第153話 己が持つ真理
不思議な声が聞こえたような気がした。
幻聴かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
その声に懐かしさも感じるし、違和感も感じる。
今にも死にそうだから走馬灯の一つだったりするのかもしれない。
かすれた視界の向こう側からバルドスが歩いてきた。
まだ......まだ死ぬわけにはいかない。
「まだ、僕は成し遂げてない」
歯をくいしばり、血の混じった脂汗を顎先から滴らせる。
地面に手をつければ、指先で後を作るように指を立て、掌に体重を乗せる。
今にも軋んで折れてしまいそうな腕で体をもちあげれば、どうにか上半身を上げることが出来た。
隣のリューズも立ち上がろうとしているが、途中で力が抜けるのかドサッと地面に伏せた。
彼女は下唇を噛み、小刻みに震わせる。
顔を上げ空気を求めるように荒い呼吸を繰り返しながら、横目でリューズを見た。
再び刀を持つ手を頭上に掲げれば、それを地面に刺して支えに立ち上がる。
僕はリューズに言った。
「リューズ、もう無理するな。魔法が使えないあんたじゃ途中で体がぶっ壊れる」
「くっ、ここで立ち上がらなかったら剣士の名折れじゃろう。
それにせっかくのお主との初めての共闘を黒星で思い出したくないんじゃ」
そのブレ無さ、いっそ感心しちまうよ。
でもまぁ、こんな状況でもそんなこと言うのはちょっと笑えたおかげで力が入ったわ。
もういいさ、リューズは頑張った。だから、僕に任しておけ。
「気にするなよ。僕が勝てばそれでいい。黙って応援してろ」
リューズ先生は僕に向けていた目線を地面へと下げる。
左手で土を引っ掻きながら拳を作れば、最後の踏ん張りとばかりに上体を起こし、胡坐で座った。
彼女は目を閉じれば言った。
「なら、せめて特等席で見せてもらおうか」
「巻き込まれても知らないぞ」
「大丈夫じゃろうて。お主がいるからな」
信頼を寄せる瞳に、自然体の笑みのような緩めた頬。
この人、僕が敵だってことすっかり忘れてないだろうか。
まぁ、でも、悪い気はしない。
「話は終わったか?」
バルドスが左手を腰に当て、こちらに向けて言った。
顎を上に向け、こちらを見下している。
「おかげさまで。僕も長い戦いは好きじゃないんだ。疲れるからね」
「だったら、決着をつけよう。テメェが負けてそれで終わりだ」
「いいや、僕が勝つね」
僕が右手に持った刀を頭上に掲げ、左手を標的を定めるように伸ばす。
対して、バルドスは構えなかった。
あくまで、自分が優位であると見せつけるように。
なら、その態度を後悔させてやるよ!
バルドスの足元に魔法陣を出現させる。<火柱>の魔法陣だ。
突如として光り出しもとに奴は目線を向ければ、すぐさまバク転でその場から後退する。
しかし、その着地した位置にも同じ魔法陣を設置した。
それを数回繰り返したが、当然のように避けられる。
やはり、魔法陣が現れた瞬間には体が動き始めてゼロ距離以外は当てられないか。
僕はバク転中の上下逆さ状態のバルドスの正面に<転移>で現れた。
すぐさま刀を横向きにフルスイング。
その攻撃に合わせてバルドスは火花で作り出した右腕を爆破させた。
それは僕が間合いを詰めることを防ぎつつ、爆破の反動で距離を取るための行動だろう。
だが、僕が目視した時点でアウトなんだよ!
「がはっ!」
バルドスの胴体に<雷槍>がゼロ距離から突き抜ける。
その衝撃で左手を地面につけていた奴は怯み、微かな声で「やっぱり」かと呟いた。
ドスンと奴は地面に背中から着地する。
その真上から僕が両手で持った刀を振り下ろした。
そんな死の間際でも僕は奴の不敵な笑みを崩せなかった。
―――ジジジジ
刀が振り落ちる刹那、僕は確かに聞いた。
まるで導火線に火が付いたかのような微かな焦げたニオイとあの独特の音を。
直後、僕の真下が瞬く間に煌めいた。
―――ドゴオオオオォォォォン!
