第104話 不可思議な記憶
ウェンリから教えてもらった世界樹に描かれているエルフ語の魔法陣。
その内容は当然魔法を発動させるための術式かと思いきや全然違った。
魔法陣の術式はいわゆる魔法を覚える際に発動イメージを促す詠唱にあたる部分だ。
というか、まんまその詠唱の文章が術式が書かれている。
しかし、ウェンリから聞かされた魔法陣に描かれている言葉はもはや何の関連性も感じられない。
とはいえ、何も関係がない言葉を書くとも思えない。それだけ魔法は特別なのだから。
もう一度ウェンリの言葉を思い出してみよう―――「悠久なる未来の英雄を待ち続ける時を止めた少女よ。その時を刻む時が来た。英雄が来し時過去に置いてきた運命はもう一度動き出す」だったはず。
「リツ! 攻撃が来るわ!」
セナの言葉に反応して僕は振るわれる極太の木の枝を避けていく。
バシンッ地面を打ち付ける音が大気にまで震わせるようで避けた僕にも僅かに衝撃が伝わってくる。
その攻撃を意識しながら同時に脳内で先ほどの言葉を考えていく。
マルチタスクは苦手なんだけどやるしかない。
まず文章を区切って整理してみよう。
最初の「悠久なる未来の英雄」だがこれが誰をさしているのか。
こうしてエルフの森に現れた僕達がそういうポジションだったりと考えるのはさすがにうぬぼれかな?
次に「待ち続ける時を止めた少女」だけど、全文から判断すると少女ってこの木のことを指してないか?
木にも雄雌があったような気がするからそう考えるのが普通だけど......どう考えても違和感しか感じない。
それから後半の文章。これはもはや少女に語りかけているような文章だ。
ということは、この木は英雄が来るまで何かの使命のために待ち続けてたってこと?
ダメだ、疑問ばかり浮かんで全く持って何が正解かわからない。
ここまで難解な魔法陣の構成術式はみたことないし、これで動いている意味も全くわからない。
それに加えて―――
「あぶなっ!」
避けた先から横なぎに振るってきた枝を<突風>の魔法陣で自身の体を浮かして避けていく。
空中で身動き取れなかったから危なかった。
それに加えて、先ほどからこの木―――僕ばかり追って来てないか!?
明らかに僕に向かって手数が多い。というか、もはや僕しか追って来ていない!
チラッと仲間を見ても全然攻撃されてないし、明らかに僕が狙われ過ぎてることに皆も疑問に思ってる。
仲間が攻撃されてないことは全然いいんだけど。
不味いな、これ以上下がるとエルフの居住区が攻撃範囲に入ってしまう。
「こっちだ! ついてこい!」
僕が方向転換すると木は案の定僕の方を追ってきた。
とはいえ、これってなにも解決に繋がってないんだよな。
『律、何かしたのか?』
この不可思議な現象に蓮から連絡が入ってきた。
『いや、僕もさっぱしだよ。攻撃してヘイトを買ったならまだしも僕は来たばかりだし、明らかに皆から攻撃を受けてるのにそれを無視して僕を追いかけるのはわけがわからない。
ついでに言うと魔法陣の意味もさっぱり』
『そうなのか。そういえば、先ほどウェンリが妙なことを言っていた』
『妙なこと?』
『あぁ、あの木が精霊を通して“ずっと待っていた”と。“ついに迎えに来てくれた”と。“逃げないで”とも言ってたな』
.......? それってそのままで捉えたらどう考えても僕に向かって言ってるよね?
どういう意味だ? あの木は僕に用があるみたいだけど、初対面のはずだ。
ふぅ、わかる気がしない。だけど、一つだけなんとなくわかった―――この木は僕に危害を加えるつもりはないのかもしれない。
僕は方向を変えて立ち止まった。そして、大きく両手を広げ、世界樹に向かって声をかけていく。
「世界樹ミッドレンよ! 僕の言葉が届いているのなら今すぐその追跡と動かす枝を止めて欲しい!
そうしてくれるなら、僕もこの場から動かないことを約束しよう」
この木は恐らくあのフェニックスの女神や砂漠の竜の女神と似たような存在なのかもしれない。
そう思いつつも、すでに振り下ろされていた巨大な枝が僕に向かって急速に近づいて来る。
視界一杯に木の枝が埋め尽くしていき―――顔から数センチという所で止まった。ハァ、助かった。
その木は枝をどけていくとまるで“登ってきて”と言わんばかりに僕の目の前で枝を地面に降ろす。
「わかった」
そう返答して僕はその木の枝に登っていく。すると、まるで行く先を誘導するように別の枝が重なり、その指示に従って歩き続けた。
そして、最終的に辿り着いたのはその木に描かれている巨大な魔法陣の部分であった。
どういうことだ? これに触れればいいのか?
僕は恐る恐る手を伸ばしていく。その手が魔法陣に触れた瞬間―――僕の頭の中に知るはずもない懐かしい記憶が蘇った。
~~~~~
「なぁ、これで本当に大丈夫なのかよ?」
そう聞いてくるのはガレオスさん!? だけど、前に僕が見た時とまるで姿が違う。
「わからない。しかし、そう信じるほかあるまい」
僕の視点の人物はやや低い男らしい声でガレオスさんに返答した。
この人物の身長は大体ガレオスさんと同じだから明らかに僕より大きい人だ。なら、なんで懐かしい気持ちに?
