第175話 束の間の船旅
嵐が止んだ。大渦もなくなっている。
恐らくシーサークラーケンと戦った影響だろう。
ようやく勝ったというか、なんというか。
ちょっとヒヤッとしたけど、苦戦はしなかったな。
「ハァー、やっと終わった。まさかお前を味方につけたらこんなあっという間に終わるとはな。
けどまぁ、普通はあそこまで飛んでもね火力の魔法をバカすか撃つやつはいねぇしな。
やっぱさしものデカブツでも理不尽には勝てなかったかぁ」
「理不尽というのはやめて欲しい。これは努力の賜物だ。
それにこれでこっち義理は果たした。次はそっちが晴らす番だぜ」
「わーってるよ。見た感じ船自体にもあんまし損傷はなさそうだしな」
「見かけはね」
「やめろよ、不安になるだろ」
一部が氷の大地となった海に立ち尽くしながら、遠くに見える船を眺める。
すると、自分のいる場所にまぶしさを感じるほどの光が差す。
空を見上げれば雲の隙間から光が漏れていた。たまに曇った日に海で見るアレだ。
確か、天使のはしごとかって名前だった気がする。
「空が晴れてきたか。綺麗だな。こりゃこれからいい日が続きそうだぜ」
「かもね」
ロゼッタと一緒に船まで戻り、仲間達と合流する。
ざっと見た感じ多少怪我をしている人はいるけど、死んだ人はいないみたいだ。
そして、甲板でも目立った損傷はない。どうやらこのまま進めそうだ。
「大丈夫そうだったみたいだね」
「あぁ、そうだな。船底から侵入されたが、それらは全部対処した」
「船底から侵入されたの!?」
「まだお前が船にいた時に声が飛んでたと思うけどな」
あー、そんなこと言っていたような、聞いてなかったような、頭から抜けていたような。
まぁ、ともかく今の結果からしてどうにかなったのだろう。
「もしかして薫が?」
「あぁ、あいつの魔法で船底を補強したんだ。だから、アイツがいてくれなきゃ今頃海の中、大渦に飲み込まれればどのくらいの底にいたかわからないな」
「お、おう、そうなのか。いや、そうなっいぇたなら僕を呼べばよかったのに。助けられると思うしさ」
「ま、結果その通りにはならなかったわけだから、こんな話はもう意味ないだろ。
それよりも魚人国に行く手立てはこれで完了したってことでいいんだよな?」
「あぁ、それは本人の口から確かめてある。
だから、船の整備が終われば後は悠々自適な旅路ライフを送れるってわけさ」
「ふっ、とても色んな国にケンカ売った犯罪者とは思えないセリフだな」
そして、それから魚人国に行くまでの間、僕は甲板の上でゆったりと過ごしていた。
まるでビーチで過ごすかのようにビーチチェアに横たわる。
チラッと辺りを見渡してみれば、アイがへそ天して気持ちよさそうにねていた。
あぁ、なんて穏やかな一日なんだ。体が勝手に脱力する。
穏やかな海に心地よい海風。海鳥の声が良いBGMになっている。
日本にいた時もこのようなことは体験していないからな。
まぁ、自由にこれを感じるために色々代償を失ったが。
「気持ちよさそうですね」
ヨナが横から顔を覗かせてそんなことを聞いてくる。
そして、手に持っていた飲み物をそっと僕に渡してきた。
ん? これは......?
「こればバルサッスという実を使った果実ジュースらしいですよ。
甘くて美味しいので是非飲んでみて欲しくて。どうですか?」
「それは気になるね。ありがとう、飲んでみるよ」
ジュースいりのグラスを手に取り、飲んでみる。
口の中いっぱいに甘さと香りが広がった。さながら爆発するように。
この果実独特の甘さはとても懐かしい。
あってもいろ〇すみたいな果実水だからな。
じーーーっ、とそんな視線が飛んでくる。それもすぐ近くから。
それを確認するように目線を移動させると、ぼーちチェアの取っ手に腰を掛けたヨナが見ている。
僕が飲んでいるところを見ている。え、何、何なの? 飲みづらい!
「え、えーっと、どうかした?」
「あ、いえ、その......どんな反応するか見て見たくなりまして......あ、決して他意はないです!」
「いや、別にそこは疑ってないけど......そんな見ても何もないよ?」
「あ、はい。それはわかっています」
じゃあ何? と聞き返したい所だけど、それを聞いても特に求める声は帰ってこなさそうだよな。
なんというか、自分でもよくわかってないけど、見たくなるみたいな? 感じがする。
そんなことを思っていると、ヨナは慌てた様子で話題を振った。
「そ、そういえば、やっぱりあの時の戦いでもセナは出てこなかったです。
戦闘と言えばセナだと思うのですが、もう私の声も届かないみたいで。
これってもう.......消えてしまったということなんでしょうか?」
ヨナが心配するのはよくわかる。だって、セナはもう......。
だけど、それをヨナに伝えることはできない。それが約束だから。
とはいえ、ヨナも薄々気付いているからこそのこの質問なのだろう。
「たぶん気づいてないだけじゃない?
