第158話 揺らいで固めて、また揺らいで~勇者サイド~
―――聖朱音 視点―――
学院街オストレアでの復興作業で出来る勇者達の仕事が無くなって二週間。
私は聖王国へと戻って来ていた。
馬に乗りながら聖王国の門をくぐる時、とても入りづらかったのを覚えてる。
聖王国に帰ってきた私達を迎えてくれたのはエウリアちゃんを筆頭としたシスターの皆さんや、騎士団の皆さんだった。
学院街で起きた事件についてはとっくに耳にしていたのだろう。
それ故に、私達が無事であったことを喜んでくれた。
私はエウリアちゃんに抱きしめられた。
それは力強くて「無事でよかったです」と声をかけられながら。
その法要に対し、私は抱きしめ返すことが出来なかった。
ピクリとも腕が動くことは無かった。
作り笑顔ばかり上手くなっているのに。
聖王国から帰ってきた後、数日間は特に訓練とかもなく各々好きに過ごした。
けんちゃんだけは帰ってきたその日からリューズ先生に絞られてたけど。
私も参加しとうとは考えていた。だけど、足が動かなかった。
それよりも先にやるべきことがあったからだ。
エウリアちゃんに抱きしめられた時から、チクチクとした心の痛みがやまない。
痛いとわかってるのに薔薇の茎をギュッと握ってるみたいで、それを私も早く解放したかったのだろう。
私はエウリアちゃんに予定を作ってもらうと、指定された場所に向かった。
場所はエウリアちゃんのお気に入りの庭。
場所を聞かされた時は息苦しくなったのを覚えている。
そして、向かう今も足に錘がくっついているかのように足取りが重たい。
よく晴れた光が私を照らす。とても心地良い日だ。
それがかえって私の陰鬱とした気持ちに刺さる。
少し憎らしかった。
「アカネちゃん、お待ちしておりました!
ふふっ、こうして二人で話すのも随分と懐かしいですね」
「......そうだね」
やばい、作り笑顔が下手になってる。いや、はなからエウリアちゃん相手には無駄だっけ。
エウリアちゃんがじーっとこちらを見て来る。
私は右手で左腕に触れ、そっと目を逸らした。
「とりあえず、座りましょう。
この日のために特別に作ったお菓子を用意したんです。
きっとアカネちゃんも気に入ると思いますよ」
エウリアが傘の下にある白い丸テーブルの上に置いてるお菓子を紹介すれば、そばにある白い椅子をそっと引いた。
私は促されるままに椅子に座る。
エウリアちゃんは正面ではなく、隣に座った。
「このお菓子、実は手作りなんですよ? 私ながらよくできたと自負してます。
それにアカネちゃんと話すためにと言ったら、毎日している祈りを少しサボれてラッキーでした」
エウリアちゃんが気さくに話しかけながら、お皿に乗っているお菓子を一つ取る。
美味しそうに口に運べば、頬に手を当てて喜んだ。
彼女はきっと私に話しやすい空気を作り出してるんだろう。
だけど、かえってそれが私の心を締め付ける。
グッと膝の上で拳を作った。
「エウリアちゃん、今そういう気分じゃないんだ......ごめん」
私は少し八つ当たりするように強い口調で言った。
そして、こんなことしてしまった自分に幻滅する。
エウリアちゃんは私の友達なのに......自分勝手に怒りをぶつけてしまった。
今の私は酷く醜いな.....。
そんな私を隣で見ながら、エウリアちゃんは「そうですね」と言葉を続けた。
「アカネちゃんが元気無さそうだったので、元気づけようとしたのですが......手段を誤ってしまったようです。申し訳ありません」
「いや、エウリアちゃんが謝る必要はないよ! 悪いのはむしろこっちで......勝手に八つ当たりをしてごめん」
「八つ当たりをするということは、それ相応と心に抱えきれない辛さを抱えているということです。
であれば、その辛さを時には聞いて、一緒に抱えて、解消してあげるのが友人というものです。
ですから、どうか私にその辛さをお聞かせ願えませんか?」
エウリアちゃんが真剣な眼差しをして私の目を見る。
唇の端をキュっと結んで、何を聞いたとしても言いように覚悟してる感じで。
「本当にいいの? エウリアちゃんにとっても辛い内容が含まれてるよ?」
「私に対しても.......ですか。例えそうであろうとも、悩みを抱えて潰れそうになっているアカネちゃんを助けるのに比べれば、まだ何も聞かされていない私の心境なんて比べるまでもありません。
お聞かせください、学院街オストレアで一体どんなことがあったのかを」
私はエウリアちゃんの熱意に押されるままに、俯きながら学院街に起きた全てを話した。
りっちゃん達と再会したこと、聖王国に侵入した賊のこと、それが同一人物だったこと。
その全てを私は話さなければいけないと思った、エウリアちゃんだけには。
エウリアちゃんはりっちゃん達と再会できたことには嬉しそうに反応したけど、それ以降は感情を表に出さずじっと聞いていた。
それが少しだけ怖かった。もう少し感情に出ても良かったとは思う内容なのに。
全てを聞き終えたエウリアちゃんの反応はあまりにも淡白だった。
「そうですか。そのようなことが」
「そのようなことがって......エウリアちゃんはどうも思わないの!?
