第124話 とある学園の一日
リューズ先生との戦いから早くも数日が経った。
相変わらず黒服であるために白服からの視線は辛いが、学園内の空気感にも慣れてきてこの学校の大体の脳内マップも出来てきた。そろそろ動き出しますかな。
とはいえ―――
「―――で、ここの魔法構築における第一次魔術方程式は収束と拡散を意味しており、これによって風魔法は同時に行使した魔法の効果を帯びて複合魔法となるわけです」
現在、魔法構築論の授業を受けているが、かなりさっぱしである。
ずっと独学で勉強してきて頑張って受験勉強してきたからついて行けないことは無いが、本来魔法構築について教えてもらう聖王国から逃げ出してしまったためにかなり苦戦を強いられてる。
というか、スキルで使ってるから原理もクソもないんだよなぁ~。
それは僕だけじゃなく、蓮、康太、薫も同じであった。
この中では一番魔法陣と関わりが深い僕の方が理解度で言えば上。
とはいえ、どんぐりの背比べってやつだけど。
教壇で話している先生が黒服の一人を指さして問題について解かせていく。
しかし、その指名された少年はわからないようで立ちはしたものの答える様子はない。
その姿に前列にいる白服達が笑っていく。小馬鹿にしたような笑いだ。どうしてあんなものもわからないのか、と。
先生がため息を吐きながらその少年を座らせると次は白服の一人を指名していく。すると、その少女はすぐに答えた。
その後聞こえてくるのは先ほどの少年を引き合いに黒服全体をバカにしたようなコソコソ話。嫌ね、どの世界もこういう所は変わらないんだから。
「あの先生もこうなることが分かっていて指名しただろうな」
「だろうね。推測するに“白服に答えられる基礎的な問題なんだから黒服であっても答えられるはずでしょ”ということだと思う」
蓮と康太が隣でそんなことを話している。正直、僕はそれ以上だと思うけど。
そもそもこの授業体系自体がおかしいと思う。
学力の程度がハッキリしていて黒服と白服に分けたとしたらその二つを一緒の授業に受けさせるところとか。
それに白服が前列に座って黒服が後列に座ってる辺りが特に印象深い。黒服はまるでおまけだな。
―――授業終了
僕達四人が廊下を歩いていると背後から「おい」と名も顔も知らない白服三人組に話しかけられた。
真ん中は生意気そうな顔してる奴で、右は太っちょ、左はのっぽと如何にもトリオみたいな組み合わせだな。
「何か用でしょうか?」
そう聞くと生意気君が答えてくれた。
「お前らだろ? 勇者達から出たっていう落ちこぼれってのは。
黒の制服を着ている時点で確認する必要もないがな。なんせこの学院が認めたってことなんだから」
そう言った生意気君に続いて太っちょとのっぽが釣られて笑っていく。
おっと、冗談は顔だけにして欲しかったがテンプレのように口まで悪い。
しかしまぁ、そりゃ黒服なのは当然でしょう。あえてそうなるようにしたんだから。
と、いうことをいちいちこの三人に説明してやる必要も無いな。というか、わざわざ俺達に絡んできてこいつらも暇なのか?
「だが、俺は優しい人間だからな。そんなお前達に俺達が直々に魔法を教えてやろうってんだ。感謝しろよ」
何、勝手に決定事項にしてるのか。それって体のいいサンドバッグが欲しいだけだろ。
加えて、勇者と話す際のコネが欲しい。その二つからしたら俺たちほどピッタリな存在はいない。
周りの注目が集まり始めた。つまり周りの生徒は無意識の目撃者となるわけだ。
これが表してるのはお前らに選択肢なんてないぞってところだろ。だが、断る!
「ごめんなさい、僕達にはまだ授業があるので」
僕が頭を下げようとしたら先に薫が頭を下げた。その状態からチラッと視線が合う。
ここは任せてって感じだった。リーダーである僕に頭を下げさせるつもりはないらしい。
その反応に生意気君達は逆上するが途端にお腹を押さえて顔を青ざめさせていく。
こちらにも聞こえるほど大きくギュルギュルとお腹が鳴っている。おっと、これは。
「き、急にお腹の様子が......これで終わりだと思うなよ!」
急に小物臭する捨て台詞を吐くと早歩きで去ってしまった。
あーあるある、便意が酷い時走ったら不味いよね。でも、急ぎたいって感じで早歩き。
「今のって薫がやったのか?」
蓮が薫に聞いてみれば彼はコクリと頷いて答えた。
「うん、今のは匂いを嗅ぐと卒倒するバッタリユリのニオイを頭を下げると同時にその動きでニオイを送ったんだ。
もちろん、効果は十分に薄めてあるからせいぜいお腹を下したぐらいかな」
「それが魔法じゃなくて植物の効果ってんだから余計に質が悪いよね。魔法だったら何されてるのか感知できるのに」
康太の言う通り魔法ではなくニオイの感知となるとかなり魔法陣でも制限がかかる。
というか、ニオイをピンポイントで探知するって魔法陣は無いし。
だから、無臭の毒とかばら撒かれてる状態だったら僕でも危ないかな。
僕達は薫を褒めながら再び歩き出した。
そんな僕達の称賛の声に彼は恥ずかしそうにしながらも「ありがとう」と笑って答えた。
―――放課後
授業が終わっても僕にまだ終わりは来ない。
なぜなら、これから向かう場所は僕の天敵であるリューズ先生とマイラ先生がいる資料室なのだから。
その憂鬱さにため息が漏れる。行きたくない。けど、行かなければ取引をした意味がなくなってしまう。はぁ、嫌だなぁ。
僕は何度目かのため息を吐くと資料室に辿り着きドアをノックしていく。
すると、中からマイラ先生の声が聞こえてきて「どうぞ」と入る許可をくれた。お、もしかして今日はリューズ先生はいない感じ?
