第107話 置いていく決断
ガレオスさんとの話を終えて病室を出た僕はあまりいい気分とは言えなかった。
それは彼に言われた「アイを置いていけ」という言葉に対してだ。
しかし、その言葉も最初こそ仲間なのにどうしてと腹も立ったが、この先どんどん危険になっていくのが分かっていて、それでも敵からアイを守っていける実力があるのかと考えると、その怒りもなんとも言えない気持ちに変化した。
現状はどうにかなっている。しかし、この先はどうなるかわからない。
少なからず、現時点の僕が勝てない相手が三人いることが確定している状態でどの口で仲間を守ると言えばいいのだろうか。
その相手が一人でも出てきた以上僕は自分自身を守るのに精いっぱいになる。
それは蓮達と共闘しても恐らく。
「あ、そっか......」
その時、ガレオスさんの妹がどうしてこの地に封印されていたのかを理解した。
恐らく今の僕と同じ状況だったのだろう。
ガレオスさん達が何を倒しに旅をしていたのかはわからないけど、その過程で自分では守り切れないと判断したからこそ妹のクロリスさんを封印した。
その結果はわからないけど、ガレオスさんがその言葉を言うだけの本気を感じる。
あの人は冗談を言うタイプではないから。
「アイを......説得しに行くか」
そっと上を向いた。ぼんやり天井を見つめる。
歩いていることで流れる天井が、どこか自分の気持ちの流れを表しているような気もしなくもない。
これまでずっとそばで支え続けてくれたアイに対して、いきなりそんなことを言えばきっと悲しなせてしまうに違いない。怒るに違いない。
それでも僕はアイには幸せになってもらいたい。
その道が今この分岐点によって分かれているのなら、死と隣り合わせのような旅からは遠ざけるに決まっている。
「ふぅ、行くか」
僕は覚悟を決めた。そして、<念話>で全員に集まるように呼び掛ける。
―――数分後
全員が一つの部屋に集まってきた。
長い机の両端に僕とアイが向かい合って座った。
いつもなら隣に来てもおかしくないのに。何の因果だろうか。
「話ってなんですか?」
そう聞いてくるヨナの顔はどこか心配そうな眼差しで僕を見つめていた。
まるで僕の心を見透かしているようにも感じる。
その質問に対し、僕は緊張で声が裏返ってしまいそうになるのを押さえながら、覚悟を持って皆に伝えた。
「僕はリーダーとして―――アイを旅から外すことにした」
「「「「「!?」」」」」
その言葉に全員が驚いたような顔をする。当然の反応だ。
しかし、それについて何か意見を述べる人はいない......一人を除いては。
「どうしてなの!? どうしてアイを置いていくの?」
アイは机をバンッと叩いて身を乗り出す。
見開いた目は真っ直ぐと僕を見る。
眉が悲しそうに下がっている。
そうだよね、きっとアイならそう言うだろうと思ってた。
そりゃあ気に食わないよな、突然そんなことを言われれば。
「理由は一つ。僕達の実力不足だからだ。
現状、僕達はなんとかこうして生きている。
しかし、この状態は僕達が生かされていると言ってもおかしくないのかもしれない。
もしこの場にあのアルバートがやってきたたらどうだろうか?
誰も見逃さないような行動を取られたら僕達は自分のことで精一杯になる。
仲間の誰かを助けたくてもきっとそんな余裕を与えてくれるわけがない。
それほどまでの実力差のある相手だった」
その言葉に誰も何も言わない。実力差を理解してるからだ。
アイもその時に刻まれた潜在的な恐怖を思い出したのか、自分で自分を抱きしめるようにして小刻みに震えている。
そんなアイを抱きしめたい気持ちを我慢しながら、僕は言葉を続けた。
「ガレオスさんから聞いたことなんだけど、僕が世界樹ミッドレンに描かれていた魔法陣を開放してそこにいた少女を助けた時、同時にその結界が解かれた波動が魔神の使途にも伝わったようだ。だから、ガレオスさんはここに来た。
あれは魔神の使途にとって何か重要な意味があったらしい。
となれば、あの場にまたアルバートのような強大な敵が来てもおかしくない」
「なら! それならお兄ちゃん達皆で帰るべきなの! そうすれば―――」
「それは出来ない。僕達はもう既にこの手を血で染めてでもゾルさんの野望を叶えると決めたから。
でも、アイはまだ染まってない。これからも染まらせるつもりはない。そのためのこの選択だ」
それにきっともう手遅れだからね。
相手は僕に何かの意味を見出していた。
その時点でもう逃れられないと悟った。
その言葉にアイはそっと目から涙を流す。
その状態から顔を下に俯かせた。
机にはポタポタと涙が零れ落ち、強い感情を抱いているように机に置いた手を握り締める。
「お兄ちゃんなんて......大っ嫌い!」
そう言ってアイは部屋を飛び出してしまった。予想通りの結果だ。
でも、予想以上に精神的ダメージがデカい。大っ嫌い、か。
それでも僕は......僕が望む世界は。
「で、正直な本音はそんな理由じゃねぇだろ?」
「え?」
蓮がそう聞いてくる。まるで僕の本当の理由を知っているかのように。
それは皆も同じのようだ。ハァ、隠し事もままならないね、これは。
「確かに蓮の言った通り、さっき言った理由は本当だけど、僕からすれば表向きの理由だ。
本当の理由はもうこれ以上アイに傷ついて欲しくないってこと」
僕達がミッドレンでの戦いを終えた後、居住区に戻ってくるとそこには傷ついたアイの姿があった。
アイは康太やエルフ達と一緒に襲い来る魔物を迎撃していて、傷はその時に負ったものだったらしい。
その姿を見て僕は思ったんだ―――どうしてこんな小さな子が傷つかなきゃいけないんだろう、と。
今までは村で一緒に過ごした仲間として、大切な妹として共に旅をするのが当たり前だと思っていた。
だけど、その度も段々と危険度が増してきて、仕舞には今の僕では到底太刀打ちできない相手まで出てきてしまった始末。
今までの僕は「悪」を気取りながら、どこか世直しをするようなダークヒーロー的な気分でいた。
もちろん、全てがそういう気持であったわけではない。
しかし、現実はもっと苦しく悲惨で痛々しいものだと気づかされた。
このままいけば必ず誰かが倒れる。
それは僕にとって望まざる未来のことで、その未来に最も近いのはアイだと思ったんだ。
「なら、それはリツからすればアタイ達にも同じことが言えるはずだろ?
