第146話 学院の外#2
―――花街薫 視点―――
僕は危機一髪蓮君のおかげで難を逃れた。
正直、リューズ先生のような近接特化に対しては純粋に相性が悪いというのがあるんだけど、それでもこの人だけは大分レベルが違う。
まるで律君を空いてしてるみたいだ。まぁ、いつの間にか設置されてる魔法とかない時点でリューズ先生の方が対処自体はほんの少しだけ楽だけど。
蓮君が現れたことでリューズ先生は体勢を立て直すように距離を取った。
しかし、その表情に微塵も負の感情は見えず、むしろ生き生きとしたような様子で話しかけてきた。
「その仮面......いつぞやに聖王国にいた時に見た事あるな」
「同一人物だから当然だろう。だが、前回と同じ手を食うと思うなよ」
「ククク、それでこそ戦いがいがあるってもんじゃ。
そういえば、お主の方へ向かったワシの仲間はどうしたんじゃ?」
「あぁ、あのアーチャーか。狙いは正確無比で不可視の一撃もあったが全方位を警戒しておけば問題ない。加えて、数で制圧すればな。安心しろ、殺してはいない」
その言葉にさすがのリューズ先生も安心した様子で「そうか」と安どの息を吐いた。
だけど、すぐに「ハイエルの奴、たるんでおるな。後でしごいてやる」とも言っていたのでハイエル先生はどちらにせよ後で辛い目に遭うことにそっと心の中で合唱した。
「で、次はお主達二人がワシの間をしてくれるのか?
正直、木の仮面がまともに相手にせんでずっとじらされてる気分じゃったわい」
「いや、僕最後の方は十分本気だったけど.......」
「気にするな。アイツだけ金龍乱舞で異常なんだ。
俺達は律が帰ってくるまで堪えることだけを考えろ。二人なら時間稼ぎは出来るはずだ」
「そうだね」
僕と蓮は戦闘態勢に入る。
その行動にリューズ先生は不気味なほどの笑みを浮かべた。
「そうじゃ、ワシを楽しませろ。無論、リツのようにとは言わん。一番はやはり彼奴だからな」
「どんだけ気に入られてんだよ、うちのリーダー」
「大丈夫だ。アイツの設置型魔法陣のような理不尽はないはずだ。一気に制圧するぞ」
リューズ先生は左手を鞘、右手を柄に触れさせると「来ぬならワシから行くぞ」と動き出した。
案の定、こっちが二人ということでギアが上がってるのか出だしが視認できない。
だけど、その速度に追いつく方法ならある!
「能力向上の雫・視覚」
僕は一つの種を地面に落とし、それから太い幹を生やすとそこから伸びた一つの枝に噛り付いた。
その枝からは甘い味の水分が大量に溢れ出し、それを飲んでいく。
これは自分の身体能力を上げる水分を作り出す植物による自己強化だ。
もちろん、この植物は僕のオリジナル。
先ほどはリューズ先生が突然ギアを上げたことで焦ってしまったけど、これをしたならば今の僕でもリューズ先生を追える!
律君みたいに突然消えて移動しなければ!
「殺しはしませんが、動けなくなるほどには痛めつける。そのつもりで!―――追尾型鉾蔦」
僕は生やした幹から蔦を生やし、それをリューズ先生に向かって放っていく。
リューズ先生はそれを躱すが、僕の蔦は途中で直角に曲がり背後から襲い掛かる。
それに対し、リューズ先生は笑った。
「ほう、ワシも本気ではないとはいえこの速度に追いつくか」
リューズ先生は途中でピタッと止まる同時に半身に体を動かした。
すると、丁度彼女の背中を狙った蔦が通り過ぎ、それを彼女は切り払う。
しかし、僕の蔦はこれだけじゃない。
言うなれば、僕の魔力が続く限り無限。
リューズ先生は様々な方向から来る蔦を躱しては斬り、躱しては斬りを繰り返していく。
未だ一度も攻撃が当たる様子はないけど、それでもこっちに向かってくる勢いは完全に削いだ。
無論、僕達の攻撃はこれだけじゃない。
「おっと」
「避けるなよ」
リューズ先生は明らかに空いているスペースに対して移動しようとしたがすぐに足を踏ん張らせて止まった。
そして、その背後から蔦を陰に強襲した蓮君のダガーの攻撃も止める。
「なるほど、お主の戦闘スタイルは見えぬほど細い糸で自由を奪っての攻撃。
なかなかいやらしいの。ワシを糸で縛り付けてどうするつもりじゃ?」
「どうもしねぇよ。つーか、捕まってから言いやがれ!」
蓮君が両手のダガーでリューズ先生に連続で攻撃を与えていく。
それに対し、彼女は蓮君の攻撃を躱し刀で受け、さらに僕が動かした蔦と一緒に張り巡らせた糸も適格にくぐったり斬ったりと蓮君相手に一度たりとも完全に距離を詰めさせない。
いや~、人間じゃないってあの動き。
蓮君ってうちでは律君と並ぶぐらい接近戦強い人よ?
それを明らかに追い込まれてるようなフィールドで捌くかね!? 普通。
気持ち悪い人類代表としか思えない。
「ふむ、この縦横無尽に張り巡らされた糸。
その位置を理解した上で的確に攻めてくる強者。
加えて、その者と距離が開けばリセットするかのように間合いを潰してくる蔦。
ククク、ただの強者であればすぐにでも詰む状況じゃろうな」
「さっさと潰れろ!」
「じゃが、まだ理不尽感が足りない。よく(半ば無理やり)リツと戯れておったが、彼奴の魔法は魔法陣を設置されれば最後絶対に避けられないからな。
それに比べればまだ難易度は難しいで済むな」
「「律、この野郎てめぇ!」」
僕と蓮君の気持ちがシンクロした瞬間だった。
確かに、よくリューズ先生に絡まれるとは聞いてたけど!