僕が中に入るとリューズ先生は見当たらない。
相変わらず積み上げた本に囲まれて本を読んでいるマイラ先生の姿があるだけだ。
「リューズ先生はいないんですか?」
「あら? もしかしていつもの抱きつきアタックが無くて寂しくなっちゃった?」
抱きつきアタックとは僕が部屋のドアを開けるたびにまるでご主人を迎える愛犬のようにタックルをしてくるリューズ先生の動きのことである。もちろん、毎回避けているが。
僕は「まさかいなくてラッキーですよ」と返していくとドアを閉めてマイラ先生の向かい側に座っていく。
彼女に指定されてここに座らされてるのだ。恐らく僕の監視の意味合いもあるのだろう。
「で、今日はどんなことを聞きたいんです? 正直言いますけど、僕は魔法陣構築論ぐらいしかまともに話せないですからね」
「大丈夫よ、私が求めてるのはまさにそこだから。
というより、魔法自体が“魔法陣を生み出す”って感じなのだからそもそも他の魔法を受けた所で微妙よね? 特にあなた達四人はそれぞれ個性的な魔法だし」
「あなた達四人」か。当然ながら僕達については調べがついてるか。
ま、マイラ先生が僕達を召喚した聖王国の勇者指南役としている時点で分かってはいたけど。
「それじゃ、今日はこのラルク=ドーマンの簡易魔法陣構図についての話をして欲しいわ。もちろん、あなたの見解で構わない」
「僕の一個人の話ならいくらでも。それじゃ、まずこの簡易魔法陣図形ですが―――」
マイラ先生とこういう話をし始めてから数日経つが、未だに先生が直接僕の戦闘スタイルである魔法陣転写について聞いてくることはない。
魔法に詳しい先生のことだからある程度の予想は出来てるだろうけど、取引が成立した以上すぐに聞いてくると思ってた。かなりの魔法マニアっぽいし。
しかし、未だにそんなことはない。ずっと魔法陣に関する文書のいわゆる構築論やら公式やらの僕の意見ばかりを聞いてくるのだ。
これが何を意味してるか分からないが特に魔法や魔道具を使用してる様子はないのでとりあえず答えていく。もしかして、僕の魔法陣に対する姿勢を測っているのか?
僕が意見を述べるとマイラ先生は「なるほどね」と言って頷くばかり。
まるで本当に魔法陣に詳しい人とそれについて話したかった人ってだけの感じだ。
僕はそんな先生の様子を見ながら思い切って聞いてみることにした。
「マイラ先生は僕の戦闘スタイルについてお尋ねしないんですか?
前回リューズ先生との立ち合いを見た後にすぐに聞かれると思ってましたけどそういう行動は未だに見せませんし」
その言葉を聞いたマイラ先生は椅子に寄りかかるとを腕を組んで答えれくれた。
「あなたもわかってるでしょうけど、私は魔法というジャンルにおいてそれ一本で人生を作ってきた人間よ?
それに私自身も魔法が好きだし、それなりにプライドを持って接してるの。
というわけで、魔法についての問題は出来る限り自分で解決したいわけ」
「なるほど......」
クイズに対して悩みながらも解こうと頑張ってる人に製作者が答えを出そうっていのは野暮ってものか。
「それにどういう原理でやってるのかはもうわかってるのよ。だけど、それをするにはあまりにも技術が足りない。
私は魔力増加ばかりに豪魔の修行を費やしてきたからね。魔力操作はからっきしなのよ。
といっても、そんじょそこらの魔力操作を使える人であってもあなたのような使い方は異常としか言えないけれど」
マイラ先生は前のめりになると艶美な目線を送って頬杖をした。
大きすぎる胸は机の上に乗ってしまってる。
その目線はまるで僕を異常者とでも言っているようだ。だけど、それは違う。
僕はそれしか選択肢が無かったんだ。だから、それをし続けた。
僕の努力を軽んじないで欲しい。ま、マイラ先生はそういうタイプでは無さそうだけど。
そんな僕の反応が顔に出てしまっていたのかマイラ先生は「ふふっ、あなたもそういう所は年相応の反応するのね」と笑うとポケットから何かを取り出して見せるように机に置いた。これは......カギ?
「このカギは図書館の禁書エリアのカギよ」
「!?」
「どうしてそんなものを渡すって顔をしてるわね。ま、あなたの立場からすれば当然の反応よね。
だけど、私がこれを渡すのは渡したところで問題ないと私自身が判断した点よ。その意味はわかるかしら?」
「つまり魔法に詳しいマイラ先生であってもその場所にあるとある部屋の封印を解くのは無理だと判断したわけですね」
「少なくとも今はね。こう見えてもプライドがあるから絶対に無理だと思ってないわ。というわけで、あなたには禁書エリアの結界魔法陣を見てきて感想が欲しいの」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




