第137話 敵、相対する
小学生の頃、クラスの掃除当番で他のクラスメイトと一緒に校長室の掃除を任されたことがあった。
どの教室にもない独特な豪華さがあり、漫画で見るような執務するための机がありとでその空間だけ異質であったために今になってもその時がどんな感じの部屋か思い出せる。
そう―――さながら、今いる部屋のように。
「すまないな、急に声をかけてしまって。驚いただろう」
「いえ、大丈夫です」
僕の前に紅茶を置いて座ったのはこの学院の学院長であるアルドーク学院長だ。
僕も考え事していたとはいえ、周囲に<探知>の魔法を起動させていたにも限らず声をかけられるまで気付かなかった。
それは僕が考え事に集中しすぎてしまったのか、はたまた学院長が何らかの方法でそういった行動が可能なのか。もし後者であるなら厄介でしかない。
それにどうして話しかけてきたのかも疑問だ。
仮に生徒の様子を見るための小話であってもわざわざこのような場所に呼ぶ必要はない。
一応、周囲を警戒して何もないことを確認したが.......不安は残る。
この紅茶にも何も無さそうだ。
僕は紅茶を口に付けて飲んでいくと改めて学院長に聞いた。
「それで僕はどういった理由で呼ばれたのでしょうか?」
「そうだね。強いて言うなら君が気になるからかな」
「気になる......ですか」
いちいちこちらの反応を見るような揺さぶりの言葉ばかりだな。
ここは少しばかり動揺した方が良さそうだな。
学院長に声をかけられて緊張しているって感じが出せればいい。
学院長は詳しく説明を始めた。
「まず君の名前なんだけどイナカって偽名だよね? 本当の名前はナカイ=リツ」
「.......」
「あ~、なんで知ってるかだよね。
私もこの学院で多くの親御さんからの子供を預かる身として情報収集は欠かさないんだよ。
それにそうじゃなくても聖王国からほどんど動かない勇者がよそ者と仲良くしてるって時点でどの道調べてたけど」
やはり勇者である朱音と拳矢との接触はこういう結果を招いたか。
覚悟していたことだから大丈夫だ。
それにしてもそれを聞いてどうする?
仮に勇者達の中から落ちこぼれで逃げた話だとしても逃げたのは自分の意志だし、その後に起きた僕達の冤罪についてもすでに朱音達とは話がついている。
つまり僕と朱音達の間は実にクリーンな状態だ。
今更誰かが踏み荒らそうとしたところで何も生まれない。
「その時に聞いたんだけど、君は勇者としての義務を投げ出して色んな場所を点々としていたみたいだね」
「そうですね。確かに色んな所に行きました」
「地下の中から砂漠の地、はたまた森の仲間で。私も昔は色んな場所へ旅した。今思えばその頃が懐かしい」
おかしい。知り過ぎている。僕はどんな時も常に<探知>の魔法は維持してきた。
その規模は単にレーダーのように使うなら距離は約二キロ。
そして、僕達が移動している時に僕達の様子を観察しに追って来ている人物は誰一人としていなかった。
にもかかわらず、知っている。となれば、だ。答えは一つしかない。
「あ、ごめんね、話がそれてしまったようだ。それで聞きたいんだけどさ―――君でしょ? ネルドフ大迷宮の地下に現れた化け物を倒したのは」
こいつは魔神の使途だ。
「どういう意味でしょうか? 確かに朱音達がかなりの下層で化け物と戦ったという話は聞いていますが」
「おや、その情報は一部の者しか知らないはずだが」
「残念ながら、学院長も知っているように僕は勇者と仲が良いので」
学院長は「確かに」というと上品に紅茶を飲んでいった。なんとかしのげただろう。
僕が朱音達と度々面識があることは他の生徒からの目撃もある紛れもない事実。
そして、どんなに徹底して誰かが口を開く。
真実を捻じ曲げようとも真実を知っている張本人から聞くことだってあるのだから。
それにしても、随分な決めつけで僕だと言ってきたな。
まるで証拠でもあるみたいに。いや、動揺した姿勢が証拠だったのか?
「私はね、見る目がある方だと思っている。つまり実力が測れるんだよ。どんなに上手く隠そうともね。
正直な意見だが、今の勇者に勝てるほどの力はない。
十分に育っているのならこんな場所に通わずにサッサと魔王を倒しに行ってるだろうしね」
「まるで見てきたような言い方ですね」
「見て来たよ。小型のトカゲを使って戦闘シーンをじっくりとね」
僕の取り繕っていた笑みが強張る。
この男、まるで隠す気が感じられない。
まるでこの場で戦闘が起きてもどうにでもなるみたいに。
不味いな、出来れば今すぐの戦闘は避けたい。巻き添えが多い。
「あの戦いにおいて勇者は正直ただの足手まといだった。
君ともう一人の子がいなければ今頃この世にいたか怪しいだろう」
「......なんの話かサッパリですね」
どうにかしてこの場は切り抜けたいな。
この男は少なくとも三人もの魔神の使途を使って勇者を狙った存在だ。
三人の魔神の使途よりも強い可能性はある。
そうであった場合、僕の加減も難しくなる。
そうなればこの学院は漏れなく瓦礫の山と変わるだろう。
そこには関係ない人間の死体で溢れかえっている。それはダメだ。
僕達は悪役だが、悪に悪なりの美学があるんだ。
そういえば、コイツはどうして勇者なんて狙ったんだ?
