第167話 海賊船の船長
翌日、僕は拳矢の情報を頼りに海岸の岩場にやってきた。
全員で行く必要もないので、僕、拳矢、蓮の三人で行くことに。
薫には犠牲として女子会男子になってもらった。
まぁ、見た目男の娘みたいなものだから実質女子会ってことで。
「で、ここが例の情報を頼りにした岩場だけど」
「特にらしいものは見つからないな」
「海賊船があると思ったがそうでもないな」
少し高い崖上から浜辺の方を見ているが、イメージしていた海賊船らしき船は何も見当たらない。
遠くの水平線に目を移しても、船らしきオブジェクトの影は確認できず。
「もしかして偽情報だったか?」
拳矢が申し訳なさそうに首を傾げる。
別にその情報が偽物であっても怒ることは無いんだけどね。
「ま、まだそうと決まったわけじゃないでしょ。
確か潰して欲しいのは海賊のアジトであるわけで、今たまたま船が出払ってるだけかもしれないしね。
それに火のない所に煙は立たぬとも言うでしょ?」
「そうか。そうだな。もう少し待ってみるか」
「のんびり行こうよ。それに何もずっとここでじっとしてるわけじゃないしね」
僕はそう言って隣に視線を移していく。
そこには手のひらに小蜘蛛を乗せた蓮が、その蜘蛛と何かを話している光景があった。
ここに着いた時から蓮には蜘蛛によってここら辺の情報収取を行って貰ってる。
蓮は手のひらの小蜘蛛を召喚魔法で消すと、仕入れた情報を僕達に伝えてきた。
「ここの岩場の下に人一人が半身になって通れるスペースがあるらしい。
そして、その奥から海賊らしき人の姿が確認できたとか......行って確かめてみるか?」
「そうだね。せっかく情報が手に入ったんならその真偽を確かめなきゃ」
僕が立ち上がると、蓮と拳矢も立ち上がった。
二人に軽く目配せして、二人が準備が出来たように頷いたのを確認した後、崖からぴょんっと飛び降りた。
高いといっても十メートルぐらいだから大丈夫......と思ったけど、この世界にだいぶ毒されてるな。
蓮は平然とついてきてるけど、拳矢の方は大丈夫かな? とか思ってたけど、意外にもついてきてた。だいぶ表情が険しいけど。
地面の着地音がしないように<消音>の魔法陣で結界を設置。
音もなく着地すれば、すぐさま蓮に岩場の割れ目を案内して貰った。
着地した位置から少し移動した先に、確かに人が入れそうなスペースがある。
「覗いてみてる感じ、天然の洞穴って感じかな?」
「確かに船がなけりゃ、アジトにするにはピッタリな場所だな。
少なくとも、小さい頃の俺ならまず間違いなくここを秘密基地って言ってる」
「「激しく同意」」
蓮の発言に僕と拳矢が頷いたところで、早速アジトに潜入。
十中八九僕達の方が強いと思うけど、潜入という雰囲気に沿ってスニーキングで行くことに。
魔法で気配を消してないあたり、だいぶゲーム感覚でやってる気がする。
めっちゃ慢心してるけど、たぶんどうにでもなると思うんだよね。
少なくとも、ここに魔神の使途のような独特な強者の魔力は感じないし。
僕は木箱の影に隠れながら、こそっと覗き見る。
すると、そこでは海賊らしき半裸に袖の無いジャケットを着た連中が沢山いた。
酒を飲んだり、賭け事をしていたり、貴金属をつけて遊んでいたりと各々何かした様子で。
「もう少し近づいて様子を確かめてみよう」
小声で蓮と拳矢に伝え、僕は周りの様子を見ながらササッと移動。
その後ろを二人がついてくる。
すると、会話が聞こえてきた。
「ハァ......お頭、『すぐに帰ってくる』って言ってたのに、全然帰って来ねぇじゃん。もう二週間よ?」
「仕方ねぇだろ、お頭の時間間隔と俺達の時間間隔は全然違うんだから。
それでもお頭の場合、だいぶ俺達に合わせた具合で行動してくれてんだぞ?
普通なら、まず俺達が待ってる間に帰ってくるかどうか」
なんだか面白い話してんじゃん。
見た所、海賊であろう男達の人種は人族だったり、獣人だったり、ドワーフだったり。
そんなの彼らの寿命は基本的に僕達と変わらないはずだ。
つまり、船長は世界の上位種と呼ばれる長命種というわけだ。
「どうやら船長は魔族かエルフ、竜人族のどれかに限られるな」
「だね。だけど、森から出ていくエルフなんて相当な物好きか、よっぽどの訳ありのどちらかだから、恐らくエルフは除外される。
となれば、どっちかってわけだ。ちなみに、どっちも初めまして種族だね」
「なぁ、なんでそんなことがわかるんだ?」
僕と蓮が小声で話していると、拳矢が会話に入ってきた。
そんな彼に簡単に説明する。
「この世界には長命種と呼ばれる種族がいる。それがエルフ、魔族、竜人族の三種族だ。
この三種族は寿命が長かったり、素の膂力が強かったり、膨大な魔力を保有していたりと特徴があるんだが、それらの寿命以外の優れた特徴を持つから世界の上位種と呼ばれてるみたい」
「で話に戻るが、さっきの海賊達は『時間間隔が違う』と言っていた。
つまり、人族や獣人族、ドワーフなどの種族とは時の流れが違うということは、それだけ膨大な時間を生きている人ということになる。
それらの上位種は人間の十年を“瞬きほどの短さ”なんて表現するらしいからな」
実際、この手の話題を耳にしたのはウェンリとの会話の時だ。
今となってはそういうもんかって感じで済むけど、村にいた時はまさにファンタジー味を感じたね。
拳矢が「なるほどなぁ~」と納得した所で、もう少し盗み聞きしてみよう。
「にしても、船長も物好きだよな。わざわざこんな時に海に出るなんて」
「確かに、海には化け物が出るって話だろ?
