表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィランレコード~落ちこぼれ魔法陣術士が神をも超えるまで~  作者: 夜月紅輝
第6章 記憶の継承

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

162/185

第162話 幼馴染の疑心

 拳矢の提案を聞いてから数日が経過した。

 あの提案に対して、未だに僕は返答を返していない。


 正直に言えば、拳矢は戦力不足だ。

 練魔を鍛えた僕達ですら苦戦するような相手に、それすらも未熟な彼が勝てる道理はない。

 この世界は奇跡やら希望で突き進んでいけるほど甘い世界ではない。


 仮に奇跡を語るなら、今の僕達が誰一人欠けずに生き残っている時点がそうだ。

 いくつもの修羅場をくぐり抜けた上で、今もこうして生活を続けている。

 非日常を過ごすたびに、この日常が如何に大切か思い知らされる。


 そんな世界に拳矢を巻き込んでもいいのか、否、ダメだろう。

 僕は幼馴染を危険に晒すつもりはないし、何より朱音がそれを知ったらどう思うか。


 拳矢は朱音の想い人だ。

 そんな想い人を戦場に連れて行ったら......ただでさえ顔を合わせる顔が無いというのに。


「ハァ......」


 そこまでの気持ちを抱いているにもかかわらず、踏ん切りがつかないのは一体なぜか。

 それは拳矢が僕にとっても大切な幼馴染であるからだろう。


 僕は今ももとの世界の人間である蓮、康太、薫と行動をしている。

 しかし、彼らはこの世界に骨を埋める気だ。僕を追って。

 もとの世界に戻るという選択をいくつもある選択肢から除外している。


 それが僕にとってよろしくないことだ。

 僕が望む“幸せになるべき人”ってのは当然仲間も含まれている。

 なんだったら、現地民であるヨナ達でさえ、もとの世界で暮らせばいいのではないかと思うぐらい。


 本来備わってあるべき選択肢が僕のせいで潰れている。

 しかし、そこに拳矢というパイプ役が出来たらどうか?

 主犯である僕以外ならまだ情状酌量の余地はあったりしないだろうか?

