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ヴィランレコード~落ちこぼれ魔法陣術士が神をも超えるまで~  作者: 夜月紅輝
第4章 エルフの森

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第111話 いずれくる実戦に向けて~勇者サイド~

―――聖朱音 視点―――


「さて、ここいらで少し方針を変えようと思う」


 とある日の朝、相変わらずの寝不足が続く中、朝の集会にてリューズ先生が唐突にそう口を開いた。

 突然の方針転換に戸惑う生徒は多い。

 だけど、寝不足で頭が回っていないのかそれに対して声を上げる人は誰もいない。私もその一人だ。


 そんな私達の様子に気付いての方針転換なのか。その真意はわからない。

 リューズ先生は全体を見ながらその方針転換の理由を伝え始めた。


「これまでの数日間誠にご苦労じゃった。お主達のおかげでこの森に蔓延る魔物が近くの村を襲うことはなかった。

 じゃが、お主達がそこまで自分の身を削って魔物を討伐しとるというのに魔物の数は一向に減ることがない。

 そのことに当然お主達も疑問に思っておったじゃろう。じゃから、ワシ自らがその原因について調べて負った」


 「そして、その原因が分かった」とリューズ先生は言った。

 その言葉で私達は光を得たように目の輝きを取り戻した。


 大まかなことは予想できる。

 恐らく魔物が一向に減らない原因は召喚魔法による仕業だろう。

 つまりはどこからか大量に仕入れた魔物をこの森に垂れ流しているということ。


 それは魔物狩りが始まった数日後には思っていたこと。

 だから、私達が嬉しがったのはようやくこの仕事に終わりが見えてきたからだ。


 最初はかかっても二日ほどで終わるぐらいかと思った。

 だけど、実際始まってみれば後一日で一週間になる。

 その間、魔物はまるで私達に休みを与えないように一定間隔で絶え間なく襲い掛かる。


 私達は仮にもチートステータスを持った異世界の勇者達である。

 だから、決して魔物との戦闘に負けることはない―――万全の状態であれば。


 睡眠不足と蓄積し続ける疲労は日を増すごとに体の動きを鈍くしていく。

 今のところ、私はまだケガをしてないけど、他の子達はケガをしている。場合によっては大ケガも。


 その時、私達は思い知らされた。私達はこの世界で魔王を倒すための最高戦力でありながら、生活環境で魔物にも勝てなくなるちっぽけな人間の一人でもあるのだと。


 このまま続けば私達の体が壊れる。心まで壊れたらいよいよ戦うことなんて出来なくなる。

 そんなギリギリの瀬戸際で届いた朗報が先のリューズ先生の言葉だ。


「朱音、ようやく終わりが見えたな」


「うん、後もう一踏ん張り。頑張ろう!」


 私の肩にケンちゃんがぽんと手を置いた。その大きな手に励まされたおかげか元気が湧き上がってくる。

 後少し......後少しでこの生活が終わる。それだけで十分に嬉しい。


 「では、動けるものだけでいい。ワシについて来い」とリューズ先生が先頭に立って案内をしていく。

 深い草木をかき分けながら進んでいるとある程度キャンプ地から離れた場所でリューズ先生が「一つ、あえて言わなかったことがある」と言い始めた。


「これからお主達には実戦をしてもらう」


「実戦ですか?」


 あまり回ってない頭で聞き返したその言葉にリューズ先生は短く「あぁ」と答える。そして、言葉を続けた。


「当初としてはこんな予定を入れるつもりはなかった。じゃが、相手があのレベルなら今のお主達でも十分に倒せるじゃろう。

 それに何かと言い訳が作れた方が罪の意識が低くて助かるからな」


 何を言ってるのかわからなかった。だけど、後ろから僅かに見えるリューズ先生の顔はどこか申し訳なさそうな顔をしているように見える。


 しかし、その言葉はすぐに理解することになった。それはリューズ先生が私達を目的地に連れてきた時のことだ。


 「そこを見ろ」と教えてくるリューズ先生の指さす先を見てみるとそこには魔法陣を守るようにいる山賊の姿があった。数は十数人。そこそこの数だ。


 その光景で私は......私達は“実戦”の意味を理解した。それ即ち人を殺すことだ。


 私達がこれまで相手にしてきたのは全てが魔物だ。

 訓練としていずれくる魔族との戦いに向けて対人戦を行ってはいるがこれまでで本当に殺し合いを演じることは一度足りともなかった。


 だけど、過去のいつかの時ではリューズ先生は「やがて実戦を積ませるつもりだ」とは宣言していたことは覚えている。それが今だ、と思ったのはきっと私だけじゃない。


 魔物とばかり戦うことを想定していた私は一気に現実に引き戻されたような気がした。

 ずっと忘れていた。この先私達がやろうとしていることがどんなことかということを。


 リューズ先生が山賊を見ながらため息を吐く。


「あやつらは斬って問題ない相手じゃ。この先にあやつらの根城があったが、ワシが隠密でその場所を見に行った時それは散々な光景じゃった。それこそ言葉にするのも憚れるぐらいのな」


 リューズ先生は腕を組む。その目はあまりにも冷たく無機質なものだった。まるで同じ人であると思ってないかのように。


「さて、あやつらを斬ることがお主達の最終目標じゃ。魔法陣の方はワシに任せろ。

 あの程度の魔法陣なら心得がある。伊達にマイラのそばにいないからな」


 そう言われても「はい、わかりました」と殺しに行けるものだろうか。

 だけど、このまま放置しておけばあの魔法陣から召喚される魔物によって私達が蹂躙されるのも時間の問題。


 私達に人殺しを経験させるという目的出来ている以上、リューズ先生は私達を殺されないようにするも決して手助けはしないだろう。こういう時のリューズ先生はそう人だと理解している。


 いずれ来る魔族との戦いに備えていずれは乗り越えなければいけない壁。

 しかし、人の死が見直になかった私達からすればこれはあまりにも酷なことだ。

 魔物でさえもだいぶ時間かかったのに人なんて!


