第110話 酷く疲れる魔物狩り〜勇者サイド〜
―――聖 朱音 視点―――
今日も変わらず訓練と同時に魔物の討伐依頼を淡々とこなしている。
比重としては訓練よりも魔物討伐の方が増えてきたけどそれはより実践的な戦闘が増えてきた証だろう。
リューズ先生達からの指導もより苛烈なものになり始めてる。
というのも、そうしないとこれからの成長に関しては圧倒的に経験値が足りないみたい。
帝国の一件以来、私達は“豪魔”に関して力を入れて習得に勤しんできた。
その結果、少しずつだけどその豪魔の力を実感し始めたのだ。
豪魔による魔力の向上は凄まじかった。魔力強化しないとできなかった自分より大きな岩の切断も豪魔による魔力練度の向上だけで容易く斬ることが可能になったのだ。
上がったのは筋力だけではない。俊敏性や反射神経、視覚、嗅覚、聴覚などあらゆる面でも能力が大きく向上したように感じる。
野を駆ける猪を追い越し、飛んでくる魔物の何本もの針を見てから躱し、ニオイと音が物陰から襲おうとしている魔物を捉える。
いつもなら<魔力探知>で探っているものをそれに当てる魔力すら必要なく、自分の力だけでどうにかなっているのは戦闘において非常にありがたい。いざって時のために魔力は温存しておきたいしね。
だけど、私が一番嬉しかったのはやはり、ようやくリューズ先生とまともに立ち会えることになったことだろう。
今まではリューズ先生に刃すら交えてもらえずにあっという間に素手で倒されていたけど、今はしっかりと刃を交わらせることが出来てる。といっても、一度も勝てたことがないんだけどね。
それでも、豪魔を覚える前の私達がどういう状態であるかはすぐに理解できた。
それはある日リューズ先生に呼ばれて豪魔覚えたての私達が訓練兵と戦った時のことだ。
相手は訓練兵とはいえ将来有望と思えるほどには剣捌きも太刀筋も奇麗だった。
だけど、そのどれもがあまりにも遅かった。いや、遅く感じた。
まるでスローテンポのリズムゲームのような感じでタイミングよく相手の剣を弾いていくだけ。
それだけであっという間に相手が勝手に崩れていき勝敗が決まる。
一見、自分が強くなったような感じがするけど(実際に強くなってるけど)、これが前のリューズ先生と私達の力関係だとすれば私達が負けるのは当然と言えた。
だって、そもそもスタートラインにすら立っていないのだから。同じ土俵にいない。階級が違う。
子供がヘビー級チャンピオンに挑んでいるようなものだ。そりゃあ勝てないというものだろう。
だから、私達が豪魔を覚えてこうして戦ってるのはようやく同じ環境に入れたということ。
そして、そのヘビー級のリューズ先生が「強い」とハッキリ言ったのがあの仮面の男女。
特に狐の仮面をした女の人はリューズ先生の初見殺しと言えるような収束する斬撃を初見で無傷で回避してみせた。
それは相手がリューズ先生と同じ土俵にいるかそれ以上であるという証。
その相手が何者なのかはわからないけど、もし敵として戦うとすれば現時点ではハッキリと「勝てない」と断言出来るだろう。
なんせリューズ先生に勝ててないんだから。
そんなことをぼんやり考えながらため息を吐き、刃先についた血を払って剣を鞘に納めていく。
同時に私の左右には自分以上の大きさをした猪が縦に真っ二つになりながら左右にわかれて倒れていった。
あまりにも血生臭いこの場所に思わず鼻を摘まんでいく。
私の周囲には無数の魔物の惨殺死体が散らばっている。
ま、これをやったのは私なんだけど。
ここ最近魔物の数が異様に増えてる気がする。
しかも、そのどれもが十分すぎるほどに強い。
といっても、豪魔を習得する以前の私達なら、だけど。
「朱音、そっちは終わったか?」
「ケンちゃん。うん、終わったよ」
茂みの奥からケンちゃんが現れた。拳にはめているガントレットや衣服には返り血らしきものが点々と散らばっている。
魔物との戦闘でつけたものだろう。しかし、一切の外傷は見られない。
「それにしても、これだけ数が多いとまともにパーティ組んでも戦えないよね」
「そうだな。完全に相手は物量で攻めてきてるし、仲間が死のうと関係ないしで特攻してくるから個々で対処した方が楽だった。といっても、まだここで相手に出来るレベルって感じだけどな」
ケンちゃんは周囲を見渡していく。
魔物が襲ってこないか警戒してる様子だ。
今は私の簡単な探知でもいないと思うけどこの行動は仕方ない。
なぜなら、この魔物が襲ってきたのは一回目じゃないから。
「いつまでこの森でキャンプしなきゃいけないんだろうな」
ケンちゃんの言葉通り、私達はずっとこの森に留まっている。
というのも、魔物が一日で何回かわけて襲ってくるからだ。
時間帯はバラバラだけど必ず二ウェーブ以上は魔物の進行がある。
まるで私達をこの場から離さないようにするために。
そう思惑すら感じてしまう。
ケンちゃんがあくびをする。さすがに疲れたのかとても眠そうだ。
それも仕方ない、相手の進行の時間帯はバラバラ。
まるでこっちにまともな睡眠を与えないかのように行動してくることもあるので心身の疲労が凄く大きいのだ。
そのピークがいつ達してもおかしくない。
「朱音は寝なくて大丈夫か?」