エウリアちゃんにとってりっちゃんは――」
「何も思わないことはありません。ですが、相変わらずリツさんはリツさんなんだと思いました」
エウリアちゃんは顔を少し上げれば、懐かしい人物を思い浮かべるように目を閉じるをする。
その反応が私からすればわけがわからなかった。
だって、その顔は――まるでりっちゃんの行動が正しかったみたいに見えるから。
「なんで!? どうして!? そんなにりっちゃんを信用してるような顔が出来るの!?」
私は声を荒げてエウリアちゃんに問い質した。
すると、エウリアちゃんは私に顔を向けてたった一言だけ言った。
「だって、こうして私はアカネちゃんと再会できてるじゃないですか」
「!?」
「アカネちゃんはリツさんと戦ったと話を聞きました。あのリューズさんも。
他のマイラさんやハイエルさん、タルクさんも戦ったのでしょう。
ですが、リツさんを含め他の皆さんは生徒や教師には一切の被害を出してないんですよね?」
「それは.......そうだけど。でも、りっちゃん達の仲間が学院長を殺したのは事実なんだよ!?」
「であれば、その方に関しては狙うだけの十分な理由があったのでしょう」
私は戸惑った。
あまりにもエウリアちゃんの真っ直ぐとした目に。
きっと私からすれば逆の立場であったとしても動揺しておかしくないはずなのに、まるで私の反応がおかしいとばかりに心が揺らいでいない。
私の目が下を向きながら小刻みに泳ぐ。
なんで? なんでエウリアちゃんはそんな冷静でいられるの?
好きな人だから? 好きな人だから正当化するの?
そんなのおかしいよ!
「やっぱり、私......わからないよ。エウリアちゃんの考えてることがわからない」
私は思わず言葉を零してしまった。
考えてることがそのまま口に出てるような感じで、言ってはいけない一言すら言いそうな感じだ。
そんな私に対して、エウリアちゃんは僅かに唇の端を上げる。
「信用している......いえ、信じたいのかもしれません。
それはリツさんが私の慕っている人であることもあるでしょうが、何よりリツさんという人柄を知っていますから」
「......私より知らないくせに」
「......そうですね、アカネちゃんよりは知らないと思います。
では、ここで一つお尋ねしますが、アカネちゃんはリツさん達を悪者にしたいんですか?」
その言葉に私は目を見開き、すぐさま顔を上げて言い返した。
「違う! 私はりっちゃん達がどうしてそんなことをしたのか知りたいだけ!」
「なら、その言葉がアカネちゃんの本心ではないですか?」
「っ!」
「アカネちゃんの動揺はもっともでしょう。
自分の大切な幼馴染が自分の理解できないことをしている。
自分の理解できないことというだけでも人にとっては恐怖なのに、それが自分の身近な人であるなら尚更。
ですが、アカネちゃんなら一度は目的を定めたのではないですか?」
その言葉は寝起きのビンタのようにハッと意識を覚醒させた。
そうだ、私は悩んだ挙句にそう決めたはず......なのにどうしてまたこんな風に。
その時、隣のエウリアちゃんがギュッと私を抱きしめた。
え、え!? 急にどうしたの!?
「アカネちゃんは私に伝えることをこれほどまでに真剣に考えてくださっていたのですね。
そのことに関して、心より感謝します。ありがとうございます。
ですが、私もそこまで弱い女ではありません。
ですから、アカネちゃんはもっと自分の気持ちに素直になってください」
「自分の気持ちに素直......」
「はい、素直にです。今は勇者という肩書を脱いで、真っ白な気持ちで何を思うか。
もっと先のことを考えることはありません。今何を為したいかを考えてください」
今何を為したいのか。それはもうとっくに決まっている。
私はそっとエウリアちゃん両肩に手を置き、距離を開けた。
そして今度は、私が真っ直ぐな目で見つめて答える。
「強くなりたい。そして、りっちゃんと話がしたい」
「それが今のアカネちゃんの為すべきことです」
私は肩から手を降ろす。
「ありがとう。心が楽になったよ」
「ふふっ、どういたしまして。アカネちゃんは抱え込みやすいタイプですから、時には息抜きをしませんと。
アカネちゃんの場合はもっと好きな人に頼って見てもいいのでは?」
「え、私は別に......」
―――一時間後
「結局、エウリアちゃんと散々話した挙句に足が勝手に修練場に向かってる私の意思よ......」
腕を組んで歩く私。
最初こそ渋っていたのに結局エウリアちゃんの言うとおりになってしまっている。
とはいえ、抱え込みやすいってのは本当だし、時には誰かに頼っていいのかも。
それこそけんちゃんとか......うん、これはあくまで頼るだけ。やましい気持ちは一切ない。
「――で、あの言葉は本気なのか?」
「何がすか?」
修練場近くに来るとリューズ先生とけんちゃんの声が聞こえた。
その瞬間、私の足はさっと近くの壁の後ろへ。
な、なんで隠れてるの私!?
別に隠れる要素なんて一切なかったのに――
「お主がリツを探しに旅をする話じゃ」
え? どういうこと? けんちゃんが旅?
「あぁ、そのことすか。それなら本気っすよ。
俺はアイツに聞かなきゃいけないことがある。
そのために俺は――この国を出ます」
.......え?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




