第168話 竜人族V.S.拳矢
海賊船の船長の勘の鋭さでバレてしまった僕達。
仕方なく正体を現わせば、竜人族の船長は笑った。
「ほぉ、誰かと思いきやこんなにもひょろガキだとはな。
こっちのむさ苦しい野郎どもとは全く違うぜ」
「だけど、船長! 俺達の方が筋肉あるぜ!」
「それにアソコだってデケェ!」
「テメェのは小せぇだろ! 俺の方がデケェ!」
そこからわいのわいのと騒ぐ船員達の下ネタトーク。
全く持って身内の女性陣には聞かせられない言葉だ。
にしても、どうするかなぁこの状況。
素直に逃がしてくれるような雰囲気じゃないよな。
なんたって、さっき槍で崖をぶっ壊したしな。
「船長、どうします? あのガキどもとっ捕まえてバラシちまいますか?」
怖っ! 言ってることがまんまヤ〇ザのそれよ!
この世界の海賊ってこんなにも血の気が強い連中なのか?
出来れば手荒な手段をしたくないところだが。
「まぁ、待て。テメェらは手を出すな。たぶん手も足も出ずに負けるだろうからな」
船員の行動を船長が抑止ながら、こっちに向かって歩いてくる。
やがて船員達の前に立つと不敵な笑みを浮かべて言った。
「さて、まずは互いに自己紹介と始めようじゃねぇか。
アタシはドラゴニクス団船長、ロゼッタ=ドラゴニクスだ。
で、そっちの頭は誰だ? いや、言わなくてもわかる」
ロゼッタはゆっくり右手を上げると、ビシッと指さした。
そして、堂々とした様子で叫ぶ。
「テメェだろ――そこのグローブつけたガキんちょ」
僕はその指先が示す方向をゆっくり見た。反対側では蓮も同じ行動をしている。
そして、僕達は間に挟まれて呆気に取られている両手にグローブをつけた男を見た。
「......え? 俺?」
拳矢は自分に指を差して驚く。
まぁ、この結果はある意味僕達のせいとも言える。
僕と蓮は魔力操作によって自身の魔力を限りなく体外に出ないように制御しているからだ。
人の強さの指標として、よく判断されるのがその人が体から放つ魔力量だ。
魔力は本来人に扱えるものではないとされていて、故に体外に出ている魔力量がその人の実力であると判断されるのだ。
話を戻すと、俺と蓮は<気配立ち>のための最低限の魔力だけ維持し、後はずっと魔力の流出を抑えていた。
簡単に言うならば、空気と同化していたって感じだ。
だから、さっきロゼッタが僕達に気付いたのは恐らく拳矢の魔力の揺らぎに気付いたからかもしれない。
そして今や、ロゼッタは拳矢がこの三人の中のリーダーであると思っている。
それは拳矢がこの三人の中で一番魔力制御が甘いから。
ってことで、自分の蒔いた種は自分で回収して貰おう。
「よくわかったな! こちらが僕達のリーダー! 拳矢さんだ!」
「え?」
「ただの人間だと思っていたら痛い目見るぞ。
そっちの三十人程度の船員が全員武闘派だとしても、俺達の拳矢さんにかかれば造作もない」
「ちょ、お前ら......」
「「さぁ、それでも挑むつもりか!」」
「お前ら何勝手に人を矢面に立たせてんだ!」
僕と蓮は拳矢の体を盾にしながら、後ろからがガヤを飛ばしていく。
まるでトラの威を借るキツネ。ジャ〇アンの威を借るス〇夫だ。
さて、相手はこの感じに対してどう出る?
「ハッハッハッ、やっぱりそうか! アタシの目に狂いは無かったということだな!」
おぉ、この感じ竜人族だから実力者だろうけど、なんだかアホの子っぽいぞ?
自分を信じて疑わないこの傲慢さ。
うん、実に本に書かれてた竜人族の特徴と一致する。
「お前の強さは一目でわかった。強い奴は欲しい。
ってことで、お前......アタシの仲間にならないか?」
まさか船長直々のお誘いの言葉! さて、これに対して拳矢はどう返答する?
言っておくけど、こっちをチラチラ見た所で僕達は答えないからな。
拳矢は僕達の反応に大きくため息を吐くと、仕方なさそうに答え始めた。
「ありがたい誘いだが断る」
「なぜだ?」
「俺達にも用があってな。俺達はここの港町から海賊船が住み着いてるという情報を得てここにやってきた」
ロゼッタは腕を組む。
「なるほど、アタシ達を倒しに来たから無理って話か」
「それは違う。俺達にことを構えるつもりはない。
なんたって、あんた達はどうやらこの先の海の治安を良くしようとしているみたいだからな。
俺達はその海を渡った先にある魚人族の国に用があるんだ」
「魚人族の国、か。なるほど、そいつは都合がいい」
ロゼッタは腕組みを解き、腰に手を当てた。
相変わらずギラついた目をしてこっちを見る。
「良いぜ、その島までの案内をアタシ達が買って出てやるよ。
どうせ、ここの港街じゃ荒れた海に船を出す気合の入った野郎はいないだろうしな」
「本当か!?」
「だが、当然タダじゃねぇ。当然ながら、アタシ達はその海に用があって、今は強い奴が喉から手が出る欲しい状況だ。
だから、テメェがその船に乗るに相応しい人物かどうか、アタシが直々に確かめてやるよ」
「え、それって......」
ロゼッタの提案にしり込みする拳矢。
敵対するような相手じゃないのに戦うのは不本意って感じだろう。
しかし、これは願ってもないチャンスだぞ!