「うん、私は割と平気。<疲労軽減>の効果もあるからかもしれないけどね。だから、もう少し周囲の警戒したらキャンプ地に戻るつもり」
「そっか。あんまり無理すんなよ。俺ですらちょいキツイからな」
疲労困憊はお互い様なのにそんな状態でもケンちゃんは私の身を案じてくれる。
ふふっ、それだけで実は少し元気貰えるんだよ。本人は知らないことだけどね。
ケンちゃんが茂みの奥へ消えていく。
その姿を見るたびにどことなく手の届かない遠くへ行ってしまうような気がして寂しさを感じる。
だけど、ここに残ることを決めたのは自分の意志なんだ。
それに私は勇者としてもっと頑張らないと示しがつかない。
「だけど、やっぱり疲れたな~」
思わず口から漏れた言葉。
少しだけ足の力が抜けてフラフラと後退し、背後にあった木にぶつかるとそのまま寄りかかりながら滑り落ちて座った。
こんな時、目の前に友達がいたら少しは気が紛れただろうか。
だけど、今広がっている光景は無数の魔物の死体のみ。
別の魔物が私を警戒しながらそろりそろりと歩みを進めて死肉に齧りついていく。
鳥系の魔物もやってきて啄んでいった。
ここは地獄のどこかじゃないかと思える光景だ。
もしくは、私が墓守している墓の光景か。
このままでは魔物が近くの村に影響を与えるから仕方なく倒してる。このまま食料にでもするわけでもなしに。
血の付いた手を見た。魔物を殺すことに躊躇いがなくなってきた。
とっくの前に一度殺してからそうだけど今はさらに何も感じないような気がする。
いつかの昔に見た猫をめった刺しにする猟奇的な行為を繰り返している人がいるというニュースを見た。
あの時はとてつもなく酷いことをしてる人がいると思ったが、今やそれが私だ。
別のことを考えることで魔物の死に対する印象を遠ざけようとしているけど、ふとこうして眺めると自分のやってることの正しさが見えなくなってくる。
どれだけ目を逸らそうとも現実はありのままだ。
直視したら最後、そのことに思考が囚われてしまう......今のように。
気を紛らわそうと行動しようとするとそれは魔物を討伐する行為に繋がる。悪循環。
だけど、それが今の私達に与えられた仕事だから飲み込んでいく。
ため息を吐いた。何度目のため息か。
もうとっくに幸せという幸せが逃げているんじゃなかろうか。
そう思うほどには無意識にため息を吐いている。
「ん?」
茂みからガサガサと音が聞こえてきた。
てっきり魔物が近づいてるのかと思い剣に触れたが、嗅ぎ慣れたニオイが近づいてきたのですぐに誰か理解した。
「ふむ、こんな殺伐とした現場でよく休んでいられるのぅ」
水筒を口にしながら現れたのは黒髪のポニーテールを揺らし、森とはミスマッチな晴れ着のような和服を着たリューズ先生であった。
リューズ先生の顔を見ただけですぐに心を覆った雲が晴れていくのがわかる。心の底から頼りにしてるからだろう。
リューズ先生は私の嬉しそうな顔を怪訝に思いながら、サッと隣に座って胡坐をかく。
そして、目の前の光景を見た。
「腕を上げたようじゃな。もう何日か経っているがお主の体を見る限り傷一つついていない。
これだけの心身に疲労を来すのは初めてじゃろうに」
「リューズ先生のおかげですよ。リューズ先生が豪魔について教えてなければ今頃こうしていられません」
「その割には浮かない顔だが」
リューズ先生は見透かしたような目でこちらを見てくる。
茶色い瞳に私の姿が映るぐらいにはハッキリと。
私は思わず三角座りをして顔を下に向けていく。
まるで自分が小さくなっているのを体で表現するように。
「先生には前に話したことありますよね?
私の世界では殺しは当たり前ではなかったっと。
少なくとも、私がいた所の話ですが」
「してたな。で? お主は今更になってその殺しに抵抗感を持つようになったのか?」
「逆です。抵抗感を持たなくなったのが怖くなったんです。
もうこの世界ではこうして魔物を斬らなきゃいけないということは理解してます。
ですが、これまで感じてた何かを感じなくなった私は......もはや以前の私なのでしょうか?」
思ったことをそのまま伝えた。
それをリューズ先生は隣で静かに聞いている。
彼女は一口だけ水筒に口をつけると答えた。
「これは経験し続けた時間が違うからハッキリとしたことは言えんが、それでも良ければ言葉を送ろう。
私見じゃが殺しに対して何も感じてないやつはおらん。
感じてないようにしてるだけど、受け止めることを拒否してるだけじゃ」
リューズ先生の瞳は魔物の死体の方へ向いている。
その横顔はどこか寂しそうに見えた。
「大概何らかの大義名分のためという理由で覆い隠してるだけ。でなければやっていけんのじゃ。
どんな存在に対しても命は等しく重い。故に、その命を軽んじるためではなく、自分の精神を守るために何らかの理由でその行為を正当化しとるだけじゃ。
本当に何も感じないならわざわざ殺すという億劫な行為すらせんじゃろうて」
その言葉は私に響くようなものがあった。
まるで私に言われてるような気分になってるからかもしれないが。
「それじゃあ、リューズ先生にもそういう理由があるんですか?」
「あぁ、あるとも。今じゃとそうじゃな......こんな依頼を出した奴をしばき倒したいとかかの」
読んでくださりありがとうございます(^ν^)




