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ヴィランレコード~落ちこぼれ魔法陣術士が神をも超えるまで~  作者: 夜月紅輝
第5章 旧友との再会

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第157話 為すべき一つのこと~勇者サイド~

――聖朱音 視点――


 私の目の前に見えるのはまるで煤けた暖炉の中のような黒く焦げた室内修練場。

 そこに案内してくれたのはマイラ先生であり、先生は首を傾げながら何か「少し変」と言った。

 当然、私からすればサッパリなのでその言葉の真意を尋ねる。


「何が変なんですか?」


「やはりと言うべきか......この空間に漂う魔力の性質が私達のものと若干異なるのよね。

 あなたは感じないかしら? まるで教会に入った時のような神聖さを」


 その言葉に私は修練場の中に足を踏み入れていく。

 観客席に一定の感覚である階段を下り、一番下の手すりがある場所まで近づく。

 そこから修練台を見れば、もはや深淵を覗いているかのように黒い。

 しかし、不思議とそれを見ても先ほどから心が落ち着いているような気がする。


 もちろん、戦闘してるわけじゃないから落ち着いているのは当然なんだけど、それでも凄惨な戦いが行われた場所を訪れた時は心がざわつく。

 染みついたような焦げたニオイや血のニオイが鼻にこびりつくから。


 であれば、こんな真っ黒となるほどまでの激闘が行われた場所であれば当然そうなってもおかしくないはず。

 だけど、そうはなってはない。

 おかしいと思うほどには、この場にいてリラックスできる。

 確かにこれは変だ。


「私も同じように感じます。こんな光景を見ているのにまるで心が安らぎを感じているかのような......そんな気分になります」


「そう、それを聞けて良かったわ。どうやら私の感覚は間違って無かったようね」


 マイラ先生は隣で腕を組みながら頷く。

 相変わらず腕を組むとすぐに主張してくる大きな胸には、なんとも言えない視線を送りたくなるけどもはや今更だ。

 どうやったらそれほどまでに、と気になることはあるけど。


 それよりも、ここで起きた戦いをあの優しそうな雰囲気のヨナちゃん達がやってみせたことにやっぱり驚きが隠せない。

 淑女のようなヨナちゃん、活発で元気なメイファちゃん、気さくで色気のあるミクモさん。

 この三人が学院長を殺した......まるで悪い夢でも見ているような気分だ。


 拳を握る手に力が入る。

 しかし、目の前で起きたことが全てで現に学院長は亡くなられた。

 加えて、学院の外では異世界から呼ばれて普通の人よりも遥かに強い私達ですら相手にならない人がいる。

 それが同郷の人で、加えてその中に幼馴染がいるなんてこれほど酷い現実はないだろうけど。


「どうして......どうしてりっちゃん、仲居律はあんなことをしたと思います?」


 私はぼんやりと黒い修練台を眺めながら、隣にいるマイラ先生に聞いてみた。

 マイラ先生はチラッとこちらを見れば、顎に手を当てて「そうね」と呟く。


「当然ながら、戦いには色々な意味がある。

 正義のためだったり、大儀のためだったり、生きるためだったり、娯楽のためだったり。

 彼らはその中で言えば、正義のために戦ったんじゃないかしら?」


「正義?」


「もちろん、私が彼らの戦いを正当化することは無いわ。

 でも、その中ではそれが一番しっくりくるの。

 もし彼らが大儀のためであれば学院長に与しているような私達の存在は許せないし、生きるためであればわざわざ人と争う必要ない。

