第129話 偽物
「ま、罪と言っても濡れ衣だからリツさんが悪いわけではないらしいですけど」
「うん、そうだよ。むしろ、りっちゃん達は被害者なんだから」
和やかに会話が続いていく。しかし、この状況が僕にとってはとても耐えがたかった。
隣にいる「何か」について早く対処したかったからだ。
しかし、こんな周りに目がある場所で動くわけにはいかない。今は耐えろ。
そして、朱音と拳矢が食事を終えて先に席を外したのを見て隣に声をかけていく。
「少し僕に付き合え。それぐらいの時間はあるだろ?」
「いいですよ。ネズミさん」
食事を終えて外に出ると近くの森の方へと移動していく。
月明かりが正体を暴くように辺りを照らし、その光に当てられた「何か」に僕は話しかけた。
「それで? ヨナの姿でわざわざ僕の前に現れた理由は?」
その質問に対し、目の前の「何か」は僕の言葉に答えることなくまず自己紹介を始めた。
「まずはお互いのことを知るのが礼儀じゃない? ということで、私の名前はリレーネ。とある用件で動いてるただの人間よ―――半分はね」
「......」
「あなたに接触したのは有名なあなたを一目見たくなったから。
もちろん、有名といっても邪魔ばかりして悪目立ちしてる敵って感じだけどね。
そんでもって、この格好はもうわかってると思うけど警告よ」
「警告?」
「えぇ、これから私達がすることに対して邪魔すれば今変身しているヨナって子がどうなるか......言わなくてもわかるわよね?」
どういうことだ? ヨナは単なる人質でこいつらの画策していることに関係ないのか? いや、その言葉を素直に受け取るのもおかしいか。
今の言葉で保証しているのは僕が相手の邪魔をしない間でヨナが生きているということだけ。
あの学院長とヨナとの間で大きな溝があるのはすでに知っている。なら、リレーネの用件が済んだ後にはヨナが生きている保証はない。
ま、そもそも僕が魔神の使途相手に容赦するはずないんだけどね。信じる価値が皆無。ということで、仕掛けさせてもらおう。
僕は大きく身振り手振りをしながらリレーネに返答していく。
「それにしても、随分な変装技術だよ。声や姿、魔力まで同じだなんて。思わずドキッとしてしまった僕がバカみたいだ」
「ふふっ、それは嬉しいわね。アルバート様は警戒してことを進めるように言ってたけれど、所詮は人間ってことなのかしらね。
それじゃ、私はそろそろ失礼させてもらうわ。せいぜい指をくわえて見てなさい」
リレーネは余裕な態度を見せるように僕に背を向けるとそのまま寮の方へと戻ろうとした。
だけど、そんなことはもう出来ない。なぜなら、もうここはとっくに蜘蛛の巣の中だから。
―――シュン
「え?」
リレーネが驚く。なぜなら、木々の間を抜けていったはずなのになぜか正面に僕がいるのだから。
僕はすかさず彼女の首を鷲掴んで地面へと叩きつけた。同時に<土鎖>で全身を地面と雁字搦めにしていく。
「さすがに舐め過ぎだと思うよ?」
僕がリレーネからゆっくり手を放していくと彼女は困惑と怒りが混じった様子で聞いてきた。
「あなた、私に何をしたの?」
「簡単だよ。こちらに移動させただけ」
僕はすぐそばに<土操作>で程よい高さの椅子を作るとそこに座ってリレーネを見下ろしていく。
そして、続きを話していった。
「僕は転移魔法陣が使えるんだ。その魔法は移動においての距離をゼロにする。ほら、これで捕まった理由がわかっただろ?」
「それは発動者だけが行える移動魔法のはずよ。けれど、私にそんな高等魔法は使えない。待って、それじゃ......あなたは私にその魔法をかけたってこと?」
「微妙に違う。かけたじゃなくて設置しただし、魔法じゃなくて魔法陣。
別に君が使えなかろうが問題ないんだよ。余裕な態度して僕に現れたのが間違いだったね」
そう言うとリレーネはニタリと笑って言い返してきた。
「あなた、私が魔神の使途であることを忘れてない? こんなものアルバート様から分けて貰った力を使えば簡単に破れ―――!?」
リレーネは服越しに左肩を光らせると筋力で拘束を解こうとする。
しかし、彼女が例え大男で全身に張り巡らせるように血管を浮き上がらせるほどの力を出したとて壊れることはない。そんなヤワな魔力は込めていない。
全く拘束が解けないことにさすがのリレーネも焦りが見えてきたのか、僕に別アプローチで説得してきた。
「あなた、私をここで殺すつもりだろうけど、ここで私を殺せば捉えているヨナって子はどうなるかしらね?
