第108話 残る謎と説得
「正体? 何の話だそれは?」
ヨナの言葉に最初に疑問の声を上げたのは蓮であった。
全員も同じような気持ちなのか、律が消えてからの唐突に話題を出したヨナに目線を送くる。
ヨナは頷き言った。
「そのままの言葉の意味です。先も言いましたが、クロリスさんの病室を訪れた時にたまたまその部屋にいたガレオスさんとリツさんの会話を聞いてしまいました。
立ち聞きするつもりはありませんでしたが、ガレオスさんがリツさんの正体がなんたらと話していたのでつい......」
「なるほどな~。でも、おいらは中学の時......あ~、それなりの少年時代から律と友達だけど別におかしい点なんかなかったぞ?」
「律君が何か隠してるような感じはなかったし、それに一緒にこの世界へ召喚されてきたんだよ?」
康太と薫の言葉にヨナも「さすがにそうですよね」と頷いた。
しかし、それだとどうしてガレオスがそのような話をしたのかという疑問が残る。
彼女らもガレオスの人柄をしばらく新たな拠点で一緒に過ごしたのを通して見ていたので知っている。
ガレオスという人物は嘘をつかない人物だ。
嘘をついても下手ですぐにバレるとも言うが。
それに本人の性格からしても伝えたくない、伝えられないことはハッキリと「言えない」と言うか黙るかのどちらかだろう。
故に、ヨナからすればガレオスがわざわざ律を混乱させる意味深な発言をするとは考えづらいのだ。
そう考えると残る可能性は一つしかない。
「リツさんも知らない何かをガレオスさんが知っている......としかないですよね」
「そやけど、その話はさっきリツはんがウチらと別の世界で生まれたさかいちゅう理由で“ありえへん”ちゅう話にならへんかったんやろか?」
ミクモの言葉にさらに頭を悩ませるセナであったが、頬杖を突きながら聞いていたメイファが待ったをかけた。
「いや、その考えは早計じゃないか?
まず一つ確認だが、コウタはリツとは生まれた時から一緒ってわけじゃないんだろ?」
「それは違うね。おいらと律が仲良くなったのは十三歳の時だし」
「なら、まだ可能性で言うならばあるかもしれないな。
これは魔道具鍛冶師のアタイだからの突拍子もない話だが、リツは実はこの世界の生まれじゃないか?」
全員がメイファの言葉に驚き視線を向けた。
その言葉に対し、すぐに「それはありえない」などの言葉が飛び交うことはなかった。
全員がメイファの説に興味を持つように耳を傾ける。
「まずわかっていることはリツ本人はガレオスから聞いて初めて知った感じだったこと。
そして、異世界から召喚されてきたはずのガレオスがリツについて何かを知ってるということ。
後はそうだな......リツだけが会ったって言う、自らを聖女と名乗った魔神の使途ロクトリスの発言とかもかな」
メイファは一つずつ自分が気になる点を言葉にして挙げていき、同時に人差し指、中指、薬指と立てていった。
「そして、あたしの仮説はリツは物心つく前に何らかの理由でレン達のいる世界へと転移した。
そうであれば、一応本人は生まれも育ちもレン達の世界でって説明がつく」
「リツは実はあたし達と同じ異世界人ってことだったのかしら」
「さあな。あくまで可能性って話のだけだ。
俺達もさすがに律の幼少期のことなんて知らねぇしな」
ウェンリの言葉を聞いて蓮が返答していく。
そして、彼はそっと康太と薫に目線を送っていった。
そのアイコンタクトに二人はコクリと頷いていく。
すると、蓮がしゃべり始めた。
「律が何者かって話に関しては興味がないわけじゃないが、俺達がいた世界でもこの世界でも俺達が見てきた律が律だ。
だから、律が何者であろうとも俺達には関係ない」
「そうだね。おいら達は律の友達で同じ悪役の偉業の仲間に変わりはないしね」
「僕達には約束した夢もあるから。
それに何度も言うようだけど律君はなんだかほっとけないしね」
これぞ同郷並びに男の友情とも言うべきものだろうか。
その言葉に女性陣は全員が微笑んだ表情をする。
若干一名狐の女性だけ旦那にうっとりした顔を向けているが。
「とはいえ、魔神の使途であるガレオスからの言葉という点に関してはやはり気になることは確か。
別に律の正体を知ってどうこうするつもりもないが、ガレオス以外の魔神の使途が同じくして律の正体とやらを知っている場合、律は標的になる可能性もある。
それを踏まえて知っておいて損はないだろう」
「そうですね。そのことに関してリツさんに伝えますか?」
ヨナの言葉に蓮はそっと首を横に振った。
「いや、この話は俺達が内密に調査した方が良いだろう。アイツは何かと背負い込みやすい。
協力を名乗り出ても表面上は協力して裏では勝手に一人で調べるだろう。
なんせアイツ自身のことだしな」
「わかりました。では、分かり次第何か共有することにしましょう。
くれぐれもリツさんにバレないように。
こそこそしてたらいつどこで魔法陣で聞かれてるかもわからないですし」
「一番敵に回したくないタイプね」
ウェンリの言葉に全員が漏れなく頷いた。
「では、リツさんのために悪役の偉業を刻みましょう」
「ヨナ、言いたかっただけね?」
