第145話 学院の外#1
―――ドスン!
上の階の方から学院全体に響き渡るような音が聞こえ、振動も僅かに伝わってくる。
図書館の禁書庫に入った先の小さな部屋にいる僕は一つの本に目を通しながらその衝撃を感じていた。
「派手にやってるな~。巨大な魔力の反応が一つ消えたってことはどうやら倒したみたいだね」
僕は魔力反応がある先に顔を向ける。
といっても、見えるのはホコリが落ちてくる天井だけど。
さて、僕も早いところ魔神に関する情報を集めなきゃ。
きっと今頃外でも面倒なことが起こってそうだし。
だけど、禁書庫の割にこれといって重大な秘密が書かれた本が見つからないぞ。
ガレオスさんはここに来ればわかるって言ってたけど本当かな~?
今更ながら疑わしくなってきたよ。
僕は手に持っている本を適当に机に置くと本棚をズラッと眺めていく。
壁際にポツンとある小さな机を囲むようにして四方は全て本棚で一体どこに一番求めてる本があるというのか。
「実は案外机の引き出しとかにあったりして......」
まさかこんな安易な場所に残してないでしょ~と思って見てなかったけど、確かめるだけ確かめてみるか。
僕は机の引き出しを開けてみる。
一段目はなし、二段目も......なし、三段目は少し大きいなってか固っ! 鍵でもかかってるのか?
こういう時は鍵穴に魔力を注ぎ込んで形に沿うように魔力の形を固定して横にひねればカチッとな。
まさかの開いた......ザルくないか? この保管は。
まぁ、その前にえげつない魔法陣による封があったけど。
三段目の引き出しを開けていくとごちゃっとしていた中に如何にも古びた日記のような本を見つけた。
タイトルやら名前らしきものは見つからない。
微かに魔力の反応がある。
恐らく経年劣化を防ぐような処置が施されていたんだろうけど、さすがに魔力切れを起こしてるみたいだな。
中身は......お、読めるぞ。魔法の処置のおかげか虫食いされたようなところはない。
文字は若干今と違うけど、この世界に来た時の自動翻訳機能によってそれも問題なし。
加えて、内容をペラッと読んでみればこれ魔神討伐を行うまでの旅の話じゃないか!
これはなんという僥倖! 早速中身を見てみよう。
僕は日記を読み始めた。文章的に女性が書いてる感じだろう。
最初はテンプレみたいな主人公との出会いだった。
その人の名前はレオン。どこかで聞いた名前だ。
そこからの流れはちょっと今の僕には興味ないので終始読み飛ばしながら先へ。
とりあえず、その魔神討伐隊は紆余曲折あって仲間を集めながら旅を続けていったらしい。
その旅仲間にはガレオスさんの名前があり、アルバートの名前もあった。
旅の道中で起きる様々な問題を解決し、さらにその討伐隊リーダーとのイチャイチャらしきものも。
そのあたりの内容はなんだか読んでてこっちが恥ずかしくなるものだった。
ちなみに、僕はこの日記に登場する集団を“魔神討伐隊”と言っているのはちゃんと理由がある。
というのも、この話では旅の途中でちゃんとした勇者と明言された人物が登場するからだ。
僕も最初はこの女性が出会った人物が勇者だと思っていた。
でも、読んでみれば何度も勇者と区別されているのでそういうことなのだろう。
ん? となると、魔神と戦ったのは勇者ではなくこの人達ということになる?
そんな疑問を抱きながら続きを読んでいけば、だんだんと魔神との直接対決の話に近づいてきた。
魔族との因縁をなんやかんやしながら解決し、ついに魔神との戦いへ。
僕はゴクリと息をのんで次のページをめくった。
「......っ!」
魔神との決着は衝撃的な展開で幕を閉じた。
同時に、ガレオスさんが言った“魔神は生きている”という意味も理解した。
っていうかこれ......あまりにも惨すぎるし、それにこの片割れの魂って......。
僕はあまりの衝撃にうまく思考が回らずなんとなく次のページを開いてみる。
すると、その日記には最後こう書かれていた。
『どうかこれがいつの日か来る片割れの魂様に届きますように―――ロクトリス」
「ロク......トリス?」
そいつはエルフの森フォレスティアであった魔神の使途の名前。
だけど、彼女はガレオスさんと同じもと人間側。
それも魔神と戦った人物。
「っ!」
瞬間、まるで無理やり頭を締め付けるような強い頭痛に襲われた。
何かがおかしくなりそうな、何かが狂いそうなよくわからない気持ち悪い。
僕は......僕は......!