どうしてアタイ達には何も言わなかったんだ?」
メイファが頬杖を突きながら聞いてくる。
もっともな理由だと思う。だけど、この回答に関しては簡単だ。
「皆は最悪僕が死に行く運命だとしても、その死に一緒になって飛び込んでくるバカだからと思ったんだ。
後から入ってきたミクモさんとメイファに関してはまだハッキリとした断言はできないけど、少なからず村から一緒の皆はわざわざ僕のために同じように手を人の血で染めたしね。
二人はなんとなくついてきそうな気がしたから」
「確かにそうなぁ。旦那様がその道を行くのならどないな道でも一緒の運命を辿るのが妻としての在り方思てるさかい」
「否定は出来ないな。アタイはあんた達に仲間を助けてもらった恩義がある。
その恩義を返せる道を追いかけてその道に辿り着いたなら迷わずに飛び込むな」
僕の言葉にミクモさんとメイファは笑いながらそう言っていく。
そのおかげか少しだけ空気が軽くなった。
「私達はリツさんをほっとけないだけですよ」
「そうだな。お前は何かと自分以外の状況を大事にしようとするからな」
「全く、おいら達がいないとダメなんだから~」
「感謝しないとダメだよ、律君」
「なんか急に恩着せがましくなってきたね。いいけどさ、別に」
とはいえ、セナ、蓮、康太、薫の言葉の意味はきっとそのままなんだろう。
彼らに僕がどう見えているのかはわからないけど、少なからず僕のことを思ってくれているのは伝わってくる。
「それで話を戻すけど、アイちゃんにはどう説得するつもり?
あの様子やときっと何言うても嫌々言う思うけど」
「う~ん、それは......」
ミクモさんの言う通り僕がどうアイを説得しようと頑張っても、アイは一転して変わらない気がする。
アイって意外と意地っ張りな部分があるからな~。
そう思っているとヨナが僕を見て「大丈夫ですよ」と伝えてきた。
そして、そのまま言葉を続けていく。
「アイちゃんならきっとわかってくれます。
なんたってリツさんのことが大好きなんですから」
「さっき大嫌いって言われたばかりなんですけど......」
そう言うと全員して呆れた顔をしてため息を吐いた。
こいつ全然わかってねぇな的な。
ヨナが可哀そうな人を見る目で僕を見ながら言った。
「そんなのつい感情的に言ってしまっただけに決まってるじゃないですか。
普段のアイちゃんがどれだけリツさんに懐いているか知ってるでしょう?」
「それはまぁ」
「きっと今のアイちゃんはリツさんに酷いことを言って落ち込んでいます。
それにアイちゃんはリツさんが大切に思ってくれてると知ってるからこそ、本当はその言葉を理解しています。
ただ心配が拭えないだけですよ。私達が帰って来なかったらどうしようと」
「!」
そうか、考えてみれば当然のことだ。
アイは今よりも小さい頃に両親を失うことを経験した。
そして、次は村の皆。あの子は多くのものを奪われ過ぎた。
そんなあの子が今度は僕達もと考えるのは当たり前で、だったらもう奪われないようにそばに居続けたいと思うのもきっと当たり前だ。
アイの怒りの本質は戦力外通告をされたことではなく、また消えてしまうのではないかと拭えない不安の気持ちを蔑ろにされたから。
そんな気持ちを考慮せずに僕は一方的な気持ちをアイにぶつけていたのか。
本当にバカだな、僕は。
「ありがとう、ヨナ。これから僕はもう一度アイと話してくるよ。
そして、ちゃんと帰ってくると伝えてくる」
「はい、きっとその方がいいかと思います」
そして、僕は部屋を出た。
*****
リツが部屋を出た後、彼の背中を眺めていた蓮はヨナに告げた。
「一緒に行ってやんなくて良かったのか?」
「きっと今は二人きりの方がいいですよ。
私が出来るのは二人が仲直りして戻ってくることだけです」
そんなセナの態度にミクモは笑って言った。
「ふふっ、まるで旦那様のこと全て理解してる妻のようで羨ましいわ」
「つ、妻って!? それに現状妻なのはミクモさんの方じゃないですか!」
「それだけ理解してること素晴らしいってことやで。
そらそれとして、なんか言いたいことある顔をしてるわね」
その言葉にヨナは「わかりますか」と返答し、一拍おいて全員に告げた。
「これはたまたま立ち聞きしてしまったのですが......ガレオスさんが告げていたリツさんの“正体”に関して何か気になることはありますか?」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




