第152話 必死の抵抗
さて、リューズ先生のおかげでなんとか攻撃出来ているが、それでもやっとぐらい。
加えて、与えられたダメージは微々たるものだろう。
むしろ、あっちの一撃でこっちのHPの三分の一は削られたすらある。
この戦況でリューズ先生以外の戦力は余計な足枷になりかねないな。
『律、聞こえるか?』
突然、蓮からの念話が入ってきた。
その会話に耳を傾けていく。
『どうした?』
『こっちに魔神の使途が現れた。先程康太から連絡があって同じ状況らしい』
『そうか。こっちは魔神の眷属だ。つまり大元の魔神の部下の部下。
しかし、人間を辞めてることには変わりないから僕でも勝つのは簡単じゃない』
『各地も似たような状況か。大方予想通りではあるが、増援は見込め無さそうだな』
『あぁ、各々で対処するしかない。健闘を祈る』
そして、蓮との会話は終わった。
正面を見ればバルドスがガチガチと拳同士をぶつけながら歩いてくる。
同じくその姿を見ていた隣のリューズ先生が声をかけてくる。
「リツ、恐らく奴の隙を生み出せるのはお主だけじゃ。
ワシの動く速度では恐らくまともな攻撃を与えられんからな。
故に、お主に隙を作って欲しい。そして、そこにワシが強烈な一撃を加える」
「わかった。でも、リューズ先生は一つ忘れてることがある」
「む? なんじゃ?」
「僕も魔法を使えることさ」
僕はリューズ先生の肩にポンと手を置くと、そこに<身体強化>、<筋力増強>、<俊敏強化>などなど様々なバフ系の魔法陣を転写していく。
それによって、力が湧き上がってくるような感覚に襲われたであろう先生は、自分の手元を見ながら変化を実感していた。
「これが愛の力......」
「違います」
「それにお主から戦闘以外で触れられたのは初めてではないか? ワシはもうこの服を洗わんぞ」
「洗ってください」
相変わらずのリューズ先生の様子だが、こんな人間でも現状一番頼りになる存在には変わりない。
ふぅー、僕もそろそろ本気でスイッチを入れないと。
手を抜いてたわけじゃないんだけど、朱音達がいる手前全力の殺気って出しづらかったんだよな。
でも、もうそんなことは言ってられない、全開だ。
「「っ!?」」
突如として膨れ上がった僕の魔力と、辺り一面を濃密に包み込む殺気に先生とバルドスが僕を見た。
しかし、そんな視線は気にせず、僕はただ身の内にある怒りと殺意に意識を研ぎ澄ませる。
リューズ先生以外の声、風切り音、足の運び、風の流れ、相手の動き、相手を恐れる感情、色がある世界......それらはこれからの戦いに必要のない余計な情報だ。
全て切り捨てて、ただ一点――バルドスをどうやったら殺せるかに焦点を置け。
そのために自分が使えるものは全て駆使しろ! 全ては敵を排除するために!
「リューズ、行くぞ」
「っ!......ハハッ! その呼び方、今後とも頼む!」
僕は<転移>魔法陣でもってバルドスの前に現れた。
「っ!」
バルドスは目を見開き、一瞬たじろいだ。
今の奴の前には同時に四人の僕が前後左右を取り囲んでいるはずだ。
奴はすぐに位置を把握して素早く回し蹴り。
瞬く間に全ての僕を蹴散らしてみせた。しかし、それは残像。
「わかってんだよ!」
バルドスは後ろに下がっていく。
直後、奴のいた位置に僕が刀を振って落ちてきた。
しかし、躱されてしまったのですぐさま追撃へと向かって、刀を横に振る。
「そんなもん当たるかよ!」
当てるんだよ。
バルドスは追撃を加えてきた僕に素早く拳を放った。
バチバチと火花を散らしたその拳は当たれば再び爆発するのだろう。
つまり、当たればどういうことは無いわけだ。
バルドスの拳は僕の体を通り抜ける。
さながら色のついた気体が空中に溶けていくように。
当然だ、これまでの全ての僕はただの幻影なのだから。
そして、コンマ遅れて来る僕の攻撃こそ本物だ!
「くっ!」
バルドスは顔をしかめる。
リューズにも見せた初見殺しの一発。
動きをしっかり追っているからこそ騙される。
だが、僕が突き出した刀はバルドスに首を傾けられて頬を僅かに掠めただけだった。
「惜しかったな」
まだ終わってねぇよ。
「がっ!」
突如としてバルドスの逆の頬が殴られたように弾ける。それによって、傾く首。
僕が突き攻撃をする前にしかけた<衝撃>の魔法陣による効果だ。
躱したはずの攻撃が自分が首を傾けたことで刃に首筋が近づく。
この距離ならお前でも避けようがないはずだ!
「舐めんな!」
僕が思いっきり刀を横に振るう直前、バルドスは両手で刀を掴んで僕の攻撃を先に潰した。
チッ、身体強化した僕であっても、さすがに片手の刀の振りで人間を辞めてるバルドスの両手の力を上回ることは難しいか。
だが、それは逆を言えば相手は両手でもって防がなければいけないほど、その攻撃に対して余裕が無く意識を向けなければいけなかったということだ。
僕の攻撃ははなからただの隙を生むキッカケに過ぎない。
外した意識から忍び寄る戦闘狂が本命だ。
「天力解放、一刀流奥義――魔断」
隙を作ったその瞬間を狙って近づいてきたリューズが居合の状態から一気に抜刀した。
刀は素早くバルドスを逆袈裟斬りしようと動き、対して奴はバチバチと火花を散らす手を差し向ける。
自分もダメージを受ける覚悟で向けたその手はリューズの刀に触れた瞬間、まるで何もなかったように火花が消えた。
そして、そのまま右腕をぶった斬られ、刀はバルドスの血で弧の軌跡を描く。
「があああああ!」
リューズに斬られ硬直した所を僕が胴蹴りして吹き飛ばす。
バルドスは近くの噴水の像に直撃していった。
奴は噴水の水でずぶ濡れになりながら、斬られた右腕を左手で押さえ叫ぶ。
噴水に溜まっていた水は瞬く間に赤く染まっていった。
そんな姿を見ながら僕は先ほどのリューズの攻撃に対して、彼女に質問した。
「リューズ、今のはなんだ? 魔法が斬られたような気がしたが」
「あぁ、斬ったな。これこそワシの最終秘儀――魔断の太刀じゃ」
「あんた、やっぱり俺との戦いの時は本気じゃなかったな?
