第122話 秘密の取引
「取引?」
僕は突如として提案されたマイラ先生の言葉に思わずオウム返しに反応してしまった。
しかし、こう反応してしまうのも仕方ないだろう。
なぜなら、相手側からすれば僕と取引するメリットは見られないからだ。
それに目の前にいる犯罪者を野放しにしているのはリューズ先生やマイラ先生だけではなく世界的に名声のある金龍乱舞的にもあまり聞こえのいいことではないだろう。
だから、僕はこの二人を脅しに来た。
もちろん、僕の言葉にどこまでの強制力があるかわからないからある程度は譲歩してあげようとは思っていたけど、基本的にはこっちの都合通りに動けるよう考えていた。
しかし結果からすれば、先に「取引」を持ちかけてきたのはマイラ先生側の方から出会った。
まさかあっちから言ってくるなんてな。僕の思惑が見えて無いわけでもないだろうし。
「安心して。あなたがこの学院で何をしようとしているか詮索しないわ―――今はね」
マイラ先生は鋭い目つきをしながら話を続ける。
「この場であなたを捕まえるのは容易......と言いたいんだけど、正直私達二人がかりでも逃げられる自信があるわ。
私からしてもあなたへの評価はそれほどまでに高いの。
だったら、ある程度の行動を見逃してあげる代わりに私達の研究を手伝ってもらおうと思ったの」
研究? まぁ、確かに見る限りマイラ先生の机の周りの本は小難しそうなのばっかだけど。
「とはいえ、行動を見逃すといっても殺しはさせん。もしワシらがお主やその仲間達の行動を見かけた場合即座に天罰を加える」
リューズ先生の目は威圧感に溢れていた。その言葉に嘘偽りはないんだろう。
ただし、その目の奥にそれを口実に本気で戦いたいという意志が見え隠れしてるけど。
「天罰、ね。そういう意味では僕達も同じですよ。
僕達は正義面した悪を殺すための集団ですから。
この学園に悪がいなければ何もしませんよ。いなければ、ね」
現時点で一名は決まっちゃってるんだよな。
その人物はこの学院の学院長ガルバ=ズトリューク。
名前はヨナから聞いた。
その人物はヨナの故郷である鬼人国を滅亡に追いやった張本人でヨナの復讐対象だ。
もっともその人物を最終的にどうするかはヨナに任せているけど。
また、現状で気がかりなのはヨナの姿に気付いているであろう学院長が何も行動していないこと。
何か企んでるとすればそれも含めてまずは情報をかき集めないと。
「そういえば、取引ということはあくまで交渉はフェアということでいいんですね?」
その質問にマイラ先生が頷いていく。
「えぇ、それで構わないわ。もとより、取引という手段を取らなくていい相手ならこの時点でこんなに話し込んでないもの」
「......それもそうですね」
僕はいい加減立ってるのが疲れてきたのでマイラ先生の床の材質でツタを作ったようにそれで椅子を作った。ふぅ、やっと座れる。
少し体が楽になったことに一息吐きながらふと二人の様子を見るとどこか驚いた様子をしていた。
「どうかしました?」
「いえ、あなたは随分と平然に<木性操作>を扱うのと驚いてしまってね。<土操作>と難易度がまるで違うのよ?」
「魔力操作が得意なだけですよ。というか、それぐらいは簡単にこなせるように鍛え続けただけです」
そう答えると床であぐらをかいてるリューズ先生が「ククク」と笑い始めた。
「なるほどのぅ、お主はワシと引けを取らぬ剣技を持ちながらそれに加えてマイラと並ぶ魔力操作、否、豪魔を扱えるのか。
これは正しくワシとマイラを最高品質で足し合わせたような感じじゃな」
「それで気後れしてくれたなら大人しく僕の条件だけ聞いてもらいたいんですけどね」
「ぬかせ。ワシのもうこれ以上のお預けをさせるでない。所構わず襲ってしまうぞ?」
それは嫌だなぁ。リューズ先生って黙ってれば美少女だから言葉だけ抜き取れば思春期男子を刺激する言葉になるんだけど、目つきがもうなぁ......殺気だった野獣の目をしてるもの。
僕はリューズ先生を見てため息を吐くと早速取引について話そうとマイラ先生に目線を合わせた。
リューズ先生の方は話にならん。そんな気がする。
「それじゃ、取引についてだけどまずは僕から。
先も言った通り僕と僕達仲間の邪魔をしないで欲しい。それと詮索もするな。それを他の二人の仲間にも伝えろ。
加えて、そこの戦闘狂の手綱はしっかりと握っていてくれ、ぐらいですかね」
「へぇ、随分と簡単なお願いをするのね。てっきり私達を何かに利用するとか思ってたんだけど」
「お二人が制御しやすい相手なら未だしも仮に利用として後から利用されてたなんてことになったら目も当てられないですから。信用できない味方は普通の敵より厄介ですし」
「なんかワシの扱いが完璧メス犬じゃないか?」
「別に間違ってないでしょ」
マイラ先生にズバッと言われたリューズ先生は心に深い傷を負ったのかその姿がどんどん小さく映っていく。
ふむ、そうか、ずっとどうにか言語化しようかと思ってたけど脳筋単細胞の番長に腹黒参謀って組み合わせだなこれ。
僕は何か助けを欲しがってそうなリューズ先生の視線を無視してマイラ先生と続きを話し始めた。
「では、マイラ先生の方の内容を教えてください」
「私はあなたに私の魔法研究のお手伝いをして欲しいの」
「......それだけですか?」
「えぇ、それだけよ」
僕がマイラ先生を疑うような目で見るも彼女はニコニコとした優しそうな笑みを浮かべるばかり。
本当にこの笑みは苦手だ。まるでこっちの考えは見透かされているのに逆にこっちが見ようとすれば何もわからない感じ。この人といい、ミクモさんといい。
「先ほどのマイラ先生の言葉を借りますと先生の魔法研究で僕が何かを仕掛けて利用するとは考えないんですか?」
その質門にマイラ先生は初めから答えがわかっていたように答えた。
「それはないわね」
「......どうしてです?」
「私はあなたの実力から魔法に対する深さも推し量ることが出来た。
だから、あなたの魔法知識に対する知恵は信用してるしあなたほどの実力者なら私達をどうこう出来たにも関わらずそれをしなかった時点で信用出来るわ。
それに相手が悪でなければ行動することがないのだとすれば、私が悪でなければ何もしないということ。そこにはあなたの信念が感じ取れたわ」
くっ、これは.......。
「だから、利用すると?」
「えぇ、何も言わず実は利用してましたって言うときっとあなたは私を殺すかもしれない。黙っててもいずれバレる可能性がある。
なら、最初から明け透けに“利用します”って言ってしまえばあなたはそれを前提に動いてくれるでしょ?
