第113話 人を殺す動機付け~勇者サイド~
―――聖朱音 視点―――
エウリアちゃんとの一件もあって私の精神はだいぶ回復した。
それこそ人を殺す経験をする前では毎日欠かさずやっていた自主練を再開するぐらいには。
正直、今でも引きずってる部分はある。あんな凄惨な経験をしたんだ。忘れる方が難しいって思う。
だけど、考えを改めることでその部分を克服した。克服したって表現もあまり正しくないけど。
これまでの私はその出来事に対してどうにか逃げれないか考えていた。
だって、もともと私がいた世界ではここまで殺しが当たり前じゃなかったんだから。
魔物を殺すのだってそうだ。きっと一生経験することもなかったことをこの世界で経験した。
だけど、考えてみればそれは単に私の仕事では無かったというだけで本当はもとの世界でもそれらの出来事は溢れてるんだと感じた。
身近な例であげれば鶏肉や豚肉、牛肉の加工された部位というべきか。
スーパーや精肉店で販売されるそれらを私達は当たり前に買って調理して食べているけど、そもそもそういった加工は誰がしているのか。
きっと関わることもないだろう人の手によるものだ。
それらの肉の元は当然生きてるわけで、どこかの誰かがその生き物を殺して加工することで私達の食卓まで流れてくる。
そう、今私達がこの世界で置かれてる立場はまさにその人だ。
誰かが汚れている仕事をしてくれているおかげより多くの人が汚れずに快適な生活が送れている。
そう考えると多少は誇りに感じてもいいのかもしれない。少なからずこの仕事においては、だけど。
そういった意味では受け入れ難かった事実を受け入れられるほどには心が成長したというべきか。
人を殺したという経験がどこか私の心を変化させた。
それは良い意味での変化だと思いたい。
「精が出るな」
私が素振りをしていると後ろから誰かが声をかけてきた。
いや、声だけでわかる。この声はリューズ先生だ。
振り返ると軽く手を挙げて「よ」と声をかける先生の姿があった。
相変わらず見た目は美少女剣士って感じで気さくな笑みも年が近いだけあって若々しい。
しかし、今では少し見方が変わる。
リューズ先生は私達が来る前からずっと冒険者として活動していた。
ならば当然、その一見奇麗に見える手もどこまでも拭えない汚れで覆われているはず。それこそ私達よりも多く。
リューズ先生の強さは豪魔によるものも大きいけど、きっと精神的な部分でもかなりだと思う。
また先生の強さに追いつくのに歴然の差を感じる。
突然現れたリューズ先生に「どうしたんですか?」と声をかけてみる。
すると、先生も私のことを心配していたように言葉をかけてきた。
「なに、野盗を殺してからというもの全員が精神的に参ってるみたいでな。
ワシが様子見に来たってわけじゃ。数日ばかし経ったが未だに復活に時間かかるものもいる。
じゃが、どうやらお主は思ったより早く復活したようじゃな」
その反応は“意外にも”って感じだった。
どうやらリューズ先生の見立てでは私はもう少し回復に時間がかかると思われていたみたい。
どうしてそんな風に思われていたのか気になって近くのベンチで座ることを提案するとリューズ先生は気さくにに受け入れてくれた。
ベンチに座ると早速先ほどの言葉のついて聞いてみる。
それに対し、リューズ先生は腕を組んで答えてくれた。
「お主は精神的負荷がすでに誰よりも大きかったからな。そこが心配じゃった」
「精神的負荷、ですか?」
「あぁ、人を殺すというのには体力がいる。もちろん武器を振り下ろす肉体的な体力もそうじゃが、特に必要なのが人を殺すという決断をする体力じゃ。
特にお主がもといた世界の殺すことが禁忌みたいな場所じゃとな」
リューズ先生は遠くを見始める。
一面青空をどこか憎らしく見ているように感じたのは気のせいだろうか。
「“禁忌”、“犯してはいけない一線”というのは人が人たらしめるために設けた特別なルールじゃ。
もとより人間というのも一つの種。同種同士で潰しあいをしては繁栄なんて出来ないからな。
故に、“同族殺し”である人殺しは本来本能的に刻まれた忌避反応の一つじゃとワシは思う。
それを犯そうというのじゃ。自分の生き残るために残された本能に抗ってな。そら体力も使うじゃろ」
リューズ先生の言葉は一つ一つに重みがある。
当然経験者からの言葉というのもあるだろうけど、それ以上にリューズ先生の考えが深いからなのかもしれない。
「じゃが、これはあくまで人殺しを経験した皆が一様に感じるものじゃ。しかし、お主は違う。
お主は勇者という大役を任された。言い換えればリーダー。皆を率いていく者じゃ。
自分の意志とは関係なくともそうなってしまった以上はお主は皆の戦闘に立たなければいけない。
となれば、当然そこには責任が生じる。自分の言葉一つで味方の犠牲が大きく変わっていく。
もともとお主は一人でその責任を抱え込むタイプじゃ。正直、潰れてしまわないか心配じゃった」
リューズ先生が申し訳なさそうに私を見る。
きっと先生としては私が皆を率いる者としてもう少し成長してから人を斬る経験をさせたかったのだろう。そんな感じがする。
