第105話 カギを握る少女
「お兄ちゃん、正座!」
「はい......」
エルフの居住区に戻ると早速僕はアイに問い詰められていた。
アイは腕を組みながらベッドに座ってふんぞり返り、その子の目の前で開いた傷の治療が終わった僕は正座している。
「で、アイがどうして怒ってるかわかってるなの?」
「それはもちろん、僕が言いつけを守らずに勝手に抜け出したことで―――」
「全然違うの!」
え、違うの!? 絶対そうだと思ったんだけど。
じゃあ、逆に何がそこまでアイを怒らせてるんだ!?
「なんか昔の私の国にもこんな風に怒られてる恋人同士がいましたね」
と、ヨナが言えば、ウェンリが同意し.....
「あたしも同じこと思ったわ。というか、ヨナは参加しなくていいの?」
「私はアイちゃんの後で傷のことに関してですから」
まさかのヨナのお説教が控えてることを知り、それをメイファが面白がり......
「うわぁ、説教連戦とかキッツ~。でも、こんな面白いところ見ないはずがない」
「ふふっ、これも痴話ケンカやさかい見れんねん」
ミクモさんが痴話ケンカとかのたまう。どうみてもそう思えないのに。
助けてくれるつもりは全くないらしい。
「こう見ると律って微塵も威厳ないよね」
「律はそもそも威厳とかそういうタイプじゃないだろ?
リーダーとして動いてくれるが基本的にヨナとアイに尻に敷かれるタイプだ」
「律君、とりあえず頑張れ!」
いや、康太に蓮に薫も見てるんじゃねぇよ!
僕がアイに怒られる所なんて見世物じゃないんだから!
というか、僕ってずっと威厳無くてそんなこと思われてたの!?
「ちゃんと考えてるなの?」
「は、はい! えーっと、そのなんと言いますか......」
ぶっちゃけそのことだと思ってたからそれ以外が思いつかない。それ以外にアイを怒らせるのって?
そんな考え悩む僕を見てアイは諦めたようにため息を吐くとベッドから降りて僕に目を合わせる。
そして、ガバッと抱きついてきた。え、これは.......アイ?
「アイが怒ってることはアイを何も言わずに心配させたことなの。
お兄ちゃんのことだからどうせ自分のことはそっちのけで出て行くと思ってた。
だけど、それで心配にならないはずがないの。
だって、お兄ちゃんはケガしてる状態だったし」
「アイ......ごめん」
確かに僕はアイと康太にとやかく言われるのを避けるためにこっそり行動した。
でも、考えてみれば二人が僕の行動は止めることなんてまずない。
あの時、止めたのはそれほどまでに僕のケガが大きかったからだ。
二人とも僕のことを心配していたからこそ。
しかし、僕はそんな気持ちに気付かずに仲間のためという口実で行動した。
あ、いや、行動した理由は全くもってそうなんだけど。
とにかく、どうせ僕が外に出たならアイは怒っただろうけど、それでも最終的には「仕方ない」って形で許してくれたと思う。
「ごめん、ごめんな。こんなお兄ちゃんで。
アイに心配かけるようなダメなお兄ちゃんで」
「もういいの。そんなことはずっと前から知ってるなの。
でも、アイにもしっかりと教えて欲しかったなの」
僕はアイの小さい体をしっかりと抱きしめた。
ぬくもりと心音が重なり合う程に。
アイは確かに僕よりも生きた年数が少ない最年少の子だ。
だけど、もう十分に考えられる力がある。
僕はアイが子供だからとそんな風に思って行動し続けていたかもしれない。
アイはアイしっかりと物事を把握できるに。
それこそ同年代の子より。
「許してくれるのか?」
「許すなの。こんなお兄ちゃんでもアイのお兄ちゃんであることには変わりないから」
「そっか。ありがとう」
アイの尻尾が大きく揺れてる。どうやらその言葉は本当らしい。
「なんか一番恋人感強くない?」
「そうね。それこそヨナよりも」
「どうしてそこで私の名前が出てくるんですか!?」
声的にメイファ、ウェンリ、ヨナ辺りの話し声が聞こえてくるが小声で何を言ってるのかはわからなかった。
ま、それよりも今はアイをしっかりと安心させてあげよう。
十分にアイを抱きしめると一旦離れ―――ない? あれ? アイが全然離れてくれない。
というか、いつに間にか腰の方に足を絡められてる。
意地でも離れないって意志が見えてくる。
「仕方ない。このまま全員いることだし一旦情報共有することにする」
僕は一度立ち上がってベッドに座り直した。当然アイは離れてくれない。
そして、僕の言葉に全員が気持ちを切り替えたように真面目な表情になると、円形を作るように床に座り始めた。
すると、蓮が早速話題を振ってくる。
「そういえば、木に接触した時に変な記憶を見たと言ってたな。それのことか?」
「そうだね。とりあえず、僕が見たままのことを話すよ」
―――それから、僕は世界樹ミッドレンに描かれていた魔法陣に触れた時の記憶を話した。
「つまりはお前が見た記憶は......その魔神の使途のリーダーらしき男視点の光景だったってことか?」
蓮がそう聞き返してくるので僕もその時に想った感想を伝えていく。
「リーダーかどうかはまだ確証ないけど、なんというか雰囲気的にリーダーらしき人物だったというか。
それにその時は魔神の使途という感じには見えなかった。
雰囲気に禍々しさを感じなかった。
記憶だからかもしれないけど」