 その選択肢のためにも拳矢の存在は必要不可欠。

 早々に突き返してしまうなんてことはもったいない。


 ベンチに座っている僕はぼんやりと上空を見上げた。

 澄んだ青空が明るく輝いている。

 この明るさで是非とも僕の雲った気持ちも晴らして欲しいものだ。


「にしても、拳矢があんなことを言うなんて......」


 一体どういう風の吹き回しだろうか。

 仲間にして欲しいなんて......それこそ、お前の野望を止めに来たって言ってくれた方が楽だった。


「お兄ちゃん!」


 ベンチの背後からガシッと抱きつかれる。

 柔らかい二本の細腕が首に絡みつき、顔のすぐ横から気配を感じる。

 相変わらず甘えん坊だな、アイは。


「どうしたんだ?」


「ううん、別に。ただお兄ちゃんを見かけたから抱き着きたくなっただけなの」


「そっか。ただ人前は出来る限り止そうな」


 アイの抱きつきは今更なのだが、日中の、それも噴水エリアという人が往来する場所でやるんだからこの子は。

 街の住人達の微笑ましい視線がかえって恥ずかしい。


 そう思いながらも、僕はアイに落ち目があったために振り払えなかった。

 それどころか僕の手は自然とアイの頭の上に移動していき、ぽんぽんと優しく頭を撫でる。


 アイは上機嫌なのか耳がペシペシと頭を叩くのがわかる。

 なんだったら、尻尾が激しく揺れてる風切り音すら聞こえるじゃん。


 とりえず、アイに「横に来な」とベンチを叩いて見せる。

 すると、この子はサッとベンチの背もたれを乗り越えて座り着地。

 すぐさま僕の腕に引っ付いてくる。


「相変わらず仲が良さそうですね」


 正面からやってきたのはヨナだった。

 ヨナも住民達に負けじと微笑みながら見て来る。

 そして、彼女はアイとは反対側の僕の隣へ座れば、そのまま話しかけてきた。


「拳矢さん、良い人ですね」


「話したのか?」


「はい、少しばかりですけど。もとの世界のこととか、私達と出会う前のリツさんとか」


 それはなんだか恥ずかしいな。

 別に隠すようなことはしてないんだけど、それが僕の知らない所で流出してると思うと。

 しかしまぁ、僕のことを聞いたとして随分活き活きしてるじゃん。


「そんなに楽しかったの?」


「はい! 何と言いますか、こう、空想でしか描かれていない本の登場人物が目の前に現れたような感じでして、とても話の内容に興味が湧くんです」


 そっか、僕達がファンタジーに想いを馳せるように、魔法に慣れた世界では逆に僕達の暮らしが新鮮になるのか。

 そう考えると、結局世界の常識が変わろうと、人間という本質自体は変わらないのかもな。


「考えてみれば、僕はあまりそういうことを話してこなかったね」


「そうですね、話せば答えてくれるような感じはありましたが、リツさん達はどこかそういう話がしづらい雰囲気がありましたから。

 それになんだかんだ色々とありましたから。それどころじゃなくなったというのもあります」


「思い返せば早いもんね」


 時が経つのが早い。この歳でより実感するとは思わなかった。

 過ごしてきた時間はどれも濃密で、振り返れば割と鮮明に思い出せる。

 しかし、振り返るという行為が必要な以上、それはもう戻れない過去なんだ。

 そう考えると、今という未来が生きれているのが不思議だ。


「アイは今が幸せなの!」


 僕達の話を聞いていたのか、アイが元気よく言った。

 依然として僕の腕から離れようとせず、それどころか絡みついてる始末。

 腕を振っても離れないだろうな、これ。


 にしても、アイが幸せを語るか。相変わらず強い子だ。

 この子は小さい頃に両親や住む家を失い、親代わりになってくれた人も失った。

 僕と半分近くの年齢でそれだけの死に別れを過ごしてきた。


 そんなこの子が「幸せ」と言ったのだ。

 それがどれほど重たい言葉なのか。

 それを僕はしっかりと理解していなければならない。


 僕と同じように優しい目をしてアイを見つめるヨナ。

 彼女はふと何かを思い出したように、僕に聞いた。


「そういえば、拳矢さんが『仲間に入れてくれ』ってお願いしてきたんですが、どうされますか?」


 ヨナから拳矢と話したという話を聞いてから予想はしていたが、やはりヨナにも言っていたか。

 もちろん、彼がなぜそんなことを言ったのかは聞いている。


 彼曰く「守るが俺の役目だから」だそうだ。


 人類にとって魔族は宿敵。

 そんな敵から人類を守るために召喚されたのが僕達“勇者部隊”なのだ。

 だとすれば、勇者である拳矢にとって守るべきは民なのだが。


 やはり学院での戦いが拳矢にとって認識が変わった瞬間なのだろう。

 僕が戦ったのは魔神の眷属なのだが、魔神とは魔族においての神とされている。

 故に、魔神の眷属が攻めてきたということは、間接的に魔族が攻めてきたと同意だ。


 しかし、拳矢はそれを同じとは認識しなかった。

 これまで戦ってきてすらいない魔族が敵なのではなく、僕達が戦ってる相手こそ正真正銘の敵なのだと、彼は思ったのだろう。


 だから、正義感の強い彼は僕に共闘させてもらうことを願っている。

 とはいえ、学院での戦いを通じて自分がどれだけ戦力不足かというのは知ってるはずだが。

 もしかして、ここで学べばすぐに強くなれると勘違いしてない?


「ヨナ、その質問に答える前に先に聞いていいか?

 ヨナと話した後、拳矢はどこへ行ったか知ってるか?」


 ヨナはコテンと首を傾げる。


「さぁ、そこまではさすがに......あっ、でも、コウタさんがいる方向に向かって行きましたね。

 あそこは建築関係のお店が立ち並ぶところですから、買い物には縁遠いですし、単に手伝いに行ったって解釈もできますけど」


 僕は顎に手を当てて考え始めた。

 康太に教えを請いに行ったのか? それとも単に手伝いに行っただけか。

 どちらにしても可能性が高いのが悩みどころだな。


 まぁ、別に練魔に関しては秘匿してる技術じゃないし、なんだったらリューズ先生が“豪魔”という呼び名で教えてるらしいから、教えても何も問題じゃないけど。


 ともかく、拳矢がどこまで本気なのかで説得の難易度が変わってくる。

 となれば、今の彼の状況を知るのが適切だが、僕が近づいて変にコソコソされても困るしな。


 僕はチラッと抱き着いている少女を見た。


「ヨナ、一つ頼みたいことがある」


「なんでも言ってなの! お兄ちゃんの頼みなら何でもするなの!」


「こら、アイちゃん。女の子が安易に“なんでも”って言ってはいけません。

 リツさんだって男の人なんですから、しっかりとラインは見ていないとダメですよ」


 ヨナの言ってることは概ね正しい。

 しかし、僕がアイに手を出すと思っていることに非常に解せない。


 僕はヨナに色々言いたい気持ちが湧き出たが、それをグッと飲み込んでアイに頼んだ。


「アイにはこれから拳矢......僕を訪ねてきた友人の姿を事前に見てきて欲しいんだ」


「わかったなの!」


「ただし、僕がアイに指示を出したことは誰にも言ってはいけないよ。

 それだとコッソリ様子を把握していることに意味が無くなっちゃうからね」


「了解なの!」


 アイは元気よく敬礼した。

 一体そのポージングは誰に倣ったのか。

 少なくとも額に手を当てる敬礼の仕方はこの世界にはない。

 しかし、可愛かったので許す。


 僕の手は自然とアイの頭に向かった。

 細い髪質の金髪を撫でていくと、アイは目を細め、尻尾を振る。

 その姿がまたなんとも可愛らしいこって。


 その時、背後からちょんちょんと袖が引っ張られた。

 振り返って見ると、そこには顔を背けながらも、様子を見るようにチラ見するヨナの姿がある。


 頬を赤く染め、今にも逃げ出したい気持ちを押し殺すように唇を噛みしめている。

 それでいて僕を誘う手は自分の欲望を満たすかのように動いて。


「......」


 何も言わない。まるで無言で訴えかけているかのようだ。

 さすがの僕もそこまで察しは悪くない。

 だから、非常に困る。次の行動に。


「ふふん、わかったなの」


 その時、アイがピコンと耳を立てた。

 そして、僕から離れるように歩き出した。


「最近のアイはお姉さんを勉強中なの。だから、お姉さんとして譲ってあげるなの」


 それだけ言ってアイはスキップしながら立ち去ってしまった。

 その言葉を聞いた後にヨナの顔を見てみた。

 すると、ヨナは先ほどよりも真っ赤だ。


 さすがに僕の顔も同調して熱くなる。

 えーっと、この場合は――


「撫でて......欲しい?」


「.........はい」


 長い沈黙の後、まさかの“はい”だった。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