第126話 マイラ先生の思惑
図書館の禁書エリアの魔法陣を見た後の翌日、割に徹夜したこといによる疲労と想像以上の難解な魔法陣を見てたまらず机に突っ伏していた。
今いる場所は資料室なので正面にはマイラ先生がいる。
そんな僕を見て彼女は面白がっている様子で見ていて、先ほどから背後でうるさく騒いでいる子供もといリューズ先生は休日に父親に遊びに行こうとせがむ子供のようにやかましい。
僕は<外部視覚>の魔法陣を使用して魔法陣を通して視界を共有するとすぐさまドアに簡易結界をしかけ、さらにリューズ先生の足元に<転移>の魔法陣を作り出した。
「へ?」
直後、リューズ先生はその転移魔法陣によってこの部屋から消えていく。
今頃修練場に飛ばされて突然出現した彼女に他の生徒が興奮した様子で起こったことに関して質問攻めしているだろう。
また、僕は彼女との契約上彼女が僕の正体をバラさない限り適当な手合わせに付き合うことになっている。
というわけで、戦闘狂のリューズ先生が僕という貴重なサンドバッグを逃がすはずもないので生徒達の対応に四苦八苦してるだろうね。ドンマイ。
「あなた、サラッと凄いことするわね」
依然としたまま脱力したように机に突っ伏しているとマイラ先生がそんなことを言ってきた。
サラッと凄い事? さっきの転移魔法陣のこと?
僕は体を起こすとマイラ先生と質問に答えていった。
「別にそうでもないですよ。確かに転移魔法陣は厄介な形の魔法陣してますが、二点以上の魔法陣と魔法を発動させるのに必要な魔力さえあればどうともなりますよ」
「いいえ、そういうことを言ってるんじゃなくて......簡単に言ってくれるけどあの魔法陣を構造を理解しながら描くというのも一苦労なのよ?
加えて、ベテラン冒険者辺りの魔術師が数人がかりの魔力が必要だし。
あなたはそれをたった一人で、しかも転写の能力を使って発動させたのよ?」
「転写は能力じゃないですよ。あれは技術です。
やろうとすれ誰でもできますし、転写の練習をしている過程で脳内の記憶倉庫の方に強く濃く保存されますから、一度でも成功すれば次からは魔法陣の形をその倉庫からスッと取り出せますよ」
「あなたねぇ......なるほどね、これが持つ者と持たざる者の意見の相違って奴ね。勉強になったわ」
マイラ先生は僕の目の前であからさまなため息を吐いていく。
そんなこと言われても、これは僕の努力で得た力ですし。
褒められはされど悪く言われる筋合いはありません。
「正直な話、この場で今すぐあなたを捕えてもなんら差し支えない状況ではあるのよ?
あなたがなんらかの秘密組織の一人であるとかそんなの関係なく」
「そんなに転移魔法陣が使えるってのが厄介なんですか?」
そう聞くとまたまたマイラ先生にため息を吐かれた。今度は頭を抱えた様子で。
「当り前よ。それを持ってると分かった時点でもし持ってる人物が犯罪を犯した場合、あっという間に事件現場から遠く離れた場所に逃げれてしまうじゃない。
それをあなたは“描く”という動作を挟まずに使える。厄介という話でしかないわ」
「とはいえ、僕も連発は出来ないですけどね。魔力の消費激しいし」
「どこに転移魔法陣を連発するアホがいるのよ。
そもそも転移魔法陣は移動用の魔法陣だし、もし仮にそれを連発出来たら私はもうその人物を神と言うわね」
マイラ先生はそっぽ向きながら「そんなに人間辞めたいなら好きにしたらいいわ。まぁ、そもそも魔力が足りないでしょうけどね」と呟いた。なんでかちょっとふてくされてる。
「それに転移魔法陣は異世界召喚魔法陣に一部流用されてるの。
そういう意味でもその魔法陣の構造を理解しているというだけで国からは敵か味方か厳しい目で見られ判断される」
僕はその言葉に驚いていた。僕達を召喚した魔法陣に転移魔法陣が使われている!? それは本当なのか?
本来の召喚魔法陣は契約した物や動物に印をつけて、その印とリンクしたものを呼び出すというもの。
あ、でも、考えてみれば異世界というこの場所とは違う地点の星の住人をこちらに呼び込むというのには明らかに移動用の魔法陣を使う必要がある。
そう考えると召喚魔法陣と転移魔法陣を研究すれば......もとの世界に帰れる?
