第176話 魚人族の国
ロゼッタの船に乗せてもらい魚人国ことウォータルバザーに辿り着いた僕達は、着いて早々に雑用をやらされていた。
「おらお前ら! キビキビ働け! 港町で積んだ荷物はたんとあるんだ! さっさと終わらせて昼間っから酒浸りだ!」
「「「「「おおーーー!!!」」」」」
というのが、ロゼッタ海賊団の方針のようであり、僕達はロゼッタの案内を必要としているため、それらの理由から荷下ろしを手伝っていた。
そして数十分後、せこせこと働いたおかげか自由時間となった。
「ようやく自由時間だぜ。にしても、さっきからチラホラと見えていたが、やっぱり魚っぽい特徴があるみたいだな」
そんなことを言う拳矢に合わせて僕も周囲を見渡していた。
確かに、一見人の姿のようではあるけれど、手に水かきや腕にヒレやのようなものが確認できる。
さらに耳は共通してヒレの形であり、人によっては下半身は魚でまんま人魚のようだ。
そして、その人魚の足にもちゃんと個性がある。魚だけじゃなく、サメやタコの足もあるみたいだ。
「とはいえ、シーサークラーケンと戦った時のような海の魔物と似た姿ははないな」
「確か、サハギンって名前だったわね。
魚人族は人魚に寄せたような姿だけど、魔物のあっちは魚を人に寄せたような感じだったし」
蓮の言葉にウェンリが続いた。
確かに、チラッと見えた姿は何かとグロテスク感があったな。
やっぱ八割九割は人に寄ってないと同一存在として認識できないのかな?
とはいえ、漫画でもサメの顔でカッコいい人型キャラいたしなぁ。清潔感?
「そういや、ミクモさんと薫は?」
「あの二人ならあっちでデート中ですよ」
答えてくれたヨナの手の向きに合わせて視線を動かすと、確かに港近くに設置された露店に二人でいた。あ~あ、こりゃもう二人の世界が出来上がってますわ。
それはそうとなんであっち側にアイがいるんだ? まぁ、別にいいけど。
「呼びかけてきましょうか?」
「いいよ。雰囲気を壊すのもなんだし。僕達だけで行こう」
「そのことなんだが......」
いざ出発という雰囲気で水を差してきたのは蓮だった。
彼はなんとも言いずらそうな表情で恐る恐る手を挙げ発言の許可を求めている。
そして、その横ではいつもクールなウェンリの少しソワソワした姿が。ほほ~ん?
念のために確認として拳矢とヨナにそれぞれアイコンタクトを送った。
すると、両者とも高速な首の縦振りで答えてくれた。
ふむふむ、どうやら僕達三人の気持ちは皆同じらしい。
「わかった。別に許可取り行くだけだし大人数で押しかけるのもね。
用件はこっちで済ませておく。だから、必要なものだけ買っておいて」
「あぁ、わかった。任せろ」
「準備しておくわ」
そう言って蓮とウェンリは二人揃ってその場から離れていく。
そんな姿を見るたびに妙な疎外感を感じるのは気のせいだろうか。
にしても、こちらの世界の住人と親密になることにとやかく言うつもりはないが、あの二人は今後この世界に移住するつもりなのだろうか。
自分が活躍できる居場所があったり、大切な人が身近にいる安心感があったりするとどうしてもこっちの世界の思い入れが強くなってしまうけど、二人はその辺どう考えてるのだろうか。
まぁ、そもそも元の世界に戻ったとして今と同じ時間が流れてるのとか、とっくに死んだものとして扱われてるんじゃないかとか考えると、こっちの方が色々都合がいいのかもしれないけど。
「ま、そこら辺はあの二人が考えることだし、もっと未来の話か」
「おーい、お前らー!」
少しだけ物思いに耽っていると手を大きく振りながらロゼッタがやってきた。
「そろそろ行くぞ.....って、なんだ人数こんだけしかいないのか?」
「大勢で押しかけるのもなんだしね。っていうか、酒臭いんだけど。
まさかこれから城まで案内するって時に酒飲んでたのか? 行くって言ってたよな?」
「そうカッカすんなって。アタシにすればいつものことさ。
それにこっちは悪意があってやってるわけじゃないし、なにより竜人族相手じゃ容易に手は出せないしな。何も問題ねぇ」
「僕達を紹介された時の心象に問題があると思うんだけど」
「そんな器の小せぇ王様じゃねぇよ。ほら、とっとと行くぞ。さっさと挨拶済ましてアタシは酒が飲みてぇ」
「はいはい」
酒で赤らめた顔で王様に謁見しに行くとか不敬もいいところだけど、一応会話は成立するみたいだし、
何かあってもこの人のせいにしよう。うん、そうしよう。
そう思いながら街並みと太陽に煌めく水平線を眺めながら十数分後、僕達は城へと辿り着いた。
見た目はなんというか......そう、タージマハルみたいな建物だ。ただし、あれはお墓だけど。
入口に向かって赤いカーペットの代わりに水路が引かれている。
そして、それは城の入り口から分岐し、中央の城の周囲にある塔の下へと続いている。
おぉ、これはなんとも――
「懐かしい......」
「なんだ? ここに来たことあんのか?」
「え?」
「今、”懐かしい”って」
.......言ったのか? 僕が? そんなことを?