「とはいえ、その記憶にガレオスさん、アルバートさん、そしてリツさんだけが出会ったというロクトリスさんが現れたというのは全くの偶然とは思いません。
彼らには何か秘密がある気がします」
「その三人がもし勇者みたいな存在だったなら、どうして今や闇堕ちしたみたいなポジションに立ってるかってことにな」
ヨナとメイファの言葉に全員が頷く。ま、そりゃ全員気になるよな。
そして、その秘密のカギを握ってるのがあの少女なんだけど。
「ヨナ、あの女の子の様態はどうだった?」
「衰弱しているようですが命に別状はありません。
それとあの女の子をガレオスさんの妹と思ったようですが恐らく違うと思います」
「え、そうなの?」
「ガレオスさんは豹の獣人でしたが、あの子は虎の獣人でしたから。
とはいえ、私もアイちゃんが気付いてくれなきゃ分からなかったですが」
僕はアイに「そうなの?」と聞くと、アイは僕の足の上で体の向きを直しただけで「そうなの」と返答した。
「それじゃあ、一先ずその子が目を覚めるのを待つしかないか」
というわけで、この集会は一時的に解散。
それから数日後、様子を見ていたヨナからその女の子が目を覚ましたとの連絡を受けてその子のいる部屋まで移動。
一度に全員が集まるとさすがに迷惑なので僕、ヨナ、それから雰囲気緩和剤のアイの三人で面会した。
部屋をノックすると「どうぞ」と声が聞こえてきたので入っていく。
「初めまして僕は―――」
「英雄様.....」
「え?」
「あ、ごめんなさい。どうやら長いこと寝ていたせいて未だに寝ぼけてしまっていたようですね」
その女の子は恥ずかしそうに笑う。
その顔色は未だ健康的な色とは言いずらく頬も少しこけているが、その目には確かに生気が宿っている。
「それじゃ、気を取り直して。僕は律です。この二人がヨナとアイ」
「私は知ってると思いますが改めましてヨナです」
「アイがアイなの!」
「私はクロリスと言います。よろしくね、アイちゃん」
同じ獣人同士なのかもうアイと意気投合って感じだ。
ま、アイはそもそも誰からも好かれやすいけど。
それにクロリスさんも物腰柔らかという感じで人に人気が出そうなタイプだ。
僕達はベッドの横に椅子を持ってくると並んで座っていく。
いきなり本題に入る前に軽く会話を重ねた方が良いだろう。
「体調はいかがでしょう? 突然目覚めたばかりで急に体に障ったりとか」
「ふふっ、そんなかしこまった感じで話さなくて大丈夫ですよ。同年代なんですし。
私も話しやすいようにするので、そちらも気を遣わなくて大丈夫です」
「そっか、わかった」
「それで体調の方ですが問題ないかな。
ずっと時を止めたような状態で寝てたわけだしね。
ただまぁなんとなく? 筋力は落ちたような気がするけど。
それよりももっと聞きたいことがあるんじゃない?」
「はは、バレてるか。顔に出てた?」
「はい、それはとっても」
案外ノリ良く返してくれるな。
雰囲気も十分に温められたと思うしアイスブレイクはここまでにして本題に移らせてもらうとしよう。
「それじゃあ聞かせてもらうけど――クロリスさんは自分の記憶ってどこまで思い出せる?」
「記憶......ですか?」
「実は――」
―――そして、クロリスさんにも同じく世界樹ミッドレンで見た記憶のことを話した。
「はい、その記憶は確かにあるよ」
「その人達のことも覚えてる?」
「私を封印してくれた人達のことは......うぅ、頭が......」
その質問に対しクロリスさんは突然頭を抱え始めた。
その様子にヨナが慌てた様子で近寄っていく。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。少し頭痛がしただけだから。
それでその質問なんだけど、私がハッキリと名前を思い出せるのはロクトリスさん、アルバートさん、ガレオスお兄ちゃん―――そして、レオンさん」
「レオンさん?」
聞き覚えのない名前が出てきた。
その人物の名前的に男だとするとそれは僕が見ていた人物のことか、もう一人の男のことか。
そういえば、ロクトリスさんが「レッ君」と名前を発していたがもしかしてその男のちゃんとした名前がレオンなのか?
それに彼女は僕をその人と重ねてた様子だ。何か違和感を感じる。
「だけど、不思議なんだよね」
「何が?」
「私の封印は本来レオンさんにしか解けないようになっているの。
でも、それがリツさんによって解かれた」
「封印魔法の経年劣化じゃない?
その魔法にかけられていられる魔力も無限じゃないし自然と封印の力が弱まったとか」
「ううん、そんなことじゃ私の封印は解けないの。
その考慮も含めて私は結晶に閉じ込められるという形で封印されたんだから」
「なにか合言葉的なこと言ったけど?」
「別に要らないかな」
なら、余計に僕がその結界を解けたことがわからない。
あの時の言葉も必要なかったのか。
まぁ、どちらかというと無意識に出た感じだけど。
腕を組んでその不可思議な結果に頭を悩ませてると突然薫から連絡が来た。
『律君、お客さんが来てる』
『お客さん?』
『うん、相手はガレオスさん』
......はい?
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




