第170話 いざ出航
「へぇ~、結構長いところから旅してきてんだな」
「確かに、そう考えると意外と長いな」
海賊のアジトに招き入れらてた僕と蓮、そして拳矢の三人。
実力を見せて認めてもらった現在は僕達のこれまでの旅の話を肴に、ロゼッタと話をしていた。
目の前にいる彼女は船員達が船から荷物を降ろしたり修理をしたりしている一方で、一人まだまだ日が明るい時間帯から酒を飲んでいた。
その姿は如何にも海賊の頭というべきなのかもしれない。
少なからず、船長がそんなことしていても誰も気に留めることも無ければ、むしろ日常の一部であるかのように溶け込んでいる。
「で、次の目的地は魚人島ってわけか。にしても、別にあの場所はビーチや魚料理が有名なだけで特別何かがあるような場所じゃないぞ?」
「わかってる。僕が用があるのはその魚人島の近くにあると言われる海底神殿だ。
聞くところによると心の女神スーリアに関する神殿だと聞いてる」
その言葉を聞いたロゼッタは顎に手を当て「神殿ねぇ......」と思い出すように目を閉じた。
少ししてカッと目を開くと口を開く。
「あぁ、ヴァルヴァジア神殿か。確か、海底にある神殿の名前がそれだった気がする。
だけど、あそこは紛れもなく海の底だぜ?
魚人族なら未だしも、それ以外の種族が容易に行ける場所じゃない」
「やっぱそういう感じなのね。神殿の周囲はなぜか空気がある空間とか期待したんだけど」
「中までは入ったことはねぇからどうかは知らねぇが、少なくとも数百年前に遊泳してる時に外観から見た感じじゃそんな感じだったぜ」
「ま、それに関しては追々考えるよ。別に見つけ次第すぐに行くわけじゃないからね」
といっても、魚人島に着けば出来る限り間を置かずに行きたいところだけど。
魔神の使途がいつ僕の意図に気付いて邪魔してくるかわからないし。
それにアルバートやロクトリスのようやヤバい連中に来られたらもっと困る。
だけど、その前に片付けなきゃいけない問題もある。
その問題の解決のカギを持っているのがこのロゼッタなわけで。
「ん? どうしたじーっと見て。惚れたか? 強い奴なら抱かれてやってもいいぜ。
竜人族は本能的に強い子孫を残そうとするからな。
相手が自分より強い相手なら大歓迎だぜ」
「別に性的な目でみてたわけじゃないよ。っていうか、勝手に邪推しないでくれる」
「おいおいそんなツンケンすんなって。でも、あぁ......そうか、お前の縁者になると漏れなくあのヤベェ女がついてくるのか」
「リューズとは血縁はないですよ。それと一緒に考えられるのは心外です。
僕もあのバーサーカーは苦手なんですから」
「それはなんというか......悪い」
ロゼッタが素直に謝った。どうやら俺の切実な気持ちが伝わったようだ。
僕だって未だに夢で「戦え!」と子供のように目を輝かせたリューズに追いかけられるんだから非常に止めて欲しい。
隣から蓮に「話が脱線しすぎだぞ」と注意されたので、咳払いして話題を変えることにした。
いや、話題を戻すの方が正しいか。
「で、僕達はそういうわけで魚人島に向かいたいんだけど、確か魚人島までの道中は嵐に見舞われてるとかって聞いたんだけど」
もともとの話、この港から魚人島に向かう船はあったが、沖の天候が悪いせいで帰ってこない船が度々あったようだ。
だから、魚人島に向かう船をどうにかして確保できないかと悩んでいた時に飛び込んできたのが、拳矢から伝えられた海賊船の情報だ。
海賊であればたとえ天候が嵐であろうと海に出てくれると期待しての現在。