「僕は一体誰なんだ?」
なぜかその言葉だけがポロッと漏れ出た。
*****
―――花街薫 視点―――
「あの......そろそろ落ち着きませんか?」
僕は片手を伸ばし、近くの地面から人間の腕よりも太い植物の蔦を生やし牽制した。
それに対し、バーサーカーもといリューズ先生は涼しそうな顔で返答する。
「なに、まだまだこれからじゃろう?」
柄に手を触れさせたまま佇む姿は凛として勇ましい。
さぞ味方であれば頼もしい存在だろう。
しかし、今の僕からすればこれほど驚異の敵はいない。
彼女の足元にある無数の切り落とされた蔦がそれを物語ってる。
僕もいよいよ立って対応を余儀なくされた。
だって、座ってる状態で詰められたら詰みだもん。
僕とリューズ先生の攻防を見て生徒達が「リューズ先生が攻めきれない!?」と驚いてる様子だけど、違うよこれ。純粋に攻めてきていないだけだから。
「お主はまだまだ本気を出していない。そんな相手に勝ったところで高揚せんのじゃ。戦いとは死力を尽くして臨むものだろう?」
「残念ながら僕は保守的なんでね。命大事になんです」
「つまらんな~。なら、そうせざるを得なくさせるまでじゃな!」
「ちょっ!?」
リューズ先生が突然ギアを上げてきた。
先ほどまで捉えられていた姿が目で追えなくなった。
まずい、どこにいるかわからない。仕方ない、ここは範囲攻撃だ。
「突き上がる竹群」
僕は地面に片手をつけるとリューズ先生がいそうな広範囲に地面から突如として竹を生やした。
それは広範囲一斉だし、竹はどこまでも長く伸びるから跳躍で躱せるものじゃない。
加えて、リューズ先生の超人的な反射神経であれば必ず穴ができる!
「そこだ」
リューズ先生は当然のように真下から生える竹を刀で切り裂いていた。
相変わらず無茶苦茶なことしてると思うけど、そのおかげでその場所にいることはわかる。
その子に向かって僕は蔦を伸ばしていく。
僕が差し向けた蔦は竹藪となったその場所を上手く躱しながらリューズ先生に直進。
当然、リューズ先生はその場所に攻撃が向かってきていることは理解してるはず。
「ようやくやる気になったか。だが、これごときじゃ満足せんぞ!」
リューズ先生は当たり前のように死角から向かってきた蔦を切り、さらに時間差で向かってきた真上以外の全方位の蔦も空中で逆さまになりながら切り払う。
すぐさま僕は生えてる竹を全てリューズ先生に集めた。
竹は地面を割りながらリューズ先生を囲い閉じ込めるように密集していく。
だけど、それも鎧袖一触と言わんばかりにサッと切られて竹が地面に転がる。
「ふむ、やはりお主の魔法はとても興味深い。じゃが、些かレパートリーが少ないな。
物量で攻めたところであまり意味ないことはわかったじゃろ」
「わかってるよ。だから、しっかりと攻撃してるじゃないか」
「ほう? それは一体......っ!」
リューズ先生は何かに気づいたように刀の柄を握る右手を見た。
彼女の指先が小刻みに震えている。加えて、それは右手だけではない。
その時、一人の生徒がバタンと倒れた。
リューズ先生がその方向を見てみれば、倒れた生徒のほかにうずくまる生徒や体の不調を感じるような生徒がいるではないか。それも全員。
彼女はその光景を見て刀を気持ち強めに握ると僕に向かって話しかけた。
「なるほど、痺れ粉か。ワシが連れてきた生徒や教師が全員痺れておる。
かなりの範囲と威力じゃな。ワシも指先が上手く動かん」
いやいや、なんで指先だけで済んでるんですかね!?
僕の作り出した痺れ粉を撒くマヒラヒは一ミリグラムで熊とか動けなくさせるんだけど。
もちろん、威力を上げるすぎると心臓麻痺で殺しちゃうから生徒の方へ向けたのは効力の弱い方だよ?
でも、リューズ先生には普通に死んでもおかしくない量は流し込んだはずなんだけど。
死なない見込みがあったからそうしたとはいえ、さも平然と指先が痺れるだけってこの存在怖いんだけど。
とはいえ、聞いてることは紛れもない事実。
あれだけ体を動かして体内に毒素が回ったはずなのにあの程度はすごい癪だけど拘束するには今のうちだ!
「あなたは面倒なのでここで捕らえさせてもらう!」
僕は地面からいくつもの蔦を出現させるとそれをリューズ先生に差し向けた。
それに対し、リューズ先生は呆れたようにため息を吐く。
「この後に及んで拘束か。ま、奴の仲間らしいといえば仲間らしいな。仕方ない、ワシも終わらせるか」
リューズ先生は痺れた体にも関わらず僕の蔦を切りながら直進してくる。
正面、真下、左右、後ろに真上と様々な方向から一斉攻撃してるにもかかわらず全く速度が落ちない。やば、間合いに入られる!
「燦々砲台」
僕は咄嗟に巨大なヒマワリを生やすとそれからリューズ先生に光の砲撃を放った。
「今のは良かったぞ。だが、使うのがちと遅かったな」
しかし、その攻撃は避けられ僕の間合いにリューズ先生は侵入してきた。
そして、彼女は刀を僕に向かって振るう。あ、やば、死んだ。
―――カキンッ
「大丈夫か」
その時、蓮君が現れ紙一重でリューズ先生の攻撃を弾いた。
そのことにリューズ先生は咄嗟に距離を取っていく。
「ありがとう。助かったよ」
「気にするな。相手が悪い。一先ず、学院内の魔力が収まった。後は学院から全員が現れるのを待つだけだ。それまで頑張れ」
「あ、本当だ」
学院内の強い魔力反応が消えてる。リューズ先生相手してたから気にしなかった。
ということは、無事に学院長との決着が着いたってことだね。良かった。
よし、それなら僕も頑張らないと。蓮君がいればなんとかなりそうだし。
そんな僕達二人を見てリューズ先生は実に楽しそうに言った。
「ハハッ、これは素晴らしい展開じゃな」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