だけど、そうも言ってられない状況が続いた。
帝国での異変や聖王国に現れた侵入者の存在。
先日の魔物の一件だって野盗如きにあんな数日間にも渡って召喚魔法を行使できるかという疑問が置かれている。
つまりきな臭いことばかりが続いているのだ。
これが魔族が関わっているのかどうかは定かじゃないけど、悠長に時間をかけていられるわけでもないということはハッキリとわかる。
だから、リューズ先生は野盗を見つけた時に私達に急遽人殺しを経験させるという行動に出た。
きっとその判断は先生にとっても苦渋の決断だったろう。それでも決行したのは私達を信じたから。
こうして様子を見に来るのは無理をさせてしまったお詫びも兼ねているのだろう。
それぐらいは表情を見ればすぐにわかる。
「リューズ先生はどうやって人殺しを乗り越えたんですか?」
それは単なる質問であった。
リューズ先生の過去は気になるけど特別今聞く必要はなく、何の深い意味もない。
強いて言えばリューズ先生の受け止め方を参考にしようと思っただけだけど。
しかし、その質問に対してリューズ先生は思ったより渋い顔をした。
「そうじゃな」と呟いてから少しの間沈黙が流れるぐらいには言いづらそうな表情をしている。
私は何か触れちゃいけないものに触れた気がして咄嗟に質問内容を変えようとしたが、それよりも早くリューズ先生が苦笑いしながら言った。
「何の参考にもならんが聞くか?」
苦しそうな顔をしていた。そう見えてるだけかもしれない。
だけど、少なからず聞いてあげることでリューズ先生の助けになるのでは、と感じた。だから、私は頷く。
「はい、聞かせてください」
リューズ先生はそっと目を閉じて「わかった」と返事をすると目を開けた時には遠くの空を眺めていた。そこに誰かがいるかのように。
「これまで散々お主達に講釈垂れたことを言ってきたが、ワシの初めての人斬りはワシの友が殺された時じゃった。つまりは復讐じゃ」
その言葉に思わず息を呑む。
「ワシがまだ生まれ故郷にいた頃、そこには仲の良い友がいた。
名をランカと言い、それはワシよりも活発な子じゃった。
その友はワシを振り回していくが、それは必ずワシも楽しめるようにしていた行動で、だからかワシもなんだかんだで楽しく遊び回っておった」
その表情は懐かしさに笑みを零している。
だけど、先生が「じゃが」と言った瞬間その笑みは沈んでいった。
「ある日のことじゃ、二人で野山を駆け回っておるとたまたまその山は縄張りにし始めた野盗と出くわしてしまった。
相手もワシらに勘付き追いかけてきて、ワシらも必死に逃げたがとうとう捕まってしまった。
死を覚悟したワシじゃったが、捕まった後もランカだけは諦めておらんかった」
どんどんリューズ先生の表情が苦しくなっていく。
「そして、相手がワシらを子供と油断してる間にランカが近くにあった欠けた刃の一部でワシの縄を切り、ワシもランカの縄を切ることで一度脱出に成功した。
しかし、運悪く警備していた者と出くわしランカが捕まってしまった。
当然、ワシはランカを置いていくことは出来んかったが、ランカはワシ一人でも逃げろと言うんじゃ」
リューズ先生の腕を組む指先に力が入る。怒りが表れて見える。
「愚かにもワシはその言葉に従った。
その時のワシは早く逃げて大人を呼んで助けに行く方が早いと。
多少ごたついたが大人を呼んでその野盗のもとまで戻ってきた。
じゃが......その後は言わんでもわかろう」
リューズ先生は言葉を濁した。
それでもちゃんと言葉の意味は伝わってくる。
ランカさんは殺されていたんだろう。
「ワシは大人に混じり野盗を斬った。
皮肉にもその時に自分に剣の才があることに気付かされたがな。
それからは強くなることを目指した。もう誰からもワシの大切な人を奪わせはしないためにな」
リューズ先生が自分語りを終えると「ほれ、つまらんよくある話じゃったろ」と付け加える。
それに対して、私はどう思えばいいかわからなかったけど、少なくともリューズ先生がこうして語れるぐらいには過去を受けれ入れているのだろうと思った。
「ワシの実戦は復讐に心を燃やしたものじゃった。そこに正義はなく暴力に暴力で返しただけ。
じゃから、お主達が決意した勇気による人斬りの方がよっぽど正義がある。
お主達は自分達が汚れることで弱き民を救ったんじゃ。誇っていい」
ずっと私が一人でに思っていた言葉をリューズ先生が言ってくれた。そのことだけが少し嬉しく感じる。
そして同時にもう何度目かの「リューズ先生には敵わないなー」という気持ちにさせられた。
本当に大きくて優しくて私の目標だ。
リューズ先生がベンチから立ち上がると何かを思い出したように「あ、そういえば」と口に出した。
「これはまた全体で言うつもりじゃが、マイラと話して人斬りを終えたお主達には剣の鍛錬だけではなく魔法への知識も深めた方がいいということになってな。
直に学院街オストレアに向かうことになった。ワシも教師として赴くつもりじゃ。存分に学んで来い」
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