それにその攻撃が出来るなら俺にも苦戦しなかっただろ」
「そうは言うが、アレを一撃放つでも物凄い集中力を使う。
そんなバンバンと打てるものではない。やればしばらく動けなくなるじゃろうな。
それにお主のような息をつく暇もない連続攻撃をしてくる相手には、相打ち覚悟で放つようなものじゃ。博打が過ぎる」
「そんなもんか」
僕が浮かず頷けば、リューズは興味深そうに僕を見た。
「しかし、お主がまだその境地に至ってないとは些か驚きじゃな。
てっきり、お主ほどの強さがあるのだから使えるものじゃと......ということは、先ほどの一連の攻撃は全て現状の実力か。
ククク、お主は本当にワシを楽しませてくれる。実はワシのこと好きじゃろ?」
この人、ほんと何言ってんだろう。
「戯言も大概にしとけ」
「む、つれないな。しかし、その態度も普段と違って悪くないな」
コイツは無敵か? もういい、コイツに意識を向けて集中力を切らせたくない。
警戒してバルドスを見れいれば、奴は落ち着いてきたのか立ち上がった。
そして、自身が抑え込んでいた魔力を全開にしていく。
瞬間、奴の周囲にバチバチと火花が散っていった。
その熱量は濡れていた服をたちまち乾かし、さらに近くの噴水が水蒸気を視認させるほど。
奴は猛烈な殺気を瞳に宿して僕達を見た。
「テメェら、いやそんなもんじゃ収まらねぇ......この場にいる者は全て皆殺しだ」
「「っ!」」
バルドスは右腕を伸ばすと、切断面からオレンジ色の火花を密集し始めた。
それは次第に手の形を作り出していく。
明らかに触れてはいけない高密度エネルギーの集合体。
しかし、奴はそれを利用して攻撃してくるだろうな。
「だが、当然最初はテメェらからだ!」
―――ドゴオオオオォォォォン!
バルドスは右腕を地面にぶつけると、瞬く間に周囲一帯に砂埃が巻き起こり、周囲を見づらくさせた。
「がっ!」
隣にいたリューズの声が聞こえてきた。
その声に地面に<風波>の魔法陣を設置し、すぐさま砂埃を吹き飛ばしていく。
その直後、目の前の煙からオレンジ色の腕が飛んできた。
それを確認してすぐさま<転移>で別の場所にしかけた魔法陣に飛ぶ。
「どこ逃げんだよ」
「っ!」
僕が現れた瞬間、まるで出てくる場所が分かっていたかのように左手で顔面を鷲掴みにされた。
そのまま体勢を崩されると、後頭部から地面に叩きつけられる。
さらに地面に横たわる僕をバルドスは思いっきり蹴り飛ばす。
「がっ!」
蹴りの直後、衝撃を増加するように爆発が起きた。
その攻撃後の隙を狙うようにリューズが斬りかかる。
しかし、その刀は左手で防がれた。
「まだだ!」
僕は体勢を変えて、吹き飛ぶ体を地面に刀を突き刺して急ブレーキをかけた。
止まればすぐさまバルドスの足元に<転移>して攻撃を仕掛けた。
お前の右腕は形を作ってるようで掴めないだろ!
「甘ぇよ」
「っ!」
バルドスは右腕の一部が透けるようになったのを良いことに、刀の攻撃に合わせて右腕を伸ばしてきた。
それは僕が刀を振り下ろすよりも僅かに速く、僕の方が回避に専念しなければいけない。
バルドスはリューズを蹴り飛ばすと、明いた左腕を振りかぶって攻撃してきた。
それを刀でガードすると、今度は右拳を向けて爆破。
僕の体が吹き飛んでいく。
すぐにリューズ先生が背後から斬り込むが、それは半身で躱され腹に膝蹴りを食らわせられると、爆破しながら殴り飛ばされた。
そこからは僕とリューズによる怒涛の攻めを行った。
しかし、それらの全てが捌かれ、吹き飛ぶのは僕達の方。
当然、魔法陣による魔法攻撃は全部避けようのないゼロ距離でダメージを与えている。
だが、それで一切の怯む様子が無い。
まるでダメージを与えても倒せない負けイベントのボスに対して、必死に抗っているような無力さでもって僕達は蹂躙された。
「邪魔クセェ」
バルドスが収縮した瞳で見ながら言葉を吐き捨て、右腕を振り上げる。
「「っ!」」
右腕を構成していた火花が僕とリューズの前で一気に爆破。
それによって、僕達はものの見事に吹き飛び、満身創痍となった体だけが地面に寝転がる。
五体満足なのが幸いと言えるだろう。
「終わりだ、テメェら」
そう言って近づいて来るバルドスに僕達はすぐには立ち上がれなかった。
―――お前は何のために力を振るう?
その時、どこかから声が聞こえたような気がした。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