「さぁ、かましてやってください!」
「あぁ、屍は拾ってやる」
「なぁ、お前らこの状況を楽しんでないか?」
それは否定できない、すまん。
ぶっちゃけ僕達がやったら十中八九勝つだろうし。
だけど、これは拳矢がやることで意味がある戦いになる。
なんたって拳矢は強くなることを望んでいるんだから。
なら、強い奴と戦いの中で学ぶのが一番手っ取り早いだろうから。
本音を言えば、ただ単に戦うのがめんどくさいだけですよ?
だけどそれは言わないお約束。
「ファイトー!」
「頑張れー!」
「こいつら、後で絶対ぶん殴る!......ダメだ、絶対避けられる。クソ!」
なんか僕達に対する怒りの方が気合入ってる気がする。
ともかくまぁ、拳矢君の恐らく僕達を除けば初だろう強者との大戦。
どういう結果が着くか見届けようじゃないか。
拳矢はようやくあきらめがついたのか僕達から距離を取るように前に歩き出した。
対して、ロゼッタも船員を後方に控えさせ、一人で前で歩き出す。
「ハァ、わかった。戦ってやるよ。ただし、殺しは無しだ。
お前だって力を持っている奴が少しでも欲しいんだろ?」
「そうだな。船員達よりも弱くて挑んで来ようものなら、海の藻屑にしてやろうと思っていたが、どうやら実力はそれなりあるみたいだからな」
「それじゃ、交渉成立ってことで。なら、戦闘不能か気絶って辺りで勝敗をつけよう」
「ハッ、やる気になったら随分積極的じゃねぇか。いいぜ、それで飲んでやるよ」
拳矢は適当に腕を伸ばし始め、ロゼッタの方も両手を頭上に挙げて伸びをする。
拳矢が戦闘態勢に入った所で、一方のロゼッタは片手を腰に当てるだけで立っていた。
まるで拳矢の方からかかってこいと言わんばかりの余裕を見せるポーズだ。さすがの傲慢さ。
とはいえ、実際竜人族にまともに勝てる人なんてそうそういないそうだけど。
それこそあの変態ぐらいじゃないだろうか。
「こっちから来いってわけか。なら、遠慮なくぶちかませてもらうぜ」
拳矢はダッと勢いよく走り出した。
僕が聖王国から抜け出す時には「女は殴れない」と言っていたが、心境の変化でもあったのだろうか。
そういえば、聖王国ではリューズ先生が勇者の戦闘指南役として働いてたそうだけど、もしかしてあの人に女性の強さという固定概念がぶち壊されたかな?
拳矢は瞬く間にロゼッタに接近した。
ロゼッタの船員達には捉えきれない速度だろう。
しかし、ロゼッタは相変わらず余裕そうだ。
「鉄拳連殴!」
拳矢は残像が見えるほどの殴打を繰り出した。
鉄並みの硬さを持つ拳を拳がいくつも見えるかのように殴打する拳闘士専用の技。
しかし、それらの攻撃は全てロゼッタに片手で防がれている。
これには拳矢の動揺も無理ない......と思ったが、想定通りのように表情変化がない。
まぁ、リューズというバケモンの指南を受けてたなら当然か。
「どうした? この程度か?」
「まだまだ!」
拳矢はさらに殴打の速度を上げた。
まるでギアを上げたように激しい猛攻が続く。
だが、それでもロゼッタの表情が崩れる様子はない。
「足元がお留守だぞ?」
「っ!」
瞬間、ロゼッタは尻尾を使って拳矢の片足を絡めとろうとした。
強靭な尻尾を備える竜人族ならではの武器だ。
拳矢は咄嗟に片足を上げて尻尾の拘束を防いだが、不意を突かれたことで攻撃の手が止まる。
直後、ロゼッタは腰に手を当てていた拳を瞬時に振りかぶり、殴りつけた。
「ぐっ!」
拳矢はギリギリガードが間に合ったのか直撃は防いだ。
しかし、その一撃は凄まじく、拳矢の体を数メートルは余裕で吹き飛ばした。
「ヒュー♪ これで終わりかと思ったが、立ってられる時点で大したもんだ。
普通ならアタシの拳をガードしても意味ねぇからな」
「そうかい。その余裕そうな面はもう見飽きてんだよ!」
拳矢はギアを上げたようで移動速度も格段に上がった。
その速度でロゼッタの背後を取ると素早く右ストレートを放つ。
しかし、それはロゼッタの背中に当たる前に尻尾で手首を掴まれ止められた。
「惜しかったな」
「まだだ!」
拳矢は右手を引き寄せ、今度は左ストレートを放つ。
その攻撃にロゼッタは掴んでいる拳矢の右手を起点に振り回そうと思ったのだろう。
しかし、彼女が引っ張りあげようとした腕はピクリとも動いていなかった。
「炎を宿す左手!」
「くっ!」
その攻撃にロゼッタは初めて焦ったような表情をし、尻尾を手首から離すと同時に振り向き、両腕をクロスさせた。
その拳の衝撃で今度はロゼッタが数メートル程吹き飛ばされていく。
「どうだ? あんまり舐めてるから油断すんだよ」
おぉ、拳矢がちょっとイキってる。
たぶん初めて強者に一泡吹かせられたからだろう。
だとすると、彼は今までリューズにどれだけこってり絞られて辛酸を舐めさせられたのだろうか。
「ハハッ、イキがるのはまだ早いぜガキんちょ」
ロゼッタは不敵な笑みを浮かべると、尻尾をバンバンと砂浜に打ち付けた。
瞬間、彼女から発せられる雰囲気がハッキリと変わったのが分かった。
どうやらここからが本番らしいぞ拳矢。
さて、君の今の実力でこの相手にどれだけ戦えるか見物だ。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