「いや、来たことない。あぁ、前の世界で似たようなものを見かけてな」
「なるほど。それでか」
ロゼッタはその言葉で納得してくれたようだけど、言った僕自身が釈然としない。
確かに、テレビ番組でそれについて見たことあるけど、実物を見たわけでもないし、懐かしさを感じる要素がない。
なのに、この城を見た瞬間に口からポロッと零れ出た。これは.....一体?
あ、ヨナが変な目でこっちを見てくる。さっさと案内してもらおう。
「ほら、ロゼッタ、歩いた歩いた」
「そう急かすなって」
ロゼッタの背中を押しながら、門番のもとへ向かっていく。
そこではロゼッタが仲介役となってくれたおかげでスムーズに中に入れた。
そして、兵士の一人に王様がいる場所まで案内してもらう。
その際、途中でロゼッタがどっかに消えた。あの酔っ払いめ。
「こちらが王の間です。すでに国王様には話を通してありますので、このままお入りください」
「お、話が早くて助かるぜ~。んじゃ、ぐびぐび......ぷはー! 行くとしますか!」
いつの間にか戻ってきていたロゼッタが景気良く酒を飲みながら言った。
こ、この女、どっかからかっぱらってきたであろうボトルをラッパ飲みしてやがる。
しかも、これから王様に会うってタイミングで。なんて女だ。
「お、なんだ~その『この女マジかぁ......』みたいな顔して」
「みたいな、じゃなくてしてるんだけど。飲んできてしまった分は仕方ないにしても今飲むなよ」
「いいんだよ、アタシは許されてるし。それにそんなカッカすんなって。飲むか? 美味いぞ?」
「いや、いいです」
「遠慮すんなって。あ、もしかして、間接キスとか意識してる感じ?
いやぁ~ウブだねぇ、チミは。お姉さんが大人の階段を上がらせてあげようか?」
ぶちのめしたいこの酔っ払い! 確かに、見た目だけ言えば整っているし美人だ。
しかし、あまりにも中身が残念過ぎる。というか、ウザい! この酔っ払い!
それに妙に背後から冷ややかな視線も感じるし、さっさと中に入ろう。
「さっさと行くぞ」
「ちぇ~、しないのかよ。なんだ? 照れてんのか?」
「次、ふざけたこと言ったらアイアンクローするぞ」
兵士の苦笑いを見ながら王の間へと入っていく。
すると、そこには引き締まった肉体をし、あごひげを蓄えた王様とその隣に小柄な少女の姿があった。
座っている王様の隣で立っている辺りもしかしたら王女様かもしれない。
そして、両端には槍を持った兵士達がズラッと並んでいる。見た感じ練度はそれなりにありそうだ。
「よく来たな、ロゼッタよ。相変わらずの酒飲みだな」
「これがアタシの水なんでね。飲むなという方が無理な話さ」
「個人的には止めてほしいものだがな」
「お、そういうこと言っちゃう? いいのか?
ここで寝そべってジタバタする大人の見苦しさを見ることになるぞ?」
それは一体どんな脅しだ? ただ自分の痴態を晒すだけだろうが。
まぁ、この女は自分の行動に対して微塵も痴態と思っていなさそうだけどな。
そんなロゼッタの脅しが効いたのか、もしくは呆れたのか王様は「もうよい」と言って話題を変えた。
「ロゼッタよ、海の怪物の件は誠に見事であった」
「お、もう伝わってるのか。でも、証拠もないのによく信用してくれるな」
「竜人族は戦いに対しては誇り高い種族だ。
どういう結果であれ、自らの戦歴に泥を塗るような結果はせん。
それにお主が酒を飲んでる時は決まってめでたいことがあった時だ。
となれば、この私がお主に依頼したことが無事解決したこと以外にあるまい」
「そうアタシのことを知ってもらえると照れるなぁ」
ロゼッタは赤らめた顔をくしゃっとさせ頭をかいた。まぁ、顔の赤みは酒のせいだろうけど。
とはいえ、王様の言葉が本当ならまだこっちとしても怒りの留飲を下げる余地があるな。
ただやっぱ、人に会うときは酒飲むのは止めてほしい。
「これでこの国の漁業も無事遠出できそうだ。して、この依頼に対する褒美だが何を望む?
今回は国難級の依頼だった。だから、可能な限り叶えてやろう。
しかし、先に言っておくが娘はやらんぞ」
こ、この女、依頼の報酬のたびに王女様を要求してたのか!? な、なんて女だ......。
それに対し、ロゼッタが「ちぇ、味わいたかったなぁ」と言っているのを聞いてさらに引いた。
「ま、いいや、王女様は欲しかったけど、どっちにしろ今回は別の要求してたし」
「珍しいな、お主が別の要求とは。もしや、そちらの連れが関係しているのか?」
「そういや、紹介が遅れたな。隣にいるのがリツで、男がケンヤ、女がヨナ。
アタシの依頼に協力してくれた連中で、こいつらの仲間が後四人ほど街を観光している。
正直、コイツらの助けがなければ果たせなかった依頼だ。
だから、望みを求める権利はコイツらにあると思ってな」
「そうか、依頼を達成の助力実に感謝する。それで望みはなんだ?」
「コイツらが要求するのはただ一つ――海底神殿への立ち入りの許可だ」
その瞬間、常に笑みを浮かべていた王女様の眉がピクリと反応した。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)