第173話 シーサークラーケン討伐戦#2
開幕ぶっぱの雷を落としてからしばらく。
大渦の中央にいるであろうシーサークラーケンは未だ沈黙を保っている。
敵が海の中にいるため直撃したかどうかはわからない。
されど、ノーダメということはないだろう。あの大質量を喰らって。
「ロゼッタ、これで敵は倒れたと思うか?」
「まさか。こんなんで倒れたらアタシらの頑張りが無意味じゃないか。
それにアレはきっと何百年と生きてきた類の魔物だ。神話級と言ってもいいだろう」
「つまり、倒れるとは微塵も思っていないと」
「そういうことだ」
正直、ロゼッタの言葉は根拠がない。しかし、それでもそう思わせる説得力を持っている。
それはきっとロゼッタが長年何度もその魔物と戦い続けてきたからだろう。
そういう経験値が証拠はなくとも言葉に厚みを生んでいる。
となれば、この戦いが初めてである僕達はロゼッタの言葉を信じて待つか。
そう思っていると近くにいる獣人二人の耳がピクッと反応する。
耳は揃って大渦の方へ向き、二人して口を開いた。
「お兄ちゃん、何か海中から聞こえてくる!」
「大シケでえらい微かどすけど......ほんでも獣人持つ危険察知告げてます。本番はこれからやと」
もはや波の音しか聞こえないこの環境下でよく聞こえるな。
それは獣人だから出来たことなのか、二人だから出来たことなのか。
しかし、二人してそう言うということはそれで間違いないのだろう。
そして、大渦を警戒していると事態は突然動いた。
―――ザバンッ
波からニョキッと姿を現わしたのは魔物図鑑で見たシーサーペントだ。
その数はざっと八体。まるで群れを成しているかのように一斉に顔を出す。
一体のシーサーペントが顔を船に向けた。直後、残りの七体がこちらに向く。
「現れたぞ。あれがシーサークラーケンの足だ」
「足? どう考えてもシーサーペントだろ?」
ロゼッタの言葉にウェンリが首を傾げる。言いたいことは最もだ。
実際に出会うのは初めてだが、言い伝えではシーサーペント一体で十数隻の船は沈むと言われている。
相手が八体もいるとなれば、その被害を単純に八倍しても被害数は百を超える。
それだけシーサーペントというのは非常に怖い海の魔物で恐れられている。
それがただの足で本体は別にいるとか......正直考えたくもないが。
「言いたいことはわかる。だが、アレは足だ。間違いない。
それにここからは第二フェーズになる。
用心しろよ、飛んで来るのは船を木っ端みじんにする水圧ブレスだ」
ロゼッタの忠告通り、八体のシーサーペントが一斉に口を開いた。
そして、そこからは放たれるのは数十メートルから放たれる直径三メートルのブレスだった。
一撃すら当たれば船は大破する。それが八本。ふざけてる。
「リツ! 力を貸せ!」
「わかった! 蓮、クモを召喚して船に回せ! 余波だけでも被害が出る!
薫と一緒に壊れた箇所から修繕してくれ! 船が無くなれば僕達は終わりだ!
ヨナとウェンリは遠距離から迎撃準備! アイ、ミクモさん、拳矢はそのまま待機!
何か嫌な気配が近づいて来てる! そいつらの迎撃を頼む!」
「「「「「了解!」」」」」
パッと思いつくだけの指示を飛ばした。
すると、そんな光景を隣で見ていたロゼッタがヒュ~♪と口笛を鳴らす。
「ハハ、伊達に頭張ってるわけじゃなさそうだ」
「立場がそうさせただけだけどね。それよりも一人で止められないほどヤバイブレスなんでしょ?」
「まぁな。単純にブレスに打ち合える頭数が足りてない。だから、お前の助けが必要だ」
「だったら、同族を呼べばいいのに」
「アイツらは基本強い奴以外に対しては無関心なんだよ。
それにコイツはアタシの敵だ。誰にも譲る気はねぇ」
隣から滾る闘志がオーラとなって見えてくる。
そうだった、竜人族って結局戦闘狂と同じカテゴリーだった。
となれば、ずっとこの船員達で戦ってきたのも頷ける。
「来るぞ!」
ロゼッタが警戒した言った。瞬間、八体のシーサーペントが水圧ブレスを放つ。
数十メートルとあった距離が数秒足らずで視界を覆い隠すほど飛んで来る。
この圧、やっぱりただの魔物じゃなさそうだ。
「大咆哮!」
「破断結界<極>!」
僕は予め設置していた魔法陣を起動し、船の上部を囲む結界を作り出す。
同時に、隣のロゼッタは大量の空気を吸い込み、それを咆哮とともに吐き出した。
原理は音の壁というか衝撃波の壁という感じだろう。
―――ゴゴゴゴゴッ
水圧ブレスが衝撃波の壁と結界に直撃する。凄まじい勢いで水しぶきが飛ぶ。
高圧洗浄機を壁にぶつけた感じがこんなかって思える程度にはまだ少し余裕はありそうだ。
チラッと船の方を見る。船を囲む結界のおかげで被害は無さそうだ。
とはいえ、船底の方は正直わからん。
そこの方は結界を張るための魔法陣は設置できてないから。
「頭! 大変です! 船底に穴を開けられ、そこからサハギンが侵入してきます!」
サハギンとは魚人族の亜種とされているが立派な魔物だ。
容姿は魚やイカなど魚介類の頭を持ち、人間のような四肢を持っている。
そして、海は奴らのテリトリー。案の定、こちらがブレスに対処中に強襲してきたか。
加えて、狙ってきたのは結界が張れていない船底。それなりに知能があるようだ。
「皆! 先程の指示通りに頼む!」
その言葉に仲間達は頷いて反応し、各々行動を開始した。
そうこうしていると第一波のブレスが終わる。
流石に結構な魔力を消費したな。やっぱり結界はコスパが悪い。
「ゼェゼェ......リツ、お疲れのとこ悪いがもう第二波が来るぜ」
「もうかよ。一体いつ攻めりゃいいんだ?」
「そりゃ当然、こっちが隙を作った時よ。出来るだろ?」
「簡単に言ってくれる。だけど、皆が頑張ってる手前出来ないなんて言えないさ」
ロゼッタが「来るぞ」という言葉が聞こえた、
同時に、シーサーペントの頭から第二波の水圧ブレスが飛んで来る。
僕とロゼッタは再び障壁を張って船体の防御に努める。
船体はそれを頼りに少しずつ大渦の中心へ近づく。
ガコンッと船体が大きく揺れる。大渦に捕まったことを意味している。
そこからは船体が振り回されるように大渦の周りをグルグルとし始めた。
「くっ!」
第二波のブレスは先ほどよりも出力が上がっている。
先程の攻撃で威力が足りないと学習したのか。厄介だな。
ならこちらもさらに結界の出力を上げ――
―――ピキッ、パリンッ
瞬間、結界が砕け散った。な、何が起こった!? まだ割れるには耐久値があったはず。
いや、違う。これは結界を作り出すための魔法陣が壊されたのか!?
