第150話 第三の刺客
第一ラウンドが終わった。
僕はリューズ先生と向かい合い、互いにダメージを受けている。
ダメージ総量で言えば、リューズ先生の方がダメージを負っているはずなのに、表情は僕よりもやる気に満ち溢れている。
時間経過で強くなっていくボスと戦ってるみたいだ。
それも初期能力値も高いもので絶対に時間かかる戦闘をしなければいけないという厄介さ。
戦い始めてからまだ数分しか経ってないのに疲労感が凄い。
「ふぅ~、見ただけで設置されるとなると、いよいよ避けるのは不可能に近くなってきたな。
いつの間にか仕掛けられていて、その魔法で隙を作り出されたらワシとて不味い」
「なら、これ以上の戦闘はもう止めない?
正直、仲間の帰りを待ってるだけだからあなたと戦う必要ないんだよね」
「そちらに無くてもこちらには学院を襲った襲撃者を退治するという大義名分がある。
お主が掘った墓穴じゃぞ? しっかり、ワシの相手をせい」
「全力でお断りします」
そう答えるとリューズ先生は漏れなく不満そうな顔をした。ハァ、やだあの人。
正直、あんなこと言ったところで止まる相手でないのはもうわかりきっている。
戦うしかないという選択肢が本当に辛い。いい加減、覚悟を決めるべきか。
俺は目を閉じゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐いていく。
自分の中のスイッチを切り替えるように。
吸った空気が全身の隅々、髪の毛一本一本に至るまで届くように意識していく。
そして、捉えた自分の体を今度は魔力で満たしていく。
「ムッ、雰囲気が変わった。ククク、ようやくやる気を出しおったか」
リューズ先生の嫌な笑い声が聞こえてきたが無視。
全身に魔力が行き渡るのを感じると、ゆっくりと目を開け、正面に見えるリューズ先生を見た。
さらに、周辺視野も利用して自分が設置した魔法陣の位置も確認していく。
「やる気は相変わらず出ないよ。あなたは僕が倒すべき敵じゃないんだから。
ただ、これ以上を望むというのなら、動けないようにする必要があると思っただけだ」
「なるほどな。じゃが、先ほども似たようなことを言って出来ておらんかったぞ?」
あの人、わざわざ挑発してくるか。いいだろう、乗ってやる!
いい加減その不敵な笑みも見飽きたところだ!
「僕の戦い方はネタバレした所で一朝一夕に防げるものじゃない。それじゃ、行くよ」
「っ!」
僕はその場から消えた。
移動したのは確かだが、僕はその場から一歩も動いていない。
利用したのは<転移>魔法陣だ。それでリューズ先生の背後に現れた。
先生からすれば、移動による攻撃タイミングの予測が出来ないから非常に厄介。
しかし、先生には人間の域を超えた超反応がある。
「ハッ! 止めたぞ!」
僕の刀の振りを振り向いて刀で受け止めるリューズ先生。
さすがにその場から逃げるほどの超反応はしてないが、やはり反応するのは頭おかしい。
しかし、ここからは僕のターンだ。
「<樹鎖>、<燈爆>」
「ぐっ!」
リューズ先生は俺が魔法陣で発動させた木の根に両足を掴まれ、さらに盛大な爆破をくらっていく。
確かに超反応は厄介だ。だけど、それは裏を返せば常に受け手に回っているということだ。
魔力を全身に纏って体を強化することで被ダメージを抑えたリューズ先生が、爆発による黒煙からバックステップで飛び出してくる。
そこに<水球>をいくつも乱発して追撃。
リューズ先生は素早く自分に直撃する水球を刀で斬り払う。
切断した水球が切断面を残したまま先生の後方へ流れていく。
そこに僕は自身の刀を高速でぶん投げた。
距離は数メートルあるが、それは瞬きすれば刀の刃先が眼前数センチと迫るほどの速さだ。
しかし、予想通りに先生は刀を弾いた。だが、僅かに勢いにバランスを崩している。
太陽の光で黒く輝く刀が先生の上空へ舞っていく。
「まだ終わらせないよ」
「ぐっ!」
僕はリューズ先生の足元に<転移>魔法陣を仕掛けると同時に、その魔法陣で移動する。
設定した座標通りに先生の上空へ現れた俺は、回転する刀を掴んでそのまま真下に斬り下ろした。
だが、その攻撃は紙一重で先生に防がれた。
「<土鉄拳>」
そこへ追撃とばかりに、先生の周囲にばら撒いた魔法陣から土で出来た巨大な拳を作り出した。
それはすかさず先生へと攻撃を仕掛けていく。
「まだまだ!」
リューズ先生は気合で僕の刀を弾き返すと、すぐさま周囲の土の拳を切断していく。
バラバラになった土塊が空中を舞う中、僕は先生の背後を取るように移動し接近した。
「まだ反応できるぞ!」
「だからこそ、ワンテンポズレれば狂うんだよ」
「なっ!?」
リューズ先生は超反応で当然のように背後へ刀を薙ぎ払ってきた。
しかし、先生が斬ったのは僕が飛ばした残像で、本体はそれよりもコンマ数秒後。
先生は完全に刀を振り払った状態で、それを再び戻そうとしても断然僕の方が早い。
「鬼武術・鬼拳――真掌底」
「がはっ!」
僕が伸ばした左手がリューズ先生の腹部へメリメリと食い込んでいく。
そして、一気に弾けるように先生の肉体は吹き飛び、十数メートル地面を平行移動した後、朱音達のいる場所を割るようにして地面を転がっていった。
「ふぅ~、どこまで効いたことやら」
****
―――リューズ 視点―――
「がはっ、あぁ~、今のはかなり効いたな」
完全にしてやられた。
ワシの自慢の超反応が逆手に取られ、強烈な一撃を貰ってしまった。
しかし、それ以上に厄介なのは魔法が多彩過ぎて予測が全く持って出来ないことじゃな。
今のリツは言わばマイラを近接戦闘も出来るようにした状態。
純粋な剣士であるワシと違って魔法による手数の選択肢が段違いに多い。
それはもはや複数の刀を満遍なく同時に扱えるも同じ。
ハハハ、化け物め。ワシにここまで評価させたものは過去に一人と居らんかったぞ。
ククク、これだから戦いというのは止められんな! あぁ、実に終わらせるのは惜しい!