さて、だいぶ前置きが長くて戦闘とか挟んじゃったけど、ようやく本題が聞ける。
「そうだな。確かになぜか沖の海だけは荒れに荒れている。まぁ、原因も理解してるんだがな。
だから、お前らの用件は実によく理解してるつもりだぜ。
アタシの船に乗せろってことだろ? アタシの問題を解決する手伝いをする代わりに」
「まぁ、そういうことだな」
正直、海賊を追っ払ったんだから代わりに船を貸してくれっていう手もあったんだけど、いくつもの船が返ってこないという話を聞いてから何かがいることは理解してた。
そういう意味では、大抵僕達の組織でどうにかなるかもしれないけど、物量で攻められたときに船を守り続けるというのは少し難しい。
天候が荒れている沖がどのくらいの距離まで続いているのか分からないし、その間船を守る結界を維持するために魔力を消費し続けるのは酷だ。
どの魔法と比べても結界の魔法陣だけ魔力消費がバカにならない。
一時的に効力を発揮するなら未だしも、何日も発揮し続けるとなるとそれを維持するだけの魔力をどうやって確保するかになる。
僕はよく皆に魔力量が多いと勘違いされることがあるが、それは単に僕が魔力コストを威力をそのままにギリギリまでコスト削減してるからであって、僕であっても魔法を無尽蔵に使えるわけじゃない。
故に、最初に考えた全員を魔法で運ぶっていうのも現実的じゃない。
さて、そういった理由があるからロゼッタには是非ともこの回答にはイエスと答えて欲しい所だ。
まぁ、たぶん彼女のお眼鏡には適ってるだろうし、問題はないと思うけど。
「あぁ、いいぜ。アタシの船にお前らを乗せてやるよ」
「よし、交渉成立だな。ちなみに、メンバーは俺達三人じゃないからな」
「あ? まだいるのか? 何人くらい?」
「五人だ」
「お前の仲間なら強いだろうから、別に増えることには越したことじゃねぇか。
なら、準備が出来たら声をかけな。すぐに出発するから」
「わかった」
僕はロゼッタと交渉すると海賊のアジトを後にした。
―――数日後
僕は仲間を連れて再び海賊のアジトがある海岸裏の方へやって来ていた。
その場所には既に船の整備が終わっているのか今は大量の荷物を船員達が積み込んでいる最中って感じだ。
そんな光景を眺めていると遠くから「おーい」とロゼッタが大きく手を振りながら近づいてくる。
彼女が僕の目の前までやってきたところで新顔が気になったのか話しかけてきた。
「そいつらが残りの五人か。全員女とは驚いた」
女? あぁ、薫の性別を間違えてるのか。
これでも以前よりだいぶ男っぽくなったような気がしてたんだが。
そんなことを思っていると誰も否定しないことに薫が焦って手を挙げた。
「あ、あの、僕は男なんですけど.......」
「男? マジか!? あんまりにも弱っちくて小さい見た目してたから勘違いしてたわ。
ハハハ! 悪りぃな、別にバカにしてたわけじゃねぇんだ」
「そんでもって、うちがカオルの旦那のミクモどす。よろしゅう」
「加えて、既婚者と来たか。ククク、相変わらず面白い連中が揃ってるな。
それに......全員がただ者じゃねぇってわかるぜ」
ロゼッタが相手を値踏みするように視線を巡らせる。
その視線はまるで自分が満足して戦えている飢えた獣に似ていた。
強さに魅力を感じるところは腐っても竜人族ってことなんだな。
そう考えれば考えるほどあの人が人族であることに疑問を感じて来る。
「そういえば、見てて思てたんだが船に積み込んでる荷物ってどこから持ってきてるんだ?
