第123話 模擬戦
マイラ先生との取引についての話し合いが終わってからすぐにリューズ先生の願いを聞いてしまったために、現在僕は学院に隣接している多目的闘技場にやって来ていた。
この場所はよく学院ファンタジーにありそうな施設となっている。
ここで魔法の練習をしたり、生徒同士やクラス対抗で成長を確かめ合ったりとか。その他色々。
今はもう夜なので当然そこには誰もいない。
夜の施設利用は先生を随伴しないといけないから。
そう、逆に言えば先生がいるならどうにでもなってしまうということである。あぁ、悲しきかな。
「どうじゃ、これなら誰にもお主の実力を見られる心配もないぞ?」
「一体いつの間に許可貰ってたんですか......」
そう呟けばマイラ先生が教えてくれた。
実のところ、僕が二人のもとへ訪れる前に取引についての話はしていたらしい。
そこでリューズ先生は例の“僕と戦いたい”という叶うかどうかも分からない願いが叶った時のために僕が来るまでの間に突っ走って許可貰ってきたそうだ。
リューズ先生は確実なる残念美人と言えるだろうな。
脳内を覗かなくても戦闘という文字で覆われてることは容易に分かる。悲しいが分かってしまう。
僕が思わずため息を吐くとマイラ先生が苦笑いしながら声をかけてくる。
「ごめんなさいね、こんなことになってしまって。とはいえ、私がリューズと話している段階ではまず聞き入られない願いだと思ってたから聞いてしまったからにはしっかり責任を取らないとね」
「そうじゃぞ! 今更ここでワシの期待を裏切るようなことをするでないぞ!
ワシの体をこんなにも(戦闘意欲で掻き立てて)感じやすくしたのは他でもないお主なんじゃからな!」
「見当違いも甚だしいけど。それにその言い方ってどうにかなりません?」
僕は再び今度は重たいため息を吐いてリューズ先生を見てみれば、彼女は休日に父親に遊んでもらえるようなランランとした目をしている。あそこまで純度高いと逆に恐怖だよ。
僕は仕方なく「わかりましたよ」と答えると一応周囲を確認していく。
<魔力探知>で姿を隠した連中がいるかもしれないと疑ったがそうでもないらしい。
てっきり他の男二人が盗み見てるかもしれないと思ったんだけど。
僕はリューズ先生と向かい合うように移動していくとマイラ先生が審判役を務めるようで間に立った。
「それで戦闘ルールはどうするんですか?」
「そりゃ当然全力―――」
「でさせるわけないでしょ、おバカ。あなた達が全力でやったらこの施設なんて簡単に壊れるでしょう」
「わからんぞ? もしかしたら壊れるまでもなく一瞬で決着が―――」
「黙って」
「はい」
マイラ先生に怒られてリューズ先生がしょげた。いいぞ、もっとやれ。そして、願わくば戦闘意欲そのものも削いでくれ。
下手に手加減出来なさそうだからやりたかないんだ。
僕がそんなことを想っているとマイラ先生が簡単にルールを決めてくれた。
「ルールは武器あり魔法ありの剣魔闘技形式。
勝敗のつけ方は気絶や敗北宣言とするわ。当然殺しはなし。
それからこの場での見て知ったことは口外しないこと。いい?」
「問題ありません」
「あぁ、ワシもそれで構わん」
リューズ先生がこの場所に来た時から手にしていた木刀を構えた。
一方で、僕はステゴロだ。そのことにリューズ先生は怪訝な顔をする。
「なんで刀を使わんのだ?」
「使う場面になったら使います」
ハッキリと答えなかったもののその答えすら自分の楽しみに変えるように目つきを鋭く野獣の笑みを浮かべるリューズ先生。
もはや人に対して向ける圧ではない気がする。大男も卒倒レベルよ。
「それじゃ、互いの準備が出来たということで始めるわよ―――始め!」
マイラ先生が頭上に上げた手を振り下ろすとともにバックステップで距離を取っていく。
すぐにその周辺が危険領域になると理解したのだろう。
リューズ先生は「行くぞ」と言って踏み出した。その闘気はもはや猛獣のオーラが見える。
彼女が振るえばきっと木刀も木刀で無くなってしまう。だから、直接受けるつもりは無い。
それに―――
「恐らく、前回の挨拶の時に僕の魔法のネタは割れてると思うで遠慮なく使わせてもらいますよ」
僕は左手を向けると彼女の頬に<突風>の魔法陣を転写していく。発動は設置直後。
迎え撃つように走り出す。正面にはまるで誘っているかのように剣を大振りにしているリューズ先生がいる。
「がっ!」
しかし、リューズ先生は向かう途中で大きく体を横へと動かしていった。
僕の<突風>によって殴られたからだ。その隙に一気に接近していく。
リューズ先生は咄嗟に足を踏ん張らせてその場に立ち止まると体の捻りだけを利用して左手に持った刀を横に振るってきた。
僕は咄嗟にしゃがみ込む。髪がちょっと斬れた。
あの人木刀を振るっただけで斬撃生み出したよ。マジかよ。
しゃがんだ勢いで足払いをしようとするがその蹴りはまるで岩石を蹴っているように盤石で、その隙をリューズ先生が逆手に持ち替えた木刀を真下に向かって突き刺してくる。
僕は咄嗟に体を捻りながら距離を取る。
その隙をリューズ先生が詰めてこようとするがそれは叶わない。
「っ!」
僕がしゃがんだ位置には<土杭>の魔法陣が仕掛けてある。
それは僕が避けた直後に発動して真下からリューズ先生の顎をかち上げる―――つもりが刹那的な反応速度で僕の<土杭>が粉々にされた。
