第131話 バッドタイミング
―――聖朱音 視点―――
やや明るい洞窟の中を私とケンちゃん、それから同じクラスメイトの貝塚君とアサヒちゃん。
二人はそれぞれ弓兵と回復術士に適性を持っていて勇者の私に課せられたノルマのために協力してくれている。
「前回は様子見で途中まででやめたってことだったけど、今回はいけるところまで行くんだろ?」
ケンちゃんの質問に私はコクリと頷くと答える。
「そうだよ。もちろん、帰るための余力も考えてだけど。
でも、ノルマがかなり厄介だから進める所までの地下把握はしておきたい」
そんな言葉を聞いて貝塚君が聞かされたノルマのことを思い出したのか呆れたような声で言っていく。
「ハァ、にしても前の勇者が何したかしらんけどさ。
その勇者に倣って一般人が到達出来た五十五階層まで最低でも行けって.......人をなんだと思ってるのか」
「加えてこれほどの少人数ですからね。数で押されたらひとたまりもありません。今のところその心配はありませんが」
貝塚君の言葉を受けてアサヒちゃんも憂うようなことを言った。まぁ、私も思うことはなくはない。
でも、この道が早く皆をもとの世界に返してあげれる近道なのだとしたら私は必ずやり遂げる。
「魔物が複数こっちに来る。戦闘準備」
貝塚君の指示にすぐさま私達は反応して構える。そして、正面からムカデやらゴブリンやらが複数でやってくると前衛の私とケンちゃんがまずは突っ込んでいく。
リューズ先生のもとで剣の指導を受けたからか大抵の攻撃が遅すぎる。
そのためかえって反応しづらいけど、当たることはなくすぐさま隙だらけな部分に刃を立てていく。
まだ敵とのレベル差に開きがあるせいか一撃で屠れる。
これだけレベルが上がったのもリューズ先生のおかげ。
とはいえ、あの人を基準にすると色々とバグりそうだから嫌だけど。
前方から来る魔物を右に避けて攻撃を躱しながらカウンター気味に攻撃を与えて次の魔物へ、受け止めて弾き斬って、しゃがんで躱して斬って、受け流して斬ってと続けていけばあっという間に魔物は溶けていく。
そんな私の処理速度に追いつくようにケンちゃんが超インファイトで敵を殴り倒して沈めていく。
まぁ、“倒して”なんて言ったけど、相手の防御力を上回ってるのか爆散しちゃってるんだよね。
全ての魔物を倒し終えるとケンちゃんはふぅーと一息吐いて私に声をかけてきた。
「相変わらず早いな。もうリューズ先生相手に十分戦えるんじゃないか?」
「リューズ先生が私に攻撃の主導権を与えてくれればね。というか、今の私じゃまだあの人の五割すら引き出せないと思うよ」
「そうなのか。ま、あの人頭おかしいもんな」
そんな雑談をしてると貝塚君とアサヒちゃんが私達の方へ近づいて来る。その顔は呆れ顔だった。
「頭おかしい人の一番弟子は伊達じゃないな。僕達の出番が全くなかった。真面目に突っ立ってるだけ」
「お二人はケガもしませんしね。そのせいか私の存在意義があるのかという......あ、もちろん怪我しないのが一番なんですが」
その二人の言葉にケンちゃんは「そっか?」と首を傾げながらもすぐに返した。
「それはまだ二十五階層だからだろ。それに俺達が教わってきた相手は人類最強って呼ばれてる人なんだぜ?
正直、あの人を超えるか並ぶかぐらいしないと俺達はまず負けることはない」
その言葉に貝塚君もアサヒちゃんも「それもそうだな」みたいな反応をして再び歩き始めた。
その後も攻略は順調で、時折道に迷ったり魔物ハウスに入ってしまうこともあったけど、大した支障はなくあっという間に四十階層まで到達してしまった。
その階層ではネルドフ大迷宮によって生み出される大型の魔物―――所謂階層ボスみたいな相手で敵は大型の蜘蛛で、粘着性があるくせに触れれば酸性の糸で溶かされるとかよくわからない構造の蜘蛛糸に苦戦させられたけど、数十分の戦闘の末勝利した。だけど、さすがに疲れた。
私だけじゃなく、全員がその場で尻もちをついていく。
ボスエリアの場所はボスさえ倒してしまえば安全地帯になるので落ち着いて休めるのだ。
それにしてもあの蜘蛛の戦闘能力はなんだったのか。
まるで人と戦ってるみたいにこっちの動きを全体把握しながら攻めてくるからやりづらいったらなかった。
「なんだか、ここの階層ボスだけレベルが違かったな」
「あの大型の蜘蛛が避けに徹して遠距離攻撃で攻め続けてくるのに加え、その蜘蛛から小蜘蛛が一斉に生み出された時の光景は別の意味で恐怖したしな」
ケンちゃんの言葉に貝塚君が反応して答える。そして、アサヒちゃんはその時の光景を思い出してか両腕を抱えてちっちゃくなっていく。
気持ちはわかる。私も思い出しただけでゾワゾワ来るもん。思わず悍ましさに叫んだし。
「とはいえ、なんだかんだであっという間に来ちゃったね。ノルマ的にはここから後五階層」
「そうですね。日数的に余裕ありますしここで戻っても大丈夫ですがどうしますか?」
アサヒちゃんが私に聞いてくる。視線は彼女だけではなく、ケンちゃんも貝塚君も私の回答を求めている。
正直、私的にはまだまだ余力があるからこのまま進んでも問題ない。
早くクリアしたなら余った時間で修行に当てればいいだけだし。
でも、それはあくまで私の意見。他の皆がどう思ってるのかが重要。
「私的にはどうせならこのまま進みたい。三人はどう?」
「俺は大丈夫だ。まだ行ける」
「僕もここに来るまでの道中はほとんどキャリーだったからね。
あの蜘蛛に苦戦させられたとはいえ、もう少し休憩すれば問題なく進める」
「わたくしも同じ意見です。それにわたくしなんかは特にこれといった仕事は無かったですし」
「わかった。なら、少し雑談した後にでも行こうか―――ん?」
私達の話がまとまった途端、この空間全体が小刻みに震えて天井からはパラパラと砂埃が降ってくる。
それはまるでここではないどこかで起きた衝撃がここまで伝わってきたみたいに。
この振動は私達がいる場所よりも下の階層で起きたものみたい。
地面につけている手から不規則に振動が伝わってくる。この下に何かいる。
「なんかヤバそうな振動してない?」
「だな。さっきの蜘蛛だってこれほどまでの振動を与えるような攻撃はしてこなかった」
「ここを一旦離れた方がいいかもしれません!」
「そうだね。急いでここを離れて―――」
―――ゴオオオオォォォォン!