「り、リューズ先生、大丈夫ですか?」
む、アカネがなぜこんな所に......なるほど、ワシがぶっ飛ばされてここまで転がって来たということか。このワシがここまでな。
「問題ない。むしろ、調子が上がってきたところじゃ」
そう言うとなぜかアカネ達は引いたような顔をする。
なんでそんな顔をされないといかんのじゃ。まぁいい、それよりもだ。
「時にお主達、今のワシらの戦いどこまで見えておった?」
そう聞くと全員がザワザワとした様子で互いの視点を確認し合い、最終的にアカネが悔しそうな顔でもって答えた。
「ほとんど何も見えませんでした......ごめんなさい」
「ククク、謝ることではない。そもそもワシの最高速度すら目で追えぬお主達が見えないのも無理はない。なんせワシも見えて無いからな」
「え、そうなんですか?」
「なんじゃ、その意外そうな顔は。そもそも彼奴は全く持って走っておらん。
マイラも発狂しそうなほどに転移魔法をバンバン使って距離を詰めておる。
移動する影すらないのにどうやって追うというのじゃ?」
「な、なら、先生はどうやって反応してるんですか?」
ふむ、どうやってか。ほとんどがこれまでの戦いでの経験による勘の部分が大きいが、他に要素を挙げるとすれば――
「やはり豪魔の練度じゃろうな。ワシは肉体への強化に特化させて鍛えたのじゃ。
故に、常人では出来ぬような距離でも反応できる。後は敵の視線」
「視線......ですか?」
「よく聞くじゃろ? 殺気を感じて避けたとか、ほら本で。あれじゃよ、あれ。
どんな相手であろうと戦いの場では必ず殺意や闘志を漏らすものじゃ。
命のやり取りをするんじゃから当然じゃな。意思弱気ものに勝ちはない。
強いて違いがあるとすれば、それをいかに相手に悟らせないように隠すかってところじゃ」
そういう点だと彼奴は本当に上手いな。読みづらくて仕方ない。
正直、これまでの戦い全てが紙一重の反応だった。
転移魔法の移動による出現のラグで辛うじてという所じゃ。
魔法に長けたマイラとの戦闘経験が無ければ、第二回戦の初撃でやられてたであろう。
「どうかな? もうお互い大人しくしようよ。疲れて仕方ない」
「嘘をつけ。お主よりもワシの方が疲労度凄いわ」
さて、どう彼奴を攻めたものか。
今言った通り、スタミナ問題は絶対に出てくるな。
ワシがせわしなく移動する一方で、彼奴の移動によるスタミナはゼロに等しい。
転移魔法の使い過ぎて魔力切れを起こしたとて、その時にワシがずっと同じような動きが出来てるとは思えん。
それに魔法がある分、彼奴は遠距離の戦いも出来る。
マイラとの戦闘訓練の時は間合いを詰めるまでが非常に困難じゃった。
それを彼奴相手にやるのはな......やったとしても、マイラのように近接雑魚ではない。
そして、一番厄介なのは彼奴の設置する魔法陣じゃな。
マイラとの戦いの時は必ず先に魔法による事象が起きるから見て反応できた。
しかし、彼奴の場合は魔法陣を設置してあるだけ。
魔力を広げて設置場所を探知しても、それがどんな魔法かわからない以上迂闊に飛び込めない。
加えて、この戦いで露わになった視線だけで魔法陣を設置できるというイカレた技術。
どうやったらそのような戦い方の発想になるのか。もはや意味わからん。
そのせいでワシの肉体にすでに魔法陣が設置されてる可能性すらある。
というわけで、今のワシ、防御捨ててるけどな。
「じゃが、人が出来たことならば必ずワシにも出来るということじゃ」
「え、まさか魔法陣設置すんの?」
「バカ言うな。そんな荒唐無稽な技が見て出来るわけないじゃろ。
そうではない、人というのは良くも悪くも不完全な生き物じゃ。
故に、お主のそれにもどこかで必ず綻びがあると思うてな」
「なるほどね。ま、今度頑張ってよ。もう二度とないと思うけど」
「ククク、ワシがお主ほどの好敵手を逃がすと――む?」
上空から何か巨大な気配が降ってくる。
リツも気づいたようで上を見上げた。
それは人型のような形をしており、高速で落下すると、ワシと彼奴との間に着地した。
何奴じゃ、こんな至高の戦いを邪魔する無粋者は?
「ハァ~、どうやらここで間違いないようだな。
俺は魔神の眷属バルドス。お前を殺しに来てやったぜ」
そう言って男が指さしたのはリツの方じゃった。こやつ......人間じゃないな?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




