第133話 地下の怪物
―――聖朱音 視点―――
正面には巨大な上半身だけの化け物アスモデウス。
隣には敵の敵は味方となった仮面の二人組。
いくら味方になろうとも脅威的にはそっちの二人の方が危険。直感がそう囁く。
そのせいかアスモデウスに対しても酷く臆していない。少しおかしいかもだけど。
「僕達が隙を作る。その間に叩け。行くぞ、クモ」
「あぁ、キツネ」
バンッと音を立てた時にはすでに真横には二人の姿は無く、猛烈な風が横から吹いてくる。
いくらしっかりと見ていなかったとはいえ、目の端でもその動き出しを見ることは出来なかった。
速さの次元が違う。このことにはケンちゃん達三人も同じ感想をもった顔をしている。
「グオオオオ!」
アスモデウスから声がしたかと思ってその方向を見れば、アスモデウスのお腹の横の両側から血しぶきが見えている。
恐らく、私達は二人の動きに驚いてる間にその二人は攻撃していたのだろう。
この動きをりっちゃんが......? いや、しっかりしろ、私! 今は目の前に集中。
「行くよ、ケンちゃん。貝塚君とアサヒちゃんも援護よろしく」
「あぁ、任せろ!」「わかった!」「うん、任せて!」
私とケンちゃんは動き出す。それと同時に貝塚君がアスモデウスに向かって<雷撃の矢>を放っていく。
それは私達を追い越し、アスモデウスの目に向かって一直線。
「グゴオォ!」
しかし、それは四本ある腕の左手一本で防がれてしまった。
すぐさまもう二つの腕が右腕が私達に向かって振り下ろされていく。
巨大な拳がドドンッと連続で地面を二回叩いた。
その衝撃は地面を容易くへこませ、叩きつけた周囲には衝撃波と砂埃をまき散らす。
その攻撃を私とケンちゃんはそれぞれ左右に分かれて避けると同時に別々の腕の上に乗ってそのまま顔の方に駆け上がる。
しかし、アスモデウスはそうはさせまいとすぐさま右腕を振るって私達を落とし、空中で無防備になったところを左腕で殴ろうとしてくる。
不味い、このままだと直撃―――
「諦めるな」
「「っ!?」」
その瞬間、空中で不自然なほど体が動いていく。よく見ると背中から糸が伸びていて、その糸の先を持つ蜘蛛の仮面の人がスイングさせながら私達を移動させていた。
蜘蛛の仮面の人はアスモデウスよりも高い位置にいて蜘蛛の巣を足場にしている。そこから私達を助けてくれた。
......待って、あの蜘蛛の巣って四十階層で戦った大型の蜘蛛と似てるし、それにこの糸って糸青君のじゃ?
「さっさと行け」
「きゃっ!」「うぉっ!?」
スイングしてそのまま投げ出された。
眼下にはアスモデウスが見えている。
しかし、このまま落下すれば再びアスモデウスの攻撃範囲に捉えられる。
「朱音!」
「うん、ケンちゃん!」
私とケンちゃんは阿吽の呼吸で私が彼の腕に乗ると彼のスイングに合わせて勢いよく落下した。
私は聖剣に魔力を込めていく。
相手が魔族によって召喚された存在なら私の対魔族特攻の光も十分なダメージを与えられるはず。
しかし、当然相手はそうはさせないと動いていく。
「雁字搦めな光の鎖」
私に向かって振り上げかけた左腕のうちの一本がアサヒちゃんの腕によって拘束された。しかし、左腕はもう一本ある。
私がアスモデウスに接近するタイミングに合わせるように<光の矢>が飛んでくる。貝塚君のものだ。
アスモデウスはその矢を迎撃かと思いきや無視してそのまま私に向かって上空に拳を伸ばす。
なっ!? まさか捨て身で攻撃に来るなんて!
左腕はアサヒちゃんが拘束していて、先ほどから全く攻撃が来ない右腕二本はいつの間にか蜘蛛の仮面の人が拘束している。
後はこの腕さえ避ければ......なんだけど、デカいから避けれない。
「援護は任せろ」
「っ!」
狐の仮面の人が私にそう一声かけて私よりも早くアスモデウスに接近していくとその人が向かったのは貝塚君が放った高速の<光の矢>だった。
その人はアスモデウスの腕に直撃する寸前だった矢を素手で掴むとそのまま横に回転をかけて矢の軌道を無理やり曲げていく。
は? この人、何やってるの!? 人の魔法を......それも勇者の魔法を掴んで軌道を捻じ曲げた!?
その仮面の人はそのまま何度か回転するとアスモデウスの腕の場所から横にズレ、顔の真正面に出た。
そして、その捻じ曲げた軌道をさらに力任せにぶん投げる。
それはアスモデウスの左目を穿った。
「グアアア!」
その痛みにアスモデウスも思わず私に向けていた左腕を左目へと動かしていく。
明らかに出来た巨大な隙。そこを逃す手はない。いっけー!
「断頭巨光剣」
聖剣に神聖なる光を纏わせて十メートルもの巨大な剣に変えるとそれを思いっきり振るって右肩から袈裟斬りに振り下ろす。
剣はアスモデウスの強靭な肉体を切り裂いたが鎖骨辺りで停止した。
アスモデウスが二本の左腕で私の剣を受け止めたからだ。
そして、アスモデウスは大きく息を吸い込むと咆哮を上げた。
「グオオオオォォォォ!」
その声は衝撃波で私の体を拭き飛ばし、そのまま反対側の壁にめり込むほどの勢いで叩きつけた。
がはっ! 全身が痛い。たった一撃で私の体力の半分は持っていった。
咆哮だけでこの威力......もし先ほどの左腕の拳が当たってたら今頃......。
軽く体を起こす。先程の咆哮をくらったのは私、ケンちゃん、貝塚君、アサヒちゃんの四人だけ。つまり勇者の四人だけ。
それに対し、仮面の二人は第二形態に入ったような禍々しいオーラと武装をしたアスモデウスと戦っていた。
先程の咆哮に対して何の影響も受けてない? そんなことってある?