確か、ロゼッタ達は海賊ってことで港町から恐れられてた気がするけど」
船の作業を眺めていた拳矢がそんなことを聞いてきた。あ、それ僕も気になってた。
「単純な話だ。全員がそう思ってるわけじゃねぇってだけ。
そもそもアタシ達は港町に直接何かやらかしたわけじゃねぇ。
海賊ってイメージで勝手に怯えられてるだけで、話が通じる奴から割り増しで買うことで十分の食料は必要物資を提供してもらってるんだよ」
「なるほどな。確かにそれは単純だ」
そんなことを話していると遠くで船員の一人が「船長、そろそろ準備完了します!」と叫んだ。
その声にロゼッタが「おう」と反応すると、続きの話は船上ですることになった。
船の上に乗れば僕は甲板の柵に半身を乗り出し、どこまでも視界いっぱいに広がる水平線を眺めた。隣では一緒になってアイが尻尾振りながら眺めてる。
「うぉー、スゲー!」
「うぉー、すごいなのー!」
僕の人生の中で船に乗るというのが実はこれが初めだ。
まさかその初めてを捧げる場所が異世界になるとは思わなかったけど。
しかし、これが船の上からの眺めか。なんとも言葉に困る気持ちだ。
「ハハハ、まだ船も動かしてねぇのに。その喜びようなら動かしたらどうなっちまうかな。
それはそうとして、いい加減自己紹介といこうじゃねぇか。
この先しばらくは共に生活する仲間なんだ。相手のことを知って損はねぇだろ?」
「それもそうだな」
ロゼッタの提案に乗り、僕達は甲板に置いてあるテーブルについて自己紹介を始めた。
そして、全ての紹介が終わるとロゼッタは腕を組みながら笑う。
「これまた随分と個性的な連中だ。人族に森人族、鬼人族、獣人族か。さらに、今いない連中の中には鉱人族もいる。
で、そんな連中を束ねているのがリーダーのリツ。こいつは心強いな」
「まぁ、リーダーってのは成り行きでなったのが半分って感じだけどね」
ぶっちゃけ今でも僕がリーダーでいいのか疑問に思うことはある。
しかし、そうして頼りにされるのなら少しでもその勤めを果たせればいい。
「そう言えば、ロゼッタさんは竜人族なんですよね? どうして船で生活を?」
突然、ヨナがそんなことを聞いてきた。というのも、この質問には理由があるようで。
竜人族は別名“空の支配者”と呼ばれる存在で、竜となった巨体で空を飛ぶことが好きな種族らしい。
そのせいで大昔では空からやってくる災いとして恐れられたこともあるようだが。
とはいえ、竜人族の性質が今も昔も変わっていないらしく、ふと空を見上げれば気持ち良く空を飛んでいる竜が見つかるらしい。
確かに、それが竜人族であるならわざわざ船を使って移動を繰り返すロゼッタはかなりの変わり者といえる。
そんなヨナの質問にロゼッタは目を輝かせて答えた。
「そりゃ、海の方が魅力が詰まってるからに決まってるじゃねぇか!
空なら大抵の場所行けるが、空には面白い生き物は全然見られない。高度を上げればさらに減る。
しかし、海にはどの深度に面白い生き物がいるみてぇじゃねぇか。
だったら、海に近い所で行動するしかやることはねぇだろ?」
「それは......竜になって潜らないの?」
「それは考えたが、それやっちゃ面白さが減るってもんだ。
ただでさえ、バカなげぇ寿命背負って生きてんだ。
だったら、のんびりやっていくのがアタシ流ってやつなのさ」
「な、なるほど......」
なんだからロゼッタさんにはロゼッタさんなりの流儀があるようだ。もはやこれ以上は話に付き合えるかどうか。
そうして時間を潰していると、出発の準備が整ったらしくロゼッタが船首側の甲板に立った。
そして、出発前の口上を叫ぶ。
「よし、お前ら! 船の準備は出来てるか!?」
「「「「「おう!」」」」」
「大海原に飛び出す気概は出来てるか!?」
「「「「「おう!」」」」」
「憎きアイツをぶっ殺す覚悟は持ってるか!?」
「「「「「おう!」」」」」
「それじゃ、野郎ども! 出航だーーーー!」
「「「「「おおおおおぉぉぉぉ!!!」」」」」
そして、船は大海へ移動し始めた。