なんで強化しちゃってんだよ! そりゃ強いわけだよ!
律君は僕と蓮君と康太君でやっと勝率五分に届くくらいなんだから!
「まだまだいけるよな? お主達?」
「「絶対(律の野郎)許さねぇ!」」
*****
―――聖朱音 視点―――
「ハァハァ......」
胸が苦しくなるほどの荒い呼吸を繰り返す。
額からは大量の汗が頬を伝ってあごから滴り落ち、体は疲労の蓄積からかかなり重く感じる。
それは私だけじゃなく、灯夏拳矢や他の皆も同じ。
一緒にいるマイラ先生だけは汗をかいてないけど、それでも難しい顔をしていた。
「ゼェゼェ......全然、攻撃が届いてねぇ。それに相手は微塵も動いてねぇ」
「突破するまでにガードが固すぎるんだよね」
現在、私達が入ろうとしている門の前には狐の仮面をした男がじっと座ったままこっちを眺めている。
そう、ネルドフ大迷宮の七十五階層で共闘した相手だ。確か、相方にはキツネって呼ばれてたっけ。
もちろん、最初から戦いに挑んだわけじゃない。
一度は共闘した相手だし、そこまで悪い人には思えなかったから話しかけたけど、一度も応答してくれることはなかった。
それどころか戦闘態勢に入るように大きな結界に閉じ込められ、一定距離まで近づくと設置されている何が発動するかわからない魔法陣の罠が発動する始末。
この結界は勇者である私達が力を合わせて攻撃してもビクともしなかったので、脱出するには術者を倒すしかないらしい。
しかし、そこにたどり着くまでに私達は苦戦している。
仕組みはわかってる。あのキツネの人は一定距離にランダムな魔法陣を設置している。
その魔法は爆発系、吹き飛ばし系、拘束系、行動阻害系と色々あるが運が良ければ魔法陣地帯は抜けられる。
その次はキツネの人の前にある結界の壁だ。これがまた強固で今のところ突破出来ていない。
もちろん、遠距離から攻撃しても結果は変わらなかった。
ちなみに、マイラ先生はこれまでの攻略に参加していない。というより、できない。
私達が来た瞬間にキツネの人によって極薄の膜のような結界でマイラ先生の体形にフィットするような感じで閉じ込められてしまったからだ。
魔法は通常自分の魔力で作り出すものだけど、それは自分の体に纏わせてる魔力を一部体から離すように浮かせているの。
それができないということは、その状態で魔法を発動させるのは自分の手のひらで爆弾を爆発させるようなもので自爆に等しい結果となってしまう。
だから、マイラ先生は攻撃に参加できない。できればきっとこの状況は変わると思うけど。
「どうする? このままじゃ俺達の魔力が尽きてジリ貧だ。ここは大人しく他の攻略班に任せるか?」
「もう少し頑張ってみる......とか言ってみたいけど、現実的な話私達じゃあのキツネの人を攻略できるほどのレベルに達してないんだよね。マイラ先生はどう思いますか?」
「そうね、正直他の攻略班も芳しくないわ。
ハイエルは拘束されたみたいだし、タルクは攻めあぐねている。
リューズは......ハイエルと戦った相手が救援に行って攻略に時間かかってるみたいね」
「そうなんですか......ってなんでそんなことわかるんですか!?」
今サラッと言ってたけど、ここからじゃ仲間の様子は視認できないはず。
その質問にマイラ先生は申し訳なさそうに答えた。
「どうやら自分の害の及ば差ない探知系の魔法なら使えたのよ。
ずっと結界を壊す方法を探してて気づくのが遅れてしまったわ。ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。それは私達に強化魔法も使えるということですよね?」
「えぇ、そうね。恐らく問題ないと思うわ」
魔法に特化したマイラ先生の強化魔法を受ければこの決壊を壊せるはず。
私はマイラ先生に<身体強化>をお願いするとそれを全員にかけてもらう。
そして、私達は再び特攻した。
何度か運悪くダメージを追う爆発系の魔法陣に引っかかってしまったけど、それでも先生によって防御力も上げてもらったのでゴリ押しで距離を詰めていく。
「「「「「おりゃあああああ!」」」」」
魔法陣エリアを抜けると強固な結界の壁へとやってきた。
それをその場所を抜けてきた私やケンちゃん、他の皆と一緒に自分が使える最大火力をぶつけていく。
―――パキンッ
結界が割れた。それでもキツネの人は動かない。
これは罠? どうする? このまま攻める?
このままじゃ斬ることになる。でも、そうしなきゃ学院にいる学院長を助けられない。
覚悟を決めろ、もう命は奪ってきたでしょ!
「御免!」
私はキツネの人を斬った。確かに斬った感触がする。
この人は最後まで無抵抗だった。不気味なほどに。
その予感はすぐさま的中した。
―――ピカーッ!
「っ!」
突然、キツネの人の体が発光し始めた。
私は咄嗟に魔力障壁で爆発に備える。
しかし、結果から言えば爆発しなかった。
それはパンッとクラッカーを鳴らした時のような音を出し、さらにそこからチリ紙やらが色々と出てきた。
それらは私の頭にかかり、同時に溢れ出た白い煙から本物が現れる。
「クリア、おめでとう。凄いね、正直できると思ってなかった。でも、ここまでかな」