そんな僕の考えを見透かしたようにマイラ先生は言葉を並べていった。
「その顔......言っておくけど、召喚魔法陣と転移魔法陣を使っても異世界召喚魔法陣には出来ないわよ。
あれには“神の認証”が必要だもの。それが無ければ移動が出来ない。
だから、現時点であなた達がもとの世界に帰れる手段はない」
神、か。この言葉には色々思うことがある。ま、それを調べるための行動が今なんだけど。
マイラ先生は「これが研究者気質ってものなのかしら。私ってこう見えてるのね」と僕を引き合いに自分に対して落ち込んだ様子を見せると話題を変えるように話しかけてきた。
「それで? 肝心の禁書エリアの魔法陣は見てきた?」
そう言いながらマイラ先生がスッと手を出す。え、何か証拠を差し出せってこと? あぁ、カギか。
「このカギはスペアなの。でも、無かったら無かったで大事なのよ。
一日ぐらいなら私の研究に没頭しすぎで返し忘れたっていうおっちょこちょいな行動で誤魔化せるけど二回目は厳しい目で見られるの。物事は信頼で成り立ってるからね」
「そういう意味では僕がこうして“ここにいる”という結果も信頼故ですか?」
「ある意味そうとも言えるかもしれないわね」
禁書エリアの扉の魔法陣で一時撤退してくるのが信頼か。
それはなんだか癪な気がするけど、結果として何も出来ずにここにいるのだから言い返す言葉もない。
「で? 感想は?」
「正直、難解過ぎて吐きそうでした。まるで精密に作られた魔道具のように一つとして不必要な部分はなく、さらに一つの魔法陣が多くの機能も含めているので解除するのは簡単じゃないですね。
加えて、それ以外の方法は例えば壁のぶち壊しとかの場合、魔法陣の保護機能が働いて禁書エリアの守りがより強固になり、同時に侵入者を中に閉じ込めるための学院を包む結界、侵入者がいることを知らせる警報、並びに侵入者を排除する守護者の生成とわかってる範囲だけでもてんこ盛り」
「私もしばらく前にこの学院の偉大なる先代学院長達が時間をかけて作ったというその魔法陣を見たけど......なんというか、例え生徒を犠牲にしようとも禁書エリアだけは守るみたいな強い意志を感じたわよね。あの奥には一体何があるのやら」
一見他人事のようにふるまっているが先ほどから読んでいた本のページが進んでなかったり、耳に髪をかける動作が増えたりとこの話を気にしてるのがよくわかる。
もちろん、話に集中してるせいでそういう動作が出来なくなっているという可能性は否定できないけど、マイラ先生がそういったマルチタスクに対して不器用な人間とは思えない。
ということは、この言葉の奥に先生の真意が隠れているとみるべきか。
「まさか何か隠してないですよね?」
「私が? 当てずっぽうで疑うのは良くないわよ。せめて推論でも立ててくれなければ」
「推論ですか......」
ふむ、少し考えてみよう。マイラ先生がわざわざ禁書エリアの魔法陣を見せた理由を。
そもそも僕のような得体の知れない存在を禁書エリアに向かわせるという行動自体おかしい。
いくら魔法陣が強固であろうとも人が作ったものであるなら解けるはず。
それに先生という立場である以上学院側の味方であり、どんな人物であろうと学院長の許可もなく禁書エリアに向かわせるなんて学院側の信頼に対しての裏切りも同じだ。
それまでして僕に見せたということは僕ならあの魔法陣を解ける可能性があるからってことか?
発想を逆転させれば、マイラ先生からすれば僕がその魔法陣を解除することに対してメリットがあるってことか。
なら、そのメリットとは何だろうか?
これについてはもう検討がついてる。あの魔法陣のあった扉の奥の内容だ。
マイラ先生は長年魔法に関する研究を行ってきたという。となれば、魔法に関しては重度のマニアなのかもしれない。
そんな先生が禁書エリアという人類に秘匿するべき内容が含まれているであろう場所を気にしないのはおかしい。なるほど、答えが見えてきた。
「マイラ先生、僕が禁書エリアの魔法陣を解けると見込んで見てくるよう促したんですね?」
その言葉に紅茶を飲んでいたマイラ先生はピクッと反応した。そして、静かにカップを置くと聞いてくる。
「理由を聞かせてくれる?」
「マイラ先生は魔法マニアだ。恐らくこの世にある魔法の多くを調べたいとかそんな欲求があるのでしょう。
となれば、禁書エリアなんていう言葉で飾られた場所なんてさぞかし魅力的でしょう」
マイラ先生は何も答えず耳を傾けている。
普段が柔らかい印象な分、真面目な表情をすると迫力があるな。
「しかし、問題は自分の立場と禁書エリアのあの魔法陣。
冒険者として世界的に有名な地位に上り詰めたマイラ先生であっても禁書エリアは解放されず、見せてもらったのはあの百個近くある魔法陣の扉だけ。
つまりマイラ先生ほどの知名度であっても見ることは出来ず、立場上思い切った行動は出来ない。
加えて、あの魔法陣に関しては自分の理解できる範疇に収まり切らなかった。だから、諦めるしかなかった―――今までは」
「......続きを」
「そんなの時、魔法陣に関して詳しい僕という存在が現れた。
自慢じゃないですが、僕はそこら辺の人よりは魔法陣に関して深い知識を得ています。
そして、その知識理解はマイラ先生の理解を上回っていた。
しばらく前から僕に対して魔法陣に関する話をしてたのは理解度を測るためのものだったんですね。
その結果、マイラ先生の基準に合格した僕に対して先生はリスクを冒してまで禁書エリアを見せた」
その賭けが成功すると踏んでいたから。
マイラ先生が賭けたのは僕が禁書エリアの魔法陣を見てくることじゃない。
図書館に入れるという賭けだ。
「僕は図書館に入る前に魔法陣を解きました。あれがマイラ先生にとって一番重要だった。
一度入れればバレなければ次からも入れるということですからね。
そこからは後はノーリスクの待ちの体勢で時が来るのを待てばいいです。
僕が禁書エリアを解けても解けなくてもマイラ先生にはまるでリスクが無いですから」
マイラ先生は静かに目を閉じた。その様子を見ながら僕は言葉を続ける。
「僕が失敗した場合、僕は学院にとってのお尋ね者となるだけ。
成功したなら、僕を捕えるという口実に禁書エリアに侵入して中の書物を拝見する。
本当によく利用してくれましたね。それも僕にも徳がある方法で」
僕の説明を聞いたマイラ先生はそっとため息を吐くと柔らかい笑みで答えた。
「完敗よ」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