私は彼女の魔力を借りてその姿になっているの。つまり今の私は彼女と魔力が連動している。
その場合、片方でも死ねば魔力を閉じ込める器は穴が開いた状態になってあの子も死ぬわよ」
ウソが八割に真実が二割ってところか。ま、最後の方が嘘まみれってのが特にダメだけど。
こう見えても僕は日々自分の魔法陣に関しては改良を加えてるんだよ。
例えば、今使った<看破>の魔法だってそう。
この魔法は嘘が見破れる魔法だけど、嘘が九割であっても真実が一割でも含まれてれば真実とみなされてしまう。つまり使い勝手が悪い魔法なのだ。
だけど、僕の魔法陣の改良によってより細部の言葉で相手の目や手の仕草、声色の変化、呼吸速度などのデータをもとに判断するようになった。
つまり何が言いたいかというと彼女がヨナの魔力を借りてるのは確かだけど、それによってヨナが死ぬことはない。それだけわかれば十分だ。
「そっか、なら後は君の体に直接聞くよ」
「な、何する気よ。触るな!」
「侮ってた君が悪いよ」
僕はリレーネの頭に手を触れると<解析>の魔法を使って彼女の記憶に解析をかけた。
その中から読み取れたのはヨナのいる位置に加え、学院長との何かを企てる内容。へぇ、あの人アルドークって言うんだ。
しかし、さすがに魔神の使途というべきか深部つまりは本人が絶対隠したい秘密に関しては魔力抵抗が高く、詳細な情報が読み取れない。
―――これ以上は面白くないかな
「っ!」
突然脳内にアルバートの顔が現れてそんなことを言ってきた。瞬間、バッとリレーネの頭から手を放してしまう。
な、なんだったんだ今のは......まさか混じっていたアルバートの魔力がまるで意思を持って僕を脅してきたってことか? くっ、ほんと厄介だなあの野郎!
ともかく、これ以上探るのは危険だ。この魔法は僕とリレーネの魔力を混じり合わせる必要がある以上、アルバートの魔力までも流れ込みかねない。現に少しだけ触れてしまったか。
「ま、ヨナの位置がわかっただけでもヨシとするか。にしても、記憶の映像的にネルドフ大迷宮のどこかだな」
そんでもって―――
「この人をどうするかな」
*****
「申し訳あらしまへん!」「本当に済まねぇ!」
僕はソラスさんの娼館の一部屋を借りるとそこに皆を緊急招集した。当然ながらヨナの姿はない。
そして、僕が事情を話せばミクモさんとメイファがすぐさま土下座で謝ってきたのだ。
僕は「顔をあげてくれ」と言って二人の顔が上がった所で本題に入る。
「正直、謝ってもヨナは帰って来ない。だから、二人には結果で示してもらう。
一応、ネルドフ大迷宮のどこかの場所ってのはわかってる。
でも、僕の読み取り精度がまだ甘い可能性もあり、記憶を読み取っても似たような景色が続いてばかりってのもありで具体的な場所はわからない」
そう言うとミクモさんが失敗を取り戻そうと提案してきた。
「なら、ニオイを辿ったら見つけられるかもしれへんわ。であったら、獣人のウチに任して欲しい」
その案に僕は首を横に振って答えた。
「いや、それは難しいと思う。ヨナがいつ捕まえられたってのが定かじゃないし、あの場所は魔物が跋扈する。ニオイもすぐに魔物のニオイで上書きされるだろう」
「それにこの試験制度じゃネルドフ大迷宮の前には必ず教師がいて四人揃ってなきゃ潜れないだろ?
二人はヨナを失ってる以上既にその資格がない」
僕に続いて蓮が言った言葉に対して珍しくミクモさんが感情的に言い返した。
「なら、ウチらはなんでおったらええって言うねん!? まさかこのままただ仲間の帰りを指くわえて待っときって?」
「そうだ。それにこれはずっとヨナのそばに居たアタイ達の責任だ。何もすることがねぇなんて言わないでくれ。罪悪感で潰れそうになる」
ミクモさんとメイファの二人はとても苦しそうな顔をしている。
今二人を支配してる感情はまさにメイファがいった言葉そのものだろう。
そんな二人に薫と康太がそばによってそっと肩に手を置くと「大丈夫」とか「リーダーを信じろ」って声をかけていった。
その救いの手が二人の心にじんわりと伝わったのか今にも浮かべた涙を拭って僕を見る。なんだろうな、この僕の悪役感。これは望んでないな。
「リツ、アタイ達にチャンスをくれ! どんなことでもいい!」
「出来ることやったら全て言うて」
「大丈夫だって。ちゃんと考えてあるから」
僕は二人の気持ちを落ち着かせるとその内容を伝えていった。
*****
ネルドフ大迷宮のどこかの層。そこのとある一室では光の鎖に拘束されて身動きできないヨナの姿があった。
辺りは真っ暗であるが、鬼人族は多少夜目が効くので目の前に広がる巨大な魔法陣が見えていた。
『これってヤバいですよね?』
『ヤバイってもんじゃないわ。一体何を召喚する気なのか定かじゃないけど、込められてる魔力的にこの魔法陣から現れた怪物によってこの迷宮は崩壊する。それどころかこの街も終わるわ』
ヨナは内なる人格のセナと会話していく。
というか、今現状で出来ることがそれしかないとも言うべきか。
それにその魔法陣と同じくらい気になるのがあの壁画。
勇者達らしき存在が剣や杖を向けるその上にある人型をした膜のような中にある白く四角い物体。あれは一体何なのか。
「リツさん、これはもしかしたら大昔の真実に至るための重要な手掛かりかもしれません」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