僕のいた場所はまるで地雷を踏んだかのように瞬く間に爆発。
地上数メートルの高さまで砂煙を巻き上げ、爆発範囲の数メートルも当然それに覆われている。
一瞬の出来事に僕は<転移>を駆使して回避したが完全ではなかった。
別の場所に現れ、地面をゴロゴロと転がって行けば巻き添えを食らった右足を抱えた。
顔が痛みで歪み、脂汗が頬を流れた。
がっ......あぐっ、あ、足が.......! 右足がやられた!
吹き飛んでいないのが幸いだが、もうまともに動かせる状態じゃない!
なんとか自動治癒で回復させてみるが、この戦闘のうちに終わることがなさそうだ。
僕の魔法が弾かれて、本来の効果の十分の一も出ていない。
本来だったら、もう立てるようになってもいいはずなのに。
「どうだ? 俺の爆破は効くだろ? 設置はお前の専売特許じゃねぇんだよ」
バルドスがポケットに左手を突っ込み、近づきながら言った。
あの目......まるで勝ち誇ったような目だ。
肩で風を切るような歩き方も癪に障る。
僕が刀を支えに立ち上がれば、右足に猛烈な激痛が走った。
だ、ダメだ、立ってるのが限界だ。
移動は<転移>があるから大丈夫だが、左足だけじゃ咄嗟の行動が出来ない。
奴相手に機動力を奪われたのはあまりにも痛い!
「テメェも気づいてんだろ? 自分が着実に死が近づいてることを。
良い社会勉強になったろ? 一体自分は何を敵に回したかってことをな。
そして、その授業はテメェの死を持ってようやく終わりだ」
僕は顔をしかめ、体を強張らせた。
咄嗟に視線で<砲光>の魔法陣を設置しようとそれを転写すれば、視線の先にいるバルドスはサッと半身になった。
そのことにサーッと血の気が引いていくのを感じた。
「テメェの不可視の魔法陣の原理は理解した。
確かに、魔法陣を体のどこからでも出せて、それを任意の場所に設置できるのはこの世界でもテメェぐらいしかできない技術だろう。
だが、所詮は“設置”だ。お前は体の一部から魔法陣の型をした魔力を飛ばしてるに過ぎない」
バルドスは目線をこっちに向ければ、嘲笑い言った。僕の拳に力が入る。
咄嗟に左手を伸ばせばそこからさまざまな魔法陣を飛ばした。
しかし、その魔法陣は全てバルドスに躱され、奴の体に設置することが出来ない。
「外しても厄介な地雷となるのがお前の魔法陣の特徴だが......お前の魔法陣は発動までにコンマ五秒ほどのラグがある。
遅せぇな、その速度なら気づいても当たることはない」
「......っ!」
「それに気づいたからこそ、一番厄介なその足を潰した。
正真正銘、神の魔力だ。テメェら如きの魔力と質が違う。
だから、さっきからロクに回復出来てないんだろう?」
バルドスはそう言いながら左手をポケットから出し、両手を腰辺りで軽く広げた。
獲物が弱っているのを的確に見極める肉食動物のような目で見てきた。
僕の左足が一歩下がる。不味い、精神的に臆しちゃダメだ!
―――貴様は何のために力を振るう?
なっ!? まただ、なんだこの声は? どこから聞こえた!?