それをわざわざ排除するためにあのヤベー海に行くなんて」
「つーか、あの人が本気を出せばあっという間に終わるのにな。なんで出さないんだろ」
ん? どういうことだ?
拳矢が集めてきた情報だと、この海賊船が海の怪物を率いてたような言いぶりだった。
しかし、実際ここで船員の話を聞いてみれば、まるで違うように聞こえる。
少なくとも、俺達の存在がこの場にいる船員達にバレてない以上、船員達が嘘つく理由もないしこれが真実ってところか。
ってことは、俺達が聞いていた情報は嘘......とまではいかないけど、誤りだったのは確かだな。
恐らく、恐怖で物事が正常に判断出来てなかった感じだろう。
さて、欲しかった情報も集まったことだし、そろそろ退散――っ!
「律、気づいたか? この気配」
「あぁ、これは凄いや。魔神の使途の魔力以外でここまでビリッと来たのは初めてだ」
肌が僅かに焼け付くような感じ。
圧倒的な存在感がじっとりと体に纏わりついていく感じがある。
まるで小学生が初めて高校生という存在を認識した時のような、力量差を知覚した時のような。
同時に、この浜辺に何かが浜に乗り上げた音と、多くの船員達の声が聞こえた。
外から聞こえる声に、待機組の船員達も気づいたのか全員が一斉に外へ出ていく。
僕達もその流れに乗じて、さすがに<気配断ち>の魔法を発動させて浜辺に出る。
すぐに僕達の視界を覆ったのは巨大な海賊船だった。
船体の高さで十五メートルぐらいあるだろう。
横はどのくらいだろうか五十メートルぐらい?
帆には海に浸かったドラゴンのような絵が描かれてる。
推測するにこの船の名前が“竜”に関する何かか。
もしくは、船長が竜人族かのどちらか。
そんなことを考えて居ると如何にも船長らしき人が船から降りてきた。
船長ハットを被り、左目には眼帯をつけ、サラシを巻いただけの上裸にジャケットを背負ってるその姿はまさにそれ。
にしても、まさか船長が女性だとは思わなかったな。
加えて、本で読んだ情報だが、頭から生えている角や尾てい骨辺りから生えてる爬虫類のような尻尾は、竜人族の特徴として合っている。
赤髪で染めたような癖のついたロングに、宝石のように透き通った赤い瞳。
その目からは並々ならぬ意思を感じる。
初めて会う竜人族が海賊か。これはまた妙な気分だな。
だって、竜人族って言ったら、空の支配者と評されるドラゴンの血脈だから。
それに竜人族だけの固有魔法で竜になれるってんだから、空を飛んだ方が良いだろうに。
少なくとも船よりもよっぽど移動速度が速いし。
そんなことを考えながら眺めていると、砂浜にやってきた船長は浜辺に並べた船員と集会を始めた。
「よう、待機組の野郎ども! 元気に生き延びてたか!
こっちも全員無事に戻ってきたぞ! 喜べ!」
「やっと帰ってきたか船長!」
「待ちわびたぜ! 長いんだよ!」
「あんたと時の流れ違うんだぞ!」
「わーってるってそんぐらい。
だから、基本的にテメェらの時間間隔に合わせて生きてやってんじゃねぇか。
にしても、テメェらちゃんと体洗ってんのか? やたらクセェ......ん?」
船長は何かに気付いたように辺りをクンクンと嗅ぎ始めた。
そして、警戒するように目を細めて辺りを見渡す。
「臭うな、こりゃ」
「そりゃ、体洗ってねぇからですって船長!」
「ちげぇよ! つーか、あれほど生活魔法ぐらいは覚えておけっつったろ!
そうじゃねぇ、これはアタシら以外のニオイだ。
妙に小奇麗なニオイがアジトの近くの方からしやがる」
その瞬間、船員達はアジトの方を見て武器を取り出す。
あまりに統率の取れた動きに少し感心してしまったが、今はそれどころじゃない。
あの船長、動物並みの嗅覚で異常を察知しやがったぞ。
ただでさえ海風があってすぐにニオイも風で流されていてもおかしくないってのに。
僕はハンドサインで二人に撤退を指示。
出来る限り足音を立てずにゆっくりと近くの草陰の方へ向かって行く。
砂浜だから足跡でバレる可能性もあるが、さすがに二十メートル離れてれば大丈夫――
「おい、その槍貸せ」
「へい、船長」
船長は船員から受け取った槍を右手に持ち、肩より上に掲げた。
左手を伸ばし、狙いを定めるように空中に固定した――その直後、右腕がブレた。
投げられた槍はまるで音速に突入したかのような空気の輪を作り出しながら、一瞬にして加速する。
そして、一秒にも満たない時間で僕達の近くの崖に激突した。
崖は木っ端みじんに粉砕し、それらの瓦礫が一斉に雨のように降り注ぐ。
やっべ、二人に<転移>の魔法陣は施してないから、二人は避けれないや。
仕方ない、正体を現すか。
僕は<収納>の魔法陣から刀を取り出し、瓦礫を全て砂以下の粒子に変えた。
後は頭に被りたくなかったので、風魔法でそれらを横に流していく。
「姿を現わせよ。なーに、事と次第じゃ取って食いやしねぇからよ」
「......どうかお手柔らかにお願いします」
僕達は正体を現し、船長と対峙した。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




