第114話 学院街の風俗街
学院街オストレアに入ってから二週間ほどが経った。
その間も僕達は一週間後に迫る入学試験のために頑張って勉強中である。
この世界に入ってから恐らく初めてのまともな勉強。
必要最低限の日常ルールはなんとなくで覚えてたから、いざ勉強してみるとこれがなかなかに難しい。
現地民であるミクモさん、ヨナ、メイファからすればこれまでの入学試験の問題傾向的にそこまで難しくないらしいけど、僕達には十分に四苦八苦できる内容である。
なので、今も僕達異世界組の男四人衆は顔を突き合わせて勉強中である。
あーでもないこーでもない、あーじゃないかこーじゃないかとうるさくしながら。
そんな時間が数時間と続いていくとさすがに集中力が切れてくる。
そんな僕達の様子を見計らったようにヨナが手作りのお菓子を持ってきた。
「皆さん、お疲れ様です。どうぞ召し上がってください」
持ってきたのは一口サイズのドーナツのようなお菓子だ。
ヨナはこういったお菓子作りの作業が好きみたいで僕達の世界のお菓子を紹介してあげると目をキラキラさせて作り始めるのだ。
彼女曰く、薬を作る経過でどうやったら子供にスムーズに薬を飲んでもらえるかを考えた際にお菓子に混ぜればいいんじゃないかということで作り始めたのがきっかけらしい。
後は彼女自身が甘味が好きだからという理由もあるらしいが、主な理由は先ほど言ったきっかけの部分に当たるだろう。ヨナは優しいからな。
ヨナがくれたお菓子に僕達は童心に帰ったような気持ちで「わーい!」と反応するとそのお菓子に舌鼓を打っていく。
甘味が少ないこの世界ではドーナツほどの甘さはめっちゃ甘く感じる。
うんうん、美味しい! これが疲れた脳にガツンと刺激を与えて快楽物質を生成していく!
まるで餌付けされてるような気分だけど今はそれでも悪くない。
僕達は山のようにあったお菓子をあっという間に平らげた。ごちそうさまでした。
「後で厨房を貸してくれた宿屋の店主にお礼しないとね」
そう言うとヨナは大丈夫って感じで返答してきた。
「そこに関しては私個人が解決してるので問題ないですよ。等価交換ってやつです」
ヨナがこう言ってるなら問題はなさそうか。
伊達に姫やってなかっただろうし礼儀においてはミクモさんと同じくトップであろう。
僕は立ち上がると大きく伸びをする。ずっと座っていたせいか腰辺りがボキボキと音を立てた。
ぐへぇ、少しは体動かしたいな~。うん、気分転換に外へ行こう。
試験内容はだいぶ抑えた。
魔法工学がだいぶ厄介だったけどその専門家とも言うべき存在であるメイファがいるし余程のことがない限り大丈夫だろう。
僕が「ちょっくら歩いてくる」と皆に伝えると他の男三人も同じ気分だったのか「俺達も」と立ち上がり始めた。とはいえ、きっと目的は皆バラバラだろうけど。
ということで、早速出発。
一人でのんびりぶーらぶら......と思っていたのだが、なぜか隣にヨナがいる。なんかしれっとついてきてる。
ヨナに「どうしてついてきてるの?」と聞いてみれば「アイちゃんと約束しましたから」と返答された。ニッコニコで返答された。
つまり監視役でついてきてるってことだよね? 俺ってそんな信用ない?
「別に変な場所に行くわけじゃないよ?」
「それはどうでしょうか。リツさんが夜な夜な一人でどこかへと出かけていく姿はミクモさんから報告受けてますし」
な!? 僕の<気配断ち>がミクモさんに看破されてるだと!?
くっ、獣人特有の気配察知の高さによるものか。
僕と近しいだけに気配がわかるのかもな。
ヨナがさっきから笑顔で僕を見てるんだけどその笑みがずっと怖いんだよな。
一見温和な笑みに見えて知人からすれば冷気を放っている。どうやってるんだそれ。
「夜の行動に関しては僕が個人的に調べ物をしてるから気にしなくていいよ」
「ふ~ん、気にしなくていいですか。確かに、どこへ行こうともリツさんの勝手です。
ですが、個人的には女性のニオイがたくさんある場所に行くのは止めて欲しいですね」
うっ、なんでヨナがそこまで!? いや、これもミクモさんの仕業か。
確かにニオイまで気にしなかったのは僕の落ち度だな。でも、止めるわけにはいかない。
「ごめん、それは出来ない。僕にとっても重要な問題なんだ」
そう伝えると途端にヨナは立ち止まった。
数歩歩いた所でそれに気づいて振り向くとヨナが悔しそうに拳を作っている。
「そうですね、考えてみればそうでした。この集団には女性がいますものね。
それに生死にかかわるような戦闘を繰り広げたこともあるとなれば当然そういう気持ちになってもおかしくないのかもしれません」
ヨナが真剣な声色で何かを言っている。しかし、僕からすれば全く持ってその言葉の内容が理解できていない。え、どゆこと?
「で、あれば! その役目は私が果たしましょう! 私もその覚悟は......うぅ、覚悟は......もう無理―――って、このタイミングで私と変わる!?」
声色がちょっとサバサバしたものに変わった。ヨナからセナへと変化したのだろう。
セナはヨナからの突然の人格交代に動揺した様子で、顔を赤らめながら腕を組んでいる。指をトントンと動かしながら。
きっと脳内で突然人格交代したヨナと話し合ってるのだろう。
しかし、ごめんよ、僕が一番置いてかれてるんだ。何の話をしてるの?