それにもともとヨナの更生がセナの目的だし、あえて戦闘で前に出なかったかとか」
随分ふんわりとした回答をしてしまった。それで納得してくれるだろうか。
「そう、ですか.......そうですよね。すみません、変なことを聞いてしまって」
「いや、全然構わないよ。まるで姉妹のように仲良しだったみたいだしね」
「姉妹というか自分自身なんですけどね。でもまぁ、そんな感じです」
ヨナが笑った。しかし、その表情はやや硬い。
やはり完全には疑念を払拭できないみたいだ。
う~ん、なんだか伝えてあげないのももやもやするなぁ。
だけど、それが約束だし、まだ何かするっぽいからなぁ。
とりあえず、もう少しだけ様子を見ようか。
「にしてもさ、ヨナはなんか変わったよね」
そんな素朴な質問をしてみると、ヨナは不思議そうに首を傾げる。
「そうでしょうか?」
「まぁ、自分じゃあまり客観的に捉えられないしね。わからなくても仕方ないか。
出会った頃なんて引っ込み思案みたいな印象だったよ。特に戦闘になると動けないって感じで。
だけど、今はもう全然違う。やっぱり仇を討てたから?」
「う~ん、どうなんでしょうか。
確かに、故郷を滅ぼした敵を倒せたのは心の成長の要因だったかもしれません。
ですが、それだけのおかげかって言われると......なんだか腑に落ちない感じがします。
やはりリツさんと一緒に旅を始めたことが一番の心の成長かと思います」
「それは嬉しいけど、結構ダメな方向に片足どころか全身ドップリ浸かってるよ? まぁ、今更引くことなんてできないけどさ」
「大丈夫です! リツさんとどこまでもいるつもりですから!」
ヨナはニコニコしながらとんでもないことを言った。
しかし、当人はそのことに気付いて......あ、表情が固まった。んで顔が赤くなっていく。
「あ、あの、そのそれは――」
「大丈夫、大丈夫。僕は理解力ある方だから。だから、そこまで気にしなくていいよ」
つい軽はずみで言ってしまうことはある。それを容認できないほど僕の心は狭くない。
そんなフォローのつもりで言ったのに、ヨナの表情はどんどんと冷めていった。
心なしか目線も冷たくなっている気がする。おかしい、正しい選択をしたはずなのに。
「そうですか。まぁ、確かに今のリツさんではそうでしょうね。
では、私はミクモさんに用がありますので」
そう言ってヨナは颯爽とこの場から去っていた。
その数分後、ダメな人を見るような目をしたミクモさんに小言を言われた。
―――一週間後
シーサークラーケンを倒してから快適な航海ライフもついに終わりを迎えた。
甲板から眺める水平線には一つだけポツンと存在する島が見えた。
「アレが魚人国ウォータルバザーだ。当たり前だが、国民の九十五パーセントが魚人族で占めていて、魚介系の料理が有名だ。あの国でしか食べられない食材もあるらしい」
「へぇ、随分詳しいんだね」
「魚人国はアタシ達の貴重な商売相手だからな。
アタシらが海賊で海の魔物を狩り、安全となった漁場で魚人族達が魚を得る。
んで、捕った魚の一部をアタシらに分けてもらい、その一部を売って金にする。
ま、そういった利害の一致で成立してるってわけよ」
「なるほど。それじゃあ、着いたら僕達の紹介よろしく。
魚人国の名物料理ってのを食べてみたいから」
「わーってるよ。にしても、別にお前らの目的ってそれじゃねぇんだろ?」
「そうだね。ってことで、王族とコネあったりする?」
「ったく、こいつは.......」
そんな図々しさに拍車をかけたような言葉にロゼッタは呆れたため息を吐きながらも、有益な情報をくれた。
「まぁ、なくはない。が、できるのはあくまで紹介だけだ。
そこからはお前達の努力次第ってことだな。
んで、どうして海底神殿なんかに行きたいんだ?」
「そこで確かめたいことがあるからさ。ぶっちゃけ気になるなら着いてきてもいいよ。
だけど、どう足搔いてもめんどくさいことになるからそうなったら諦めてね」
「え、お前達一体何に狙われてんだよ」
「う~ん、そうだな......たとえるなら世界の意思?
まず勝てない相手だから僕達にかかわらない限り狙われることはないよ」
「勝てない相手って理不尽なリューズより理不尽なことをしているお前より理不尽な存在ってことかぁ!?
おいおいお前達何にケンカ売ったんだ!? 世界の意思ってなんだよ!?」
「別に売った覚えはないんだけどな。でも、僕達の行動が癪に障ったのかなんなのか知らないけど、敵視されちゃってるから......うん、関わらない方がいいと思うよ」
「もう現在進行形でガッツリ関わってるんだがぁ!?」
「あ、そうだね......じゃあ、頑張って」
「ふざけんなこの野郎!」
そんな楽しい談笑を続けていると、遠くの島が少しずつ近づいてきた。
そしてさらに数時間後、ついに僕達は目的の魚人国に到着する。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