それにやっぱりだけどこれは記憶だから僕が反応しても声が聞こえることはないみたい。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私は信じてるから」
そう答えたのはクリスタルのような淡い水色の結晶に体の半分ほど閉じ込められた獣人の少女であった。
その感じ的にガレオスさんの妹さんって感じだ。年齢は僕と近しい。
「ま、信じるしかないんじゃない?」
「そうだな」
そう声をかけてきたのは―――アルバート!? だけど、やっぱり僕が出会った時の相手とは服装が違う。
あの時は修道服だったけど、今はどちらかというと盗賊のような黒装束みたいな服だ。
「きっと大丈夫だよ。だって、この世界には君がいるんだから」
そう言って僕視点の人物に抱きついてきたのはロクトリスさんであった。
さらに、その他にも二人ほどの男女の姿が見えた。
なんというか、上手く言葉が見つからない。
この人達は誰も彼も「魔神の使途」と呼ばれるような人物達だ。
だけど、その雰囲気だけを捉えればこれから悪さをしようとしているなんて到底思えない。
むしろ、世界を救うつもりの勇者一行にすら見える。
「この結界は俺の魂の魔力に反応することでしか解除できないようになっている。
長い間、待たせることになると思うが許してくれ」
「大丈夫です。それも覚悟の上で私はもうここにいるんですから」
「ガレオスの場合だと心配で一人でに戻ってきて解放するかもしれないしね~」
「あぁ? 俺がシスコンとでも言いてぇつもりか!?」
「いや、シスコンでしょ」
「そうです。ロキさんの言う通りです。お兄ちゃんはシスコンです」
「ふっ、妹にまで言われたらもはや反論できないな」
「ぐぬぬぬぬ!」
最後の僕視点の人物に言われた言葉にガレオスさんは思わず歯噛みしている。とても和やかな雰囲気だ。
「それじゃ、別れの挨拶もほどほどにして―――始めるぞ」
「はい、お願いします」
そして、ガレオスさんの妹は全身が結晶に包まれるとその結晶に僕視点の人物が一度手を触れて離していく。
「後はこの木が守ってくれるだろう」
そういう人物が後ろに下がると同時に全体が見えてきた。
その結晶は大きめな木に埋め込まれるような形であったのだ。え、この木ってもしかして......?
「さぁ、行くぞ。早く解放してやるためにもな」
~~~~~
「―――痛っ!?」
ズギンッと頭に大きな衝撃を与えられたように痛みを感じた。
全く知らない記憶なのに知っているという矛盾を頭が不自然に肯定している。
どういうことだ!? 僕の人生には一度たりともこんな道は歩んでないぞ!?
『―――聞こえるか。律、返事をしろ』
『蓮か。どうしたの?』
『どうしたって、それはこっちのセリフだ。
お前があの魔法陣に触れてからずっとぼーっとしたように突っ立てたかと思いきや突然頭を押さえ始めたからこっちも焦ったぞ』
『ごめん、変な記憶を見てて』
『記憶?』
『それについては後で話す。その前にやるべきことがあるから』
僕は蓮からの連絡を一旦切るとずっと触れていた魔法陣へと目線を向ける。
なんとなくだけど......先ほどの記憶で言うべきセリフが分かった気がする。
そして、そう思った時にはそのセリフは僕が意識して言葉にしたとは思えないほど無意識に口にしていた。
「ただいま。解放しに来たよ」
その直後、触れていた魔法陣がパリンと割れて全てが魔素の粒子となって消えていった。
すると、僕の目の前の木の幹が縦に裂けていく。
そこから現れたのは結晶に包まれた少女であった。あの記憶で見た時の何も変わらない姿で。
結晶が勝手に解け始めてその少女が倒れそうになったので咄嗟に受け止めた。弱いけど確かに心音を感じる。
その少女を抱きかかえるとふと世界樹を見た。もう動く気配はない。
先ほどの行動はこの少女による意志が反映した形だったのだろうか。
一先ずその木から降りると皆に合流していく。
「リツ、あんた大丈夫なの?」
「うん、平気......とは言えないかも。なんか色々衝撃的で僕にもあまりよくわかってない感じ」
「でも、一先ずはこれでエルフの皆の居場所を守れたってことでいいんだよね?」
「旦那はんの言う通りやで。まずは無事に助かった、助けられたことに喜びまひょ」
「そうかもしれないわね。皆、助けてくれてありがとう」
「へへっ、気にすんなって。これぐらい当然だろ? アタイ達は仲間なんだから」
「あぁ、そういうことだ。それに早く戻ってやろう。
なんせ律がここにいるということは今頃アイはご立腹だろうからな」
あ、やべ......完全にそれ頭から抜けてた。
「そうよ。後でヨナからたっぷり説教を受けなさい。
まぁ、あんたのおかげで助かった場面もあるから情状酌量の余地はあると思うわ」
「それに期待するしかない。というか、お願いします」
そして、僕達はこのエルフの森での騒動を終えて一先ず帰還したのだった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