そのせいで壊れた土くれをぶつけようとしていた僕の次の作戦が潰された。
くっ、あのニヤつきこっちの作戦を読みやがったな? けど、まだあなたにとって想定外なことがある。
「ククク、こうでなくてはな! 次はワシの―――!? 足が痺れて動かん!?」
そう、僕の魔法陣転写は別に手からする必要はない。
相手のブラフを誘うために手を構えて放っているが設置するだけならもはや足でも大丈夫なのだ。
僕は素早くリューズ先生の動かない左側面へと走り出した。
彼女の踏み込み足は左だからな。そっちを潰せば彼女の動きは大きく鈍る。
魔法陣の<麻痺>の効果はそう長く続くものじゃない。
リューズ先生の魔力抵抗値ならせいぜい後一、二秒ぐらいだろう。
だけど、それだけの時間があれば十分に動ける。
側面に近づけばリューズ先生は左手で刀を振るってくる。
しかし、こちらの想定外とすれば彼女が左足を軸足として足が棒のように固まってることを良いことに回転し始めたことだろうか。
てっきり突っ立ったままの状態で刀を振るってくるかと思えばあくまで不利な状況でも強気に攻めるんだな。
加えて、時間経過で速度が増してる気がする。このままでは疑似竜巻が起こってすぐさまここも危険領域になるな。
だが、ここを逃せばせっかく不意をついて麻痺させたアドバンテージが活かしきれなくなる。ここは少し強引にでも攻めるか。
僕は木刀の当たらない距離まで離れ思いっきり両手を叩いた。
その音を<増幅>の魔法陣で出来る限り大きくしていく。
―――バン!!!
その音は耳元で大爆発が起きたにも等しい爆音。もはや鼓膜などあっという間に突き破る。さらにそこまでの音となれば衝撃波を伴う。
剣士には抗い内容の無い音によるダメージで動きを乱し、さらに衝撃波で体の軸をもズラしていく。
バランスを崩したリューズ先生はもはや死に体だ。そこに一気につけ込む―――!?
「ぬあああああ!」
リューズ先生はバランスを崩した体を痺れの無くなった左足一本で立て直した。
その左足には相当な力が込められいるのを示すようにつま先部分の床が踏ん張りで凹み、それで出来た段差をとっかかりにして両手に持った木刀を振り下ろしてくる。
正直、その反撃はあまりにも予想してなかった。
人間が出来る力業の範疇を超えてるような気がする。
思えば真下から出てきた<土杭>に対して反応するのだってそうだ。
一秒にも満たない時間で反応して細切れにするなんて普通じゃない。
とはいえ、リューズ先生からは魔神の使途特有の禍々しい魔力は感じ取れない。
彼女の血筋に何か関係あるのか? ま、今はどうでもいいか。
「さすがに間に合わないですよ」
僕はリューズ先生が木刀を振り下ろす前に左手を彼女のお腹に当てていた。
そこからは放つは<衝撃>の魔法陣。即時発動にしたそれは彼女の体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされたリューズ先生は床を転がりながらもすぐに立ち上がる―――が、すぐに構えず僕に告げた。
「参った。ワシの負けじゃ」
その言葉に僕は思わず驚く。どういうことだ? リューズ先生はまるで本気を出してないのに。
今回はあくまで初回の腕試しってだけの話なのか? それならそれでいいけど。
その敗北宣言を聞き入れたのかマイラ先生が勝負の終わりを告げた。
なので、僕はようやく肩の力を抜いて先に帰っていく。はぁ、疲れた~。
****
リツが帰った後、その後ろ姿を見送りながらマイラはリューズへと近づいた。
「で? どうして本気を出さなかったの?」
そう聞いてみればリューズはあっけらかんとして答える。
「ここで本気を出すのは勿体ない。それにお主も直で“魔法陣を飛ばす”という高等も高等なレベルの魔力操作が実在するか見たかったじゃろ?」
「......もしかしてそのためにわざわざ負けてくれたの?」
マイラがそう聞けばリューズは嬉しそうに首を横に振った。
「いや、負けたのは正真正銘本当じゃ。それも微塵も本気を出さずに。ま、お互い様じゃがな。
少なからず、あ奴と戦って分かったのはあ奴が飛ばす魔法陣を避けるのはほぼ不可能と言う事じゃな。
飛ばした魔力という分かりづらいものを探知する難易度の高さもさることながら、それをさらに色々な状況を把握しなければいけない戦闘中にやるなど正気の沙汰ではないな」
「そうね。情報量の多さで脳が擦り切れるかもね」
リューズのリツに対する評価にマイラは苦笑いを浮かべる。
これが彼女の過大評価ではないというのがさらに恐ろしいところだ。
マイラはリューズという人間の強さを知っている。
そもそも彼女に誰も勝てないのは当然。なぜなら彼女は人類最強の子孫なのだから。
加えて、リューズは戦闘においての相手の評価は今まで偽ったことがない。
これまでに褒めた人物はいたが、必ず最後にはどこかしらのツメの甘さを指摘していた。
それが今回は手放しの称賛。こんなこと一度だってありはしなかった。
マイラは思わず考える。
あの仮面の少年の強さの根源はもしかするとリューズと似た部分があるのではないか、と。
そうでなければ、底辺と呼ばれた彼の強さに納得がいかない。
「ふふ、これは面白くなりそうね」
マイラは未知の領域への好奇心に思わず笑みを浮かべた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




