第159話 変わりゆく日常
―――糸青蓮 視点―――
俺達は拠点に辿り着いてから数日が経過した。
しばらく見ていなかった拠点の外観はもうすでに大きな集落となっている感じで、外壁まで建設されてる光景にはさすがにびっくりした。
中に入ってみれば、そこは小さな町だった。
先ほどは集落という表現をしたが、通りを行きかう商人、新鮮な食料を売る八百屋、品揃えが豊富で不良品が見当たらない武器屋、高い純度の魔力効率を持つ魔道具でありながら適正価格よりも少し安いぐらいの魔法道具屋などを見てしまってはもはやそういう言葉の方が正しいだろう。
他には民宿だったり、食事処だったりとあるのもここが単なる大きな集落ではないことを示してる要因のような気がする。
ま、極めつけはこの拠点の入り口から最奥にあるそれはそれはデカい屋敷だけどな。
ちょっとしたグランドぐらいはあるんじゃないかと思えるぐらいの庭の先にある巨大な屋敷。
そこは俺達が使うために建ててくれた拠点なんだが、大体不在にしていることが多いので申し訳ない気分になる。
そのことを考えたのか律の奴もここに住む住民達に“公民館のようにして自由に使っていい”と言ったのだが、全員が屋敷の掃除をするぐらいで使いもしない。
いや、正確には一部の粗暴な連中が入ろうとしたが、ここに住む全員にボコボコにされたらしい。
まぁ、ここにいるのは身体能力が高い獣人だったり、一部のドワーフの職人だったりだしな。
それに最近ではエルフの一部の住民もこの亜人集落に移住してきているらしい。
そんなこんなで住民達が勝手に治安維持をしてくれるので、ここはとても住みやすい。
まぁ、俺達はどこにも属していないからな。
納税の義務はないし、現状の収穫量で十分に巻き萎えている。
加えて、ここは周囲が森に囲まれているので、いざとなれば普通に森の外で食料調達が出来る。
律の魔法陣付与技術のおかげでほとんど戦闘力がない子供でも五メートル級のイノシシが倒せてしまう。
ま、そういう場合は大抵信頼できる保護者同伴だけどな。
「さて、問題はアイツか......」
そんな一見何も問題無さそうなこの場所でも問題はある。
というか、それはこの森が原因というより、俺達の仲間の一人が少し気がかりというだけなんだが。
街中を歩きながら近くの店から適当に果実を買うと、それを齧る。
周りの人々の様子を見ながらその当人を探したが......さすがに見当たらないか。
「蓮さん」
背後から声をかけられた。この声の感じ、相手はヨナか。
振り返れば、案の定相手はヨナであった。
彼女の表情はどこか暗く、僅かに眉を寄せながら俺を見る。
「少し、お話しできませんか?」
その言葉に俺はこの拠点の中心にある噴水エリアの少し外周にあるベンチに座った。
俺の隣に少しスペースを開けてヨナが座る。
相変わらず彼女の目線は下を向き、膝に乗せた手はギュッと握られている。
「どうしたそんな深刻そうな顔をして。何かトラブルがあったのか?」
「なんというか......その最近、リツさんの様子が変なんです」
「変?」
俺は首を傾げた。
すると、ヨナが説明を始めてくれた。
「リツさんが相変わらず魔導書を読み漁ってるのはいつものことなんですが、時折外で何もせずにボーっと空を見上げてることがあるんです。
それに笑うことが少なくなったといいますか」
「それは確かに気になるが......それだけだとまだ判断つかないだろ」
学院街オストレアでの一件もある。
あの時、リツが一人で決着をつけてしまい詳しいことはわからないが、あの戦いでリツが何かを考えるような何かがあったとしてもおかしくない。
「そして何より、アイちゃんが近づかなくなりました。
気づいてますか? アイちゃんがとある行動を取らなくなったこと」
その言葉に俺はハッとした。
そういえば、俺達がこの拠点に帰ってきた時、アイが律に抱きつくことが無かった。
それも初日だけじゃない。これまでの日々で一度もだ。
あの甘えたがりなアイが、だ。これは確かにおかしい。
律の怪我もだいぶ良くなって多少の衝撃なら耐えられるはずなのに、アイは何もしなかった。
だが、それはウェンリが情操教育したからではないのか?
その質問をしてみれば、ヨナからの返答は「そうじゃないみたいです」とのことだった。
ヨナも同じことを考えてウェンリに質問したみたいだ。
しかし、それが原因じゃないとすると......なんだ?
「先ほどウェンリに会って同じような話をしました。
すると、今日もアイはそういった行動をしてないらしく、その行動の変化について聞いてみれば『お兄ちゃんが怖いから』だそうです」
「律が怖い?」
なんだそれは。アイの言わなそうな言葉ベスト3ぐらいの言葉だぞ!?
ということは、獣人特有の感性がそういうことを言わせてるってことか?