この学院長と因縁がありそうなのはむしろヨナの方だと思うのに。
「なぜ勇者を狙ったか。君は今そう考えてるんじゃないか?」
まるでこちらの考えを見透かすように僕を見てくる。
ずっとどこか余裕があるような笑みを浮かべている。
凄く気に食わない。なにより、朱音達を襲おうとしたのが。
「勇者を狙ったのは単純な理由だよ。
私よりも上からの命令がそうだったから。それだけのことさ。
どうして狙わなければいけなかったかそれは私にもわからない。
だから、君に言えることはない」
ウソを言ったような感じはない。僕の<看破>の魔法も反応していないしな。
となると、学院長は本当にただ命令されて動いていただけってことか。
学院長よりも上の者の命令って言ってたけど、思いつく限りだとアルバートっぽそうだな。
僕がそう考えると学院長は「それよりも」と話題を変えて聞いてきた。
「私が気になるのは君がどうしてヨナ姫様と一緒に行動しているかなんだよね」
やはりそっちの話になったか。
ヨナは入学式の時に言っていた―――学院長が鬼人国を滅ぼした張本人であると。
どうしてそのようなことをしたのかわからないが、おおよそ突然力を与えられて燻っていた野心が目覚めて自分の国にしようとしたところを反撃されたから潰したのだろう。
さすがに安っぽい理由か? いや、魔神の使途になってる連中にロクな人物いないだろう。
「私は鬼人国が滅びゆくその日、祖国のためを思ってずっと戦っていたけどついには滅んでしまってね。
その時にどこかへ逃げているのは分かってたんだけど、誰かが傷つくのを恐れて戦いの技術を学ばなかった姫様が生き残るとは思えなかったんだよね」
「人間誰しも切羽詰まれば意に反して行動すると思いますよ。そこに種族の差はないかと」
「......ふむ、確かに。結局わが身可愛さで死にたくはないもんね。
国や姫のためと命をかけて戦った人達の中で一体どれだけが本当は戦わずに逃げ出したかったか。
考えるだけでも悲しくなってくる」
全く持ってヨナには聞かせられない話だな。
こんな話を聞いたらまず間違いなくブチギレてる。
ヨナは悔やんでいた自分の弱さを、自分の無力さを。
忘れなかった自分を守るために死んでいった人達のことを。
俺もキレそうだがここは落ち着いて対処しなければ。
落ち着いて確実に殺す環境を整えなければ。
「そういえば、どうして僕がヨナと行動しているかって話でいたよね?」
僕は話を戻すためにそう言えば「あ、そうそう聞きたかった」とまるで自分の言ったことを気にしてないように反応した。
何がそうそうだか。どうせ俺達の行動を把握してるくせに。
だがまぁいい、どこまで知ってるか聞いてみよう。
「言わなくても知ってるんじゃないですか?」
「いや~、残念ながら知ってるのは帝国からなんだよね。だから、出来れば知りたいんだ」
「どうってことのない話ですよ。戦闘能力が無くて死にかけた時に助けてもらっただけです」
「さすがお人好しの姫様なことで」
聞いた割にはとても興味が無さそうだ返答だ。
しかし、魔神の使途であるリレーネを使ってヨナを捕まえたことには何か意味があるはず。
もうどうせ敵対者と認定されてることだし直接聞いてみるか。
「それじゃ、今度は僕の方から聞きたいんですけど―――ヨナを捕まえて何をする気だったんですか?」
「それは教えられないな。君に言う筋合いもないしね。それともそれを言ったら君は私を止めるのかい?」
「残念ながら、聞かなくても止めますけどね」
僕がそう言ってみせると学院長は笑い始めた。
まるで僕がバカなことを言ったかのように。
そして、不敵な笑みを向けると学院長は提案をして来た。
「面白い! では、一体どうやって止めるのかな?
私は現在この学院にいる全ての教員と生徒を人質にとっているようなものなんだよ?
君には到底この学院の全ての人物を意のままに操る力があるとは思えないんだが」
その言葉に僕は不敵に笑って立ち上がる。
「ありますよ。どうやら僕の力を低く見ているみたいですね」
僕は両開きのドアに向かって歩いていくとドアノブに手をかけていく。
「では、せいぜい足掻いてみてください。それから、一つ忠告しておきます。女性は怒らせると怖いですよ」
*****
リツが学院長室を出て行ったあと、アルドークは思わず大きな息を吐いた。
まるでこの部屋が空気が薄くて息苦しかったように。
「全く、そんな役割に回されたものだ。明らかに相手にして面倒そうなあの男を挑発して何になるっていうのか......ハァ、我が主の直属配下の考えは全く持ってわからない。
だがまぁ、それも終えればこの世界に私を止められる者はいなくなるということだ。ククク、アハハハハ!」
アルドークの笑い声は部屋の外まで響き渡った。
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