「しまいだな!」
僕が一瞬声に気を取られたことに気付いたバルドスはすかさず飛び出した。
咄嗟に魔法陣を飛ばして応戦するが、悉く当たらない。
切り替えて地面に設置し、範囲の広い地雷型にして奴の移動を阻害した。
しかし、奴の一歩の移動距離が大きすぎるせいか、爆発を置き去りにしてどんどん距離を詰めて来る。
今度は自立型の魔法陣を設置した。
地面に設置した魔法陣からは土で出来た二メートル程の手が三十個ほど行く手を阻む。
さらに自分の掌からマシンガンのように<光弾>を連射した。
しかし、そのどれもが些細な時間稼ぎにしかならなかった。
隙間を縫うように移動したり、あっさりと粉みじんにされたり、爆破で砂煙を作られて標的がいる場所をはぐらかされたりとバルドスは多彩な動きであっという間に眼前へ。
「来てやったぜ」
僕は大きく目を開きながらも、歯を食いしばり咄嗟に刀を振るった。
それはバルドスの左手にガシッと掴まれ、火花の右手が向かって来る。
咄嗟に僕は左手に魔法障壁を作り出した。
しかし、その攻撃はフェイクで、がら空きのサイドから奴の強靭な足の強烈な回し蹴りが入る。
「がはっ」
思いっきり血を吐き、勢いのままに吹き飛んだ。
僕が飛んでいく先にはまるで着地することも許さないかのようにバルドスがいる。
奴は左手を構え、タイミングよく振り抜いた。
咄嗟に両腕をクロスさせてガードした。
直撃した右腕が痺れたように力が入りづらい。
―――貴様は何のために力を振るう?
あぁ! こんな時にまたかよ! 誰なんだよ、この声は!
俺は俺の大義のために力を振るうんだ! 邪魔すんなよ!
「意識散漫だな! そんなに死に急ぐなよ? まだ、殴り足りねぇんだからな!」
「がはっ!」
再び先回りしたバルドスが右足を振り上げた。
僕の背中がくの字になりそうなほど反り返り、空中に飛びあがる。
「おっと、悪い。どうやら蹴り足りないもあったみたいだ」
バルドスはそう言って追いかけてきた。
その最中も僕はどこから聞こえる声に苛立ちを見せる。
―――それは一体どんな大義だ?
うっさいなもう! こっちはダメージを追わないようにガードに必死で!
今にも泣き叫びたいほどの痛みを頃充てるってのに!
それになんなんだその質問は!? 意味わかんねぇ!
強いて言うなら、僕はただ些細な幸せを感じて生きている人達が理不尽な死を迎えることが許せないだけ!
「ぐっ!」
僕の体が横に吹き飛ぶ。
戦いに集中しなければいけないされど意識が散漫で。
―――それは貴様の独りよがりではないのか?
だったらなんだ! 僕がここまでやって来たのは全て無駄だって言いたいのか!?
僕自身だってこれが完全に正しいかどうかなんてわかっちゃいないよ!
だが、そう決めてここまで歩いてきた!
もう振り返れないところにいるんだ!
「だはっ!」
僕の体がゴムボールのように地面をバウンドする。
思考がどんどん謎の声に飲み込まれていく。
痛みが全身から感じる。
―――ならば、お前がその目的を欲するための力を理解しろ
はぁ? 何言って――
―――雑念が多い。思考は数多でも己が信念はただ一つに絞れ。お前は何を望む?
くっ、僕は......僕はこの理不尽を享受する神を殺したい!
―――それが答えだ
思考中、空中をバンバンと弾き飛びながら細胞単位で満身創痍な体が空中を優雅に舞う。
全身に全く力が入らない。
ここは地上何メートルだろうか。
やたら空が近く見える気がする。体が寒い。
「これで終わりだ!――赫爆殺!」
バルドスは右手の火花を圧縮し、それ顔面目掛けて殴った。
物理干渉力を持つようになった右手は僕のつけていた狐の仮面を破壊し、押し付けながら地上に落下。
数百メートルほどの高さから地面に叩きつけられる。
周囲には音を置き去りにするような盛大な爆発が起きた。
十数メートルのクレーターを作るとともに太陽を隠すような砂煙が空を覆う。
バルドスは着地すれば、興味を失ったように背を向ける。
「俺のとっておきを食らっておいて原型を留めてることには褒めてやる」
バルドスは左手にポケットを突っ込みながら歩き出しながら言った。
その終わった感を出す雰囲気に思わず笑いがこぼれた。
「......ふ、ふふ......ふふふ、アハハハハ!」
「なっ、テメェ、まだ生きて!?」
振り返って目を白黒させるバルドスを見てさらに笑みがこぼれた。
僕は肘を地面につけ上体を起こせば、不敵な笑みを見せつける。
己が真理を理解した。僕の目的は神を殺すこと。
そのための対神の確殺領域。
「魔展操制――全方位魔法陣」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