直後、私の背後でこの空間の中央付近からいくつもの階層を貫いてきたであろう巨大なレーザーが出現した。
そのレーザーはさらに上へと向かって伸びている。
突然現れた空間全体を照らすような眩い光と火傷しそうな熱気に私達はただ茫然とその場に座りつくして理解不能な光景に見ているだけしか出来なかった。なに、これ?
そのレーザーは数秒間続くと次第にその規模を小さくしていって最後には消えてなくなった。
残ったのは中央にぽっかりと開いた直径十メートルほどの穴。
その穴の付近は断面がレーザーの熱で溶けていて未だに白い煙が漂っている。
私は全員に目配せしてコクリと頷いたのを確認すると立ち上がって全員でその穴を見に行った。
余熱の熱さに耐えながら下を覗き込むとかなり下の層からレーザーが伸びてきたことが分かり、奥に行くほど薄暗くなってよく見えない。
―――バキッ
「え?」
頑丈そうな床が中央の穴から伸びるようにしてヒビが入った。
そのヒビはあっという間に空間全体に広まってそのままバコンッ! と砕け散っていく。
私達は一瞬にして浮遊感に襲われた。
体は真下へと落ちて行き、正面に見える天井が手を伸ばすたびに届かない距離へと伸びていく。
「「きゃあああああ!」」「「うわあああああ!」
****
―――七十五階層
やってくれた。目の前にいるランドルって野郎、上の階層に向かってレーザーぶっ放しやがった。
魔神の使いが放つレーザーだ。普通の人間の力を超えた数千人をあっという間に殺せる力。
「お前、何の真似だ」
「何の真似って? ただの運試しだ。この上の階層のどこかには勇者がいる。その気配を察知したから殺す気で撃った。それだけだ」
僕の目の前にいるランドルは満身創痍の体で言ってのける。
相手がそんなにボロボロなのは僕と殺りあった結果だ。
僕もだいぶ苦戦したけどボロボロってほどじゃない。
そんなランドルにはもう一人ザンザって男がいたがそっちは蓮に任せてる。
チラッと様子を見ていたがあっちでも善戦していたようでまず間違いなく勝てるだろう―――このままであれば、だけど。
「まさかお前達の狙いが勇者だったとはな。てっきりうろちょろしてろ僕達だと思ってたのに」
「勇者って存在は我が主を再び眠りにつかせるほどの力があるほどだからな。
ここで消しておくはずだったが......まさかそれよりも厄介な存在がいるとはな。
突然消息を絶ったリレーネを殺ったのもお前だろ?」
「別に殺してないよ。そう簡単に殺さない」
そう言うとランドルはなぜか余裕そうな笑みを浮かべてザンザの名を呼んだ。
ザンザは蓮のもとから引くとランドルの横に並び同時に地面に両手をつけていく。
「これは対勇者用のものだったが仕方ねぇ。お前達の方が厄介だもんな!」
「させるか!」
僕は咄嗟にランドルの真下に転移魔法陣を設置していくが、それはなぜか弾かれた。おかしい、さっきまで効いていたはずなのに。
そんな僕の様子を見てランドルは不敵な笑みを浮かべて言った。
「これは我が主の使い魔の一体だ。お前達のようなチンケな魔力なんざ屁でもねぇんだよ。行くぞ、ザンザ」
「あぁ、全てを捧げる」
そして、二人は同時に言った。
「「出でよ―――アスモデウス!」
瞬間、ランドルとザンザの体は急激に枯れ枝のように変化した。
まるで二人の生命力を吸い尽くしたように。
二人は死んだように倒れていく。いや、死んだのだろう。
その直後に二人の後ろに巨大な魔法陣が出てきてそこから異形の角を生やした人型の獣が現れた。
腕は四本あり、ヤギが肉食獣になったような顔つきをした上半身までで二十メートルを超える化け物。
というか、こいつの体......上半身しか出てない?
「うわあああああ!」「きゃあああああ!」
「っ!」
目の前の存在に注意しすぎて突然聞こえてきた声に驚いてしまった。
背後では瓦礫と一緒に人が落ちてきたのが一瞬見えた。今は砂煙でもう見えないけど。
魔力で確認してみれば数は四人。全員生きてるみたいだ。
僕と蓮は一応仮面をつけてるから見てバレることはないだろうけど一体誰―――!?
「おい、貝塚! 大丈夫か?」
「あ、あぁ、うん、死ぬかと思ったけど」
「アサヒちゃんは?」
「わたくしも大丈夫です。それよりもここは―――あれは一体!?」
ハハッ、最悪。まさかここで勇者達に遭遇するとか。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