俺はベンチから立ち上がる。
その行動についてヨナが聞いてきた。
「どこか行かれるんですか?」
「少しミクモさんに話を聞いてこようかと。同じ獣人のあの人なら何かわかるかもしれないと思ってな」
「それなら私もついていっていいですか?」
ヨナから強い意志を感じる。ま、お前にとって大事な人だもんな。
「わかった。なら、行くぞ」
俺達は早速ミクモさんの場所へ向かった。
*****
ここ最近毎日考える。
僕は本当に僕なのか、それとも僕ではない俺なのか。
何かが混じってる気がするし、そうでないようにも感じる。
これが本来の姿なのかもしれないし、そうじゃないような気も。
現状で結論を出すことは難しい。
ただ、率直に思うのは――僕はもう俺一人で決着をつけるべきじゃないか、ということだ。
今、俺がいるのは森の中。
少し開けたこの場所は僕の魔法陣の練習をするのに最適だ。
「少し趣向を変えてみよう」
俺は左手に雷の弓を具現化し、右手に同じく雷の矢を作り出す。
それを上空に向かって放つ。
雷光は瞬く間に上空に稲光を走らせていき、やがて再び稲光を放ちながら落ちて来る。
―――ズガアアアアァァァァン!
俺が頭上に向けた左手に雷の矢が落ちた。
瞬間、天地に激しい音と振動が広がっていく。
俺の左手に激痛が走り、左手の先端は僅かに黒く焦げ、手のひらには数センチほど穴が開いた。
左腕では衝撃で袖が吹き飛び、肩辺りまで剥き出しになる。
その腕に血がダラ~っと流れ落ちた。
「こんな痛みじゃダメだ」
俺は左手を見た。
こんな程度じゃ、俺が殺すべき相手は殺すことが出来ない。
この世界の理不尽な神を殺すためには圧倒的に足りない。
もっと、もっと力が必要だ。
「お兄ちゃん、何をしてるの!?」
背後から声が聞こえた。
振り返れば、動転したような目のアイがいた。
僕は目を開き、そっと口角を上げる。
「ダメじゃないか、アイ。こんな所に来ては危ないよ」
「危ないのはお兄ちゃんの方なの! 今のは何なの!? どうしてお兄ちゃんは怪我してるの!?」
「これは単なる実験の暴発だよ。アイが心配することじゃない」
「心配しないはずないの!」
アイが泣きそうな顔でこちらを見てる。
アレ? なんでアイが泣きそうになってるんだ?
僕がアイを悲しませようとしているのか? 僕が? アイを?
「ぐっ!」
突然、頭にズキンと痛みが走る。
鈍器で思いっきり殴られたような衝撃に頭を抱え、その場に崩れ落ちる。
「お兄ちゃん!?」
地面でうずくまる僕にアイが近づいてきた。
小さな手で背中に触れ、必死に僕を呼びかける。
ボロボロと涙が崩れた顔がチラッと見える。
アイの姿が......誰かと重なった。
その誰かはまるで僕が知らない人物だ。
煌めくような宝石をもった瞳に涙が浮かび、拭うこともないままこちらを見る。
金髪の少女......?
「ロ.......k.....」
「お兄ちゃん!? しっかりするの、お兄ちゃん!?」
そこで僕の意識は途絶えた。
―――数時間後
「.......ん、あれ、天井」
目覚めた時、僕は見知った天井を眺めていた。
自室の天井だ。だけど、どうしてここに?
ふらっと起き上がれば、近くに誰かがいることに気付いた。
アイだった。看病してたみたいでそのまま寝落ちしている。
そっと彼女の頭を撫でようとしたが、その手が途中で止まった。
まるでその手が動かないのだ。
僕の根底の意識がその行動を拒絶してるみたいに。
瞬間、僕の右手が一瞬血に染まった――ような幻視をした。
やばいな、いよいよ意識までおかしくなり始めてる気がする。
その時、アイの耳がピクッと動いた。
その動きに僕はビクッとする。
「ん、寝っちゃってたなの......ん?」
寝ぼけ眼を擦りながらアイがこちらを見る。
トロンと今にも落ちそうな瞼がゆっくりと大きく開いた。
「お兄ちゃん!」
「ぐっ!」
アイが急に飛びついてくる。
いつもの顔ではなかったが、首に回した腕が丁度ラリアットされたような感じになり、一瞬気道が絞められて呼吸が出来なくなる。
アイの重さにそのまま俺はベッドに寝そべった。
アイの腕がよりギュッと締まる。
「あ、アイ、苦しい。もう大丈夫だから」
「ダメ離さない! 離したらまたお兄ちゃんは変なことするの!」
「変なことって.......」
俺は小刻みに震えるアイの背中をポンポンと叩きながら言った。
「僕が何したって言うのさ」
「え......?」
アイが涙を拭うこともせずキョトンとした顔で見て来る。
その様子に僕は首を傾げた。
「お兄ちゃん、本当に忘れてるの?」
「忘れてるって何が?」
「その左手のこと」
「左手? うわっ、怪我してる!? いつの間に!?」
僕ってばいつの間に左手を怪我したんだ!?
左手の様子をまじまじと見つめていれば、アイが「本当に気づいてなかったなの」と不思議そうに僕を見る。
すると、アイは何かを考えるようにぼーっと一点を見つめ始めた。
そして、質問内容を思いつけばすぐに僕に聞いた。
「お兄ちゃん、どこまでの記憶があるの?」
「どこまでって?」
「一番直近の記憶なの!」
それは確か.......。
「僕が魔導書で漁った魔法陣を試してみようと思った時かな」
「そうなの......」
アイは僕から離れ、ベッドを降りた。
「お兄ちゃんはそこで反省しててなの!」
そう言って部屋を出ていく。
一体何に対しての反省?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