セナは仕方なくため息を吐いていくと顔を赤らめたままとても言いづらそうな表情で頑張って口を開ける。
「だから......そ、その? よ、っきゅうの相手は私がしてあげるってことよ。
ヨナが言いたいのは。あ、あんたも男なんだし? そういう気持ちは持ってしかるべきだと思うしさ」
普段ツンツンした印象の多いセナが恥じらいたっぷりに話している姿は非常にドキッとするものがある。
だけど、相変わらず何を話してるかわからない。
されど、僕が夜な夜な行動してることが原因なら、まぁ別に教えてもいいか。
一先ずセナについてきてもらうと僕は街中を歩くという目的を変更してとある場所に向かっていった。
そこは夜になると甘い香りとその香りに誘われた男達が集まってくる色街通り。
分かりやすく言えば風俗店が並ぶ場所だ。
昼間だからそういった印象は受けづらいし、それらの店は夜から営業開始なので今は閑散とした雰囲気で覆われている。しかし、夜は凄い。ピンクむんむんだ。
その通りに入っていくと途端にセナがキョロキョロと見始めた。
別に今見た所で看板だけが飾ってある店なんだけど......なんでそんなにソワソワしてるんだ? セナの国にもあったでしょうに。
「セナはこういう場所来るの初めてなの?」
「え!? あ、いやまぁ......そもそも来る必要なかったし」
「そっか。でも、こういう場所の存在自体は知ってるでしょ?」
「えぇ、知ってるわ。その男と女がこう......愛し合ってって何言わすのよ!」
「ぬわっ!?」
横からパンチが飛んできた。咄嗟に避けれて一安心。
照れ隠しにしてもその錬魔の乗ったパンチは痛すぎるからやめてくれ!
不意打ちに食らったら俺の顔が変形しちゃうよ!
近くの路地裏に入っていくと一つの店の裏側に回り込んでいく。
そして、裏口のドアをノックすると妙齢の女性が合言葉を告げてきた。
「白き花は霞に揺れて」
それに僕が返していく。
「眩き月は水面に浮かぶ」
「甘い香りの誘惑は」
「人の心の病なり」
合言葉を言い終わるとガチャっとドアが開いた。
そこには大きく胸元を開けてファーのついたコートを着た女性が現れた。
お世話になってるソラスさんだ。この店のオーナーでもある。
クールな印象で少し眠たげな目はまるでこっちの思惑を見透かしているよう。
そして、温和な笑みと豊満な胸は正しく男を誘惑にするには十分すぎる武器だ。
「いらっしゃい。こんな昼間に来るなんて珍しい......あら、もしかして入店希望者?」
「いや、僕の仕事仲間だ。名前はセナ。もっとも今の名はだけど」
そう伝えると「ふ~ん、訳ありみたいね」とすぐに何かを察してくれた。
ニヤッとした顔をするとセナをちょいちょいと呼んで耳元で何かを伝えていく。
(ただの情報提供者よ。あなたの男を食べたことはないわ)
(ち、違うわよ! 私は別にそんなこと......)
(あら、てっきりそれを疑ったから一緒についてきたのかと思ったけど。違うなら別にいいわよね?)
(それはダメよ!)
(ふふっ、可愛い反応ね。食べたくなっちゃうわ)
何を話してるかは分からない。が、とりあえず聞き耳を立てないでおくことにした。
セナがあんなに真っ赤で抗議してるのなんて珍しい。だけど、ソラスさんは全く意に介していない。
子供の言葉を聞き耳半分で聞き流している母親みたいだ。
ソラスさんは「入って」と言うのでお邪魔して裏口から店内へ。
店内は相変わらず男の思考を麻痺させるように甘い香りが漂っている。
今はお香とか焚いてないはずだから普段使ってるニオイが壁や天井に染みついたって感じだな。
店内には昼間にも関わらず露出度多めの格好をした女性が多く見られる。その誰もがこの店の従業員だ。
僕はこの街に来てから少ししこの店を知ったので二週間ほどたった今ではほぼ全員の従業員と顔見知りではある。
従業員の年齢層は最低年齢が成人つまりは僕の一個下の十五歳からで上は二十四歳とまでかなりの若い幅で構成されている。
だけど、これはあくまで僕達の年齢的価値観だ。
この世界では二十五歳付近からまるで熟女みたいな扱いをされるらしい。
女性が華でいられる時間は短いとは聞くけど、この世界ではあまりにも短かすぎる。
オーナーをしているソラスさんであっても未だに三十路は超えてないのだというのだから。この世界はなんとも女性に厳しい世界と言える。
僕が手を振ってきた従業員に軽く手を振り返していると背後から強い視線を感じる。
間違いなくセナだろう。この店の従業員はよっぽどのことがない限り一人の男に固執しないらしいから。
ソラスさんの後ろを歩いて入った部屋はお得意様専用のVIPルームであった。
内装も豪華でいかにも絞りつくす気満々的な道具まで見られる。
その部屋にあるソファにソラスさんが座り机を挟んで僕達も座ると早速ソラスさんは口を開いた。
「で、どんなサービスをお求め? 口? それとも体?」
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