょ!
隣、隣のヨナからの冷ややかな視線が辛い! いや、だって、気にはなるでしょ!
すると、ヨナは急に恥ずかしそうな顔しながら言った。
「り、リツさんはこういう服を着た姿.......見たいですか?」
「え.......」
な、なんだこの状況? 急にラブコメ始まった!?
こ、こここ、これはなんて返すのが正解!? あー、隣でニマニマしてる王女がウゼェ!
「えーっと、その........は、はい.......」
「.......」
「よく言ったぞ、リツ!」
そして、僕とヨナは恥辱の中、王女様の主導のもと盛大に周りの人達に拍手された。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