 その時、ケンちゃんがおもむろに立ち上がった。

 そして、震えている右手を押さえつけるように拳を握り、左手のひらに押し当てていく。


「俺が行く。俺が......最初に殺る。だから、安心しろ。お前らは一人じゃない。

 言い訳したくなったら俺に煽られたからでいい。一人じゃあの人数はさすがに手に余る。力を貸してくれ」


 その背中はあまりにも眩しかった。私と同じように恐怖心が垣間見えるもそれを強気な姿勢で覆い隠し、さらには私達の気遣いまでしてくれる。


 その仕事は本来勇者である私がやるべき仕事のはず。それをケンちゃんがやってくれた。

 この名ばかりの役職は今のケンちゃんに一番ふさわしいと思うほどにはその言葉にとても力を与えられた。


「ケンちゃん、一人にさせないよ」


 私は立ち上がる。私がするべき言動をケンちゃんが代わりにやってくれて、それにもかかわらず一人縮こまってることなんて出来ない。


 勇気ある行動をしてくれたケンちゃんに私は答えたい。大切な仲間であり、幼馴染であり、好きな人として。


 私の行動に対して、ケンちゃんは「ありがとな」と笑みを向けてくれた。

 ううん、ありがとうはこっちこそだよ。ケンちゃんがいてくれたからこそ立ち上がれたんだから。


 私が続いた後、また一人が続いた。その後に一人、また一人とポツリポツリと立ち上がっていくクラスメイトの皆。その数は最終的にこの場にいる全員となった。


 そんな私達を見てリューズ先生は「全員覚悟を決めたようじゃな」と嬉しそうに呟く。

 腕を組んだまま木に寄りかかって動かない。

 やはりあくまで自分達でどうにかしろという姿勢なのだろう。


 手が小刻みに震える。これから本当に人と戦うという緊張のせいか、もしくは殺されてしまうかもしれない恐怖か。


 私の心が僅かに黒い闇に飲まれかけた時、その闇を払うように力強い手が軽く背中を叩いてくる。

 横を見るとケンちゃんの姿がある。その「大丈夫」と言っているような顔に私の心も落ち着いていく。


「行くよ」


 全員に声をかけて茂みから出た。そして、先頭切って鞘から剣を抜き山賊に向かって突撃していく。

 山賊は突然の奇襲に驚いた様子であったが、すぐに手に持っていた武器を構えて「敵襲だ! かかれー!」と大声を出しながら反撃してきた。


 一人の山賊の男が剣を大きく振りかぶっている。

 その動きは疲労している私でも十分に見てから反応できる速度で対処するには問題ない。


 だけど、大きく違う点は本来なら首筋に寸止めするはずの木剣を刃のある剣に変えて止めることなく大きく切り裂いていくことだ。


「だあああああ!」


 恐怖をかき消すように大声を出しながら剣を振り抜いていく。

 左肩から右腰にかけて袈裟斬りに動いていく刃から感じる骨と内臓を同時に斬る感触は相手が人と思っているせいか魔物よりも生々しかった。


 ゴツゴツと骨を斬ってるような感触がするたびに柄を握る手を緩めそうになる。

 だけど、このままじゃいけない。もうあの世界にいた私達とは違うんだ。


 剣を振り抜いた。その直後、斬った場所から鮮血が噴水のように飛び出してくる。

 ドロドロとしたまだ明るい赤色の液体が僅かな温かさを残したまま顔にかかる。


 殺した山賊の男と目が合った。まるで虚空を見ているような焦点があって無い目だけど、視線の先にはしっかりと私を捉えている。


 顔にかかった血の不快さとともに急激に吐き気が込み上がる。

 魔物を殺した時も言われたっけ「目を合わせるな」って。「目は感情を一番に伝えるから飲み込まれることになる」って。


 しかし、そう思い出した時には遅かった。

 私が切った火蓋はあっという間にこの場を戦場に変えている。

 すでに誰かが殺したであろう倒れた山賊の死体の目が私を見てるような気がする。


 思わず気持ち悪さにふらついた。その時、死角から一人の男が剣を振りかぶって襲い掛かってきた。

 振り向いて対処するにはあまりにも遅すぎる刹那の時間。


「危ない!」


 その時、飛んできた拳がその男を大きく吹き飛ばしていく。

 殴った拳はガントレットがされていて見ただけで安心した。


 「大丈夫か!?」とケンちゃんが私の肩を支えながら聞いてきた。たちどころに気持ち悪さが引いていく。


 私はのどまで込み上げた気持ち悪さを一気に飲み込むと「大丈夫」と答えて残りの山賊を討伐しに動き出した。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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