 娯楽のために戦うような彼らでもないしね」


「なら、どんな正義があったと思うんですか?」


 マイラ先生は少し考える素振りを見せると答えた。


「不要な戦いに巻き込まないためかしら?」


 私は思わずマイラ先生を見る。


「どういう意味ですか?」


「今回の戦い、私は二つの目的があったと思って見ているの。

 一つ目は自分達が標的とした敵の排除。

 二つ目はあなた達勇者に実力差を思い知らしめるため」


「実力差を知らせることがどうして戦いに巻き込まないことになるんですか?」


「簡単な話よ、絶望的な戦力差を見せつけることで戦おうとする意志そのものを削ぐ。

 勝ち目が見えない敵に戦いを挑むのは戦いに行くとは言わない。自殺しに行くというの。

 故に、正常な判断能力を持っている人なら自殺したいとは思わない。

 つまり、戦いに挑もうとすることがなくなるってわけ」


「それじゃ、りっちゃん達は自分達の戦いに巻き込まないために私達を攻撃したんですか!?」


「そういうことになるわね。もっとも、攻撃したのは私達だけど。

 それでもこうして五体満足で何の障害も抱えずに生きられてるでしょう?

 少なからずあの魔神......空から降ってきた男の戦いを見れば、いかに手を抜かれていたか理解できているはずよ」


 待って......今、マイラ先生、「魔神」って口にしなかった?

 どういうこと? 私達の敵は魔族じゃなくて魔神なの?

 いや、さすがに聞き間違いだよね?

 だって、魔神は過去の勇者が倒したって話だし。


 マイラ先生が「戻りましょう」と踵を返して歩き始めるので、その後ろをついて歩く。

 その後ろ姿を見ながら、ずっと先ほどの言葉が頭から離れなかった。


―――一週間後


 街の復興作業も一通り終え、私達は明日この街を出発して聖王国に戻ることになった。

 結局半年は滞在する予定だった学院にも数か月程度しか入れなかった。

 久々の学校生活で幼馴染三人で集まれて楽しかったのにな。

 ただ、もうもとの幼馴染としては戻れそうにもないけど。


「こうして二人で会うのは久しぶりじゃな」


 リューズ先生に呼ばれて外の修練場にやってくればそんなことを言われた。

 先生は右手に持つ木剣を肩に乗せ、振り返りながら私を見る。


 その一方で、私は半目になって地面に仰向けで横たわる人物を見ていた。

 けんちゃんだ。恐らくコテンパンにやられて起き上がる体力もなく寝そべってるのだろう。

 この状況で二人で会うとは?


「明らかにけんちゃんがそこにいるんですが」


「地面に寝そべってる奴は死人じゃ。カウントした所で無駄であろう」


「そんな認識初めてなんですけど。けんちゃんの方は大丈夫?」


 そう聞いてみれば、けんちゃんは手をひらひらと動かすばかり。

 疲労困憊で声を出すことも辛いのかも。

 一方で、リューズ先生は相変わらず汗一つかいていないけど。


 りっちゃんはこの人相手に互角に戦い、最後にはリューズ先生に敗北を自覚させるほどの強さを持っている。

 現状の私ではどうにもならない。まさに次元が違うってやつだ。


「ほれ、持て」


「わっ!?」


 リューズ先生から投げ渡されたのは先生が持っていた木剣だった。

 慌ててキャッチし柄を握れば、先生が手をクイッと動かして「かかってこい」とばかりに挑発してくる。


「先生は無手ですけど......」


「ワシに木剣を持たせるほどならばそれで相手してやろう」


 つまり、木剣で相手するに足りないと言われている。

 思わず柄を握る両手に力が入った。

 これ以上舐められてたまるか!