ついでに、さっきあなたは私を『信用できない味方』と言ったから、私の魔法研究を手伝うあなたがこっそり何かを仕掛けることは無いだろうと思ったのだけど。違うかしら?」
まるで確信があるような笑みを浮かべながらマイラ先生は僕を見てくる。
そのことに僕は深くため息を吐いた。
これが年の功ってやつか? いくら強くなるとも頭の回転スピードはそう簡単に成長しないみたいだな。
僕は諦めたように再びため息を吐くと「わかりました」と白旗を上げた。
恐らくこれ以上の交渉の引き延ばしは僕の立場を危うくさせる。
きっとマイラ先生は僕を御しやすい相手だと思っただろう。
ただ、それでも僕にこれ以上の何かを言ってこないのは僕が二人に勝てるだけの実力が備わってるからに過ぎない。
敵に見逃された? この時点で僕は負けが確定したようなものだ。
それは本来悪役である僕の役目であるはずなのにそう簡単に上手く行くもんじゃないな~。
そんな勝ち誇ったマイラ先生と負けて落ち込むという対照的な僕達の一方でずっと蚊帳の外にいたメス犬ことリューズ先生は空気を切り裂くようにビシッと手を挙げた。
「あの、ワシもいいかの?」
まとまりかけてた話し合いの空気に一変して曇っていく。主にマイラ先生の頭の上で。
そんな彼女の姿を横目で見ながらリューズ先生に内容を尋ねてみた。
「先生も何かあるんですか?」
「あぁ、ワシは定期的にお主と戦いたい!」
まぁ、わかってた。そんな事だろうと。隣のマイラ先生も深くため息を吐いてるし。恐らく付け入る隙が出来てしまったからだろう。
例えば、「信用している人間と言っておきながら敵である僕に戦いを挑むということはまるで信用してないように聞こえるんですが?」とでも言えばマイラ先生の優位を壊せなくとも揺るがすことは出来るだろう。
その場合に考えられるのはリューズ先生への粛清だと思うけど。
とはいえ、その提案は僕にとってそう悪いことではない。
確かにマイラ先生の熱量を定期的にぶつけられるのは非常に厄介だけど、現状の僕は力を欲しているのだ。
僕はこれまで魔神の使途と呼ばれる存在と戦ってきた。
そして、その相手は十分に勝てる相手だった―――人間からの成り上がりであれば。
魔神直属の部下的存在であるガレオスさん、ロクトリスさん、アルバートの三人に対しては手も足も出ない。
ガレオスさんには稽古つけてもらったけど僕は本気なのにあっちは全然本気じゃないし。魔法すら使ってない時点で。
その三人の中でガレオスさんは友好的であるが、アルバートに限っては僕を瀕死にまで追い込んだ。
本当にあの転移魔法陣が少しでも展開が遅かったら今頃この世にいないだろう。
相手はそれほどまでの実力者。
だから、学院に来たのはこの学院にある図書館での魔法知識を利用できないかと踏んだからでもある。強くなるために。
それは意外な形ではあるがマイラ先生の研究協力で解決できそうな気はした。
だけど、頭ばかりで覚えた所で使えなければ意味がない。よって、サンドバッグが必要。
本当は森の魔物で試そうかと思ってたけどリューズ先生から望むならそれでいいか。
正直、サンドバッグ扱いしてることは素直にごめんなさい。
「いいですよ、それぐらい。あくまで僕の合意のもとですけど」
「ほんとか!?」
リューズ先生は子供が買ってもらえるとは思ってないおもちゃをねだって買ってもらえた時のように目を輝かせてる。
マイラ先生も「本当にいいの?」と驚いた顔をして僕を見てる。この反応は予想外だったのだろう。
「では、早速今から行こう! そうしよう!」
「え、ちょ、今から―――!?」
「リューズ!?」
リューズ先生は僕の首根っこを掴むと早速移動し始めた。
やっぱり、この思考は早計だったかもしれない!
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