やっぱり敵にしないのは正解だった。
今見えてる脅威の中でやはり一番はあの二人。
だからかな、味方のうちはとても心強い。
私は軋む体を動かして地面に降り立つ。
吹き飛ばされた三人も集まってきた。
そこへ二人の仮面の人も近づいてくる。
「まだ行けるか?」
「うん、大丈夫」
「......なら、もう一度行くぞ。僕達が隙を作る。トドメは君が刺せ。他は死ぬ気で道をあけろ」
それだけ言うと二人の仮面の人は思いっきり走っていった。
私は呼吸を整えて三人に指示を出していく。
「ケンちゃんは私にいつも通りついてきて。それから、貝塚君は威力重視の矢を出来るだけ速射で。
アサヒちゃんは回復メインで。余裕が出来たら支援して」
「わかった」
「うん、やってみる」
「わかりました。では、まずは継続回復の魔法を―――治癒の繭」
アサヒちゃんが空間全体に魔法をかけてくれたことで私達のダメージが少しづつ回復し始めた。
私はケンちゃんに目線を送るとコクリと頷くので阿吽の呼吸で走り出す。
私が接近してきたことに気付くとアスモデウスは四本の腕を一斉に叩きつけてきた。
何度も何度も地面を殴り、そのたびに大地がトランポリンのように跳ねていく。
「邪魔」
狐の仮面の人がどこにも隙も無いような攻撃を避けてあっという間に懐に潜り、お腹に向かって蹴りを一発。それによって、アスモデウスの動きが止まる。
私とケンちゃんは変わらず前進していくとアスモデウスはすぐさま一つの拳を向けてきた。
「くらえ! 最大火力の不死鳥の矢だ!」
私達の背後から巨大な鳥を模した炎の矢が迫り追い抜き、正面の拳に直撃して吹き飛ばした。
しかし、すぐさま次が来る。それに対しては、ケンちゃんが前に出た。
「巨山砕き!」
アスモデウスの巨大な拳とケンちゃんの大きな拳がぶつかり合い、ケンちゃんが競り勝って拳を砕き、その勢いのまま腕を吹き飛ばす。残り腕二本。
もう一つの腕は指先を黒いオーラで刃のように変えてプレスするように掌を叩きつけてくる。
「そこは俺のテリトリーだ。鋼糸<斬止>」
瞬間、私の目の前で突然手がバラバラになっていった。
アスモデウスの血で気づいたけど、目を凝らしても見えるか見えないかの細さの糸が私の上に張り巡らされていた。もし、上に跳んでいたらと思うと......うぅ、考えたくない。
「そこからは安全だ。行け」
「うん」
蜘蛛の仮面の人の言葉を聞いて私は思いっきり跳躍していく。
正面にはアスモデウスの顔がある。
今度こそ止められないようにさらに魔力を込めて。
最後の腕がやってくる。しかし、焦ることはない。
どうせ助かる。そう思うほどには巨大な安心感がある。
――――ドドドドドドンッ!
突如としてアスモデウスの最後の腕が連続で爆ぜた。
誰かが何かをしたかはわからない。だけど、知っている。
これは恐らく狐の仮面の人の不可視の魔法攻撃だ。
もう邪魔する腕は無い。決める!
私は聖剣をの光の刀身を十五メートルまでに延ばすとそれを大きく横に振り被った。
すると、アスモデウスは口を大きく開けてそこに闇の球体を集めていく。
まるでここまで私が来ることを予測していたみたいに奥の手残してた!
「うらあああああ!」
私はすぐさま剣を横に動かしていくが、その剣がアスモデウスの首筋に届く残り一秒で相手の方が先に準備が出来てしまった。
正面の闇の球体が膨張して―――来る!?
「っ!?」
しかし、なぜか来ると思った攻撃は来なかった。
その時、私は知らなかった。
アスモデウスの目に映ってるのが私ではなく、その背後にいる本物の化け物であったことを。
訳が分からないけど出来たその一秒。
それは正しく運命を変える刹那の時間!
私は勢いよく剣を横に振っていく。
その剣はアスモデウスの首に斬りこみを入れ、そのまま横にスッと動いていった。
―――ザンッ!
剣を横に振り切った時にはアスモデウスの頭が空中を舞っていた。
その時の敵の表情は酷く怯えた顔だった。
仕方ない、死の瞬間は誰しも怯えるものだろうし。
「かはっ!」
フルパワーで剣を振るったから反動で動けない。
ただでさえ体がボロボロな状態ではなったから一人で動けるようになるまでだいぶ時間がかかりそうだな~。
「よっと、大丈夫か。朱音?」
「うん、大丈夫」
ケンちゃんが受け止めてくれた。ふぅ、一仕事終えた後のご褒美タイムかな?
ふと横を見てみれば倒したアスモデウスは魔法陣とともに跡形もなく消えていった。
結局、あれは本当に魔族の仕業なのだろうか?
「よし、これで僕達の仕事も終わりかな」
その声にハッとする。そうだ、厳密には脅威はまだ去っていない。まだこの二人の仮面がいる。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