 私は高速で木剣を切りつける。

 その動きだけで並みの兵士は目で追える速度ではないだろう。

 それこそ僅かに体の形をしたような影が動き回ってるだけ。

 しかし、その攻撃をリューズ先生は平然と最低限の動きだけで躱す。


 そう、私はあのリューズ先生とりっちゃんの戦いの時、見ているだけの兵士だったんだ。


「感情で剣がブレ始めておるぞ。そして、ブレるということは隙を生むことじゃ」


「がっ!」


 私の突き攻撃を首を傾けるだけで躱したリューズ先生はそのまま接近して懐に入れば、私の腹部に掌底を一発ぶち込んできた。

 自分が前進していた勢いも相まってクロスカウンターのように入ったその一撃は、容易に私の体を数メートル吹き飛ばしていく。


「お~、飛んだ飛んだ。つまり、お主が求めている領域では無事死亡ということじゃ」


 地面に寝そべる私を見てリューズ先生は腰に手を当てて言った。

 先生の見透かしているような発言に歯を食いしばる力が強くなる。

 木剣を杖代わりにして立ちあがった。


「感情を一つに制御もとい絞れ。考えすぎてるから剣がブレる。

 雑念を捨て、現状で一番なしたいことを理解せよ」


「なら、先生はどうやって感情を統一してるんですか?」


「それはもちろん、ワシがこの世で最強の剣士でありたいという気持ちじゃ」


 リューズ先生は開いた右手を見せつけるようにギュッと握った。

 その目はまるで王国を乗っ取ろうとしている軍人のような野心に満ち満ちた目だった。


「ワシの願いはこの人類史に残る最強の剣士であった。

 だが、それを目指していくうちに気付くものがある。

 天辺を目指すうちにそれ以上に道が何もないということじゃ」


 リューズ先生は腕を組んで目を瞑った。


「当然ながら、何かの一番上を目指すということは孤独になるということじゃ。

 眼下に見えるのは今か今かと立場を狙うライバル達であり、頂に立ったものはそれに注意しながら道なき最強の道を探していく。

 これまで示されていた道なんぞまるでない。

 何を指標にすればいいかもわからない。

 故に、ワシはあの戦い、正直心が震えた」


 リューズ先生は目を開ければ、上を向く。


「あんなことは誰の目から見ても凄惨な事件であったことは理解しておる。

 じゃが、それでもワシはずっと探していた目標が見つかって嬉しいのじゃ。

 さらに強くなれる、その気持ちがワシの心を満たした。

 もっとも、相手はワシよりも若く、それもワシが現状で攻略できるかもわからぬほど難解な相手とは思わんかったけどな」


「それがリューズ先生が気持ちを、感情をブラさない理由ですか?」


「そうさな、ワシは最強の剣士という言葉に憑りつかれた哀れな人間じゃ。

 じゃが、そのおかげでこの場にこうしていられる。

 さて、随分と長話をしてしまったがお主に問おう――お主は何のために力をつける?」


「私は......」


 なんのため......魔族の脅威を無くし世界を救う? もとの世界に帰るため?

 大切な人を失わないため? それとも道を外れた幼馴染に説教しに行くため?

 どれも大切な目標でどれ一つとして蔑ろにしてはいけない。

 その中でただ一つの目標を定めるなんて......。


 俯く私にリューズ先生は腰に手当てて一つ息を吐けば言った。


「ま、すぐに答えを出さんでもいい。出る時は案外スッと出るもんじゃからな。

 それに最終的な目標でなくても構わん。今何をなしたいか、それでも結構。

 それを決めたからこの男はこうしてワシのサンドバッグになってるわけじゃなしな」


 リューズ先生に「ほれ、起きんか」と蹴られるけんちゃん。

 けんちゃんはゴロンとうつ伏せになれば、地面に手を付けて立ち上がっていく。

 けんちゃんは......何かを決めたということ?


「時間があれば聞いてみればいい。さて、長い休憩も済んだことじゃし、ワシがさらに強くなるために少しは持ちこたえてくれよ?」


「俺が強くなるための修行だったはずなのにな。

 あぁ、いいぜ! いい加減、一本ぐらい取らないと気が済まないところだ!」


「その気合やヨシ! ただし、気合だけでどうにかなる相手はもうこの先にはおらんから覚悟しておけ!」


 組手を始めるけんちゃんとリューズ先生の姿を見ながら、私はぼんやりと自分がしたいことを考えた。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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