「アハハ、バレましたか」
****
皆と別れてから僕は一人飛び出していったアイを追って廊下を歩いていた。
皆に配った陣魔符をGPS代わりに使って位置を割り出すとその場所に向かっていく。
だんだんと目的地が見えてきた。
暗く誰もいない部屋でありながらドアが僅かに開いて誰かが入った形跡がある。
というか、そこ僕が治療で寝ていた病室。
獣人のアイのことだからきっと僕が近づいて来てるのにも気づいてるだろう。
だけど、アイの気持ちを傷つけた僕がズカズカと入っていいはずもない。
ドアの前に来ると軽くノックしていく。そして、「入ってもいい?」と尋ねた。
すると、アイは小さい声で「うん、いいよ」と答えてくれたので部屋に入っていく。
暗い部屋でよく見えないが、目を凝らせばアイは掛布団を抱えてベッドの隅っこで小さくなっているみたいだ。
だから、僕はベッドの前で正座してまずは謝罪した。
「アイ、まずはアイの気持ちに考えずに無理に僕の都合を押し付けたことを謝ろうと思う。ごめんなさい。
アイにとっては僕達が“いる”ということが大切だったのに、僕はそんな気持ちにも気づかずにアイを傷つけてしまった」
その言葉にアイが返した言葉は―――同じく謝罪だった。
「アイの方こそごめんなさいなの。お兄ちゃんの気持ち......本当はわかってる。
お兄ちゃんはアイのことをいつも考えてくれてる。
アイがどれがけ甘えようともそれを心から邪険にしてるわけじゃないことはわかってるの。
だから、お兄ちゃんがアイを置いていく理由も本当は理解してるの」
「そうだったのか。ありがとう」
「でも、言葉では理解してても気持ちでは別の行動を取ってた。
心のどこかで過去のお父さんとお母さんのことやあの村のことを思い出して、また大切な人がどこかへ行ってしまうことに不安を抱えてしまって仕方なかったなの」
アイの声は震えていた。鼻水をすするような音も聞こえる。
アイはいつも元気を振りまいてくれる僕達の元気の象徴だ。
だけど、その心が必ずしもずっと明るく輝いているわけじゃない。
アイは言動に対して心の中ではもっと深く考えている。
暗い気持ちじゃいつまでたっても前に進めないから元気を装っている。
この子は本当はどこまでも繊細な子だ。
だけど、それを感じさせないのは本人自身が足を止めないためにそう見せているから。
僕なんかよりもずっと小さい頃から誰かの死が身近にあった。
自分は生き残るのに大切な人は消えていった。
その心に抱える闇は僕が考えるよりもずっと深く暗い。
だから、アイは僕達と離れることを拒んだ。
それはまるでこれまでの皆のように消えてしまうと思ったから。
例え、ただ安全な地に距離を置くことだとしても。
僕はこれほどまでにアイの気持ちを考えて発言したことはあったのか。
アイの振りまく元気に助けられてばかりで僕がアイに対して何か出来たことはあったのか。
改めてアイの気持ちを深く考えずに一方的に押し付けた僕の気持ちに対して、僕は僕自身を殴ってやりたい。
でも、それは優先してやるべきことじゃない。
今は何よりもアイの気持ちに寄り添うことだ。
僕はアイに近づいていいか尋ねた。
すると、アイの顔が静かに頷いたのがわかったので立ち上がるとベッドに座る。
アイはそっと近づき僕の胴体を抱きしめた。
細い腕が、小さな手が僕を離さないように強く引き寄せる。
そんなアイに僕はそっと頭を撫でた。
こんなことで機嫌を取るわけじゃないけど、やりたいからやったまでだ。
「アイ、ごめんね。だけど、僕のわがままを聞いてほしい。
僕はアイを大切に思ってるからこそそばに居て欲しくないんだ。
ガレオスさんから僕達は魔神の使途の標的になったと聞かされた。今はなんとかしのげてる。
でも、それがいつまで続けられるかわからない。
僕が弱いばかりにアイを必ず守れる自信が無いんだ」
「お兄ちゃんは強いなの。
いつもアイのことを思って、皆ことを思って自分が傷つくことなんておかまいなしに前に立つ。
だから、お兄ちゃんは皆のために恐怖に立ち向かう強い人なの。
でも、だからこそ心配なの。
アイはもう既にお兄ちゃんのような人が死んでしまったことを経験してるから」
それはきっとゾルさんのことだろう。
アイは直接死に目に会ってるわけじゃないけど、ゾルさんがどんな思いでアイを逃がしたのかは知ってる。だからこそ、この言葉には重みがある。
「約束する。次の場所に行ったら一度拠点に戻る。もう僕はアイに悲しい思いはさせない。信じて」
「大丈夫なの。お兄ちゃんのことはとっくに信じ切っている。
でも、嘘ついたらアイは許さないなの。
女の怒りは天罰より怖いってミクモお姉ちゃんも言ってた」
「ハハハ、それは意地でも守らないといけないな」
「だからせめて、別れるその最後までお兄ちゃんが近くにいることを感じさせて欲しいなの」
「あぁ、わかった。存分に甘えてこい」
僅かに開いた窓から夜風が吹き抜ける。
そこから照らされる月光は優しく僕達を包み込み、僕は抱きついたままのアイの頭を優しく撫でていく。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