不味い、このままでは船体にダメージが入る。させるか!
「保険はしっかり用意してあんだよ――反射!」
ごっそり魔力が持ってかれるのがわかる。
相変わらずこの魔法陣だけは構築も面倒であれば、魔力の燃費も悪い。
しかし、今は緊急事態だ。背に腹は代えられない。
船体の横に巨大な魔法陣が構築される。
その魔法陣にブレスが当たった瞬間、ブレスは魔法陣に吸い込まれるように消えた。
そして、ブレスが討ち終わると今度は魔法陣からシーサーペントに向かってブレスが放たれる。
「ヨナ、ウェンリ! 今だ!」
「はい!」
「わかったわ!」
指示を飛ばすとヨナとウェンリはすぐさま頷く。
ヨナは予め作り出していた砲台でもってシーサーペントにぶっ放す。
ウェンリは精霊の力を借りてシーサーペントまで届く矢を放つ。
初手の攻撃としては良い方だろう。しかし、これで終わるはずがない。
「ロゼッタ、僕は前に出る。あなたは船体の防御に努めてくれ」
「そうか。そうだな。どっちかは船体を守らないとだしな。
つーか、そう言うってことはリツは空を飛べるのか?」
「魔法陣ありきだけどね」
「わかった。なら、こっちは任せて好きに暴れてこい」
ロゼッタから背中を押され、僕は足裏に魔法陣を作り出し飛び出す。
向かう先は当然シーサーペントのいる大渦の中心。
すると、シーサーペントが気づき、ブレスではなく水弾を放ってきた。
数で撃ち落とす方向性にしたようだ。面倒だ。
「だけど、それでやられると見くびって欲しくないね」
射程に入った。<雷撃>の魔法陣をシーサーペントの一体に設置する。
刹那、ズガンッと体から雷が生まれ貫通したシーサーペントの一体は分けも分からず痺れた。
「まずは一体!」
<収納>の魔法陣から愛刀を取り出す。
さらにその愛刀を思いっきり振るった。
刃渡り三メートル巨大な斬撃が宙を舞う。
狙ったシーサーペントがブレスで迎撃しようと動き出すが――
―――ボンッ
直前で顔面に大砲の弾が当たり爆発する。ヨナからの援護射撃だ。
凄まじい制度に少し脱帽。しかし、おかげで斬撃が当たる。
ザンッとシーサーペントの頭を刎ねた。巨大な頭が海に沈む。
左右から挟み込むようにブレスが飛んできた。
足裏の魔法陣から<突風>を発動し、体を無理やり動かす。
体をねじり、ブレスとブレスの合間を縫って躱した。
「「「「ギャアアアア!」」」」
「っ!?」
その時、四体のシーサーペントが僕の周囲を取り囲むように海中から出てきた。
どうやら先の二体を潰したことで僕に対する警戒度が跳ね上がったようだ。
しかし、それは相手が周囲から意識を逸らしたも同じ。
「僕の仲間にはね、遠距離攻撃に関しては僕より秀でた人がいるんだよ。ウェンリって言うんだけどね」
「「「「ギシャアアアア!」」」」
「よそ見してると痛い目見るよ」
―――ボウッ
瞬間、足元で素早く何かが通り抜け、その風圧が上空の僕にまで伝わってくる。
チラッと真下を見れば、四体のうち二体の胴体に風穴が空いていた。
シーサーペントといっても一体ずつで独立してるわけじゃない。
それがシーサークラーケンの足だとすれば痛みは共通。
つまり、他のシーサーペントにも隙が生じる。
「我流一刀流――螺転」
僕はその場を一回転する。作り出したのは円形に時間経過で拡大する斬撃だ。
円形が大きくなればなるほど斬撃の威力は落ちるが、シーサーペントの頭を落とすには十分だ。
シーサーペントを全て迎撃。しかし、それで終わりではない。
刀をしまい、一体の首なしシーサーペントの胴体を掴む。
姿勢は背負い投げのポージング。いつまでも海中で潜ってんなよ!
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」
魔法陣で全身の筋力を強化し、加えて風と火をブースト代わりに利用して遥か上空へ。
シーサーペントとシーサークラーケンの境界ラインである足の根部分が見えると一気に前回転。
―――ザッパァァァァン
曇天と雷鳴が轟く空。荒れ狂う暴風の中でおおよそ五十メートルサイズのシーサークラーケンの図体が露わになった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




